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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第2章 表と裏は未確定

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第16話 勢いは大切に

 道すがら採取を行って、ときに泥まみれ或いは穴の開いた悪路を進む。しかし、走甲車は関係ないとばかりに普通に走っていた。関係があるのはアノクの馬車のほうで、これのせいで行程が遅れているのは明白だった。

 だがレゴルは何も言わずに日程を修正していた。これはこの程度の遅れは織り込み済みだからである。そして前回まではもっと日程が狂ったので、今回は予定通りと言っても良い状況だった。

 そして現在は山の中腹にある採取場所にて薬草類の採取中であった。

『これが本物の薬草と偽物のもどきか。……見てもよく分からないな』

「そんなことないよ。ほら、葉っぱの縁にあるぎざぎざが根元から反り返っているのが毒があるほうで、先端だけが反り返っているのが薬草だよ」

 そう言われてエルセリアは手元にある草を見比べてみるが、ぎざぎざは元々小さいのでよく見ないと分からない程度の違いしかなかった。そのため諦めたように小さくため息をついた。

「比べないと分からないね。私は必要になったらおとなしく買うことにするよ」

「根元が毒草で、先端が薬草……」

 それに対してセリエナは必ずやらなければならないので、真剣な表情で聞いた特徴を手帳に書いていた。

 今は採取した草を渡された薬草の見本と比べながら、みんなで採取している最中である。ここで活躍しているのは一度見ただけで完全に特徴を憶えたレネだ。そのためほんの少しだけ得意げであった。ついでに図鑑も見ているので、指定されていないものも嬉々として採取していた。

「こっちは根っこを煎じると解熱作用があるものだよ。……あ、これは葉は切り傷の薬になるけれど、花の部分は痺れ薬に使われているね」

「解熱、切り傷、痺れ薬……」

 懸命に書きとめるセリエナの横からレネが手帳を覗き込もうとしたとき、セリエナは真っ赤になって手帳を胸に抱いて隠す。

「えー、見せてよ」

「だ、駄目……字が下手だから恥ずかしい」

 レネはセリエナの腕にしがみついてお願いするが、セリエナは恥ずかしがって見せようとはしない。

「むぅ、残念……」

「ほっ……」

 特にこだわりは無かったのでレネはあっさりと引き下がって続きを開始する。セリエナはあからさまにほっとしながらその後についていった。

『後で確認だけはしておけよ』

 レネとセリエナが組んで採取を続けているのを横目で見ながら、杜人はもうひとつの集団に目を向ける。そこではレゴルが直々に指導しながら採取を行わせていた。

 時折アノクが手を休めてセリエナのほうを見ていたが、そんなときはレゴルの鉄拳が容赦なくうち下ろされていた。同じ補助員として意識しているのだろうかと杜人は首を傾げるが、セリエナは意識していないようなので、一方的な何かだろうと推測していた。

 アノクが連れて来た護衛は採取に参加せずにその周囲を警戒している。人里を離れると迷宮から出てきて野生化した魔物と出会うことがあるためだ。おそらく契約内容がそうなのだろうと思ったが、どうせ連れてくるなら一人くらい手伝わせるようにしておけば良いのにと、アノクの評価をこっそりと下げる。

 杜人もタマを白珠形態で召喚していて、既に何体かの魔物と戦闘をこなしていた。そしてまた一体、迷宮に居るものより小さい土色の粘液生物が木の上に居るのを発見し、そのまま器用に伸び上がって払い落として取り込んでいた。今のタマならこの程度なら取り込んでそのまま溶解することができる。

 そして溶かした後はきちんと残った魔石を回収して、更にタマの改良を行っていた。

『野生なのに意外に大きな魔石を持っているんだな』

「外にいる魔物は自然発生しない代わりに長く生きて成長するんですよ。ですから山奥の魔物はたとえ小物でも要注意です」

 採取していないエルセリアが周囲を見渡しながら疑問に答えた。外の魔物は縄張りがあるので、地域に一種類しか存在しない。だからここは粘液生物系しか魔物は出てこないので過剰な警戒はしていない。

 かといって油断をすれば木の上から落ちてきてそれでお終いとなるので、きちんと気をつける点は考慮して警戒をしている。このように外では迷宮で遭遇しない立体的な攻撃方法によってあっさり殺されることもあるので、それなりに知識の補正が必要となるのだ。

『そうなのか。どうりで変な能力を持っていると思った。おかげでタマを強化できたよ』

「どんな能力ですか?」

 粘液生物は特に特筆した能力は知られていない。そのためエルセリアは興味津々に聞いてきた。

『分離と加工に関する能力だな。今回は植物や鉱物を取り込んで特定の物質を分離したり結合させたりできるようになった。例えば、採取して抽出した花の蜜を加工して蜂蜜のようなものを作れる。おそらく自分の傷を癒やしたり効率的に強化したりするために変化したんだと思う。ふっふっふっ、これで魔石を結晶体に精製できるようになったから、鍛えて金策に使えるようにするつもりだ』

