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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第3章 活躍と暗躍は大親友

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第13話 広がる欲望

 夜にレネが眠っているとき、杜人は魔導書の内部で修復や強化などを毎日行っている。殺風景な空間であるのは変わらないが、ジンレイが来てからはここで食事ができるようになっていた。

 出されるものは全てジンレイが生み出したものなので、素材の有無や製法に関係なく好きな味わいを作り出すことができる。そのため基本的に杜人の記憶から掘り出されたものばかりだった。

『タマの強化は順調だな。その分しわ寄せが他に行くのが玉に瑕……。ふふふふふ』

 ひとつしかない椅子に座って丸テーブルに肘をつき、くだらないことを言いながら情報窓を確認し操作していく。最近は修復や強化に使う魔石が最初と比べて多く入手できるので無駄遣いもしやすい。そのため粘液生物をこよなく愛する杜人は、迷うことなくタマの強化につぎ込んでいた。

 もはやタマは、基本形は白珠粘液であるが中身は別物である。多様な魔物の情報を取り込みその能力を組み込んできたので、最初の頃のように力が足りずに対象を抑えることしかできないという事態には滅多にならない。

『魔導書の修復も短期間で一気に進んだが、それだけ大物に当たってきたと言うことだから喜んで良いのか分からないな。弱かったあの槍も、力自体は十分持っていたからな……』

 第三章まで封印を解除できるようになった魔導書の姿は古びた本程度まで回復している。蓄えられる魔力量もそれに比例して多くなっていた。現状は安い魔導書と同程度である。

 ジンレイが現在所持している槍は単純な能力しか持っていなかったが、力だけなら星天の杖に匹敵する。それを簡単にあしらえるまで力を集めて修復できたということは喜ばしいのだが、脅威に遭遇する頻度が多ければそれだけ死ぬ確率も上がるということでもある。杜人としては急いで修復しなければならない理由は無いので、レネの安全を優先したいと考えていた。

『となると、やはり増幅系と霊気系の魔法をもう少し使いやすくするか。今のままだと限定的にしか使えないからな』

 増幅系と霊気系の魔法は現時点では杜人にしか扱えない特殊魔法である。これは発動原理が杜人の知識を基にしているためだ。そのため見ただけで術式を読み取れるレネでも杜人が作り上げた術式は基礎知識が異質すぎて理解できない。現在勉強中だが、理解できるかは不明であった。そのため改良は杜人が行わなければならないのだ。

 増幅円環陣はその仕様上、射出系にしか適用できない。それを基点設置系や自己発動系にも使えるようにすれば、生存確率は当然あがる。

 霊気系魔法は現在霊気槍しかないので、範囲攻撃できれば集団を一気に無力化できるようになる。ここの迷宮では、原因は不明だがいきなり魔物の集団が発生して襲われることがある。そういうときに使えれば楽に逃げられるのだ。

 そしてまだ出会っていないがレネの苦手な幽霊が集団で襲って来た場合、高い確率でレネは使い物にならなくなるはずなので、そのときに霊気系の範囲攻撃は真価を発揮する。想定した用途の一番がこれなので、杜人は優先して仕上げることに決めた。

『恐怖で震えるレネの姿は何とも言えない可愛さがあるから長く見ていたいが、仕方が無いな。……ついでに物理干渉ができるように何か考えるか。練習は……隠れ蓑にできるものを誤魔化して作ろう』

 残念そうに呟いて作業を開始する。こんな杜人だったが、方向性はともかくとしてきちんとレネのことを考えているのだ。





 王都にある高級店が立ち並ぶ通りにあるクリンデル料理店。今では貴族だけではなく普通の庶民も楽しめる店になっていた。とは言っても大衆酒場ではないのである程度の品位は求められるが、少なくとも努力しようとしている人を追い返すことはない。

 そのためこの店は最高級ではないが、食事をすればそれなりに自慢できる程度の店となっていた。

「やはり問題は色だな。それだけで敬遠されてしまう」

 筋骨隆々な身体を頑丈な椅子に座らせながら、店主であるクリンデルはダイルから紹介された新しい食材の研究を閉店後にしていた。もちろんその食材とはレネが生み出した新しい芋一式である。

 渡された当初はクリンデルも色で引いてしまったが、簡単にではあるが調理して食べてみるとそれなりに味わいがあり、面白い食材であることを理解した。芋の部分は普通の芋のように調理しても大丈夫であり、単品で調理してもおいしかった。

