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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第2章 表と裏は未確定

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第18話 最適解は難しい

「まいった。このままでは何もできずに終わってしまう。どうしたものか……」

 アノクはあてがわれた部屋でうろつきながら、予定通りに進まないことにため息をついた。予定では一人で困っているセリエナに頼られながら調査を行い、良い関係になるはずだった。

 ところが現実は異なり、セリエナには敵対していたはずのエルセリアと恐ろしい噂を持つレネが仲良さそうに同行していた。どちらも今のアノクにとっては近づけない相手であり、常にセリエナと一緒にいるものだからここまで話し掛けることさえできなかった。

 もう研修は大詰めであり、ついに未調査領域へと足を踏み入れる日が来ていた。ここからは班が統合され、本部で待機していたレゴルも一緒に参加することになる。

 考えているうちにまるで出口のない迷路に入り込んだ気分となったため、小さく首を振りながら指にはめた指輪を見つめる。こうすると何故かいつも良い考えが浮かび、うまくいくことが多いのである。そして今回も、明かりを反射して煌めく指輪に導かれるように良案が浮かんだため、即座に決断することができた。

「仕方がない。危険に飛び込まねば宝は得られないという言葉もある。やってみよう」

 セリエナは嫌いだからといってアノクを邪険に扱わなかった。むしろテルストでは表面上とはいえアノクに唯一普通に接した人であった。そのためアノクは芽がないことを認識できず、セリエナも実は気があるのではと勘違いが加速したのだ。

 今つれないのもレネ達が居るから照れ隠しとか、近寄らないのも真面目だから仕事中は遠慮しているとか、何故か良いほうに解釈していた。だからアノクは危険地帯に飛び込む決心を固めた。

「待っていてくれ。必ず幸せにして見せるから!」

 一応この時点でも、もう付き合っているというところまでは思っていない。なので手順はきちんと踏もうとしているのだ。

 こうして我慢の限界を迎えた者が行動を開始し始めた。






「今日から未調査区域に入る。当然その領域は罠が残っているので今までのようには行かない。見分け方は資料で配布した他に実地で教えるので、よく見て憶えるように」

「はい!」

 レゴルの注意を聞いてから、一行は未調査領域へとぞろぞろと進んでいく。人員はレゴルとレネ達三人、アノクと護衛二人である。その他はリュトナと共に本部を守っている。そして到着したところで、さっそくレゴルから解説があった。

「罠と言うのは基本的に誰かが通過することによって作動する。そのため解除することを考えないのであれば、何かを先行させれば事前に位置が分かるようになる」

 そう言うと、レゴルは鞄から小さな銀色の人形を取り出すと前に放り投げた。すると人形は徐々に大きくなり始め、床に着くころには成人男性よりひと回り大きな姿となった。そしてそのまま地響きを立てて着地し、ゆっくりと前進していく。

「わぁ、真銀の動人形だ。良いなぁ、欲しいなぁ……」

『あれは高いものなのか?』

「動人形としてはとても高いですよ。魔法金属としてはありふれたものですけれど、あれだけの大きさの真銀を持ち運べる程度まで小さくなるように空間系統の術式を書き込むとなると、材料より術式のほうが値段は上になります」

 うっとりと銀色の塊を見つめるレネの様子に、どれほどの金額なのだろうと思った杜人はエルセリアに尋ねた。そして返ってきた答えになるほどと頷く。

 そんな後ろの様子を気にすることなくレゴルの説明は続く。

「ああしておけば、少なくとも物質に反応する罠は事前に発見できる」

 そう言っている間に床から槍状の石が飛び出してきたが、傷一つ付けることなく破壊されていた。それをレネ達は感心して見つめている。

「後は攻撃魔法で発動させたり、解析系魔法で調べたりもできる。その他に罠の専門家を雇って調べてもらうこともある。今はそちらが主流だな。調査のときはその費用は出るから安心しなさい。ではどのようにして罠が作動するのかを近くにいって説明しよう」

 そうして一同はレゴルの後に付いていったのだった。




『ところで、あの御仁はどういう人物なのだ? ずいぶんセリエナに積極的に見えるが』

 杜人の視線の先ではレゴルの解説を聞くためにセリエナとアノクが並んで立っていた。そしてアノクは暇があればセリエナになにやら話しかけている。セリエナも言葉少なに答えているが、どう見ても迷惑そうだった。

