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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第3章 活躍と暗躍は大親友

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第12話 先を見る者

 数日経ち、レネが端材受け取りのためにダイル商会を訪れると、何故かそのままダイルの部屋に案内された。レネは芋の報告かなと思いながら少しだけ期待していたが、ダイルの用件はまったく別のことであった。

 それは走甲車についての相談で、徐々に売れて来たが操作ミスによる事故も増えて来たので、何か良い方法が無いかというものだった。さすがにその場では出なかったので、レネは案件を持ち帰ることにした。

 そしてエルセリアとセリエナに声をかけ、実際の使用感などを聞いてからそのまま検討に入った。場所はいつもと同じ、ジンレイの屋敷にある和室である。護衛であるシャンティナは参加せずに少し離れたところに待機している。

「一番多いのが、街道をそれてそのまま復帰できなくなった、ですね。次が速度を出し過ぎて止まれずにそのまま衝突。この二つをどうにかすれば大部分は解決しそうです」

「ほとんどの人が追加の魔法具で操作するから、加減が難しいのかもね」

 セリエナはもらってきた資料を見て傾向を分析し、同じ意見のエルセリアは小首を傾げてその原因を考える。

 魔法使いは魔法陣を構築する感覚と似たもので操作できるため、慣れれば考えるより速く反射的に動かすことが可能だ。魔法具を使う場合は今までにない操作方法となるため、どうしても慣れるまで時間がかかるのである。

「むー、馬より楽だと思うけど……。少なくとも、自分の思う通りに動かせるんだし」

 意外とその手のことを器用にこなすレネは、そんなに難しいかと頭を悩ませる。操作性の基準はレネなので、駄目そうならもう少し変えなければならない。

「動かすこと自体は簡単なんですけれど、加減というか集中していないと難しいというか……。よそ見をすると手が動いて曲がったりするので、慣れるまでとにかく疲れます」

「あー、それはそうかも」

「むー?」

 この中で唯一魔法具で操縦しているセリエナの意見にエルセリアは頷き、レネはよそ見くらいで何故と首を傾げている。そんなレネに、それまで黙って聞いていた杜人が理由を教える。

『レネ、普通の人は同時に二つのことはできないんだよ。できているように見えても、単に処理を遅延させているだけで実際はひとつずつ処理しているんだ。慣れれば関連する一連の動作がひとつとして認識されるから考えなくてもできるようになるが、それはレネが普段していることとは違うからな』

 杜人は今までの観察によって、レネは二つのことを同時に思考できると推測していた。そしてそれが普通ではないと認識しているか怪しいと思っていた。

 杜人に言わせればレネはかなりの能力を持っているのだが、本人は悪い点を気にする性格なので自分が優れていると思わない。さすがに昔からすごいと言われていたことに関してはそうではないが、それ以外の目に見えず認識しにくい部分は、ひとりの時間が長く一番の比較対象がエルセリアだったこともあって無自覚な部分が結構ある。要するに、自分が簡単にできることは他人もできると思っている部分がまだあるのだ。

「え、そうなの?」

「そうだよ?」

「その通りです。……だからあんなに自由にできる範囲が広かったのですね」

 きょとんとしながらレネはエルセリア達を見る。エルセリアはさすがレネだねというように笑顔で肯定し、セリエナも慣れるまでの操縦の大変さを思い出して頷いていた。レネもそうなのかと頷き、それなら大変かもと納得した。

 そしてそれならどうしようとなり、予算との兼ね合いを考えながら意見を出し合うが、良さそうなものは改修のための金額が高くなり金額を抑えるとうまくいかなくなるので、最後のほうは部屋の中に三人の唸り声が響くだけになった。

 そんな中、杜人は特に何も言わずに自分なりの案をまとめていた。単に与えるだけではそのうち最初から頼るようになるため、あえて話し合いには参加していなかった。自動制御や探知方法の知識がある杜人にとって、解決方法はそんなに難しくはない。レネ達もそれらのことは玄武や地図作製によって知っているのだが、それらを関連させて応用できるまでにはなっていないのだ。

「どうぞ。一息入れてください」

 全員が唸っているところにジンレイが現れ、座卓に蜂蜜レモン炭酸を置いていく。今回のものはレネの好みに合わせて酸味は控えめで作ってある。

 唸っていた三人は置かれた飲み物に笑顔を浮かべ、思考を止めて飲み始める。シャンティナにも配られたので、リボンをはためかせて飲んでいた。杜人はそれを見ながら、そろそろ良いかと考える方向を教えることにした。