 茎や葉の部分も柔らかくアクが無いのでそのまま食べられ、煮込んでも形が崩れにくい。なによりこの部分を食べると体の調子が良くなる。当初は気のせいと思っていたのだが、二日酔いの従業員が試食したときに見る間に効果が現れ、その他に試食した者達も体調の良さを口々に報告してきたため今では本当にそんな効果があるのだろうと思っていた。

 不思議に思ってダイル商会に問い合わせたところ、レネが新たに作った野菜で元々魔法草を作る実験で生まれたものだから、弱めの薬草程度の効果があるのではと答えがあった。

 だからそれを聞いたクリンデルは、レネに対する恩義のため敬遠されずにおいしく食べることができる方法を探しているのだ。

 そういうわけで、しばらくの間夜のクリンデル料理店から不気味なうめき声が聞こえることになったが、幸いにも夜中に人が通る場所ではなかったため、評判が落ちることはなかった。





 一方、レネ達も何か良い調理法が無いかと色々な調理方法を試していた。偶然であってもせっかく作ったものなのだから、要らないと言われたくないというのが主な理由である。

「これが油で揚げたもので、こちらは細かく刻んで練った芋に混ぜて揚げたもの。こっちは……ジュース?」

「茎と葉を乾燥させてから粉にして、水を加えたものです。素材の味を確認できるように味の調整はしておりません」

 ジンレイの説明を聞いてから、レネと呼ばれてお邪魔しているエルセリアとセリエナ、おまけのシャンティナは順番に試食していく。

「ジュースが結構おいしかった。青臭さが無くてすっきりしているのにほんのり甘いのが良かったかな。ジュースにすると黒一色でもあまり気にならないね。けれど、少しだけ粉っぽさがあって口に残るからそこは駄目だね。見た目も透けていればもっと良かったかな」

「私はこの混ぜて揚げたものかな。こうすると白と黒が対比されて見栄えが良くなってるよ。満腹感もあるからね」

「私はただ揚げたものが良かったです。油で輝きが加わるので、黒い宝石のように綺麗でした」

「おいしいです」

 最後のシャンティナの意見に温かく全員が頷く。周囲の雰囲気は、それは分かっているとは思っていても言わない優しさに包まれていた。

『ジュース以外は良さそうだな。それでは、こちらはどうだろう。粉末を特殊加工したものだ』

 杜人の指示を受けて、ジンレイが新たなジュースを置いていく。そちらは先程のものと異なり光が透ける黒色になっていた。

「わぁ、綺麗。……うん、おいしい。粉っぽさもないし、どうやったの?」

「本当、おいしくなってる。これなら良いかな」

「そうですね」

「おいしいです」

 飲み終えて笑顔になるレネ達に、杜人は誤魔化すように背中を向ける。ジンレイはいつの間にか遠くに退避していた。

『あー、製法は秘密だ。知らないほうが神秘性が増すだろ?』

 後ろ暗いことがあり冷や汗を流しているような挙動に、レネとエルセリア、セリエナは視線を合わせると同時に頷き、代表してレネが素早く杜人を捕まえた。

「そんなことを言わずに教えて欲しいな。ね?」

 レネは微笑みながら可愛らしく小首を傾げる。いつもならば笑顔に騙されることを選択する杜人であったが、今回は捕まえられながらも誇らしく胸を張って答える。

『そんな風に可愛らしく聞いても、俺は口を割らんから無駄だぞ。誰が好きこのんで折檻を受けたいと思うか』

「なるほど。折檻されるような加工法なんですね」

『あ』

「ふうん……」

 エルセリアの素早い突っ込みに、杜人は余計なことを言ってしまったことを悟って硬直し、大量の冷や汗をかき始める。捕まえているレネは指をぐりぐりと押し付けながら、無言で杜人を見つめた。残りの二人も無言で見つめる。分かっていないシャンティナは、不思議そうに見つめている。

 微笑む三人娘から放たれる精神を圧迫する視線に、杜人はもはやこれまでと覚悟を決め、愛想笑いを浮かべながら正直に話し始める。

『いや、ほら、やはり大量に販売するためには入手が簡単で出回っているものを使うのが普通であって、更に安ければ安いほど良いだろ? だから、その……、売っているだろ、迷宮産の安い液体。あれだ』

「まさか……、白珠粘液の体液ですか」

 セリエナの問いに杜人はその通りと笑顔で親指を立てた。しかし、三人娘は認識していない。普通なら考え付かない恐ろしい答えに、シャンティナを除く全員が一気に顔を青ざめさせていたのだ。

