挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
黒姫の魔導書 作者:てんてん

第3章 活躍と暗躍は大親友

48/155

第04話 表に現れないものたち

 現在のレネの迷宮到達階層は第十二層である。ここには灰色狼の他に硝子でできた馬型の魔法生物である硝子天馬が徘徊している。翼があるのに飛ばない変な魔物だ。この硝子天馬は見た目に反して剣などの攻撃に強い反面、魔法には弱い特性を持っている。しかし、魔法で倒すとせっかくの素材や魔石まで回収する暇もなく消えてしまうので、ここで稼ぐ探索者達にとって魔法使いは嫌な存在であった。

「はぁ……、また睨まれたよ。良いじゃない、そっちの獲物に手を出すわけじゃないんだからさ……」

『意外と名前は知られていても、実際見たことのない者のほうが多いのかもな。そうでなければ天下御免の殲滅の黒姫に喧嘩を売るなんて、命知らずも良いところだ。ま、おそらく格好で判断しているのだろう』

 杜人の推測にレネはがっくりと肩を落とした。レネの格好はいつも通りの制服に、上質な灰色狼の外套、そして手には今話題の彗星の杖が握られている。そして傍らには高価そうな動人形である白金に輝く四本腕の玄武と、白珠形態のタマが居た。ついでに槍を持った家令姿のジンレイも控えている。

 これとレネの小奇麗な見た目も相まって、貴族のお嬢様が金に飽かせて装備と道具を揃えて潜ってきたと思われているのだ。しかも、この階層から硝子天馬狙いで探索者が増えるので、向けられる視線の数も増大している。それでもどちらかといえば好奇心からくる驚きのほうが多く、眉をしかめるほうが少ないので何とか耐えられた。

「もう良いや、無視する。……炸裂氷針。玄武、硝子天馬」

 歩いている前方に四体の灰色狼と二体の硝子天馬が現れたため、レネは落ち着いて灰色狼に魔法を放って三体を瞬殺する。そして玄武にも手短に指示を出し、硝子天馬に向かわせた。残りの灰色狼はジンレイが一撃で倒している。

 玄武は硝子天馬に走り寄ると二本の剣を振るって一体目の硝子天馬の足を何度かの攻撃の後に切り飛ばし、その間にもう一体からの攻撃をふたつの盾で防いでいる。この辺りの戦闘方法は既に学習しているので安定した戦いを見せていた。

「うーん、神鋼金なのに切れ味が鈍いね。もっとこう、あの程度なら一撃で粉砕できそうなものだと思ってた」

『小型化したぶん攻撃も軽くなったからな。達人のように技を持っているわけでもないし、素人が振るっていると考えればあんなものじゃないか? 強くしたいなら武器に魔法を付与して強化してみたらどうだ。風系なら切れ味が増加しそうだが』

 杜人の提案にレネは目を瞬かせてから、おかしなことを言っているなぁと首を傾げる。

「属性の魔法剣にするなら最初から組み込まないと。それにそんな危ないものを組み込んだら持ち手側にも被害が出るじゃない。再生するにしても自分を壊す武器じゃ駄目だよ」

 今度はそれを聞いた杜人がなんだかずれた返事に首を傾げた。

『ん? 違うぞ。組み込むのではなく、今使っている剣に一時的に魔法を付与するんだ。そうすれば事前に準備しなくても攻撃力を増せるだろ?』

「え、そんな危険なことできないよ」

 即答したレネを杜人は驚いて見つめた。杜人にとって武器に弱点属性を付与して攻撃力を増すのは魔法の常識だった。燃え盛る炎の剣や凍てつく氷の剣をいつかは見てみたいと思っていたのだ。レネは驚く杜人を見て、説明が欲しいのだろうと解釈した。

「研究は過去にされていて、どれも使い勝手が悪くて実現していないんだよ。例えば高熱を放つようにすると、付与した品物もそうだけどすぐ近くにいる持ち手も熱量に晒されるでしょ? それを防ぐために障壁を張ったりしたけれど、今度は消費魔力が大きくなりすぎて安易に使えなくなったんだって。それと組み込んでも苦労はそんなに変わらないから、その手の武器は作られていないはずだよ」

『なるほど、よく分かった』

 レネの解説に確かにその通りと杜人は納得した。武器をただ振うのでさえ注意力がいるのに、激しく動かなければならない戦闘行動中に、よけいな注意を払っていられないのは当然である。

 だが、夢を追い続ける杜人にとって、それは諦めてはいけないことなのだ。だからレネをからかうときより頭を回転させ、ひとつの仮説に辿り着いた。そしてついでにレネをからかうネタにした。

