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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第3章 活躍と暗躍は大親友

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第02話 消え去る毒

 ダイルから支援を受けたレネはさっそく魔法具の製作を依頼した。そして数日後、ジンレイの館に作られた和室で出来上がった魔法具に術式の封入を行っていた。

 作成した魔法具は金属の棒の先端に小さな魔力結晶がついている物で、棒の部分は手の平程度の長さである。魔力結晶がついている反対側は細くなっているので、地面に刺せる形状となっていた。

「やっぱり専門家が作ったものは癖が無いから封入しやすいね。この、すいっとはいってぴたりと収まる感じが良いんだよね」

 レネは魔法具を上機嫌に撫でまわしている。杜人はと言えば、いたずらの種を見つけたので迷わず実行に移す。

『知っているか。具体的に説明できないものに関しては、伸びるときは調子良く行くが、一度つまずくとそこから先に行けなくなるんだ。理由は感覚で突き進むとそれを忘れたときに思い出せないからだ。すいっとはいってぴたりと、か……』

 杜人は真面目な顔で腕組みしながらふらふらとレネの前を飛び回る。それを聞いたレネは手を止めて不安げに尋ねてきた。

「……本当に?」

『嘘だ!』

 杜人は胸を張って笑顔で即答し、レネは無言のまま素早く掴みかかった。しかし杜人は宙返りしてそれをかわす。

『と言っても完全に嘘じゃない。感覚で行っていると体調の変化で結果が変動するということは分かるだろ? それが酷くなればそうなる可能性もあるというだけだ。やはり、一定の品質を確保するなら理論を確立しておかないと、論文に術式を書いても再現不可能でお蔵入りとなりかねない。その辺りは最初から考えていたほうが良いぞ。というか、考えているよな?』

 いたずらが成功した杜人は、危険回避のために話題を少しずつずらしていく。からかった事柄を現在行っていることに絡めて忘れさせる魂胆である。

「うぐっ……」

 まさしく感覚で術式を封入していたレネは、反撃に移る間もなく杜人の策略に嵌まってしまい言葉をつまらせた。地図作製の魔法具ほどではないが、これも微妙なさじ加減が必要なのだ。そしてそれには術式をきちんと理解している必要がある。そして指摘自体は正しいのでそちらに意識が向くことになった。

「じゃあ、術式を理解できなくても、単純に複写するだけで誰でも作成できるようにしたほうが良いの?」

 レネは言われたことを咀嚼し、別な言葉に置き換えて聞く。この辺りの理解力は高いのだ。前提条件を『術式を理解できない』ものとして封入する術式を組まなければならない。そう理解した。

 レネが話題に乗ってきたので、杜人はそのまま話を繋げていく。

『量産するならそうだな。レネもこの間まで魔力変換を理解できなかったじゃないか。今だって言葉で明確に説明できないだろう?』

「そうだけど……」

 第二章の封印を解いた影響かは分からないが、レネは帰って来てからしばらくすると突然魔力変換の方法を理解できていた。そして喜んで色々試した結果、今回の理論に偶然辿り着いたのだ。そのため説明しても理解できないという杜人の言葉はよく分かった。

 レネの様子から完全に興味が他に移ったことを確信し、杜人は蒸し返されないように話を進める。

『元々の魔法草栽培の魔法も偶然当てはまったからであって、何故かは分からない。そこに一石を投じるのだから、感覚だけの方法論では失敗した場合嘘つきと呼ばれる可能性がある。せっかくだから、ひとつずつ言葉にして確認してみたらどうだ』

 悩みかけたレネに杜人は笑顔でやり方を教える。分かっていることでも、いざ言葉にしようとするとできないことは結構ある。それを潰していけば本当に分からないところが浮かんでくるものだ。だから後はそこを考えれば良い。大きく見るからどうして良いか分からなくなるのであって、分解するとほんの少しということもよくあることだ。

 レネは頷くと額に指を当てながら確認を始める。既にレネの頭の中からは、からかわれたことは消えうせていた。

 逃亡に成功した杜人は計画通りと頷いてから、気持ちを切り替えて真面目に説明を聞き始める。

「まず、薬草を魔法草に変えるには、薬草の持つ魔力波長に近似した波長の魔力を周囲に発生させることによって取り込みやすくし、より多くの魔力を内包させれば良い。現状の栽培魔法は単に発生する波長が偶然近くなっているだけであり、個々には微妙にずれるため揃うとその効果が打ち消されてしまう」

 現在知られている栽培魔法は音や光を発生させるもののため、今までは発生する音や光が原因と考えられてきた。そのため影響を受けないようにする方法として、衝立などが有効と言われていた。

「そこで今回の理論では、まず各種薬草の固有魔力波長を計測し、波長が同じ魔力を放出する術式を基礎として構築を行った。それに拡張機能として、同じ魔法が近くにあれば同調するように制御を自動で行う術式を組み込む。これによって近傍で発動させても波長の乱れは無くなり、むしろ共鳴して増幅されることを確認している。……今はこんなところかな」