「な、なんてものを飲ませるのよー!?」

『だから知らないほうがああぁぁぁぁ!?』

 レネは握りしめながら思わずいつもの攻撃を繰り出してしまい、青白く輝く光に包まれた杜人は身体を硬直させると掴まれたままカクリと首を倒した。

「だ、大丈夫よ。今のところ異常ないし」

「そ、そうですよ。身体が溶けたりしたら痛むはずです」

 エルセリアとセリエナは、自分に言い聞かせるように大丈夫だと念を押した。レネも涙目で頷き、どうしてくれようと杜人を指で圧迫していた。

 白珠粘液から採取できる液体の主な用途は、汚れ落としの洗剤に薄めて使ったり金属製品を漬けて表面の汚れを取り去ったりすることに使用している。決して食用にはなっていない。これは危険だからというよりも、薄汚い見た目から液体自体が汚く思われているのが原因である。

 実際には、採取時点で既に人の身体を溶かすほど強力ではなくなっていて、毒性は最初からない。そして知られていないだけで、実は薬剤を溶かす用途に使われていたりするのだ。だからといって、はいそうですかと割り切れる人は少数である。だからレネ達の反応は普通なのだ。

 ちなみに杜人は粘液生物に対する溢れんばかりの愛情によって、しっかりと特性や成分を詳細に解析していたため、加工に使っても問題ないことは把握していた。だが、虫嫌いな人にとっては、安全で食べることができるものであったとしても、それを平気な顔で食べることができるかは別問題であると承知している。

 生理的に拒否してしまうのは仕方がないことだと理解しているから、わざと製法を言わないようにしていたのだ。

『も、申し開きをどうかお聞きくださいませ。……反省していますのでぐりぐりは止めてくださいお願いします』

「むぅ」

 頬を膨らませていたレネは指による攻撃を止め、座卓に戻すと言いわけを聞くことにした。やっと一息つけた杜人は髪を整える仕草をしてから正座して、神妙な顔で話し始めた。

『まず使った液体は毒性が一切なく、細かい布で漉しているので混ざり物もありません。それに粉末を溶かしてから加熱してあるので、溶かす成分は熱で分解されて身体が溶けることもありません』

「ふうん」

 杜人は安全安心であることを教えるが、三人娘の反応は鈍い。これは当たり前の反応なので杜人は気にせずに先に進める。

『次に完全に溶かすことによって、成分を余すことなく吸収できるようになりました。単純に粉を水に溶かしたものと比較して、五倍以上の吸収効率です。これによって、体調が更に良くなりやすくなりました』

「そうなんだ」

「五倍は大きいね」

「きちんと処理されているようですし……」

 食べると体調が良くなることは知っていたので、更に良くなると知った三人はそれなら良いかなと思い始めた。様子を観察していた杜人は、ここぞとばかりに研究結果を発表する。

『なにより、白珠粘液の体液には肌の張りを良くして、いつもつるつるに保つ効果があるのです! タマの触り心地を思い出して頂ければ納得できるでしょう。しかし、この効果は熱処理で失われてしまうのです。それを粉末と混ぜ合わせることによって成分を結合させて維持し、更に吸収効率を高め取り込みやすくしたものが先程の飲み物です。これなら一日一杯の手軽さで、いつまでも張りとつやのある肌が保てます。これは、出会うべくして出会った奇跡と言えます!!』

「おおー」

 杜人の身振りを合わせた熱弁に三人は思わず拍手をしている。シャンティナもしているが、単に真似をしているだけである。

『私の熱意が伝わったでしょうか。全ては真剣に考えた結果なのです』

「それなら仕方ないかな。でも、次からはきちんと言ってね」

「そうだね」

「そうですね」

 最後に深々と頭を下げた杜人に、レネ達は仕方がないと機嫌を直す。杜人はといえば、その様子を確認してからこっそりとジンレイに合図を送った。

「それでは休憩いたしましょう。今度は炭酸を入れてみました。味わいの違いを比べてくださいませ」

「そっかぁ、お肌に良いんだ……」

「ふふっ」

「いただきます」

「おいしいです」

 三人とも笑顔で飲んでいるので、これで良しと杜人は頷く。ちなみに先程杜人が言った熱意とは粘液生物についてのことであり、真剣に考えたのもそちらのことである。なんとか地位向上できないかと試行錯誤した結果であって、最適だから使ったわけではないのだ。

