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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第3章 活躍と暗躍は大親友

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第07話 夢の破壊者

 シャンティナがレネの元へ来てから数日、エルセリアとセリエナへの紹介も終えて共同生活は順調に推移していた。ジンレイが行った教育の結果、必要のないときは居ても気が付かないようになり、レネは精神的な圧迫を受けずに済むようになった。そしてシャンティナも餌付けの結果杜人に怯えることが無くなり、平和な時間が過ぎていた。

「ねえレネ、付き人を連れている人がまかないを食べると変な目で見られるよ? そろそろ普通の料理に切り替えたら?」

「えー、だっておいしいし、安いんだよ。それに普通のほうにすると食費が倍以上になるし……」

「……」

 朝の食堂にて、未だにまかないを食べ続けるレネに、エルセリアはそろそろ普通の食事をと勧めるがあまり良い返事は得られなかった。一緒に食べるシャンティナも無言だが、満足しているのは何となく分かる。

『そのうちジンレイの食事に慣れて、こちらでも食べるようになるさ。まだそれなりの金を使えるようになった実感が湧かないためだから、もうしばらく待ってくれ』

「確かにお金の使用感覚はなかなか変わりません。私もまだ何の気なしに大きな買い物をしそうになります」

 杜人の意見にセリエナも同意した。セリエナもまだ無駄遣いができないので同じくまかないである。つまり、エルセリアだけが貴族用だが普通の食事をしているのだ。こうなると意図しなくても疎外感を抱いてしまうものだ。

 かといって貴族のエルセリアがまかないを食べるわけにも行かない。評価を保つには外聞もそれなりに気にしなければならず、お金を消費するのも貴族の役割のひとつだからだ。

「炭酸水が地味に広がって来ているから、そのうち楽になると思うよ。ここにも入荷するようになったからね」

「魔法具ももっと作ってくれってお願いされたよ。そんなに作って大丈夫なのかな。そろそろ真似されると思うけど」

 レネはエルセリアの予想に安堵しながらも、安価な類似品におされて魔法具が余らないだろうかと心配になった。

 ダイルは個人用の炭酸水製造魔法具を料理店や小売店舗に貸し出しして販売網を広げていた。細かい契約までは知らないので何とも言えないが、流行したものの類似品が出回るのはいつものことなのだ。

「少なくとも店舗で出す分は大丈夫でしょう。類似品を作ろうにも直接術式を解析できないでしょうし、見た目のみを真似しても作れません」

 セリエナの意見にレネとエルセリアは頷いた。何度も爆発を経験した実験班長の言葉はとても重みがあるのだ。

『あれ以外でも作れるが、そこまで研究する者がいるか疑問だな。真似する者は大抵目先の利益に飛びつくから、苦労して研究するとは思えない。だからしばらくは大丈夫だろう』

 レネ達が作った魔法具も、杜人が結論を教えていたから楽に作れたのだ。一から作った場合は年単位の時間がかかると杜人は予想している。

 その結論にレネ達は頷き、失敗作で破産する者が出たりしてと冗談のようなことを言い合って笑った。そんな和気藹々とした輪の中で、シャンティナはおいしい食事に小さく微笑んで幸せそうにしていた。





 今日の日中は、シャンティナを迷宮に連れて行くための装備を考えることにしていた。何もなくても刃物を通さない防御力と岩も砕く手足があることは既に承知しているが、そのままでは怪我をしそうで気分的に嫌なのだ。

 そのためジンレイの屋敷にて、レネと杜人は色々と考えていた。

「格闘だから、篭手に肘当て、膝当てに具足。それが各二個で合計八個。ちょっと多いかな」

『後は頭突きとか体当たりも考えれば全身だな。そう考えたら鎧を着たほうが早いぞ。シャンティナ、得意な攻撃は?』

 同じ座卓におとなしく座っていたシャンティナは、いきなりの質問にも驚くことなく平坦に答える。

「殴る、蹴る、投げる、です」

 見事に基本動作のみの回答に、戦ったことがある杜人は予想通りと頷いた。

 情報機関でも格闘技は教えていたのだが、基本能力が高いため力押しでも勝ってしまうのだ。そのため真面目に教えると危なくなりすぎるので、基本的なことしか教えなかったのである。

