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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第3章 活躍と暗躍は大親友

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第10話 魔女の降臨

「注意事項はこの程度かな。後は交代しながら行こう」

「最初は私ね」

 レネの説明を聞いたエルセリアが、煌めく銀髪を揺らしながら笑顔で身体を伸ばす。

 認識阻害の魔法具を装備した一行は、注目されることなく目的の階層まで和気藹々とした雰囲気で歩いて来た。そして水晶柱の広間で注意事項の確認を行い、地図作製の魔法や防御魔法をかけてから同じように奥へと移動していった。





「うん。鉄人形は特級魔法なら簡単に倒せるし、赤目妖精も特級なら吸収しきる前に倒せるみたい。でも、これならレネの専用魔法のほうが効率が良いよ」

「赤目妖精のほうは強化してからでは中身を上級魔法にしないと無理ですが、それ以前なら中級魔法で十分ですからね。知れ渡ればここに来る魔法使いが増えるでしょう。論文は提出するのですか?」

 エルセリアとセリエナは交代しながらレネの検証を再確認し、予測していた部分を埋めていった。これによって、この階層は不毛の地から宝が勝手に湧く場所へと変貌していた。

 現在は大きめの部屋で結果を突き合わせながら休憩している最中である。

「そのつもり。少しでもお金を貯めて魔法書を作る足しにしたいからね。今のままだと、魔導書を強化していっても特級魔法を使えないんだよね」

『消費百倍なら使えるのだがな』

 空中に浮きながら肩を竦める杜人に三人娘はくすりと笑う。レネが現在使っている彗星の杖は上級魔法が限界なのだ。実は炸裂氷結槍も強化した分消費魔力が増えたので危うかったのだが、なんとか許容範囲に収まっていた。

 残りの星天の杖は天級魔法も使えるが、杜人の手によって多少は改善されたとはいえ常時使えるような代物ではない。そのため頭打ちになっている状態と言える。

「それにしてもシャンティナさんは凄いね。たった一人で戦っているのに、全然息が乱れないなんて」

「殴るの得意」

 さすが護衛と褒めるエルセリアに、シャンティナは相変わらず平坦に答える。だがリボンは嬉しそうに振られていた。それをレネ達は微笑みながら見つめている。

「ほんと頼りにしているからね。……それにしても、この階層にも魔法具の魔物が増えて来たね。誰かが上の階層が人がいっぱいだからってここに捨てているのかな。貯金が増えるからありがたいけどさ、ちょっと問題だよね?」

 今日の探索では前回まで居なかった魔法具が変化した魔物がうろついていた。もちろんレネは見逃すことなく実験を兼ねて倒し、杜人もタマと霊気槍を組み合わせてどんどん回収していた。そのため現時点でこの間より儲けが出ている状態である。

『その辺りはもう商店会か何かが動いているだろう。そうしないと自らの首を絞めることになるからな。ダイル商会からの依頼もその一環だと思うぞ』

「そうですね。正式に国が動いた場合は、後で規制を厳しくしなければなりませんから。国側も問題が大きくなる前に始末しろくらいは言っていそうです」

 杜人の推測にセリエナも賛成する。国が動くには金がかかり、金がかかる以上は理由が必要である。そしてそれを民間で解決できないとなれば、その対策を国側がしなければならない。しなければ悪しき前例を作ることになり、すれば規制された部分が硬直して成長が鈍ってしまう。だから国側としては問題が表面化する前に収拾しろと暗に言って来るのだ。この辺りは貴族時代に学んでいるので、簡単に推測できる。

「何にしても、お掃除すればみんなが幸せ。この調子で回収しよう!」

 レネが元気良く結論を出し皆が返事しようとしたとき、横にいたシャンティナが静かにレネの前に移動し、右手を横に素早く振った。その動きに虚をつかれて声を出す時機を逸し、自然に注目はシャンティナに集まる。

「……あれ、その剣どこから出したの? ……というか、それ呪われてない?」

「飛んで来ました」

 シャンティナの右手には、いつの間にか細剣の刃の部分が握られていて、全体がうっすらと赤黒い靄のようなもので覆われていた。そして握られているにもかかわらず、微妙に刀身がうごめいていた。そのためエルセリアは素早く魔力を見る魔法を発動させて観察し、レネの予想を肯定した。

