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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第2章 表と裏は未確定

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第15話 油断大敵雨あられ

 研修出発の早朝、まだ日も昇らない時刻。街の入口にある広場の端に、セリエナはひとりで佇んでいた。さすがにまだ門は開いておらず、他の旅行者の姿は見受けられない。

 セリエナは昨夜緊張してあまり眠れず、朝方に眠って起きられなくなりそうだったので早めに出て来たのだ。服装はいつも通りの学院の制服であるが、靴は旅行用にと頑丈なものを選んでいる。その他の荷物はレネに預けているので現在は鞄をひとつ持っただけの軽装であった。

「早く来ないかな……」

 ひとりでいるのも寂しいのでぽつりと呟く。その願いが通じたのか、間もなく三台の馬車が広場に入って来て、セリエナの近くで停止した。到着した馬車の作りは、二台は一般的なものだが一台は飾りがついた豪華なものだった。側面には紋章が描かれていて、どこかで見たことのある紋章にセリエナは少しだけ眉根を寄せた。

「……まさか、ね」

 セリエナはその時点で何となく嫌な予感がしていたのだが、馬車から降りてきた燃えるような赤髪の青年を見て予感が当たったと小さくため息をついた。

「おや、奇遇だねセリエナ。君も研修に行くのかい?」

「……はい。アノク様もですか? いつフィーレに転入したのですか?」

 アノク・ラルナールはルトリスの遠戚であるラルナール伯爵家の子息である。そしてセリエナの記憶が正しければ、今はテルスト魔法学校にて学んでいるはずであった。

 それを聞いたアノクは大げさに嘆くと、何故か髪をかきあげて青い瞳をセリエナに向ける。

「ふっ、相変わらず他人行儀だね。僕のことはアノクで良いと言っているじゃないか。というか、噂ではフォーレイアから放逐されて悲惨な目に遭ったと聞いたのだけど、元気そうで安心したよ」

 にこやかに笑うと片手をセリエナに差し出す。馬鹿にしたようなことを言っているが、これでも本人に悪気は無く、褒めているつもりなのである。

 セリエナは思わず頭痛を堪えるように片手の指をこめかみへ当てる。気分が乗っているアノクは人の話を聞かないので会話が疲れるのだ。このように、アノクは周囲の雰囲気が読めず相手への配慮が足りない人物なのである。

「ありがとうございます。それと今の私は平民ですので、貴族の方には失礼の無いようにしなければなりません。それで、いつ転入したのでしょうか?」

 簡単に流したセリエナを気にすることなく、アノクは変わらぬ笑みを浮かべながら答える。

「逆だよ。元々フィーレで学んでいたところをテルストに短期編入していたんだ。で、昇級試験があるからしばらく前に戻ってきたというわけさ。ただ、その後すぐに実家に帰っていたからセリエナが転入してきたことを知らなくてね。研修に行くと聞いて慌ててレゴル先生にお願いしたというわけさ!」

 奇遇と言った最初の挨拶と既に矛盾しているが、本人は気付いていない。そしてこういう人は言葉に信用が置けないのでセリエナは嫌いなのだ。ついでにどこで手に入れたのか趣味の悪いごてごてした指輪もはめているので、そちらの感性も問題外だった。

 ちなみにアノクはとあるパーティ会場でセリエナと出会い、一目惚れしてそのままテルストに突撃した猛者である。ルトリスの縁者がフォーレイアの私塾といえるテルストに入ったのだからひと悶着はもちろんあった。アノクが無事なのは、ひとえにアノクが気にせずに突き進んだからだ。『行動的な馬鹿』、これがアノクに対する周囲の評価であった。

 そしてセリエナは、テルスト時代は敵と認識していたので相手にせず、現在は疲れる会話をしたいと思わない。なにより貴族に嫁げば周囲から欠陥について必ず言われるので、たとえ好きだと言われてもアノクは問題外である。セリエナは自ら貴族社会に関わる気は今のところ無いのだ。

 ちなみにアノクは知らずにセリエナの文字を見て笑ったので、敵対一族ということもありテルスト時代の印象は最悪の一言で済んでいた。今でもそれは忘れていないので、対応も当たり障りないものとなっている。

「なるほど、よく分かりました。それで、後ろの方々は随員でしょうか」

 朝から気力が音を立てて無くなっていく感覚を覚えながら、セリエナは残りの馬車から降りてきた武装した集団を見つめる。答えの予想は付いているが、確認を兼ねて聞いてみたのだ。