「そんな能力が……。それでは毒草などから毒を抽出しておけば武器にも使えそうですね」

 エルセリアは自慢げに話す杜人に、にこにこと考えた使い方を伝える。杜人は生産のほうに頭が傾いていたので、その発想はなかったと手をぽんと叩いていた。

『そうか、それなら生物系の魔物ならわざと食われるのも手だな。運用を考えるか』

「頑張ってくださいね」

 こうして新たな能力を獲得したタマを強化すべく、杜人も残った毒草を採取していくことにした。その途中でエルセリアが意外と怖い発想をしたことに気が付いてこっそりと観察したが、特に変化はなくいつも通りの柔らかい微笑を浮かべてレネを見守っていた。

 それを確認した杜人は、もしかしたらレネが絡むと笑顔で後ろから刺せる性格なのではと戦慄し、エルセリアに対してレネ絡みでからかうのはやめておこうと決めたのだった。





 そんなこんながありながらも大きな事件はなく順調に街道を進み、手前の村で食料を買い込んでから遂に目的地である遺跡に到着した。一行は調査する対象の前にある広場に本部を設け、準備を行っている。

『遺跡という割には人が住んでいるんだな』

「ここは三百年前まで迷宮で栄えた町なんだ。で、その迷宮が休眠してしまって山奥だし不便だから住人が居なくなったんだよ。今滞在してるのは迷宮に変化がないか監視する兵士さん達だね。だからここは町としては機能していないんだよ」

 利便性の良いところや他に産業があれば迷宮がなくても存続するが、元々迷宮があるから町ができただけの場合は一気に衰退する。迷宮が休眠すると魔物が生成されなくなり、それまで存在していた魔物もそのうち消滅してしまう。そのため産業として成り立たなくなるのだ。

「店も無いですから手ぶらで来ても飢えるだけなんですよ。兵士の皆さんも余分に持ってきているわけではありませんから、今回はそれを見越して多めに持ってきています。余った分は帰るときに駐屯兵団に売れますからね」

 レネの説明にリュトナが付け足し、その商魂逞しい様子に杜人は感心した。この町は整備を放棄しているのでかなり荒れている。そのため馬車は広場まで来るのにだいぶ苦労していた。ところが走甲車は障害を気にせず広場まで来ることができた。

 もちろんその様子は兵士がしっかりと目撃しているので、リュトナの営業はそれだけでも成功していると言えた。特にここの兵士は山道の悪路に悩まされているので、物欲しそうな目を向けているのを杜人はきちんと確認している。

 国が買うとなればそれなりの量が見込める。予定を聞いているダイルがそれを見越していないはずがないと杜人は考え、やはりやり手の商人は恐ろしいと頬を掻いたのだった。




 そして次の日から遂に調査が開始となった。レネ達はレゴルの前に集合して説明を聞いている。リュトナだけは少し立場が違うので、本部で待機中だ。

「知っての通り、ここの迷宮は休眠しているから魔物は居ない。だが、罠は残っているので油断は禁物だ。今回は研修と言うことで最初は調査済みの階層を再調査してもらう。その後に未調査区域を調査して終了だ」

 この調査はこういった休眠中の迷宮をあらかじめ調査することによって、似たような他の迷宮の参考にする目的で行われる。普通の迷宮では魔物が居るために入ることができない階層も詳細に調査することができるのだ。そうすれば罠の種類や見分け方を知ることができ、結果的に国の利益になる。

 そうはいっても必ず有益な情報が得られるわけではないので、熱心に行われるという程でもない。そのため今回は国ではなく学院の講師としてレゴルに割り当てられた予算から費用が捻出されている。

「班編成はアノク班とセリエナ班のふたつ。本部には私が待機している」

 今回はどちらも随員を伴っているのでこのような編成になる。補助員のみの場合は補助員同士の班となるし、足りないときにはレゴルも入ることになる。調査方法は既に教えているので、後は報告書を読みながら修正していくことになる。

 これは説明を聞く者はきちんとやるし、聞かない者はついていってもやらかすので痛い目に遭わせるためだ。そのために最初は調査が終わったところをやらせるのである。これで実地の適性を見て、修正ができそうもないならそこでお終いである。給料を支払う以上、これは仕事なのだからこれでも優しいほうだ。

「定期的に休憩をし、夕方前には戻るように。それでは解散」

 レゴルは説明を繰り返して本部に歩いていった。後の行動は班長が決めるので、レネ達はセリエナの元へ集まっていた。

「それでは各人の役割を再確認します。私は全体のまとめと地図などを作成します。レネはその補助をお願いします。エルセリアは周囲の警戒をしてください。昼食は迷宮内で済ませ、少し早めに切り上げる予定です。何かありますか?」