「呪われているよ。ついでにこれも魔物化している。元はかなり良いものみたいなのにもったいないね」

『ほう、それは良いな。ジンレイ、支配してみてくれ』

「分かりました。シャンティナ、そのままこちらへ」

 ジンレイは元々迷宮に投棄された呪われている品々の集合体である。それ故に、今でもその手の品物を支配して取り込むことができる。ジンレイが差し出された剣の柄を持って受け取ると、赤黒い靄の量が増えてジンレイの腕を這い上がっていく。

「うわあ……」

「解説しなくて良いからね!」

 お化けの類が大の苦手なレネは、剣に背を向けて耳を塞いでいる。魔力を見ていたエルセリアの目には、髪を振り乱した貴族らしい女性がジンレイの腕を這い上がってるのが見えていた。ジンレイにも細剣を持ったときから見えていたが、微笑を浮かべた表情に変化はない。

「元気がよろしいですな。それではいきます」

 次の瞬間、ジンレイから発せられた白い光によって赤黒い靄は一気に吹き飛び、単なる細剣になった。エルセリアの目には、絶叫を上げたかのように大きく口を開いた女性が、光に引き裂かれて散り散りになっていく光景が映っていた。そして今は、単なる質の良い細剣になっているのが分かった。

 ジンレイは細剣を動かして様子を見たが、ため息をつくと杜人に報告する。

「申し訳ありません。少し躾けただけで消滅してしまいました。なりたての者は意思が弱いのかもしれません」

 嘆いて首を振るジンレイに、シャンティナ以外の全員がそれは違うと心の中で突っ込みを入れた。シャンティナはいつの間にかレネの陰に隠れてそっと服をつまんでいる。リボンは恐れるように縮こまっていた。

『ま、それでも足しにはなる。レネ、そんなに可愛らしく震えているといじめたくなるから、そろそろ元に戻ってくれ』

「ふんだ」

 杜人は耳を塞いでいるレネを下から覗き込む。レネは多少頬を赤らめながら耳から手を離し、魔導書を鞄から取り出して細剣を取り込んだ。

『まあまあだな。だが、今までのものよりは良い。これなら、もしかしたら特級魔法を使える特化杖があるかもしれないぞ』

 調査結果を聞いたレネは、それは考え付かなかったと手を合わせる。

「手に入れることができれば、お金をかけずに急場はしのげる……。良し、狩ろう」

 ほんの少しだけ考えて、レネは行動を決めた。これにはエルセリアとセリエナも先程まであんなに怖がっていたのにと微笑んだ。

「それでは、改めて出発進行!」

『おー!』

 立ち直ったレネの掛け声につられ、一行は元気に歩き出した。

「そういえば、いきなり遠距離から剣が飛んで来ましたけど対策はしなくて……良いですね」

 セリエナは本来であれば最初に考えなければならないことに気が付いた。しかし、前を歩くシャンティナを見てすぐに結論が出たため、それ以上続くことなく消えていった。こうしてレネを止める可能性があった最後の良心も沈黙し、狩りという名の何かが始まったのだった。

 そして数日が経つと、レネ達が活動している階層に深淵の魔女が出現しているとの噂が立った。

「あれは近づいては駄目だ」
「遠くからいきなり近寄ってきて、そのまま通り過ぎた」
「赤目妖精がいきなり爆散した」
「嬉しそうな笑い声が複数聞こえた」

 徐々に探索者が入ってきたためレネ達は探索者達から離れて行動していたが、ちょっとばかり注意が足りずにかなりの痕跡を残していた。そのせいで一時期増えた探索者も、深淵の魔女を恐れてその階層に近寄らないか今まで通り一気に通過していった。

「まだ出会ったことがないのか、見えないから気が付かなかったのか、どっちだろう……」

『夜にしか現れないとか、時間帯で階層を移動しているとか、その程度だと思うぞ。実態が分からない以上、後は気を付けるより方法はないな』

 その噂を聞いたレネと杜人も更に気をつけて行動することに決め、元気にエルセリア達を誘うのだった。






「効果が全く上がっていないな。どういうことだ?」

「何でも例の階層に魔物を狩る魔物が出現したとか。そのため投入した物品も少なくなっていました。このままではすべて駆逐されてしまいます」

 隠れ家にて報告を聞いたウンジールは、節くれだった手で顎を撫でながらしばらく考える。そしてこのままでは大きな犠牲を出さないまま騒ぎは収束し、買っておいた転移石も売れずに大損となってしまうため、温存していたもののひとつを投入することにした。