 うまくいったのは偶然であるが、嘘は言っていない。ミスから始まった説明だが、嘘を言わずに納得させたので大満足であった。

『やはり女性に対して美容の話はよく効くな。さて、次は拒否感を無くす方法を考えるか』

「変に隠さずに、情報を最初から露出してはどうでしょうか。そうすれば話題になりますし、そのうち勝手に広まります。庶民は意外にしたたかですから、由来はともかく安全で安くて良いものと分かれば取り入れると思います」

『ま、そんなものだよな。単純が一番だ』

 嬉しそうに飲んでいる四人を見つめながら、次なる方策を杜人とジンレイは話し合う。こうして、いつの間にか粘液ジュースは売り出されることが決定されたのだった。




 数日後の夜。ダイルは伝手を使って親交のある貴族や商人を招き、クリンデル料理店にて料理を振る舞っていた。名目上は走甲車を購入して頂いたお客様へのお礼となっているが、そんなものを信じている者は居なかった。これは招待された者達はダイルのことをよく知っているからである。

 出された料理には全てレネの芋が使用されていて、招待客達はいつもとは違う料理に首を傾げながらも舌鼓を打っていた。そして料理も最後に差し掛かったところで、ダイルが挨拶を行った。

「皆様、日頃からダイル商会をごひいき頂き、誠にありがとうございます。本日お出しした料理の食材は、皆様ご存知の殲滅の黒姫様が新しく生み出したものです。特別おいしいというものではありませんが、どこかほっとする味わいがあったのではないでしょうか」

 ダイルの紹介に客達は笑みを浮かべて頷くなど、好意的な反応を返している。これはダイルが意図的に流した噂が好意的なものだからである。

「この食材は食べると体調が良くなり、力が戻ったように感じて年甲斐もなく駆け出してしまいそうになります。ちなみに本日のために毎日試食していた私は、今日も階段から転げ落ちそうになりました。皆様もお帰りの際は階段にお気を付けくださいませ」

 大げさな身振りでダイルが頭を下げると、会場は笑いに包まれた。そして落ち着いたところでダイルは本題に入った。

「これからお出しする最後の品も、もちろんこの食材を使用しております。まずはその美しさをご鑑賞ください」

 そう言った後に出されたものは、黄金色に輝くシャーベットと黒色の液体である。どちらも光を透過しながら静かに輝き、黒い液体は小さな泡が下から湧き出ていた。

「黄金色の品はご想像通り花の蜜を使用したものです。後に残らない甘さであり、暑いときならもっとおいしく感じられると思います。ただ採取量が少ないため、まだ多く販売できません。貴重な味わいをお楽しみくださいませ」

 希少と言われると、同じ物でも価値が出る。そのため先行して味わえることに客達は笑顔を見せる。

「問題はもうひとつのほうでして、茎と葉を粉末にし、白珠粘液の体液と混ぜてから各種処理を行ったものです」

 この説明にどよめきが生まれるが、客達はダイルの性格をよく分かっているので騒ぐ者は居ない。

「皆様ご存知の通り、体液に毒は含まれておりません。そして汚い印象がありますが、実際は汲みたての清水のように綺麗です」

 ダイルは『常識ですよね?』と言いたげに笑顔で見回すと、誰もがその通りと頷いた。たとえ知らなくてもこの雰囲気で言えるわけもない。分かって言っているのだからやはり腹黒である。

「そして今回使用したものはきちんとろ過を行い、粉末を溶かした後に熱処理も行っています。なにより皆様、これを飲むと……」

 ここでわざとらしく言葉を切り、悪だくみを話すようににやりと笑った。見ている客達は知っていても思わず悪事の仲間になったような気分になり、思わず苦笑する。ダイルも分かっているので静かに頷いてから続きを話した。

「殲滅の黒姫様いわく、普通に食べたときより体調が良くなる効果が飛躍的に高まるそうです。ついでに、飲んだ翌日には肌に張りとつやが増し、若々しくなる効果が追加されているとのことでした。それを知ってから私も毎日飲んでおります。どうでしょう。実につややかだと思いませんか?」