『ふっ、それにしてもレネは創意工夫が足りないな。過去に駄目だったから今も駄目? 困ったものだ』

「むっ、それじゃあどんな方法があるの?」

 いつも通りの出だしのはずなのに、レネは懲りずに引っかかる。杜人はそんなレネを愛でながら先程思いついた案を話す。もちろん実現可能かは考慮していない。

『つい最近魔力変換を理解したレネには無理だったかな? 付与対象物や使用者の魔力波長を計測して、それらを効果対象外に設定すれば実現できないか? まあ、レネが無理と言うなら仕方がない。後で俺が考えてみよう。うんうん、無理なものを強制はできないからな』

「むぅ……」

 わざとらしく頷く杜人を見ながら、レネは得意な術式のことで無理と言われ頬を膨らます。言われてみればその通りで、要は魔法の影響を受けない対象を識別して除外できれば良いのだ。そして結界ではそれができているのに、なぜ付与ではできなかったのかを考え始めた。

 それを観察している杜人はうまく行ったと頷いた。一から十まで教えると考えなくなるものなので、こうやってわざと煽っているのだ。

『ふふふ。戦闘は終わったから、とりあえず前に進もうか』

「ふんだ」

 レネはジンレイが回収してきた魔石を鞄に放り込み、杜人はそれを取り込んだ。その他の部位はジンレイの領域に送り込んでいる。

 そしてレネはそのままそっぽを向いて前進し、そのうち歩きながら深く考え始めた。当然魔物が出てきても反応しなくなり、杜人は困ったものだと笑いながら邪魔せずに殲滅していった。

「そうか、結界は方向を規定できるから判別が容易なんだ。かといって全身を覆ってしまえば他の防御魔法と干渉しかねない。やっぱり単独に作用するようにして、保護対象の指定は術者が行おう。となると……」

「そろそろですね」

『そうだな。おっと、おあつらえ向きなのが出てきたな』

 レネの呟きを聞いていた杜人とジンレイは、術式を構築し始めたレネを見ながら出現した硝子天馬八体に向かっていった。

 ジンレイは素早く近づくと胸部に鋭い槍の一撃を加えて、その部分にある魔石を槍を犠牲にしながら砕く。そしてすぐに槍を生み出すと同じように倒していった。

 タマは足元に巻きついてその部分を溶かして行動不能にしていく。このようにレネが居なくとも安定して戦えるのだが、ぎりぎりな階層では油断が死につながるため、あえてこの階層にいるのだ。

『もうひとつ下でも良さそうだな』

「そうですね。大丈夫でしょう」

 雑談をしながら残り一体まで減らしたところでジンレイは槍を硝子天馬の足に突き刺して動きを止め、他の足にも生み出した槍を突き刺した。そしてレネの傍に戻り控えて待つ。

「できた! ……いた、風撃付与。玄武、行け!」

 レネは笑顔で顔をあげ、正面に目を向ける。そして床に固定された硝子天馬を発見し、疑問に思わず組み上げた魔法を玄武に使うと、そのまま突撃命令をだした。

 それを受けて走り出した玄武は、剣から緑の光を放ちながら硝子天馬に切りつけ、一撃で首を切り飛ばし、続けざまに胴体を切断していた。それを見たレネは飛び上がって喜んだ。

「どう、あんなに威力があるのに使い手は怪我しないんだよ。すごいでしょ!」

 満面の笑みを浮かべて全身で褒めてと訴えているレネに、杜人は腕組みをしながら深々と頷いた。

『うむ、レネなら必ずやってくれると信じていたぞ。ただ、次からは部屋に帰ってから考えような』

「え? ……あ!」

 レネは最後の指摘に不思議そうな顔になったが、ようやくここが迷宮であることを思い出して冷や汗を流す。油断大敵な迷宮で我を忘れるなんてあってはならないことなのだ。上目遣いになったレネに杜人は意地悪そうに笑う。

『今日のおやつは無しな』

「腕によりをかけて用意していたのですが。残念です」

「そ、そんなぁ」

 レネは涙を浮かべて視線で許してと訴える。すっかり餌付けされてしまった様子に、杜人は肩を竦めてから仕方がないと頬をかいた。

『では組み上げた魔法の性能試験をしてしまおうか。きちんとできたら、おやつはパフェにしよう』

「やる! やってみせます! 行け、玄武!」

 一瞬で元気になったレネは二つ返事で了承し、玄武を伴って走り始めた。その後を杜人とジンレイが追いかける。

 出てくる魔物は先行する玄武が一撃で切り伏せ、どんどん先に突き進んでいく。その光景を通りすがりの探索者が何人か目撃していたが、甘いものの欲望に駆られているレネの目には入らなかった。

『ふっふっふ、これでまた恥ずかしさで転げまわるレネが見られるな』

 喜んでいる杜人の横で、ジンレイは今日のパフェは特盛りにしましょうと考えていた。





 そして数日間学院内で引きこもり生活をしたレネは、図書館にある閉架書庫の机に座って真剣に考えていた。今日は司書の仕事はないので腕章はつけていない。

「やっぱり無いか。どこかに目撃されなくなる術式がないかなぁ」

『そんな危険な術式は、あっても公開されているわけ無いだろう。悪いやつに利用されるからな』

 杜人は困ったものだと思いながら冷静に指摘する。レネはたまにこんな風に後先を考えないときがあるのだ。乗せやすいが暴走もしやすいので杜人は結構気を付けていた。そしてこの手のことが開発されていないはずがなく、国の機関が使っていて対抗方法も確立しているだろうと思っている。