 レネは首を傾げてどうかなと見つめる。杜人はもちろん元気に手を挙げて質問をした。

『はい、質問があります! 固有魔力波長の計測はどのように行ったのですか?』

 杜人も見ていたから実験で計測した方法は知っている。実験ではレネが直接魔法を使って計測していた。もし理論として実証させるのならば、誰でも固有魔力波長を計測できなければならないのだ。

 その質問にレネは意外なことを聞かれたような顔で瞬きをした。レネの予想では生育状況とか、どの程度の効率で作成できるかとかの質問が来ると思っていたのだ。まさか最初のところが来るとは思っていなかったので、自信なさげに答える。

「ええと、専用の魔法で計測し記録しました」

『それが確かに魔力の波長であるという証明はできていますか?』

「んと、構成している術式を見てもらえれば……」

『そもそも、影響がある魔力の違いとは波長のみなのですか? 色や形は関係ないのですか?』

「え、えっと、その……」

『それ以前に波長とは何ですか?』

「あうぅ……」

 すぐさま質問を追加されて、レネはしどろもどろになっていった。

『こんな感じだな。見ても理解できない場合、意地悪な者がいれば基礎部分の不備を指摘して、それ以降を仮定の積み重ねとするかもしれない。それなら最初から波長の計測結果を可視化しておき、いくつか取り替えて計測した結果を証拠としてつけたほうが良い。植物、鉱物、動物、後は魔力を人為的に消去したものがどうなったかを乗せれば魔力波長を計測している証明になるし、相関関係も分かるだろう』

「そっかぁ、新しい考え方なんだから基礎部分から実際に証明しなければならないんだ……。信用が前提ではなく、疑うことを前提にしないと間違いがまかり通るかもしれないから当たり前だよね。……論文どうしよう」

 実際に運用するだけならば現在もそうなので経験則だけで十分である。だが研究結果として提出するのであればきちんとしたものを作らなければならない。既存の改良と同じく術式と実験結果を書けば良いと思っていたので、同様なことが他にあれば膨大な時間がかかるのだ。

『とりあえず今回は実証するほうが先だから、それは後で計測しよう。なんせ理論の前に結果が先にあるからな。間違いないことを証明してから説明不足の部分を補足すれば、そんなに時間はかからないさ』

「そうするよ。実際に成功するかはまだ分からないしね」

 レネはため息をついて、厄介そうなことを一時棚上げにすることにした。そして杜人は控えていたジンレイにこっそりと合図を送り、それを受けてジンレイは素早くレネの前にデザートを差し出す。

「そろそろ一休みしてもよろしいかと。本日はチョコソフトにございます」

「わぁい」

 レネは迷わず作業を中断し、コーンを手に持つと渦巻き状の部分をぱくつき始める。レネの嬉しそうな笑みを見ながら、杜人とジンレイは目を合わせて頷きあった。

『やはりチョコレートは外れが無いな。どこかにカカオが生えていないものか……』

「迷宮では特定の階層にのみ生えている植物がありますので、あるとすればそこでしょうか」

『そうか、なら辿り着いたときにでも詳細に探索してみるか』

 レネの懐柔用に甘いものをジンレイと共に研究している杜人は、エルセリアとセリエナの二人も連れて行って探索してみようと計画を練る。

「おかわりをください」

「どうぞ」

『食い過ぎて腹を壊しても知らんからな』

 レネは一つ目をもう食べ終わって笑顔でおかわりを食べ始める。そして杜人の予想通り、後ほどレネは狭い部屋に引き篭もることになった。見事に笑い話の種を提供してしまったわけだが、さすがに杜人も慈悲をかけ、真実が広まることはなかった。





 数日後、魔法具の準備ができたレネはダイル商会に行き、研修旅行を共にして仲良くなったリュトナの案内で郊外の山間地に来ていた。

 その場所の周囲は岩が目立つ土地で、短い草の緑が僅かに見える程度だった。そしてそんな中に腰高の木製仕切りに囲まれて、迷宮の大広間より広そうな畑が作られていた。周囲には水路も無いので水の確保も大変そうである。その不自然さにレネは首を傾げる。

「こんなところで何を作っていたのですか?」

「いいえ、これはレネ様のために用意した畑です。なんでも良すぎる場所では恐縮するだろうからと。それとここは街道から外れていますから誰も来ません。その辺りの対策をしなくても良いことも考慮いたしました」

 いつも通り微笑みながらリュトナは答えた。

 ここまでは装甲車で簡単に来られたが、整備された街道が無いので普通の馬車ではここまで来られない。そしてこの場所には特別なものが何もないので、偶然誰かが来ることはまずない。

 この土地は王家の直轄地であるが、王家から貸し出される形で一部の土地は賃借権の売買が許されている。ここはそんな場所のひとつで、担保として預かって結局接収したのだが使い道がないので放置していた場所だった。

『なるほど、魔法草作りには水は不要だからこの程度の準備で事足りる。そしてこれで成功すれば、わざわざ肥沃な土地で作らなくても済むからこの土地の価値が上がるということか。ま、こちらに損は無いからありがたく利用されておこう』