『さて、案が出尽くしたところで整理しようか。まず操作性の向上自体はそれなりに可能であり、金を気にしなければ他のことも実現可能である。これは良いな?』

 杜人は机の上を歩きながら見渡し、三人はその通りと頷く。操作性自体は反応感度を変えればそれなりに良くなるからさほど問題ではない。他に三人が考えたものは玄武に組み込んだ自動で判断する術式を利用することだったが、現状の制御核では消費魔力が追い付かないので新たなものを追加しなければならなくなり、金銭的にそれは厳しいと断念していた。

『操作性が向上しただけでも事故はある程度減るが、それだけではまだ足りないと思われる。目標は現状の制御核で足りる程度の変更、または追加で実現すること。そのため自己判断術式は使えない。ならばどうするか』

 そこで言葉を切り、ぐるりと見渡す。三人とも、それが分かれば悩んでいないと顔に書いてあった。だから杜人はわざとらしく肩を竦めて笑みを浮かべると、結論をさらりと言った。

『そんなものは操縦者にやらせれば良い』

 その結果、三人は同時にわけが分からないという表情になって、同じように首を傾げた。操縦者が間違うから組み込もうとしているのに、操縦者にやらせろと言われてもと思っているのは明白である。

 その反応に満足しながら杜人は話を続ける。

『地図作製の術式は組み込めるだろう?』

「うん。あの程度なら問題ないよ。……んん? んー?」

 説明の途中なので、レネは質問をしないで問われたことだけを答えた。そして直後に額に手を当てて考え始める。それを見て杜人は説明を止め、しばらく待機した。内心ではこれだけで気が付いたのかなと期待している。

 レネは憶えた情報を関連させて引き出すことができ、状況に合わせて修正することもできる。だからきっかけさえ与えれば、一気に情報が連結していく。現時点で結構な量の知識を杜人はレネに教えている。だから杜人はどの辺りで理解するか確認するため、今回は少しずつ説明することにしていたのだ。

「……そうだ、そうだよ! 穴が開いていることを知っていれば、その上を歩こうとする人はいない。だから、そこが危険だと分かれば操縦者が判断して対処する。後は単純に距離などを計算して、危険なら減速したりするだけで良いんだ!」

 レネは目を輝かせて拳を握り締めると、勢い良く上を向きながら突き上げる。その動作は杜人が良くやる無意味なポーズと共通項が見受けられた。だからエルセリアとセリエナは思わず吹き出してしまった。

「だんだん似てきたね」

「いつも一緒ですから仕方がないかと思います」

『ふふふ、たゆまぬ薫陶の賜物である』

「……コホン」

 三人の反応にレネは我に返ると小さく咳払いをし、何事も無かったかのように手を下ろす。だが、ほんのりと頬が朱に染まっていたため、見ている三人にはレネが恥ずかしがっていると簡単に分かった。温かい目で見つめられたレネは、誤魔化すように話し始める。

「えっと、地図作製を応用して周囲の状況を視覚的に表せば、大抵の人は行けない場所に行こうとは思わないよね。後は危険な状況になったら音で知らせるとか、回避しない場合は一定距離になると減速するとか単純な制御で十分だと思うけれど、どうかな?」

『良いと思うぞ。追加で今どの程度の速度で移動しているかを数値で表示すれば、更に気を付けるようになるだろう。感覚だけだと個人差や体調によって変化してどの程度が危険かが分からせづらい。馬車でも意図的に暴走させることは可能なのだから、これ以上は個々の責任だろう』

 杜人はレネの発想にほぼ満点の評価を与え、レネも嬉しそうに笑う。杜人の案は自動車が元なので案もそれに順ずるものになる。それをレネは教えられた知識のみで構築したので杜人も喜んだ。

「それじゃあ、これを基本として改良してみよう!」

「おー!」

 行き詰まった状況が一気に動いたため、レネ達は元気に作業を開始した。その様子を杜人は机に寝転びながら温かく見守っていた。





 ここ最近、主要な街道にて山賊による軽微な被害が商人達の間で囁かれていた。命まで奪う凶賊ではないため、今のところは国が行っている巡回の頻度を多くする程度の対処に留まっている。