「もちろん道中の護衛さ! どんな危険が待ち受けているか分からないからね。セリエナが怪我をしないように揃えたんだ。だから安心してほしい」

 頼もしい言葉にセリエナはまたもや小さくため息をついた。見た目だけならそれなりなアノクであったし、絶望している頃のセリエナなら恨みを忘れてその胸に飛び込んだかもしれない。だがしかし、既に壊れかけていた心はレネ達によって修復されているので、アノクの行為はセリエナには何も響かない。むしろ空気を読めない行動で逆効果になっていた。

「では責任を持って統制してください。私は連れが到着したようですので、これで失礼します」

「え? 連れ? いつもひとりなのに? ……げ、まずい」

 なかなか失礼なことを言うアノクを無視し、セリエナは小さく会釈をして立ち去る。このように自然体で心を抉る言葉がたまに飛び出してくるため、評価は更に下がるのだ。

 立ち去るセリエナを目で追ったアノクは、その行く先から二人の少女が歩いてきたのを確認した。もちろんそれはレネとエルセリアである。

 アノクは一応エルセリアの派閥に属しているが、心酔しているわけではない。しかし、付き合いでレネに対する攻撃に付き合ったために、見事に何やら分からない魔法の餌食になったと思っている。そのためほとぼりを冷ますために実家に隠れていたわけなのだが、戻ってきてから時間が無かったので現在の詳しい状況はまだ知らない。

 そのためアノクはレネの怒りに触れないように、こそこそと目立たない位置に移動したのだった。





 セリエナとの挨拶を終えた後、レネは眠い目をこすりながら待機していた。周囲にはエルセリアとセリエナの他に、少し離れてアノクとその随員である十人程度の武装した集団が居る。その集団は武器防具を全員が装備しているので荒っぽそうに見えるのだが、レネ達のほうにはちらちらと視線を送るだけで声をかけてくる者はいなかった。

 よく見ればアノクと随員がひそひそと小声で話しているのが見えるので、レネとエルセリアのことを知っていると杜人は判断していた。知っている者ならば、殲滅の黒姫と大貴族であり学院一の天才と事を構えたいと思わないのは当たり前のことである。

 そんな微妙な雰囲気に気付くことなく、レネはのんきにその集団を観察していた。

「いっぱい居るね。そんなに危険なのかな?」

「街道沿いはそれほどでもないよ。盗賊もこの辺りには居ないしね。それに迷宮のほうがよほど危険だよ。貴族だから、たぶん予想した通りの理由なんじゃないかなぁ」

「……そうですね」

 まさか自分を追いかけてきたようだとは言えなかったため、セリエナは触らないように言葉少なになっている。

 エルセリアはアノクのことを知っているが、どこで何をしていようがルトリス本家が対処するべき領分のため存在自体を気にしていない。そのためテルストに突撃したことは知っていても、アノクとセリエナの関係は把握していなかった。だから到達する結論は一般的なものになる。

 そして近隣の情報収集は旅の基本なのでレネが知らないのも問題なのだが、もちろんエルセリアは気にしていない。杜人も旅の安全については無意識に安全なものと思っていたため、確認をすっかり忘れていたのをこの時点で思い至った。

『そうなのか。その辺りのことはすっかり調べ忘れていたから助かる』

「駄目だなぁ。浮かれているからそんなことになるんだよ。先の予測は常識でしょ?」

 自分のことを棚に上げて、ここぞとばかりにレネは得意げに杜人をからかう。それを見ているエルセリアとセリエナは、仕方がないなぁと微笑んでいる。

 言われた杜人は一瞬楽しそうに口の端をあげ、すぐに表情を引き締めると真面目な顔で頷いた。

『ああ、言い訳できない失態だった。だからうっかり者の俺は引っ込んで、これからはしっかり者のレネに頼ることにしよう。というわけで、後は任せた。それで、これからどうすれば良いんだ?』

「え?」

 いきなりのことにきょとんとするレネに、杜人はによによとした笑みを浮かべてからかうように目の前をふらふら飛び回る。

『駄目だなぁ。浮かれているからそんなことになるんだ。先の予測は常識だぞ? うぷぷぷぷ』

「うぐ……」

 先程と全く同じ台詞を返されて、レネはまた負けたと呟いてがっくりと肩を落とした。二人のじゃれあいを見ていたエルセリアとセリエナは、本当に仕方がないなぁと微笑んでいる。