「餓竜槍を使え」

「よろしいのですか? あれは後の作戦に使用するはずだったのでは……」

 餓竜槍とは、竜の素材を元に作った槍を用いて人をなぶり殺し、怨念と血を吸わせてからあえて迷宮に放置して魔物化させ、それを回収してきてまたそれを元に槍を作り怨念と血を吸わせる。それを何度も繰り返して作られた槍である。その作られた経緯から与えた傷口の治癒を妨げ、そこから命を啜る呪われた槍となっている。

 強力であるが故に、使い手も怨念に飲み込まれて狂ってしまう。そのため使い方は限られるが、傷さえ与えればそれを致命傷とできる特性は喉から手が出るほど欲しいものだ。本当は王族の暗殺に用いる予定であったが、ここでつまずいては資金が大きく目減りしてしまうことと、組織内部の求心力が失われてしまうため投入を決断した。

 そのため、ウンジールは迷いを見せないために力強く断言する。

「無いなら無いで別のものを使えば良い。物に固執しても仕方がないからな」

「分かりました」

 その泰然とした姿に安心した構成員は、微笑みながら一礼すると命令を実行するために部屋を後にした。ウンジールは計画のずれによる作戦の遅延に漠然とした不安を抱きながらも、これでうまくいくと口の端を吊り上げて笑っていた。




「うーん、魔法具のほうはもう終わりかなぁ。見かけなくなったね」

「たくさん回収したから犯人を特定できたのかも。それなら安心だね」

 何度か潜って魔法具を回収していたレネ達だったが、遂に一度も魔物化した魔法具を見かけなくなってしまった。現在この階層には深淵の魔女が出るということで、元々の難易度もあって回収目的の探索者はほとんど入っていない。

 それでも出会うのは鉄人形と赤目妖精のみなので、誰もがすべて狩り尽くしたと考え始めていた。

「結局使える杖は無かったね。残念……」

 期待していたのにとレネはため息と共に肩を落とした。

 徘徊していた強めの魔法具の中で多かったのは武器関連で、次に籠手などの防具類だった。魔法書はなく、魔導書もなかった。杖はあったが上級魔法が限度のものばかりで、目的に適うものを手に入れることはできなかったのだ。

「大賢者様が使っていた森羅万象の書とは言わないから、せめてそれに準ずる魔法書くらいはあってほしかった……」

『随分贅沢な基準だな。ちなみに、その本はどれだけ凄いんだ?』

 冗談と分かっているので、杜人は突っ込んで欲しそうなレネに微笑みながら聞き返す。そのためレネは嬉しそうに小さく笑った。

「何でも世界の法則を改変して自由自在に操れたとか言われているよ。ただ、この迷宮から魔物が溢れそうになったときがあって、そのときに現れた『滅びもたらす無明の闇』との戦いで壊れたんだって。見たこともない強い魔物がいきなり出現したり、ものすごく強力な魔法具が完成品で見つかったりするのも迷宮の謎なんだよね」

『ここは場所自体が謎の塊なんだから、それは気にするところじゃないと思うのだが。というか、以前俺にあるものはある、使えるものは使うで良いと言ったのはどこのどなた様でしたかなぁ』

 自慢げに話すレネに杜人はお望み通り突っ込み、レネも会話が連携したので嬉しそうに舌を出した。そうして一段落したところで次に進む。

『とにかく、こういうことは地道に行けということだろう。貯金もできたから良しとしようか』

「そうだね。元々目的は魔力結晶をたくさん取ることだったし」

 魔法具の回収はおまけなので、杜人の言葉でまあ良いかとレネは笑みを浮かべた。そんなレネにエルセリアは微笑みながらこれからの予測を話す。

「レネの魔法が公開されたらここは探索者が溢れると思う。そうすれば魔力結晶を手に入れること自体が難しくなるし、市場には魔力結晶が今より多く出回るから、価格も下がって今よりはずっと儲けが出なくなるね。だから、売るなら今のうちにしておかないと駄目だよ?」

「うっ、どうしよう……」

『どのみち強化しないと後で困るから、今回の分は使ってしまおう。売っても当人が安くなる原因を作ったと分かれば、買い取ったほうの気分が悪くなるだろうからな。……むしろ、この階層を魔法使いが楽に通過できる魔法の論文を学院に提出する予定だと言えば、感謝されるかもしれないぞ?』

 レネは利益と強化の板挟みになって思わず頭を抱えた。そんなレネに杜人は強化優先の意向を伝え、後半のほうは内容自体は普通のことなのにわざとらしくにやりと笑い、まるで人に言えない悪だくみをしているかのように小声で伝える。そのため、聞いたレネはごくりと唾を飲み込んで、思わず周囲を見回した。