 そう言って笑顔で頬を指差すと、先程より大きな笑いが起こった。

「おかげで妻との仲も良好です。良好すぎて寝不足になるのが欠点でしょうか。皆様も奥方にプレゼントされるときは、仕事に支障がでないよう十分お気を付けください」

 客達は笑いながらも熱い目で黒い液体を凝視している。その様子にダイルはいやらしく笑う。

「お気に召された方には、ご入り用数を教えて頂ければ瓶詰にてご用意致します。それでは、これからも当商会をごひいきくださいませ」

 ダイルは一礼すると奥に引っ込み、様子を見てから商会の従業員をそっと送り込む。そして集まってくる注文に肩を揺らして笑う。その様子はどうみても悪事が成功して喜んでいるようにしか見えなかった。

「あれで良かったのですか?」

「良いのですよ。欲求とはすなわち欲望です。私は一言も強壮剤とは言っていませんし、体調が良くなって肌に張りが戻るのは本当のことです。そして体調が良くなれば元気になるのですから、文句を言う者は居ませんよ。それに詳細な効果はフィーレ魔法学院にて公開されていますから、本当かどうかは簡単に分かります」

 少しだけ心配そうにしているクリンデルに、ダイルは心配ないことを教える。それにこの程度の冗談を本気にする者は最初から除いているので、この場で騒ぎになることはない。

「いえ、これから店で出せなくなりそうで……」

「大丈夫ですよ。劇的に変わるわけでは無いのですから。そのうち体調が良くなる程度で落ち着きます。もしそういう客が来ても、効能を丁寧に教えるだけで十分ですよ。さて、これから忙しくなりそうです」

 ぐふふと悪人顔で笑うダイルを見て、クリンデルは本当に大丈夫だろうかと大きくため息をついたのだった。





 後日、売れ行きを調査したレネは、衝撃の事実を知ってまたもや引き篭もり生活を送ることになった。

『黒姫芋に黒姫花蜜、黒姫珠水。憶えやすくて良い商品名じゃないか』

「全然良くないよ! し、しかも……。ばかばか、モリヒトの馬鹿ー!!」

「よしよし」

 涙目で抱きつくレネをエルセリアは優しく慰める。その顔はとても嬉しそうだ。杜人も羞恥で震えるレネを温かく見守りながら、実に良いと頷いていた。

『酷い濡れ衣だ。俺は何もしていないのだがな』

「これまでの行いが悪いからではないですか?」

 容赦ないセリエナの突っ込みに杜人は一撃で撃沈され、よろよろとへたり込むと座卓にぽてりと横たわった。しかし、今まで元気にしていたのだから誰も心配していない。

 売り出された黒姫花蜜と黒姫珠水の瓶に貼られているラベルには、横視点の影絵で髪を束ねた小柄な少女が巨大な杖を持っている姿が描かれていた。その絵は星天の杖を持ったレネそっくりで、本人を見れば誰がモデルか確実に分かるくらい特徴を捉えていた。

 そのため今回の引き篭もりは結構長引いていて、エルセリアとセリエナが慰めに来たというわけである。

「大丈夫だよ。みんな喜んで買っているから。評判は上々だよ?」

「ぐすっ、本当?」

「本当ですよ。どちらかというと女性に人気が出ていますね」

 その報告にレネはそれなら良いかなと持ち直し始めた。

『隠れて様子を見れば実際どうなのかは分かるだろうから、しばらくはそうするか』

「……うん」

 復活した杜人も恥ずかしがるレネを十分堪能したので、そろそろ元に戻すためにレネの意識をそらし始める。そのため、笑顔だが茶化すことはしなかった。

『それにこちらが評判になれば、今までの噂のほうが薄れる。もう殲滅の黒姫の名は消せないのだし、由来はともかく、広まるなら健康に良い品物の開発者としての噂のほうが良いだろう? それなら、今回のことは逆に好都合と思わないか?』

「それは……、そうかも」

 いつの間にかラベルを受け入れる方向へ意識を誘導されていることに気付くことなく、レネは素直に頷く。その様子をエルセリアとセリエナは感心しながら見つめていた。

「上手ですね。もう原因をすり替えましたよ」

「いつもからかっているから加減が分かっているんだね。良いなぁ……」

 羨ましそうに言うエルセリアにセリエナは別方向の頭痛の種を感じたが、ほんの少しだけため息をついて聞かなかったことにした。

 こうしてレネが偶然生み出した植物は、ダイルの策略にて好評価なまま世間に認知されることになった。レネはというと、評判が良いのは嬉しかったがやはり注目を浴びるのが恥ずかしかったため、販売が落ち着くまでの間は隠れたまま行動し、表に一切姿を現さずに過ごしたのだった。
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