『考えておいてなんだが、実際装備を与えても役に立つ可能性は低いと思う。本人の攻撃力が高すぎるから、耐えられずにすぐ壊れるんじゃないか?』

「だよね。それじゃあ意味ないよね……」

 気分だけの問題なため、不要なことは間違いないのだ。そのためレネと杜人は揃って頭を抱えた。シャンティナは出された氷が浮いているソーダをおいしそうに飲んでいる。

 杜人はどうしたものかと考えながら、氷を噛み砕いているシャンティナを見つめる。襲われたときは、全身を使って躍動感溢れる動きで襲い掛かられた。そこに洗練された技はなく、まさに野生の獣のようだった。

 重たい衝撃を受けても平然と立ち上がり、鋭い斬撃でも傷ひとつ負わない。手刀は容易に鉄を切り裂き、体重を乗せない蹴りで大岩を砕く。逆に言えば、今の状態は抜き身の凶器が歩いているようなものである。そこまで考えて、杜人の脳裏に光が灯った。

『レネ、俺達は勘違いをしていたかもしれない』

「え、何が?」

 小首を傾げるレネに、杜人は真剣な顔で話す。

『抜き身の刃をそのまま持ち歩くものはいない。頑丈な鎧に不用意にあたれば怪我をする。必要なものは攻撃を補助する装備ではなく、凶器から周囲のものを守る入れ物じゃないか?』

 そのまま杜人はシャンティナを見つめ、つられてレネも見つめる。おかわりを飲んでいるシャンティナは実に可愛らしい容姿をしているが、問答無用でいきなりジンレイに襲い掛かったのだ。誤解でそれをやらかせば、ごめんなさいでは済まない事態になる。それを理解したレネは納得して大きく頷く。

「確かにその通り、今のままだと危なすぎるね。……障壁を応用して攻撃を減殺するようにしようか」

『それが良いだろう。万が一のときは全力を出せるように、自動で切り替えて防御力が上昇するだけにできるか? おそらく自分で効果を切り替えなんてことはできないと思う』

「ちょっと考える」

 レネが思考の海に入ったので、杜人も他にないか考え始めた。その間、シャンティナはおかわりをおいしそうに飲んでいた。

 そしてしばらくしてからレネは顔を上げて、ジンレイが作り出した実験場に移動する。そして呼び出した小型の玄武を対象にして実験を開始した。レネはジンレイが作った魔力結晶に術式を封入して、二枚一組の斥力障壁を張る。

「考えかたは、内側は動作を制限するのが主で、外側は攻撃判定と言うところかな」

『良いと思うぞ。後は調整だな。良し行け玄武』

 玄武が巨石に全力で攻撃すると、見事に巨石は三枚におろされた。その切り口は光り輝き、見事な切れ味を示している。

「……あれ?」

『強化してどうする』

 急いで玄武を調べた結果、内側と外側が恐ろしい僅差で反転していることが分かった。威力は神鋼金を紙のように両断できるほどだったが、安定度がとても低かった。

『後で使えるか検討するとして、次だな』

「良し、行け玄武」

 次は普通の結果だった。

『斥力場が相殺されているぞ』

「うそ?! ……あうう、力場が近すぎるのかなぁ」

 今回は内外に張る力場が打ち消しあっていた。そのため無いのと一緒になっていたので、その後に細かく調整を繰り返した。そしてようやく出来上がったところで、今度は切り替えの実験である。

 杜人が玄武に炸裂氷針を放つと、玄武の全身から盛大な爆発が巻き起こった。もちろん意図しない現象である。

『これはおそらく、内側が反転したときに外側の力場を吹き飛ばしたんだな』

「くうう、異物になるのかぁ」

 ここでのつまづきは長引き、休憩を挟むことになった。

「どうしよう。力場を透過にすると反転する前に押されて重なることもあるんだよね」

『そうすれば反発して消える可能性のほうが大きいのか』

 透過した場合は認識しなくなるので微妙な距離を維持できず、重なった瞬間に同質の魔法が混ざり合って結果的に保持できなくなり消滅してしまうのだ。これは水に水を通そうとしているようなものだからだ。

 ソーダフロートを飲みながらレネは額を押さえて唸る。杜人はといえば、似たようなものが確かあったようなと記憶を漁っている。シャンティナはスプーンで浮き沈みするバニラを見て遊んでいた。