 そんな街道に一台の走甲車が、荷物ではなく人を乗せて走っていた。現在の速度は馬車並みなので走甲車としては速くないが、揺れはほとんど無く快適な乗り心地である。

「ご覧の通り、以前より操作性が向上して扱いやすくなりました。それと、このように周辺の状況が表示されますので、より安全に操縦することができます」

 ダイル商会所属のリュトナは、取引先でもある商人達を乗せて新しい走甲車の体験乗車を行っていた。リュトナが指差す正面の透明な装甲には、街道に重なるように各種情報と俯瞰図が表示されていて、危険箇所には赤く印が付けられていた。

「それと今回からこの走甲車がどの程度の速さで移動しているかを表す数値も表示されています。これによって風を受けないので分かりにくかった速度も分かるようになりました。よそ見をして速度に気付かなくても、危険な状況になれば警報が鳴るので安心です」

 リュトナの流れるような説明に乗り合わせた商人達は頷いている。だが、それはその通りと認めているだけで購入しようという意欲までは見えなかった。走甲車は安い買い物ではないので、操縦しやすくなったという理由だけでは弱いのだ。

 そのためわざと危険なところに移動してどのような挙動が起きるかを実演しても、感心するだけで反応は鈍い。それでもリュトナはいつもの柔らかな微笑を崩さずに説明を続けていた。

 そんな醒めた雰囲気が漂っているときにいきなり注意を促す警報がなり、商人達は何事かとリュトナを見つめる。リュトナはといえば、慌てることなく表示されている情報を説明し始めた。

「ここに表示されています赤い点の集合は、ある程度以上の大きさを持ち動いている存在を示しています。要するに、街道の外にいる魔物や人です。ご覧の通り、この点は正面からこちらを包囲するように移動していますので、噂の山賊と思われます」

 俯瞰図には街道の外に赤い点が現れていて、それが徐々に狭まってきている様子が見える。その説明に全員が息を呑むが、リュトナの様子がまったく変わらないので恐慌に陥る者はいなかった。そうこうしているうちに周囲から矢が打ち込まれてきたが、音も無く矢は弾かれていく。その様子に商人達はここは安全と分かりほっと息をはいた。

「この走甲車は全面が防御魔法で覆われていますので、弓矢の類は効きませんし油を撒かれても燃えません。しかし、この防御魔法は追加装備ですので標準品には付いておりません。そのため当商会では、多少値が張っても安全を重視して追加購入をお勧めしております」

 言外に、安さだけを求めて被害を受けても知りませんと言う意味を込めながら、変わらぬ微笑で説明を続ける。

「ご覧ください。どうやら街道に障害物を置いて足止めしようと考えているようです」

 リュトナが示す俯瞰図には、この先の街道に障害物があると青い色で表示されている。その説明に商人達は不安そうになるが、リュトナは変わらない。

「この青い色の場合は、走甲車なら障害にならないことを示しています。……見えてきました。丸太ですね」

 リュトナはそのまま走甲車を走らせ、速度を落とすことなくそのまま通過していく。商人達は何事もなく通過したため、またもやほっと息をはいた。ところがすぐに警報が鳴り、今度は正面に赤く点滅する点が集合していた。

「これは動いていた赤い点が街道に出てきたことを表しています」

 一旦わざと説明を区切る。またもや顔を青ざめさせる商人達。その気配にリュトナはくすりと小さく笑うと、説明を続けた。

「そして、点滅している場合は走甲車にて蹴散らせます。操作命令、防御最大、反動制御開始、前面衝角展開」

 説明してから搭載されている魔法具に触れ、矢継ぎ早に命令をする。すると前方が輝き始め、前面を包み込む形で後ろに光の渦を流す半透明の槍のようなものが出現する。リュトナの力強い説明と美しい光景に、商人達は不安を忘れて輝きを見つめていた。

 そして走甲車はそのまま街道で通せんぼしていた者達に突撃し、障害物を脇に動かしながら道をこじ開けていく。衝角は斥力障壁の応用であり、障害物は衝突されても押し返されるように脇に軽く飛ばされるだけで命を奪うような威力はない。速度はあるのでまともに当たれば大きく飛ばされはするが、最大でもその程度の被害で済むのだ。

 やっと包囲を抜けたと俯瞰図で分かった商人達は、先程までとは違って真剣な顔で検討を始めていた。

「操作命令、定常移行。このように、この程度でしたら問題なく跳ね除けることができます。相手側にも怪我を負わせないようにしていますので、勘違いしたときも最小限の被害で済みます。これも追加装備になりますので、ご入り用の場合はお申し付けください。それでは皆様の時間もありますので、少しだけ急ぎましょう」