 もちろん周囲に聞こえない程度ではないので、エルセリアとセリエナにも聞こえている。二人ともその様子を見て、仕方がないなぁと柔らかく微笑む。もちろん、どちらもこれが杜人の冗談と分かっている。分かっていないのはレネだけであった。

「じゃ、じゃあそうしようかな。感謝されるのは良いことだよね?」

『もちろんだとも。魔力結晶の供給が増えると直接言うわけではないから、単なる世間話だ。誤解するのは聞いた者の勝手だからな』

 杜人は悪人のように笑いながら、まるで隠れて悪いことをしているような口調でそそのかしていく。レネはといえば、必要のない善悪の葛藤に手を握りしめていた。

 そんな杜人の冗談に簡単に騙されるレネを見ながら、エルセリアとセリエナは本当に仕方がないなぁと笑みを深めながら目を合わせ頷いた。

「レネ、別に全部伝えても問題ないんだよ。あくまで予測であって、本当にそうなるかは分からないんだから」

「え? でも……」

 エルセリアの指摘に、レネは首を傾げて杜人を見る。杜人はといえば、視線を受けて真面目な顔になって話し始めた。

『物事というものは、聞き手の主観で判断される。俺は普通のことを言っただけなのに、レネは果たしてどのような解釈をしたのかなぁ?』

 最後はからかうような口調でレネの前をふらふらと飛ぶ。さすがにこれでまたもや遊ばれたと悟ったレネは、予備動作なしに素早く腕を動かすと杜人を捕まえて胸元に引き寄せる。

『げっ、何という速い動きだ……。良し、一緒に世界を狙おう。レネなら世界一にきっとなれる!』

「よく分からないけれどありがとう。お礼はいつものにしておくから」

 レネはにっこりと微笑むといつも通りに攻撃をし、そのまま手を離した。杜人もぽてりと床に落ちると痙攣しながら横たわる。もちろんあっさり捕まったことも含めて演技である。

「ふんだ、馬鹿」

 レネは乗せられた恥ずかしさで顔を赤らめ頬を膨らませ、エルセリアとセリエナは本当に仲が良いなぁと微笑んでいる。

 そんなときに、後ろに控えて周囲を警戒していたジンレイが一行の前に出て正面を見据えた。

「皆様、どうやら大物が最後に控えていたようです。処理を致しますので少々お待ちください。シャンティナ、行きますよ」

「はい」

 そう言ってジンレイとシャンティナは同時に飛び出していった。

 驚いたレネが通路の奥を見ると、そこには槍を持って肌を黒く染めた赤目妖精がゆっくりと向かって来ていた。手に持つ槍からは黒くうごめく靄が出ていて、赤目妖精に吸い込まれている。

 遊びを止めて復活した杜人も様子を確認し、見ただけで分かるくらい明らかに今までの魔法具と一線を画す力に首を傾げた。

『乗っ取られているな。確かに大物だが今までとは毛色が違い過ぎる。なにかおかしいな』

「もしかしたら今までのことは誰かの陰謀で、私達が狩り過ぎたから慌てて出すはずのないものを出して来たとかは……、無いですね。この程度で何か影響が出るわけがありません。単に封印されたまま投棄されていて、あの赤目妖精が最近になって偶然封印を解いたのではないでしょうか」

 セリエナは真実に近い推測をするが、考えてからそれを否定した。単なる学院生のお遊びで潰れるような陰謀があるわけがないと思ったことと、不法投棄のほうが大いにありえたからだ。

「そうだよね。簡単に狩れたし、今までのだって弱かったよね」

『それもそうだな。やるなら様子を見ながら戦力を継ぎ足すなんてしないだろうし、目的も見えないから単なる偶然か』

「ばれそうになって、証拠隠滅のために慌てて捨てたのかもしれませんね」

 レネと杜人もそれに賛成し、エルセリアがありえそうな推測を述べる。そのため全員が単なる偶然と判断し、陰謀説は欠片も残らず消滅した。計画したウンジールが聞いていたら、そのまま憤死しそうな認識である。

 最近のレネは杜人によってかなり強くなっているが、いつも単独で迷宮に来ているため強くなった実感があまりない。エルセリアは天級魔法を連発できる規格外であるので比較にならず、セリエナも今ではレネより速く魔法を発動できるようになっていた。そのためレネは三人の中で一番弱いと思っていて、それでも弱いと感じるのだから、やる意味がないと思っている。