「冗談はその辺で終わりにしましょう。実際これからどうなると思いますか?」

 このままでは掛け合い漫才が始まりそうだったため、セリエナは手を軽く叩いて話題を進める。まだレゴルは来ていないので、人数が増えたことによる予定変更の説明はされていない。

 話題が変わったことでレネは顔を上げ、会話に耳を傾ける。杜人のからかいは示し合わせたじゃれあいの類なので、後に残らないのだ。

『普通ならレゴル先生が用意した馬車に先生と補助員が同席し、随員はそれについていく形になるだろう。あちらが予想通りの集団なら、俺達は後ろのほうが面倒がないと思う』

「そうですよね。研修ですから……」

 杜人の予想に、長時間アノクと一緒に居なければならないかもと思ったセリエナは小さく肩を落とした。それをレネは一緒に居られないことが寂しいと解釈し、セリエナを慰める。

「お仕事だから仕方ないよ。夜は一緒だろうから頑張ってね」

「夜更かしはできないけれど、少しくらいは遊べると思うよ」

「……ありがとう。頑張ります」

 二人の笑顔で気持ちが上向いたセリエナも微笑んだ。まだ完全に慣れていないのでぎこちなさはあるが、一緒に居て楽しい友達がいる感覚は心地の良いものだと改めて認識した。

 その様子を確認してから、杜人は浮かれ加減のレネに真面目に話しかけた。

『ところでレネ、どの位置になったとしても後ろから遅いと煽ったり、先頭だからと全力で爆走したりするなよ。今回は随員が迷惑をかけても解雇されるからな』

 杜人はレネが興奮して走甲車を爆走させるのを防ぐために、あらかじめ釘を刺しておく。こうしておけば最初は気を付けるし、途中で忘れても簡単な注意だけで済ますことができるのだ。

 お気に入りのおもちゃを与えられた者がやらかすのは普通のことだと杜人は認識している。もちろん経験からくる判断だ。

 杜人にとって、もしお気に入りの自転車を手に入れたならば、下り坂を爆走したり、ドリフトしたり、滑って転んで川に飛び込んだりするのは若者の衝動として当たり前のことなのだ。だからそんな悲劇にレネが見舞われないように、言うだけは言っておかなければならないと思ったのである。

 その注意を聞いたレネは、少しだけ不満そうに頬を膨らませたが今回は納得して了承した。おかげで起こるかもしれなかった悲劇は回避されたのである。

「残念、せっかく頑張って改良したのに……。早く届かないかなぁ」

 レネはダイル商会のほうを覗き込む。走甲車を受け取ったレネは、嬉々として車体部分に書き込まれた術式の改良に着手していた。こちらは表面に記述してあるので、専用の道具があれば後から改造が可能なのだ。

 道具は高価なのでレネは持っていなかったが、ダイルは当たり前のように準備していてレネに貸し出していた。そして改造箇所の術式も本に記入してダイルに渡し、走甲車は色々な荷物を積み込んでから今居る場所に届けてもらうことになっていた。

「あ、来た! ……あれ? 二台来るよ?」

 レネが指差す先の道には、丸みを帯びた走甲車が結構な速さの割に静かな音で移動していた。そして広場まで来ると、一台はレネの前で止まり、もう一台は街の入口近くまで移動してから止まった。レネ達の前に止まった走甲車の後ろには、少し小さな走甲車が連結されている。これはレネがお遊びで付けた機能で、ぞろぞろと列を成すと面白そうだという理由だけでダイルは賛成していた。

「これがもらった走甲車なんだ? 本当に変わった形だね」

「発想がものすごく変なことは確かですね」

 話だけは聞いていたエルセリアとセリエナは物珍しそうに走甲車を観察している。それを聞いているレネは多少胸を張って自慢した。

「変だけど、性能は保証できるよ。車輪じゃないから振動が直接来ないし、多少の段差なら水平を保つように移動するから驚くことも無いよ。だから道が悪くても、ものともせずに前進できるんだよ。ついでに魔法使いじゃなくても使えるように追加の道具も作ったんだ」

 改良された制御核によって操縦できるようになっても、その通りに動かなければどうしようもない。そのためレネは車体のほうも改良したのだ。これによって水平移動だけではなく、多少の坂道や階段も軽く移動できるようになっている。

