挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
黒姫の魔導書 作者:てんてん

第2章 表と裏は未確定

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

44/155

小話 似て非なるもの

 お泊まり会も終わり、何もない日々が続いていたある日。レネ達は屋外訓練場にてセリエナの練習に付き合っていた。

 セリエナは魔法陣が描かれた手帳を掲げ、それを横で見ながら魔法陣を正面に構築する。そうして作った魔法陣に魔力を流して即座に発動した。

「……雷撃槍」

 魔法陣から金色に輝く雷が飛び出し、直後に正面に設置していた上級用の的に命中し周囲に轟音を響かせる。しかし、的は揺らいだものの砕けることはなく、焦げた面を晒しながらも健在であった。

『結構頑丈なんだな』

「雷系統は生物に対する殺傷力は高いけれど、硬いものに対する攻撃力は弱いからね。見た目が派手だから選ぶ人は多いけれど、弱点も多いし消費魔力も大きいから使い方が難しい系統なんだよ」

 この特徴が上級認定試験で落ちる要因となるもののひとつである。とても派手で生物には強い系統のため、無機物に弱いという特徴をなかなか認識できない人がいるのだ。その他に外的要因に大きく影響を受けるという弱点もある。

「速度は随一ですから、発動した後では対処できないのが一番の利点ですね」

「フォーレイアは目立つのが好きなのです。だから初めに雷系統を憶えますね。小さい頃から繰り返し練習してきたので、何も考えないとつい使ってしまいます」

 セリエナはため息をついて手帳を制服のポケットにしまった。

『癖についてはこれからの練習でどうとでもなる。構築速度も魔力量も問題ない。問題は見ながらでないと魔法陣を構築できない点だな。片手が常に使えなくなることと、書ける量に限りがあること。視線をそらせないので動きながら使いにくいこと。これをどうにかしないといつか限界が来る。暗記しても関係ないことだから、他の手段で解消しないと駄目だな』

「魔法具頼りではできて特級まででしょうか。それ以前に買えませんけどね……」

 セリエナは身に付けていたから取り上げられなかった腕輪型魔導書を撫でた。この中に封入されている雷撃連槍も威力は上級だが天級に匹敵する魔力が必要となる。いかに膨大な魔力を持つ紫瞳とはいえ、限度はあるのである。

「星天の杖で特級魔法を使えたから、確かに魔法具頼りでもそれなりに行けるけど」

「けれど、それだけと言えばそれだけなんだよね」

「偶然が重なることはありますが、常に都合良く進めるわけではありませんからね……」

 三人は同時にため息をついた。

 セリエナはレゴルの補助員として外にでる機会が多くなる。当然危険なこともあると想定しなければならない。そんなときに準備に手間取ったり、魔力が枯渇するような使い方をしていたら命がいくつあっても足りないのである。

『緊急避難は魔法具を利用するとして、普段使うほうをどうするかだな。慣らしておかないととっさに使えないから、持ち替えなどを前提とするのはやめたほうが良いだろう』

「そうだね。焦ると無理だよね」

 見事に判断を誤ったことがあるレネはその通りと頷いている。実際に経験したことなので、短いがその言葉には説得力があった。そのため事情を知らないエルセリアとセリエナはそうなのかと納得し、事情を知っている杜人は生暖かい笑みを浮かべていた。

『というわけで、必要なのは手に持つ必要がなく、多くの魔法陣を記録できること。動きながらでも使えること。この三点を満足すれば良いということになる』

「それ、全部は結構難しいよ? 特に最後のは」

 手に持たなくても良いようにするのは簡単で、腕輪や首飾りにするだけで事足りる。多くの魔法陣を記録するのも魔法陣の形だけを記録して投影すれば良いので、この二点は魔力結晶を使って地図魔法を応用すれば何とかなる。

 しかし、動きながらでも使えるとなると一気に難しくなる。たとえ正面に投影しても視線は自由に動かすことができるし、動いているなら正面だけ見ているわけにもいかない。そうなると投影位置を視線に連動させなければならないのだが、顔を動かさなくても視線は動かせるので、常に視界に入るようにするのがとても難しいのである。