 一方、エルセリアは新しい術式を瞬時に構築し精密な制御を行えるレネのほうが凄いと思っているし、昔はまともだったセリエナも規格外な二人に毒されて基準がすっかりおかしくなっている。

 何より、三人とも自分より優れている人はたくさんいると認識していることが大きかった。しかも、実際にその対象が目の前に居るのだから、認識が正されることもない。

 そんなことを話しているうちに、シャンティナが呪いで強化されているはずの赤目妖精をあっさり倒し、ジンレイが無造作に槍を拾う。すると槍から立ち上る靄がすぐさまジンレイを包み込み、その身体に染みこむように消えていった。

 槍の霞は健在であるが、ジンレイに変化はない。しばらく待っても槍に変化が見られないため、ジンレイは確かめるように軽く槍を振るい、期待が外れたように呟いた。

「単なる怨嗟の寄せ集めですか。なら、要りませんね」

 元の彷徨う扉を構成していた者達はすべて単独で、しかも己の意思でそれを願った存在だ。しかし、この槍の呪いは殺された人達の怨嗟であって、そこに確たる思いは存在しなかった。そのためジンレイは槍に宿っていたものを不要と断じた。

 ジンレイは己の意思を槍に注ぎ込み、宿っていた思念の残滓を一瞬で消し飛ばす。命を啜る力など杜人とレネにはふさわしくないので、走り続ける杜人とレネの前に立ち塞がるであろう障害を穿ち貫く意思を送り込んだ。こうすれば、必要なときに力を切り替えて使えるようになる。

 そうして処置を終えた槍は黒い本体はそのままで、そこに白い紋様のような線が浮き出た、どことなく神秘的に見える槍となった。それを見てジンレイは満足そうに頷き、杜人の元へ戻る。

「お待たせいたしました。それなりに良いものだと思います」

『お疲れさま』

「やっぱり弱かったね」

 全く心配していなかったレネ達はジンレイとシャンティナをねぎらい、杜人は槍を取り込んだ。そして調べてからそのままジンレイに預ける。

『良し、今までの槍よりは品質が良いから、今後はこれを使ってくれ』

 ジンレイは一礼して受け取った。そしてすぐに己の中にしまいこむと、後ろに下がり静かに控える。その動きは自然で、全員が見ていたはずなのに全く気にならなかった。そのため一行の話題はすぐ次に移った。

『喜べレネ、これで次の封印を解放できるようになった。効果は単純で、消費魔力量の削減だな。今はあまり変わらないが、もっと力を増せば実感できるだろう。これなら、そのうち天級も使えるようになるかもしれないな』

「やったぁ! それじゃあすぐに解放するから、文言を教えて」

 言われた通りに喜んだレネが封印を解放しようと尋ねるが、杜人は笑顔で首を横に振った。

『今解放すると身体のほうに大きな反動が来るから、もう少しおあずけだな。使うと次の日に動けなくなるが、それでも良ければ文言を教えるが』

「えぇー、……我慢します」

 それを聞いたレネは、笑顔から一転して残念そうに眉を下げる。それでもしばらく迷ってから、やっと小さく答えるとため息をついた。

「お世話はするから、試してみれば?」

「う? …………やめとく」

 エルセリアが笑顔でそそのかすが、レネは散々迷った上でその誘惑になんとか耐えきった。それを聞いたエルセリアはとても残念そうだった。

『あれは絶対、講義をさぼってでも世話をするつもりだったな。なんて欲望に忠実なんだ。俺も見習わなければ……』

「むしろ、手本を見せているのではないでしょうか」

 杜人はエルセリアの行動力に感心し、セリエナは頭痛を堪えるようにこめかみに手を当てて呟いた。

「……良し。魔法具の回収も一段落したから、今のうちに魔力結晶を量産しておこう。出発!」

『おー!』

 レネは誘惑を振り払うために気持ちを切り替え、元気に拳を振り上げる。エルセリア達は小さく微笑むと、元気に応えて奥へと移動していった。



 結局その後も被害が拡大することはなく、階層の閉鎖もされなかったために反抗組織が企てた探索者蹂躙作戦は失敗に終わった。この作戦にて得られたものは、買い付けた大量の転移石のみである。

 ウンジールはいきなり深淵の魔女が現れたからと失敗の原因を分析し、突発的な出来事故に対処不能だったと結論を出した。要するに、作戦自体に問題はないとしたのである。もちろんそれだけで失敗するわけがないと思っているので、本当は探索者達の力量を誤ったためと分析していた。

 だから、言い訳のための結論が間違いのない真実だとは、遂に気が付かなかった。
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