 杜人は何の気なしにその様子を見ていたわけだが、水面を行き来するバニラから唐突にプラスとマイナスに伸びる三次元の棒グラフを思い出した。

『そうだ! レネ、力場の作用点を細かく区画することはできるか? 二重にするのではなく、こんな風に格子状に互い違いに配置して両方に力が作用するようにすれば反転も簡単にできるぞ!』

 杜人はタマを呼び出して図解を始める。作ったものは中央の水平面から上下に棒が飛び出している形で、その棒を平均的にしたり上に揃えたりして解説する。レネはそれを見ると再び考え始め、やがて目を輝かせて杜人を見た。

「できる、できるよ! 調整は必要だけれど、無理じゃない」

『良し、それで行ってみよう!』

 興奮したレネと杜人は急いで立ち上がると実験場へと走っていった。

「おいしいです」

「次は温かいものにしましょうか」

 残ったシャンティナは気にせずにソーダフロートを楽しみ、見守っていたジンレイは次のおやつを考えていた。

 そしてしばらく後に出来上がったものが、仮称『反応斥力障壁』である。まず通常は内部と外部、どちらにも斥力場が弱く働いている。速度と圧力が弱い場合はほとんど無いに等しいので、手に持ったりする動作に影響は無い。

 次に攻撃時は、内部の斥力場によって一定威力以上出ないように調整している。これは護衛なので敵を無力化できなければ困るからだ。

 最後に切り替えは外部から一定の圧力が斥力場にかかったときに、一定時間内部の斥力場が解除され外部の斥力が強化されるようにした。要するに強敵以外は自動で手加減が発動し、強敵には手加減が解除され防御力が上昇するのである。

「後は実際に使って調整するだけだね」

『本当はそれが一番大変なんだが、良しとしよう』

「そうだ……、あぁ!」

 疲れているが満足した表情で帰ってきたレネは、シャンティナが食べていたホットケーキを見ると声をあげて大急ぎで座卓の前に着席した。

「どうぞ」

「わぁい」

 流れるような動作でジンレイがホットケーキを差し出すと、レネは満面に笑みを浮かべて食べ始めた。

『何個だ?』

「五つです」

 幸せそうに食べるレネと、同じく幸せそうに食べ続けるシャンティナを見て、杜人は今日くらいは良いかと笑っていた。






 ここ最近の夜の時間は、シャンティナの調整に費やされていた。というのも、シャンティナの体内には魔物と同じく成長する魔力結晶が存在しているからだ。

 魔物にとっては力の源でも人にとっては異物であり、他の被験者が死んだのもこれのせいであった。シャンティナは無意識のうちに自身が持つ魔力の大部分をこれの制御に費やしたために、暴走することなく今まで生き永らえることができていた。それ以外にも外部から封印処置はされているが、成長していく結晶体に徐々に追いつかなくなってきていたところだった。

 その危うい状態を、シャンティナを調べた杜人が発見し、レネと話し合って暴走しないように少しずつ調整を加えているのだ。

「苦しくない?」

「大丈夫です」

 シャンティナは寝台に腹ばいになって上半身の服を脱いでいて、レネは心臓の位置に手を置いて慎重にその奥にある結晶体に術式を封入している。封入された術式は即座に魔法陣を構築して発動し、微調整してそのまま消え去る。そしてまた封入する。それを繰り返しているのだ。

 杜人が調べた結果をレネが再度確認し、最適な術式を考え出してそれを封入しているわけだが、それを聞いたらシャンティナの現状を知る係員は顎を外して驚愕するだろう。なぜなら、今のシャンティナには身を守るための強力な防御魔法もどきが無意識の領域で常に発動していて、内部に影響を与えるどころか現状を知ることすらできないからである。

 彼らにできることは幼い頃に集めた情報を元に推測することだけであり、特に異常を訴えているわけでもないので魔力結晶が成長していることは分からず、もう少しで暴走しそうだとは思っていなかった。

 暴走する理由はシャンティナが持つ元々の魔力と後天的に獲得した魔力結晶の魔力とが反発しているからである。今まではシャンティナ側が押さえ込んで、無意識に魔力変換を行って大部分を身体能力の強化に変換して消費していた。レネと似ているが、レネの場合は過剰な魔力を外に放出できないだけで、そのものが害というわけではない。