『その辺りは時間もかかるだろうから帰ってから考えよう。それにそろそろおやつの時間だ』

「それじゃあ、早く帰らなきゃね」

「そうだね」

「行きましょうか」

 何のために急ぐのか丸分かりなレネの笑顔に、エルセリアとセリエナも笑顔で賛成したのだった。





 そしてジンレイの屋敷にある和室にておやつを堪能した後で考え始めたわけだが、見事に暗礁に乗り上げて最後には唸り声だけとなっていた。

「難しい」

「使い物にならないね」

「申し訳ありません……」

 案が出尽くして茹で上がった二人は仲良く畳に寝転がり、実験係をしていたセリエナは申し訳なさそうに身体を小さくしている。

 視線に連動する術式を試しに作ってみたのだが、複雑すぎて最低でも特級魔法になることが分かった。しかし、それでは必要な魔法具も大きくなりすぎて使い物にならなくなるので何とかしようと頑張ったのだが、結局うまくいかず省力化は無理ということがよく分かっただけであった。

 そうなるまでジンレイと共に部屋の隅で作業していた杜人は、そろそろ良いかと座卓に降り立った。そしてセリエナに向けて手を振り注目を引くと、無言のままジンレイを見るように合図を送った。

 セリエナは不思議そうに瞬いてからジンレイに視線を向け、それを確認したジンレイは細い枠でできた道具を耳と鼻に引っ掛けて顔を左右に動かした。そして胸ポケットから鎖で繋がれた手帳を取り出すと、セリエナにこれですと示してから一礼して立ち去った。

 ジンレイが顔につけたものは、杜人が指示を出して作っておいた眼鏡の枠である。この世界では眼鏡は存在していない。作るにしても高価であり回復魔法や魔法薬が身近にあるため、目が悪くなってもそちらで回復しようと思うのが普通の発想となる。そのため眼鏡と似たような発想は仮面となってしまうので、わざわざ作ったのだ。

 杜人は笑顔で親指だけを上にあげると手を突き出し、用は済んだとばかりに座卓の上で寝転がった。セリエナはもう一度瞬いてから意味を理解すると、感謝を込めて頭を下げる。そしてそろそろ冷却が終わったであろうレネとエルセリアに声をかけた。

「こんな道具はどうでしょうか。本体は胸ポケットに入れておいて、鎖のようなもので繋がれた表示部分だけ顔に装着するんです」

 セリエナは親指と人差し指で輪を作り、両目の前に置いて二人を見た。そしてそのまま顔を左右に振る。それをレネとエルセリアは無言のまま見つめ、次に互いに視線を合わせて頷くと一気に身体を起こした。

「それ、それだよ! どうしてそんな単純なことに気が付かなかったんだろう。目の前に置けば、どんなに視線を動かしても関係ないのに!」

「それなら素材をきちんと考えれば大丈夫だね。後は任せて」

「はい。お願いします」

 レネとエルセリアは、今までの鬱憤を晴らすかのように集中して術式を組み立てていく。発想の転換によって今までの苦労が水の泡になったのだが、そんなことはいっさい気にしていない。

 セリエナが杜人を見ると、笑顔で手を振りかえしてきた。そのため無言で頭を下げると、小さく微笑みを浮かべたのだった。




 しかし、そこから順風満帆に進んだわけではなかった。

「うーん、繋がらないね」

「素材が悪いのかな」

 最初に本体と表示部分の接続がうまくいかず、その部分で何度も繰り返した。

「少し近すぎますね。それと他が見えません」

「あっと、それじゃ駄目だね。もう少し離してみよう」

「背景は透明にしないと駄目かな」

「今度は魔法陣も透けてしまって、はっきり見えません」

「もう少し強く光らせる?」

「そうだね」

「見えますが、光で残像が発生しますね」

「色を変えれば良いのかな?」

「それと描く線も細くしようよ」

 次に調整がうまくいかず、それなりに満足いく出来になるまで何日もかかった。材料はジンレイが作り出したもので実験したため費用はかからないのが救いである。

「うーん、無骨だね」

「ちょっと、ね」

「私はこれでも十分ですが……」

 最後に試作品として完成したものは、太い枠の眼鏡に太目の鎖が連結されたものであった。おしゃれに興味の薄いレネでもこれはないと思ってしまう無骨さだ。セリエナも無骨だとは思うが、機能は満足しているのでこれ以上は贅沢と考えている。