 雰囲気が変わってもリュトナは変わらない微笑を浮かべながら、速度を上げて道を進んでいった。

 こうして企画立案、腹黒商人。追加装備製作、殲滅の黒姫。監修、謎の魔導書。実演、麗しの受付嬢によって行われた走甲車販促作戦は、確かな感触を得て終了した。

 街道を行き来する商人達は山賊の被害に遭うより安上がりと分かったので、同乗した大部分の者が追加装備込みで走甲車を購入していった。そして実際に被害に遭わないことが証明され更に購入者が増えた結果、山賊の被害は激減し流通に目立った変化が起こる前に事態は収束したのだった。





「く、まさかあんな珍妙なものがあったとは……」

 反抗組織の首領であるウンジールは、骨ばった手に持つ流通衰退作戦の報告を読みながら作戦の失敗を悟った。走甲車の広がり自体はまだ目を見張る程ではないが、流通を衰退させるどころか逆に流通速度が上がって活性化の兆しすら見受けられた。

 このまま大商人達に広まれば被害に遭うのは購入できない零細商人である。そんな者を襲ってもたかが知れているし、それらにも大商人からの支援によって共同購入の形で使用する流れになりつつあった。こうなると山賊も利益が出なくなるため仲間割れを起こして分裂したり、廃業したり他国に移動したりしてしまう。

 そしてなにより調査した結果、商人達が使うより前に軍の一部で使用されていたことが分かり、あの過剰なまでの突撃能力も合点がいった。そのためこの急激な普及には国が裏で動いていると読み取ったのだ。そのためこれ以上の干渉は組織の存在を気取られると考え、作戦の中止を決定した。

 もちろんこれは大きな勘違いである。最初は山賊被害を軽減するために大商人が購入したのだが、使用した結果その速度によって利益が十分出ることが分かったため更に購入したのであり、今では山賊被害の軽減という理由は二の次になっている。

 零細商人に支援しているのも、放置すると目の届かない部分から流通が死んでいき、結果的に不利益を被ると分かっているからである。なによりその中には未来の大商人が居るかもしれず、援助することによって大きな貸しを作ることができるのだ。

 そしてなにより、過剰と言える突撃能力は面白そうだから追加されているだけであり、国どころか軍も関係なく初期運用にも計画はなかった。そのため基本装備ではなく追加装備となっている。原案杜人、作成レネ、承認ダイルで流れるように追加された完全なお遊び機能であった。

 人は己の常識で判断する。そして兵器の開発には年単位の時間と莫大な資金が必要であることは、少しでも知識がある者なら分かる。無意味な装備を嬉々として考え、実現できる術式を瞬く間もなく組み上げ、試作品を即座に作り上げて何度も試験を行えるとは考えない。

 だから、ウンジールは己の推測を信じた。

「だが、レーンの奥の手を表に引きずり出したのだから、ある程度はうまくいったということだ。確実に打撃は与えている。それにこちらに目が向けば、真の目的から意識をそらすことができる。本命を悟られなければ何とでもなる……」

 ウンジールは髭を撫でながら怪しく笑う。本命は言うまでもなくレーンを支える貴族の弱体化である。こちらは長くかかるが確実に屋台骨を蝕んでいる。安定を失った大国ほど脆いものはなく、気が付いたときには手遅れになっているものなのだ。

 だから、今回の作戦が失敗してもウンジールは嘆かない。国がまったく関与していないとは思えない状況だからこそ、強大な敵を倒すためにその意欲は更に燃え上がっていた。

「必ず恥辱を与えてやる。知らずに惰眠を貪りながら待っておれ……」

 薄暗い光の中でウンジールは呟き、その影は妖しく蠢いていた。



 追加装備を考えたときに、レネには分からないことがあった。杜人がどうしてもと言ったのでその通りにしたが、必要性が理解できなかったのだ。それを見たダイルも反対するどころか喜んだので、更に謎は深まるばかりであった。

「ねえ、どうしてわざわざ光を出したり渦を巻くように回転させたりしたの? 機能的には意味無いんだけど」

『そのうち分かる』

 杜人は腕組みしながら意味深に頷き、レネは良く分からない返事に首を傾げていた。
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