 そして初期の制御核は命令に魔力が必要なため魔法使いしか扱えないものだったが、レネが改良したものは制御核の上にレバー付の専用魔法具を加えることによって、魔法使いではない人でも水平移動ならば操縦できるようになっていた。もちろん訓練は必要だが、それは魔法使いといえども一緒である。

 そんな風に自慢していると、運転席の扉が開いてそこからリュトナが微笑みながら降りてきた。もうひとつの走甲車からはレゴルが降りて来たので、セリエナは慌ててそちらに向かう。

「レネ様おはようございます。揺れもなく快適な乗り心地でした。それとお約束のお荷物は荷台に積み込んでありますので、お確かめください」

 レネ達も挨拶を交わし、嬉しそうにしながらさっそく荷物を確かめる。内部は立ったまま歩ける高さがあるので広く感じられ、荷物は左右の壁に設けられた棚の上部に収められていた。但し、分量的には一月分には見えなかった。そのためレネは振り返ってリュトナに尋ねる。

「これで一月分なんですか?」

「レゴル様と旅行日程を確認しまして、食料などは各地で都度補充したほうが良いだろうということになりました。私もご一緒しますので、その辺りの心配は不要です」

 微笑みながら連結された走甲車を指差し、寝泊まりや荷物は問題ないことを示した。レネはそれを聞いて心強い同行者ができたことに嬉しそうに微笑む。

「あ、そうなんですか? それではこれからよろしくお願いします!」

『なるほど、ついでに長期間の耐用試験もできるからか。これなら不具合があって一台が行動不能になってもなんとかなる。そして得た情報は今後に活かすのだろう。やはりしっかりしているな』

 杜人はダイルのしたたかさに感心する。レネからすれば費用がかかるわけではないし、何度か顔を合わせて親しくなっているリュトナならば受け入れやすい。なにより連れて行かないと大量の荷物を抱えていくか、各地の街で補充に走りまわらなければならなくなる。旅慣れないレネ達にとっては断る理由が無かった。

 そしていきなり三台持ってきたことから、この走甲車も見切り発車で作成し不良在庫となっていたものだろうと推測し、素直に利用されたほうが楽と悟った。そういうわけで、杜人は喜ぶレネを横目で見ながら、無粋なことは言わないことにしたのだった。





 そしてレゴルの説明を受けてから一行は遺跡に向けて出発した。順番は予想通りレゴルが先頭でレネ達が最後尾だった。

「これ面白いね。私も買おうかな……」

「そうしようよ。そして後で競争しよう!」

『危険な使い方を嬉々として言うな! まったく……』

 現在はエルセリアが制御核に直接手を触れて走甲車を操縦している。最初はぎこちなかったが、すぐに慣れたのはさすがであった。命令を適合する形に変換しなければならないので反応速度はレネより遅いが、後ろを走るリュトナの走甲車より機動は安定している。

 走甲車は走っているのにまったく振動が無く、クッションもあるので非常に快適である。馬車に乗った経験があるエルセリアにとっては、それだけでも買う理由になるのだ。それでも疲労は溜まるので適宜休憩を挟みながら進んでいく。

「んー? 前の操縦はセリエナに代わったのかな? 動きがぎこちなくなった」

「魔法具で操縦しているだろうから仕方ないと思うよ」

 セリエナは魔力量自体は多いのだが魔法陣構築能力が壊滅しているので、直接制御核に魔力で命令すると誤作動を起こしかねない。そのため普通の人と同じように魔法具による操縦をしているのだ。

 先頭を走る走甲車にはレゴルとセリエナが乗っている。アノクは走甲車の操縦席が意外と狭かったため、おとなしく自分の馬車に乗った。これは寡黙なレゴルの隣では、一緒に居てもセリエナと会話できないと結論を出したからである。一緒に居れば会話したくなるのは当たり前であり、それで不興を買ってはまずいと判断していた。

 そのためセリエナはレゴルと二人きりとなったのでとても緊張することになり、アノクの評価を更に下げたのだった。居ても居なくても下がるのだから、杜人が知っていたらアノクの肩に手を置いて慰めたことは確実である。現在はもちろん知らないので、欠片も話題にされることはなかった。