 そんなときに、今までおとなしく座卓の隅に寝転がっていた杜人が近づいてきて、無意味に髪をかきあげる仕草を行った。

『ふっ、その程度のものしか作れないとはまだまだよのう……』

「むう、それじゃあモリヒトならどうするの?」

「えっと……」

 そもそも最初の案を教えてくれたのも杜人のため、セリエナはどうしようと困りながら推移を見守る。

『条件を思い出せ。その中には目の前に無骨な道具をつけなければならないというものはない。必要なのは、動いても大丈夫なことだ。つまり、目の前のちょうど良い位置に投影できれば頭のどこに付けようと関係ない。首から上は常に一緒に動くのだから、投影位置も固定できるだろう? 後は微調整できるようにすれば良いだけだ』

「あ……」

「確かに……」

 レネとエルセリアは、杜人の説明を聞いて一つのことに凝り固まっていた思考をやっと自覚した。そんな二人の目の前で杜人は回転し、勝利した喜びを表した。

『ふふふ、どうかね。遠慮せずに褒めてくれて構わんのだよ?』

「ふんだ、ばか。さ、やろう!」

 からかう杜人に素直になれないレネはそっぽを向く。表情を見れば照れているだけと分かるので、杜人としては満足である。そしてこっそりとセリエナに片目を瞑ると、また隅に移動して寝転がった。

 その様子から元々ここまで案があり、いきなり最後まで言うと発想の出所を疑われるから途中までで止めていたことを理解したセリエナは、小さく会釈して感謝を示すと笑顔で実験の続きに参加したのだった。




 こうしてセリエナ専用の魔法具は完成した。本体は大きめの円弧型髪留めに偽装し、起動すれば目の前に透明な画面が出現して、そこに選択した魔法陣を表示するようにした。そして制御部分を簡素化するために、魔法の選択は決まった語句による音声入力となった。たったそれだけの機能しかなく材料費の兼ね合いから装飾としての価値はそんなにないが、セリエナにとっては魔導書よりも価値のあるものである。

 そのため大変気に入って毎日付けるようになり、街へ出るときも外さない。そんなセリエナが上機嫌に街を歩いていたとき、後ろから聞いたことのある声で呼び止められた。

「おや、奇遇だねセリエナ。君も街の散策かい?」

 この場所で聞こえるはずのない声にセリエナは一瞬硬直し、ぎこちない動きで振り向いた。そしてそこにはおかしくなって実家へ引き取られていったはずのアノクが青白い顔で立っていた。そのため思わず一歩後退したが、何とか踏ん張って硬い表情のままぎこちなく微笑んだ。

「……アノク様お久しぶりです。いつ王都に戻られたのでしょうか?」

 アノクはその言葉に対して大げさに嘆くと、何故か髪をかきあげて青い瞳をセリエナに向ける。

「ふっ、相変わらず他人行儀だね。僕のことはアノクで良いと言っているじゃないか。というか、いつの間にか随分飾り気のない髪留めを使うようになったのだね。もっと良いものを贈ろうか?」

 にこやかに笑うと片手をセリエナに差し出す。小馬鹿にしたようなことを言っているが、当然本人に悪気は無い。

 どこかで聞いたことのあるやり取りと仕草に、セリエナはこっそりとため息をつく。そして空気が読めずに致命傷を自ら放ってくる気の使えなさから、間違いなく本人だと確信した。そのため久しぶりに感じた頭痛を堪えながら、確認を繰り返した。