 レネは考えれば当たり前な指摘に身体を一瞬硬直させ、駄目さかげんを自覚して机に突っ伏した。本日の目的はどうにかして目立たなくするための方法を見つけることである。ちなみに杜人はレネの行動に口を挟まないので、今まで聞いていなかった。

『後は自力で開発して秘匿するしか方法はない。飛翔系魔法のように禁じられてはいないのだろう?』

「うん。というか、開発してはいけないと禁じて隠されるより、放置して見つけたほうが混乱しないからなのかも。なんにしても、これだけは開発しても秘匿しなきゃね」

 さすがに記録されていないことまでは分からないので推測しかできない。杜人はレネが悪用するとは思っていないので、明確に禁じられていないのであれば作ること自体に反対はしない。

 気を取り直してレネは静かに身体を起こすと、さっそく術式を考え始めた。

「まず秘匿して公開しない。術式を容易に読み取れないようにする。これは最低限必要だね」

『術式の改変は俺がやろう。後は目立たなくする方法だな。視覚的に消える方法もあれば、意識から除外する方法もある。どちらかと言えば意識から除外するほうが推測されづらいだろうから、こちらのほうを俺は勧める』

 暗号化はレネが作った術式を杜人が日本語に置き換えればできあがる。中身のほうは光学式では見ただけで発想が浮かぶが、意識に働きかけるほうは見ただけでは原理を推測しにくい。そのため真似することが困難となるのだ。後はこれを魔法具にしてしまえば消費魔力は大きくても気にせずに使うことができる。

「それじゃあそっちにする。けど、どうすれば良いのかな……」

 決めたは良いが、取っ掛かりが思い浮かばずにさっそくレネは頭を抱える。さすがにこれには杜人も吹出してしまった。そしてレネにじろりと見つめられたので、ご機嫌取りも兼ねて考え方を提示しておいた。

『難しく考えなくて良いと思うがな。レネは道端の石ころを気にして歩いているか? 道行く人すべてを知らないと気が済まないか? 部屋の中に砂が一粒落ちていたからといって不安になるか? 違うだろう。人の意識なんて意外と思い込みで構成されているものだぞ。極端な話だが、気にしていなければ毎日歩いている道にある家が無くなっていても、そのことに気が付かないぞ』

 言われれば当たり前のことでも気が付かないことは多い。そして普通に生活しているときの注意力は、意外と散漫なものだ。杜人も本で読んだことがあるからそういうものだと認識しているだけだが、考え方の説明としては十分である。

「そう言われれば、そうだね……。気にしていないことには注目しないもんね。良し、それじゃあそれを基本に作ろう」

 レネは額に指を当てて考え始め、杜人はその間に小型のタマと玄武を呼び出して、同時操作の訓練をしていた。

 もちろんすぐにできあがるわけも無く、持ち帰って用事の合間に作成を続ける。同様に新しい試みが一気にうまく行くわけも無く、つまずくこともあるので杜人も協力していた。

「常時魔法陣を展開しているとそれだけで目立つよね。けれど時間型にすると切り替えるときにどうしても見える。見えないように加工すると消費魔力量が増えるから、二重発動にしようかな」

『魔力変換して維持魔力を周囲から取り込んだらどうだ? 結界とかと違って外部圧力は考える必要が無いから、発動はともかく維持程度なら十分まかなえると思うが』

「うーん、消費魔力との兼ね合いを計算してみるね」

 あるときは真剣に考えているレネを十分に堪能してから助言を与えたり。

「認識阻害だと効果範囲を恐ろしく広くしないと意味がないよね……。このままだと範囲指定だけで倒れそうなくらいの消費魔力量になっちゃうよ……」

『目は反射した光を受けてその対象を認識している。つまり、光を反射しない物体は黒く見えるわけだ。逆に、光を完全に反射する物体は鏡に見える。そして空気のように透過する物体は、そもそもその姿を見ることができない』

「ふむふむ、それじゃあ光を利用して擬似的な効果範囲にしよう」

 あるときは頭を抱えて唸るレネをたっぷりと堪能してから解決策への道を提示した。

 エルセリアに相談もできないので術式の構築はなかなか進まなかったが、それでも数日後には雛形ができあがったのだから、その速さは尋常ではない。

 今のレネは自分の才能と、開花するまで守られていた事実をきちんと認識している。だから杜人はその人達に感謝をしながらレネで戯れ、たまに道をそれて曲がりそうになるところを元に戻し、歪まないように支えるのであった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