「確か、モリヒトさんから頼りになる部分を抜いて、弱めの毒を追加したような人だったような……。一応ルトリスに連なる貴族です」

「なにそれ。そんな人、居ないほうが良くない?」

 エルセリアは記憶の片隅にある情報をなんとか引き出し評価する。それに対するレネの返事は容赦ないものだった。それを聞いた杜人はレネをじろりと見つめ、レネは舌を出して誤魔化した。

『褒められたと思っておこう。とりあえず、今は見守るしかできないか。下手に介入すると爆発するかもしれないからな。何が起きても良いように近くにだけは居ようか』

「そうだね」

「ちなみにどんなことが起きそうですか?」

 エルセリアの予想ではそんなに酷いことは起きそうにない。これは無理強いをする性格ならもう騒いでいてもおかしくないからだ。故に、このまま流されておしまいになると思っていた。ところが杜人は何か大きなことを起こすというような雰囲気で発言していた。そのため気になって聞いてみたのだ。

『そうだな、セリエナに好かれようとしているというのが前提だが、やはり男としては女には格好をつけたい。そのためには多少の無理もする。だから例えば罠の解除に積極的に挑んで失敗して、大規模な罠が発動して巻きこまれるといったところか。こういうのは悪意ではないだけに防ぐのは難しい』

「なるほど、そういえばモリヒトも前にそんなこと言ってたっけ。確かに難しいね」

「下手に触ると傷つくからね……」

 レネとエルセリアは納得して頷いている。

『だからできるだけ固まっていよう。エルセリアは防御魔法を全員にこっそりとかけておいてくれ』

「良いですよ。……はい終わりました」

 魔法陣の光が見えないようにエルセリアは上着の中で魔法陣を構築し、ここに居る全員に魔法をかけた。ちなみにかけた魔法は、魔力結晶の爆発にもかすり傷すら負わない特級魔法である。レゴルは気付いて視線を送ってきたが、何も言わずに解説に戻った。

 そして一行は順調に歩を進め、普通の部屋とはどこか違う部屋に到着した。走り回って遊べそうなくらい広い部屋の床には細かい模様がいくつも描かれている。そして中央には腰の高さ程度の四角く黒石の台座が鎮座していた。

 そしてひと通り動人形と魔法で調べた結果、なにも反応がなかったため入口に護衛の一部を置いて一行は静かに部屋に入った。そして皆が中央に集まる中で、レネは入るとすぐに床の模様に違和感を覚えて立ち止まると調べ始めた。

「なんだろう……、絵文字? ……ううん、魔法陣だ。なになに……」

『魔法陣だと?』

「レネ、どうかした? ……んん?」

 エルセリアは立ち止まったレネの様子に首を傾げたが、視線の先にある模様を見ているうちに違和感に気付き、一緒に床の魔法陣を解析し始めた。

「なんか変。無駄が多すぎる」

「そうだね。わざと付け足しているみたい……」

『種類は分かるか?』

 杜人の問いにレネは魔法陣を指差す。

「ここは防御力場、要するに結界を作る術式で、こっちは上に重なった時に作動しないようにする術式。けど、こんなに複雑にする必要はないんだよね。それになんだか……」

 説明の途中でレネは言葉を止め、真剣な表情で魔法陣を詳細に解析し始めた。それを見た杜人とエルセリアは、顔を見合わせたが何も言わずにレネの作業を見守っていた。

 そして中央でも黒石の調査が行われていたが、こちらはレネやエルセリアと違って魔法陣から術式を割り出す逆解析ができないので、描かれたものをそのまま書き写している。これを持ち帰ってゆっくりと検証するのが普通の方法だ。

「素晴らしいな。その調子で写してくれ」

「ありがとうございます」

「ぐぐっ」

 セリエナが写したノートを見てレゴルがその場で高評価を与えた。それを聞いたセリエナは嬉しそうに俯いたが、写し取る作業は止めずに行っている。一緒に写しているアノクはといえば普通程度の腕前なので、特に何かを言うほどのものにはならなかった。