 普通に薬草を栽培するには水と栄養が不可欠なのだが、魔法草にする場合は何故かは分からないが乾いた砂でも栽培できることは経験則から知られていた。そのため鉢植えで単独栽培する分には楽に作成できるのだ。

 杜人は意図に気が付いてさすがだと頷き、それを聞いたレネもこんな風にして見えないお金を増やすのかと感心している。

「それとこちらが指定された薬草の種です。何度か栽培を繰り返すと承知していますので、必要な場合は遠慮なく追加注文してください」

「ありがとうございます」

『太っ腹だな。失敗を前提としているとは思えない待遇だ』

 金銭感覚が庶民と一緒なレネと杜人にとってはこれでも大金なのだが、ダイルにしてみればレネとの繋がりによって得られる利益のおまけ程度の出費に過ぎない。だから成功しなくても良く、恩を更に売れるので損にはならないのだ。

 そう言うわけでレネは遠慮なく土地を借り受け、種を等間隔に蒔くと用意した魔法具を畑に刺して発動させる。すると先端の魔力結晶から灯明に似た白球が飛び出して、畑を明るく照らした。

 それを繰り返してすべて設置し終えて戻って来たレネに、リュトナは行った内容を尋ねる。

「明かりが必要なのですか?」

「あ、これは魔法具が正常に働いているかを見ただけで分かるようにしたからです。壊れたり不具合が出ると消えたり色が他と違くなるんですよ。こうやって白く光っていれば正常です。魔法具自体は地面近くにあるので、こうして光を上げれば遠くからでも確認できると思ったんです」

 その説明にリュトナは感心しているが、杜人はによによと笑っている。

『ふふふ、俺は知っているぞ。さも試行錯誤して考えましたと聞こえるが、真実は単に魔力が余ったから面白そうという理由で追加しただけだということを。そして状態が分かるようになったのも、魔力を節約しようと術式を連結させたために起きた意図しない機能と言うこともな。レネもあくどくなったものよのう。くっくっく』

 レネは微笑みながらも頬を朱色に薄く染め、ふらふらと飛ぶ杜人を素早く手を振ってはたき落とす。落とされた杜人はいつも通り手足を痙攣させていた。

「どうかなさいましたか?」

「いえ、羽虫らしいのが飛んでいたような気がしたものですから」

『人を羽虫扱いとは酷いぞ』

 即座に復活した杜人を無視してレネはリュトナと会話を続けている。その様子に問題なさそうだと杜人は頷く。レネは悩みをため込む傾向があるので、こうやってたまにからかって確かめているのだ。もちろん他にも方法はあるのだが、恥ずかしがるレネが可愛いからこの方法を採用している。このように、結構欲望に忠実な杜人であった。





「なに? 魔法草の大規模栽培実験をしているだと」

「はい。いかがいたしましょう。消しましょうか」

 暗い部屋の中で、反抗組織首領のウンジールがダイル商会と取引のある商店に潜入している構成員からの報告を聞き、顎に手を当てて考える。

 普通はできるわけが無いと放置する案件なのだが、問題はそれを行っているのが名が知れ渡っている殲滅の黒姫ということだ。今では結構普及してきた黒姫印商品の元締めであり、もしかしたら成功するかもしれないとの思いを捨てきれない。

 もしこの実験が成功した場合、使おうとしている毒を消し去る、または効果を抑える薬が作成されてしまうかもしれないと考えた。可能性は低いが万全を期したいとの思いがあり、しょせん小娘ということで芽のうちに対処することに決めた。

 そして方法を模索する中で、いくら力を持っていようと単なる小娘を殺すことは容易いが、それによって騒ぎが大きくなり組織まで辿られては本末転倒と判断した。

「いや、走り始めの今、注目を浴びることは避けたい。仕方がない、惜しいがこの毒を栽培地に散布して枯らしてしまえ」

 そう言ってウンジールは控えている構成員に、後で農耕地に使う予定だった毒を渡す。これなら枯らした後は成分が分解されて無害となるから調べても原因は分からない。量産できないのでこんなことに使いたくはなかったが、農耕地に関しては実効性の観点から優先順位が低いため、放置して対策を確立されてしまうよりは良いと判断した。

「魔法草の大規模栽培は今まで失敗が当たり前だったから、誰かが意図的に枯らしたとは思わないだろう。だが念のため、誰にも気付かれないように行え」

「承知いたしました」

 構成員はウンジールに恭しく礼を行い、静かに退出していった。

「ふん、しょせんは世間知らずのたわごとよ。だが、災いは芽のうちに潰さねばな……」

 ウンジールは誰も居ない部屋でひとり呟く。

 こうして本来交わることのなかった二者が、杜人がもたらした奇妙な縁によって交わることになった。今のところ、レネも杜人も忍び寄る悪意には気付いていない。

 そのため二人とも、魔法草の栽培が成功しますようにと願いながら、期待に胸を膨らませていた。
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