『しかし、レゴル先生も手に入れるとは情報が早いな。というより知り合いだから教えられたのか。打ち合わせもしていたようだし、元々用立てていたのかもな』

 ダイル商会はレゴルの紹介で知り合ったので、情報が筒抜けでも驚かない。そして抜け目ないダイルなら旅に出る機会があるレゴルに言わないわけが無いと推測する。

「おかげで早く日程が消化できるはずだったのに……。これじゃあせっかく大き目の魔力結晶を三つも積んだのに、宝の持ち腐れだよ」

 レネはため息をついて前を走る馬車を見つめる。走甲車には動力源として魔力結晶が複数組み込まれていて、それを切り替えながら連続走行しているのだ。今の速度ならば長時間休ませるまでもなく回復する程度の消費量であった。

『確か馬車の三倍速で日中稼動でき、回復に一晩だったな』

「そうだよ。もっと組み込めば延びるけれど、販売価格を考えるとこれが限度なんだって。もう少し運用方法を調べたら、速度を抑えて魔力結晶を小さくした廉価版も出すみたいだよ」

「それでも性能としては十分だと思うよ。馬車の速度なら休憩しないで移動できるんだから」

 それだけでも十分な利点と言える。だが価格がとても高ければ良いものだろうと売れないものだ。だから、必要としている人が背伸びして届く範囲に収めなければならないのである。

 そういうわけで、初日はゆっくりとした出だしとなった。





 そして途中の町や村に立ち寄り寝泊まりや補充をしながら順調に移動を続け、遂に初めての野宿の時間がやってきた。野営地では各人がそれぞれ準備をしているのだが、レネ達にはセリエナが合流し、レゴルはアノクのほうにいっている。綺麗に男女が別れた組み合わせである。

 レネ達から見れば、馬鹿をやらかさないかのお目付役として居るのが丸分かりだったので、アノクの胃は果たして朝まで無事だろうかと少しだけ心配していた。

 ちなみにリュトナはその柔らかい物腰としっかりとした対応によって、すでに三人組と打ち解けて話せるようになっていた。そして今は火にかけた鍋が煮えるまでの間、積み込んできた野宿用の道具を解説しているところである。

「野宿に必要なものを挙げればきりがありません。しかし、荷物を運べる量にも限界があり、すべてを持っていくことはできません。そのため、荷物を少なくしても快適に過ごせる商品を選ぶことが重要となります。そこで今回は当商会で扱っているもののうち、そこそこのものを持ってまいりました」

 リュトナは大き目の袋から道具を取り出して地面に置いた。自分で野宿するのが初めての面々は、目を輝かせてそれらを見つめている。

 最初にリュトナは、先端に赤い石が付いた杖状の道具を片手で持ち、レネ達に見せる。大きさは手の平に収まる程度で道具としては小さいほうだ。

「まず、これは火をつけるために使うものです。普通の家庭ではもっと大きくて火力が強いものを使いますが、旅に持ちだすには嵩張りますのでこのくらいが良いです。使い方はこうですね」

 リュトナが先端に枯れ枝を近づけてから杖に付いている小さなレバーを起こすと、先端から小さな魔法陣が飛び出した。そしてそれが枯れ枝に触れると輝いて消滅し、その部分から煙が現れたかと思うと、一気に大きな炎となって燃え上がった。

「おおー」

 拍手しながら驚く面々を見渡してリュトナはにこにこと解説を続ける。

「このように、魔法陣に触れたものを加熱して発火させます。一度に三回程度しか使えませんが、一晩も経てばまた使えるようになりますので、慣れればこの程度で十分です。起動する機構は元通りに収納すれば固定されますので、誤作動もまずない品物となっております」

 それを隣のセリエナに渡しながら、次の道具を手に取る。渡されたセリエナはレネとエルセリアと共にしげしげと眺めて感心していた。

 次の解説は四方を透明なガラスに覆われた道具の中に魔力結晶が入っている設置型魔法具と、似たような魔力結晶が手の平に収まる小さな杖の先端についているものだ

「次は明かりですね。これはよく見られるものなので、似た商品を使ったことがあると思います」

 そう言って設置型魔法具の側面を操作すると内部の魔力結晶が光り始めた。それには全員が頷いている。そして次に杖状のほうを先端を上にして掲げた。

「こちらは同じ明かりを灯す道具ですが、道具自体が光るのではなく灯明を発動させます」

 そう言って先端の結晶体を回転させると結晶体上部に魔法陣が浮かび上がり、そこから光球が現れて頭上で静止した。明るさは設置型魔法具よりも明るく、広範囲を照らしている。