 今日は積極的に話しかけたものの、手ごたえはいまいちでむしろ嫌がっているように感じられた時もあった。そのためここで挽回しようと焦ったアノクは、良いところを見せようと中途半端な知識を照らし合わせた結果、ひとつの答えに辿り着いた。その答えはまるで何かに導かれたかのように唐突に思い出したのだが、何故か間違えようのないくらい簡単で正しい答えと思い込んだ。

 そのためアノクは笑顔になると、自信が乗った瞳をレゴルに向ける。

「先生、似たような模様を見たことがあります。そちらのほうは、操作すると記録映像が出てくるものでした。台座もよく似ているので、類似した魔法具と思われます」

「ん? 迷宮にそんな魔法具が設置されているとは聞いたことがないが」

 訝しげなレゴルの問いにアノクは自信を持って頷いた。横で聞いていたセリエナも聞いたことがなかったため首を傾げている。そのため遂に役に立ったという想いで心が満たされ、舞い上がったアノクの中で『似ている』が『間違いなくそうだ』に切り替わる。はめている指輪が怪しく煌いたことには誰も気が付かなかった。

 だからアノクは笑みを浮かべたまま、自信を持って断言した。

「はい、間違いありません。ここを触れば……」

「それに触っちゃ駄目!」

 興奮しているアノクが何の気なしに台座に手を伸ばしたとき、離れたところで解析していたレネがいきなり顔を上げて大声をあげた。そして駆け足で走り寄ると、いきなりのことに唖然としている周囲を無視して模様に偽装されている台座の魔法陣を解析し始める。アノクはといえば、いきなりのことに手を伸ばしたまま固まっていた。

「やっぱり……。レゴル先生、急いでこの部屋から出てください。これは生きている者にだけ反応する魔法陣です。そして床の模様は巧妙に隠されていますが、転移先不明の転移魔法陣です。おそらく調べようとこの台座に触れたときに、転移の罠が発動するようにしているのだと思います。下手をすると壁の中に飛ばされてしまいます!」

 迷宮において転移系の罠は少なく、このように偽装しているものは今まで発見されていなかったものだ。だからレゴルも罠である可能性は考慮しても、生きている者が調べるために触れると発動するという仕掛けまでは気が付かなかった。

 この罠は安全なところからできる調査手段では発動せず、実物を精密に検分しようと触れたときのみ発動する。今回は触らずに帰っても、調査が進めば必ず実際に触れて確認を行うときが来る。そのときまでに模様を解析できていれば防げるが、普通は無理である。魔法陣から術式を簡単に読めるレネだからこそ発動させることなく気付けた罠なのだ。

 真剣なレネにレゴルは無言で頷くと、迷うことなく静かな声で退避を命じる。レネの才能を知るレゴルにとって、疑う理由はない。

「全員、慌てずに部屋から退去しなさい」

 その声でセリエナも緊張しながら移動し始める。そして数歩歩いたところで急に後ろから手を掴まれたので、驚いて振り向いた。そこにはセリエナを掴むアノクが居て、状況にそぐわない微笑みを浮かべていた。

「どこに行くんだい? 説明はまだ終わっていないのに……」

「何を……、あの、離してください。それと早く退避しましょう」

 何かがおかしいとセリエナは感じ取り、振りほどけそうにないので静かに諭すように語りかける。だがアノクはより力を込めると、熱に浮かれたような瞳で話し始める。

「僕はあれがなんなのか知っているんだ。だから逃げる必要なんてない」

「……検証は後で行えば良いのですから、今は指示に従いましょう」

 アノクが浮かべた笑いにセリエナは背筋が泡立ち、身体を硬直させる。レネの才能を知るセリエナには、解析結果を疑うことはできない。どちらが正しいかと問われれば、迷わずレネを選ぶ。それなのにアノクは間違っていないと断言しているのだ。そしてどことなくおかしな様子から、理由は分からないが正気を失いかけていると思った。そのため声を出すことによって微妙に保たれている均衡を壊すかもしれないと感じ、セリエナは助けを呼ぶことができなくなった。

「……あれ、セリエナ?」

『ん? 何をやっているんだこんなときに……』

 セリエナが付いてこないことに気が付いたレネと杜人は、何かあったのかと視線を向けたことによってようやくアノクの変化に気が付いた。そのためアノクの視線が外れる横のほうへと静かに移動しながらレネと杜人は視線を交わすと、難しい顔で再びアノクを見つめる。