「お気遣いありがとうございます。ですが、これは友人から頂いたものなので変えるわけには行かないのです。それで、いつ王都に来られたのですか?」

 普通ならこれで失敗に気が付く。しかし、予想通りアノクは気が付くことなく変わらぬ笑みを浮かべている。セリエナも期待していないので特に落胆はしない。

「少し前だね。……どうにも記憶が曖昧でね。確かめることも兼ねて休学手続きと荷物を引き取りに来る名目で、セリエナに会いに来たというわけさ!」

 奇遇と言っておきながら会いに来たと言う矛盾にも相変わらず気付くことはない。変わったことといえば、装いがまともになった程度である。そのためセリエナの評価は相変わらず底辺であり、更に下にめり込む勢いである。

 どこまで記憶があるのかは興味があったが、聞いても自己満足の範囲内なのでばっさりと切り捨てる。もちろん聞いても理解できる返答が無いと確信している部分もあった。

「なるほど、よく分かりました。それで、後ろの方々は護衛でしょうか」

「その通り、もちろん護衛さ! 街中であろうとも、どんな危険が待ち受けているか分からないからね。安心できるように父上が付けてくれたのさ! だから安心してほしい」

 精神力が音を立てて無くなる感覚を覚えながらも、セリエナは耐えた。アノクの後ろには服がはちきれんばかりの身体を持った猛者が並んでいて、どう見てもセリエナには護衛ではなく監視の人員にしか思えなかった。その中にいる品の良い老紳士が異彩を放っていたが、目付役と判断していた。

「それで、これからどこかでお茶でもどうかな?」

「申し訳ありません。私はもう平民ですので、貴族の方々が満足できる店では支払いができません。それにこれから自立しなければならないので、甘えて支払いをお任せするわけにはいかないのです」

 こんなアノクでも一応セリエナに好意を持っているようなので、断るのはセリエナの都合という温情をかけ、何とかしてくれと後ろにいた老紳士に視線を送る。

 それを受けて老紳士は小さく頷くと、屈強な男達に素早く指示を出してアノクが返事をする前に両側から腕を抱えさせる。

「アノク様、大変申し訳ありませんが、帰宅する時間にございます。お誘いはまた今度に致しましょう。……お騒がせ致しました」

「いいえ、それではこれで失礼します」

「え、あの、ま……、まだ話がぁぁぁぁ……」

 抱えられていくアノクを無視して老紳士と挨拶を交わしたセリエナは、小さく会釈をしてから踵を返し、振り返ることなく歩き去っていった。




 そして夜。レネ達とお泊まり会をしながらふと昼間のことを思い出したセリエナは、座卓にいる杜人に視線を向けて観察する。

『ん、なんだか熱い視線を感じるな。ふっ、さては俺に惚れたな。ふふふ、俺も罪な男よ』

「はいはい」

「レネ、何でも男性は、女性に微笑まれただけでそう思うらしいから仕方ないよ」

 杜人は遠くを見つめて格好をつけている。術式を考えているレネはいつものことと相手をせず、エルセリアは優しく微笑みながら一応弁護をした。しかし、その言葉は弁護になっておらず、無自覚ゆえの破壊力を持って杜人の心を抉り取った。そのため杜人はぴたりと動きを止め、胸を押さえるとぽてりと倒れて痙攣する。

『男は夢がなくては生きられない哀れな生き物だというのに……。現実はなぜ常に過酷なのだぁぁぁ……。がくり』

 実にわざとらしい台詞のため、本気ではないことは丸わかりである。そして倒れた杜人はちらちらとレネに視線を送っている。そのためレネはため息をつきながらも小さく笑った。

「頼りにしているからね」

『うむ、存分に頼ってくれたまえ』

 杜人は即座に復活し、元気に回転する。レネとエルセリアは本当に仕方がないと笑っていた。

「これが差なのかもしれませんね……」

 杜人とアノクはどことなく似ている。しかし、セリエナは杜人をアノクのように嫌ってはいない。どこにその差があるのかと考えていたのだが、今までのやり取りを聞いて言葉にできない領域で理解した。

 そして小さく微笑むと、楽しそうにレネとエルセリアの輪の中に入っていくのであった。
これで第二章は終了です。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