「おー」

 意外な明るさに観客はにこにこと上機嫌に拍手している。リュトナはそのまま杖を地面に刺すと解説を続ける。

「こちらの利点は一度発動させれば道具をしまえる点です。固定基準位置は道具と術者を選択できるので、複数発動も大丈夫です。また、単発だけですが効果時間が過ぎる前に自動発動もできますのでこのようにしておけば放置していても暗くなりません。そして待機中に魔力を回復しますので、自動発動でも連続して一晩使用することができます」

「おおー」

『……困ったものだな』

 身振りを交えた見事な商品説明に、もはや三人とも商品の虜になっている。そんな詐欺にあっさり遭いそうな三人を、杜人は温かく見守っていた。

 リュトナは先程と同じように使い終わった道具をセリエナに渡し、その後も次々と商品の解説を行っていく。そして最後に灰色の外套を手に取って広げた。

「最後はこの外套です。やはり屋外ですので、風雨に晒されることは確実にあります。そんな時に活躍するのが、この灰色狼の毛皮を加工した外套です。これの素晴らしい所は、風を通さず汚れと水を弾いて内部の熱を逃さないのに、不快な湿気は外に逃す点です」

 ここで見本をそれぞれに手渡して、感触や温かさを確認させる。全員気に入ったようで、実に良い笑顔を浮かべていた。

 ここまでは先程までの説明とあまり変わっていない。しかし、観察している杜人にはリュトナの瞳がきらりと光ったように感じられた。それを裏付けるように説明にも熱が入り始める。

「これは当商会独自の特殊な加工を施すことによって実現しているもので、量産ができませんので店舗では販売されておりません。ですが、皆様には大変お世話になっております。ですから、今なら特別に、こっそりと、お譲りできます」

 人は特別とか、限定に弱い。そして抑揚を利かせた説明で熱気は最高潮に達していて、聞いている三人は目を輝かせて物欲しそうに外套を見つめている。その様子を見ている杜人は、力が抜けた微笑みを浮かべると困ったものだと額に手を当てた。

 そしてリュトナは熱い視線に晒すように手に持った外套を掲げ、最後のひと押しを行う。

「今だけです、帰ってからでは手に入れることはできません! そして、今なら先程の道具をひとつずつお付けいたします! 旅のお供におひとついかがでしょうか」

「くださ……」

『はいそこまで。無料と言っていないものをもらおうとするんじゃない』

 手を伸ばしかけた三人を見て、杜人は準備していた小規模の炸裂氷針を中央に放った。その結果、狙い通りいきなりの爆発音に揃って硬直し、先程までの熱気は瞬時に霧散していた。

『レネはともかく、エルセリアとセリエナまで引っかかってどうする。おそらく反応が良かったから冗談でやったのだろうが、少しは警戒してほしい』

 軽い調子の指摘だったが、杜人の声が聞こえる三人は気落ちして肩を落とした。そのため状況が理解できないのはリュトナだけである。

「あれ、何が……?」

「リュートーナーさぁーん?」

 杜人に注意されたためちょっぴり涙目になりながら、三人は恨めしげな声を揃ってあげた。エルセリアとセリエナは思わず騙されかけたことに対して、レネは杜人にともかくと称されてしまったことに対してと多少の違いがあるが、視線を受けたリュトナは我に返って楽しそうに小さく笑った。

「ふふっ、ごめんなさい。あんまり素直な反応だったからつい、ね。ちゃんと気を付けないと、こんな風に騙されますからね?」

『特にレネは気をつけろよ。警戒心が強いのに隙がありすぎるぞ』

「あぅ……」

「はぁ、私もまだまだだなぁ……」

「以降は気をつけます」

 以前にも詐欺にあったレネは杜人の止めにがっくりとうなだれる。エルセリアとセリエナはそんなレネを慰めながら油断したことを反省していた。

「商品は人数分揃えていますので後でお渡しします。感想を後で教えて頂けると大変嬉しいです。もちろん費用は今回の経費に含まれておりますので、支払いは発生いたしません」

「わあい!」

「やったぁ」

「ありがとうございます」

『まったく……困ったものだ』

 無料で貰えることが分かって即座に回復した三人を、杜人は頭上から温かく見守っていた。
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