『まずいな。ばっさりと否定したから自尊心が傷ついたのかもしれな……ん? レネ、あの指輪おかしくないか? なんだか歪んで……思念のようなものが纏わりついているように見えるのだが……』

「そう? ちょっと待って。……ひぅ」

 今までは離れていたことと特に注目していなかったので気が付かなかったが、近くに来てセリエナを掴んだ手に填まっている指輪に気が付いた杜人が、真剣な声でレネに尋ねる。

 それを受けたレネが魔力の流れを確認できる魔法を発動させてアノクを見てみると、飛び込んできた光景に全身の産毛が逆立つ感覚を味わって身を震わせた。レネが見たものは、指輪から流れる魔力がアノクの全身に絡みついて、アノクの顔に歪んだ笑い顔が張り付いてるものだった。

 レネの知識ではこれは精神を蝕む呪いであり、ここまで憑りつかれると手の施しようがない。もう呪いの本体はアノクに移動してその精神深くまで根を張ってしまっているのだ。無理に引き剥がすと精神に傷がついて廃人になってしまうので、助けるには呪いのみを消し飛ばすか呪いを成就させて自ら離れさせなければならないのである。

 呪いが完全に憑りついたのは先程レネに否定された時だ。自信を持って答えたことがあっさりと否定され、レゴルもセリエナも迷わずレネを支持した。その時に傷ついた心に今まで隠れていた呪いが一気に流れ込んだのだ。そのため今のアノクは呪いの導きによって己の願望の充足を願うだけの人形となっている。

 腕をかき抱いて震えるレネがまったく目に入っていないアノクは、自らが正しいという願望を成就させるべくセリエナを引きずって台座に移動しようとした。

「さあ行こう。最高のものを見せてあげるよ!」

「いや! 離して!」

『仕方がない。これでどうだ』

 返答はなかったがレネの様子から尋常ではないことが起こっていると推測した杜人は、タマを呼び出すとセリエナに勢いよく体当たりを仕掛けてそのまま取りこんだ。そしてセリエナの腕を掴んでいるアノクの手の内側に割り入って強引に引き剥がすと、再び掴もうとするアノクを放り出し急いで逃げ出した。

「大丈夫?」

「ええ、ありがとう……」

 杜人はあそこまでやれば我に返るだろうと思ったのだが、奇妙な思念は薄れる様子がなかったためセリエナの介抱はレネに任せアノクから目を離さない。タマを使って拘束しようかとも思ったが、魔法使いが身を捨てて暴れれば今のタマでは抑えきれないと判断し、何かあったときにレネ達を守るために動かさなかった。

 騒ぎに気が付いたエルセリアとレゴルも何事かと入口のところで振り向いた。そんな中、アノクは不気味な笑みを浮かべて立ち上がり、素早く台座に走り寄ると腕を振り上げて声を張り上げる。

「僕の方が正しいんだ!!」

『くそっ、甘くみすぎたか!』

 狂気に満ちたアノクの叫びに全員が硬直する中で、杜人だけが次に起こることを予想して行動を起こしていた。走り始めた時点でレネとセリエナをタマの中に取り込み、腕が振り下ろされたときには全力で入口に疾走を開始している。

 そしてもう少しで部屋から出られるところまで来たときにアノクの拳が台座に打ち付けられ、瞬時に展開した結界に行く手を阻まれ跳ね飛ばされる。それでも瞬時に立ち直り、結界を破壊しようとしたところで辺りが眩い白光に包まれて視界が白く塗りつぶされた。

『なんのこれし……』

 そして次の瞬間に杜人の視界は暗転し、レネと契約してから途切れることのなかった思考が唐突に途切れたのだった。





「……レネは?」

「落ち着け。ひとまず引き上げるぞ」

 光が消え去った部屋には台座も模様も消え失せていて、中にいたレネとセリエナ、アノクの姿も消えていた。

 入口で呆然と呟いたエルセリアにレゴルは静かに声をかけ、護衛に指示をだすと状況打開のためにエルセリアを連れて急いで引き上げたのだった。
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