 レネはシャンティナの魔力に己の魔力を同調させて防御を無効化している。その上で結晶体の魔力波長を変化させる術式を封入しているのだ。暴走するのは魔力波長に違いがあって反発するからであり、同一なら逆に相乗効果が生まれる。そうすればもう成長しても死ぬことはない。

 この方法は魔力変換を理解して、個人毎に都度調整した術式を組める、制御力に長けたレネだからできることである。普通の魔法使いはもちろんのこと、細かな調整が伴うためエルセリアでも難しく、変化する波長に合わせた術式を即座に組めない杜人も真似できない技術だ。

「ふぅ、今日はここまでかな。具合はどう?」

「軽くなりました」

 この間までは魔力を活性化すると身体がきしむようになっていて、普段も継続的に痛んでいたのだが今はだいぶ和らいでほとんど痛みは消えている。そのため簡単ではあるが、正直な返事となった。

『しばらくは何もするなよ。安定するまでが一番危ないのだからな』

「はい」

 毎晩繰り返し調整したため、今ではほぼ同じ魔力波長になっている。そのため逆に無意識の制御が働かなくなって来ているのだ。一応終わりにレネが封印処置をしているが、全力を出せば吹き飛んでしまう。そのため戦闘行為禁止令が杜人から出されていた。

『よろしい。それではおやつにしよう』

「はい」

 同じ返事でも今度は嬉しそうな響きが混じっていた。そのため急いで身を起こしたところで、レネが大きな声を出した。

「そ、そんな風に起きたら駄目だって何度も言ったでしょ! ほら、早く服を着て」

 上半身は裸だったので、身を起こせば色々と見えてしまう。だがシャンティナは恥ずかしがること無くそのままの状態で座っている。

『良いじゃないか。俺としては目の保養ができてとても嬉しい』

 深々と頷く杜人をじとっと見つめ、レネは杜人の視界を塞ぐ位置に立ってシャンティナに服を着させる。この辺りのこともシャンティナは無頓着なので、レネはどうやって教えようかと頭を悩ませていた。

 おとなしく言いなりになっているシャンティナだが、最初は恐れから従っていたのが今では心から従うようになっていた。

 シャンティナは誰にも言っていなかっただけで、身体の異常が年々強くなっているのを知っていた。そして、それに耐えられなくなったときが死ぬときだと悟っていた。

 そしてレネと杜人が終わりそうだった命を救ってくれていると理解しているので、これからの命はレネと杜人のために使おうと思っている。

 ただ単に力で押さえ込まれただけなら、生かしてくれた恩がある情報機関の命令を優先していた。今は杜人とレネの命令を優先する。これは情報機関よりおいしい食事を出してくれて、これからの命を繋いでくれたからだ。

 単純だからこそ利用しようとする意思を簡単に見抜くシャンティナは、同じ条件なら情報機関のように己を利用しようと思っていない杜人とレネを選ぶ。そして今では同じ条件でもない。

「これで良し。絶対に男の人が居るところで服を脱いじゃ駄目だからね。例外はそのうち教えるから、今はそうして。分かった?」

「はい」

『なんてことを……。男の夢をぶち壊すなんてあんまりだ! せっかくのお楽しみが……』

 がっくりと跪いて嘆く杜人を無視して、レネはシャンティナを連れておやつを食べに行った。それを見届けてから杜人はあっさり立ち上がってひとり頷く。

『あれならレネも大丈夫だな。人の世話を焼くと成長するというからな』

 そう呟いて、杜人もレネの後を追っていった。





【いままで育てて頂きありがとうございました。ここは食事がおいしいです。だからこれからはここで頑張ります】

「なにがあったー!?」

 後日、情報機関にシャンティナからの手紙が届き、それを読んだ局長の絶叫が王城に響き渡った。

 シャンティナは使い処が難しいが、情報機関一の戦闘力を持っている。それを餌付けされたからといって手放せるわけがなく、かといってシャンティナが言うことを聞くわけもない。そのためレネの元まで直接出向いて拝み倒し、何とか形式上の所属はそのままにしてもらった。

 この騒ぎを収拾するために局長の頭頂部に大きなハゲができたが、苦労を知る者達は見て見ぬふりをしてあげたのだった。
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