 少し緊張した面持ちでセリエナは見渡す。打ち合わせは既にしているのでこの時点で聞く者はいなかった。

「無いようですので、出発しましょう」

「ちょっと待って!」

 移動しようとしたセリエナをレネが手をあげて制止し、一同の注目を集める。レネはといえば、不思議そうに首を傾げていた。

「こういうときは威勢良く掛け声をかけてから行くものじゃないの? 読んだお話ではほとんどそうなっていたよ」

「え? そうなの?」

「さあ?」

 セリエナは慌てて説明書を確認するが、そんなものが載っているわけが無い。エルセリアも経験が無いのでその辺りのことは分からずに首を傾げていた。ちなみにレネは、今までそれが当たり前だと思っていたから杜人と一緒のときも行ってきたのだ。

 もちろん杜人は物語の様式美や気分を高めるためと知っているが、面白そうなのでレネの提案をそのまま進めるべく話の流れを誘導することにした。

『一応嘘ではないが、やらなければならないことでもない。これから何かを始めるときに気持ちを高めたり、仲間として一体感を出したりするために使われるな。ほれ、何かを一緒にすると何となく連帯感が生まれるだろう? それと同じだ』

「なるほど」

 セリエナはそう言われればその通りと実体験から納得し、説明を聞いて頷いている。ついでにレネとエルセリアも頷いている。その光景に困ったものだと思いながらも、杜人は予定通り誘導を行う。

『ちなみに俺とレネは、気合いを入れたいときには結構行なってきたな。そのせいかは分からないが、レネとの連携はうまくいったと思う。ま、人それぞれだろうから、今回はセリエナの好きにしたら良いと思うぞ』

 そう言いながらも言外に『やらないのはちょっとな』という意味が伝わるように、肩を竦めながらちらりとセリエナを見る。レネは人それぞれだしねという意味でうんうんと頷いている。

 しかし、なまじ訓練を受けて裏をそれなりに読み取れてしまうセリエナには、裏なんてないのに『やるよね?』に見えた。そのため『やらなきゃ駄目?』という表情になり、額に汗をにじませていた。

「無理しなくても良いんだよ?」

 エルセリアは杜人の意図とレネの考えを正確に把握していたので、何気なくそう言った。残念ながら、エルセリアの気遣いは逆効果になり、結果的にセリエナの決断を促すことになってしまった。

 観察していた杜人は素晴らしい後押しだと頷いている。こういう場合の気遣いはあからさまに言わないと通じないことが多いのだ。杜人としてはどちらでも良かったので、セリエナの近くに移動して参考例を示す。

『一応こうやる。セリエナは出発!と言い、皆はおー!と応じる。中途半端にやるとよけい恥ずかしいと思うから、やるなら勢い良くな』

 杜人は拳を突き上げてやり方を説明し、レネのところに戻った。そしてこっそりとレネにささやく。

『しかし、レネもよくこんな注目を浴びる場所でやろうと思ったな。目立って恥ずかしがっていたレネはもう居ないのだな……』

「あ……」

 杜人はわざとらしく遠い目をして残念無念と呟く。言われて気付いたレネが周囲を見渡すと、レゴルとアノク班の他に駐屯している兵士も結構いた。それを認識したレネは、己のうかつさに背中に汗をかき始めた。

 その会話を横で聞いていたエルセリアは杜人のいたずらに困ったものだと苦笑しているが、止めるような無粋な真似はしない。

「やっぱ……」

「行きます!」

 レネは慌ててやめようと言おうとしたが、残念ながら腹をくくったセリエナのほうが早かった。セリエナはやけくそ気味に大きな声を出すと、拳を握りしめて天に突き上げた。

「出発!!」

『おー!』
「おー!」
「おー……」

 杜人とエルセリアはにこやかに、レネは恥ずかしそうにしながら拳をあげる。そして一行は周囲の珍妙なものを見る視線を浴びながら、迷宮に急いで突入していった。

 中に入ったところで杜人はレネの前に行き、耳まで真っ赤にして俯いているレネの顔をにやけながら覗き込んだ。

『うぷぷ、どうしたレネ、そんなに顔を赤らめて』

「おにょれ元凶が何を言うかぁ!」

 さすがに杜人がいたずらを仕掛けたことに気付いたレネは、両手を振り回して杜人を捕まえようとする。しかし、杜人は隙間を縫いながらすいすいと避け続けた。

『心外だな。俺は単にレネの言うことにも一理あると言っただけなのだが。俺はきちんと選ばせただろう? それにきっかけはレネだろうに。くっくっく』

「結果が分かっていたなら止めてよ!」

 そんな二人を疲れた顔でセリエナは見て、がっくりと肩を落とすと盛大にため息をついた。エルセリアはじゃれあう二人を見ながら仲が良いなと微笑んでいる。

「はまらないの?」

「ええ、自分の馬鹿さ加減に力が抜けました……」

 冷静になれば、どうしてあんなことをしてしまったのかと顔から火が出そうだった。

「でも、楽しいでしょ?」

「……ええ、そうですね」

 セリエナは微笑むエルセリアに微笑み返し、未だにじゃれあうレネと杜人をうらやましそうに見つめたのだった。
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