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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第2章 表と裏は未確定

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第11話 合わせ鏡の裏側

 レネが広まった噂で街に出られず図書館と自室で引きこもりになっていた頃、学院における上位者の勢力図が変動していた。今まではエルセリアが知らないうちに他者を引っ張る形になっていたのだが、積極的に動くセリエナの登場によって分裂し始め、更にエルセリアはその手のことに無関心だったためにいつの間にか勢力が逆転していたのだ。

 学院の上位者は大抵貴族のために、名目上は平等でも結局は実家のことを考えて動く。ルトリスとフォーレイアは知らない者から見れば同勢力なので、血筋や力に劣り繋がりが明確にない者達は勢いがあるほうに擦り寄りやすい。

 他の大貴族の子弟も積極的に派閥を拡大しようとはしていなかったので、勢力としてはエルセリアより小さかった。しかし、エルセリアは派閥外の者を攻撃することが無かったために、今回はあえて静観している。そのため争いは二者だけのものになっていた。

 結果として、エルセリアの派閥に残った者はルトリスと繋がりが深い者とエルセリア個人に恩がある者、そしてエルセリアの実力を知る者だけになっていた。それでもエルセリアは気にせずに講義を受けている。ある程度まではその様子が敗北宣言と受け取られて一層離れる者を多く出したのだが、それでも変わらなかったため残った者達は逆に何か意図があるのではと安心し、結束はより強固になっていた。

 その推測は半分はずれで半分当たっている。エルセリアは意図して自分の派閥を作ったわけではないので、そもそも保持しようと思っていなかった。しかし、セリエナの躍進は長続きしないとも読んでいた。

 そういうわけで、結果的にエルセリアの派閥には質の良い人達が残ったのだった。そしてしばらくしてから、エルセリアが予想していた崩壊の時がやってきた。





 その日の講義はレゴルが担当している特級魔法理論であった。今日は実技を伴うために屋外訓練場に集まって講義を行っている。他の者は手ぶらだったが、エルセリアだけはなぜか細木を編みこんだ大き目の入れ物を持ってきていた。もちろん奇異の目で見られるが、エルセリアは気にしない。

「このように、特級魔法以上になると消費魔力が激増し、魔法陣頼りの魔法使いは使いものにならなくなるのは既に知られている事実だ。諸君らは厳しい上級認定試験を合格しているので心配ないと思うが、鍛錬を怠る者の制御能力は徐々に劣化していく」

 特級魔法を実演してからの説明を一旦止め、じろりとレゴルは厳つい顔を受講者に巡らせる。緊張している者が大部分の中、エルセリアはいつもと変わらぬぽやんとした顔をしていた。新任の講師はこれに騙されてエルセリアを指名し痛い目に遭うのだが、もちろんレゴルは長い付き合いなのでそんなへまはしない。

「これからの講義は高い制御能力があることが前提だ。そのためそれを確認する試験を行う。できない者は上級の認定を取り消す。もう一度中級からやり直せ」

 フィーレの上級認定試験には魔法具に頼らずに自力で魔法陣を構築しなければならないという必須試験が存在する。そのために中級の時に必死に練習するわけだが、合格してしまえば関係ないとまた元に戻る者もいる。

 この講義を受けている者の中にこの間の試験を合格した者は含まれていない。そのため期間がだいぶ空いているので、錆び付いた者もいるのだ。

 ちなみにエルセリアは特級認定試験を受けられるのに受けず、講義を周回しているのでこの状況は初めてではない。今では陰で合格できない理由があるからだと言われているが、それまでは勉強熱心だから己を高めるためと言われていた。真の理由は当然レネと一緒に居る時間を長くするためである。

 もちろんこの講義にも抜け道はあり、講義を受けなければ落とされることはない。しかし、長い歴史の中でこの講義を一度も受けずに卒業できた者は皆無である。これは特級認定試験にも同様のものがあり、そちらはより厳しい判定で行われるからである。

 レゴルの宣言に知らなかった受講者からざわめきが生まれる。そしてセリエナは死人のように青ざめた顔になっていた。この講義の情報は隠されているわけではないが、内容の詳細が説明されている訳でも無い。上級になると他にも大変な講義は色々あるので情報の海に埋もれやすいのだ。そのためこのざわめきは恒例行事でもあった。

 レゴルは僅かに目を細めたが、何も言わずに続きを話す。

「静かにしろ。判定方法は簡単だ。上級認定試験と同じく、上級一つか中級三つ、又は初級六つの魔法陣を己の制御のみで構築するだけだ。そして一定回数の失敗で不合格となるのも上級試験と同様だ。発動させる必要はない。エルセリア、済まないがふがいないこいつらに見本を見せてやってくれ」

「分かりました」

 指名されたエルセリアはいつものことなので緊張せずに前に出る。そして受講者に向き直ると初級魔法から順に流れるように構築していく。そこには一切の停滞はなく、上級魔法を六つ描き終えるまで止まらなかった。

 受講修了期間が過ぎて何度か講義を受けなおしている者にはいつものことなのだが改めて感心し、初めて見る受講者達はその力量の違いに半ば呆然としている。

「特級も構築しますか?」

「そうだな。今後の参考に見せてやれ」

 エルセリアは頷くと同じ手順で特級魔法も六つ構築していった。ちなみにエルセリアは見やすいようにゆっくりと構築しているのであって、本気を出せばもっと速く構築することができる。そのため最後のひとつはわざと普通の魔法使いがかかる時間の半分程度で構築し、それを見ていた者達はもはや違いすぎる力量に自分と比べることすら放棄していた。

「エルセリアは合格だ。そちらで休んで良い。いつまで呆けている! 時間が無いからさっさと行くぞ。……お前からだ」

「は、はひ!」

 最初に指名された者は緊張のあまり噛んでしまい、レゴルにじろりと睨まれる。これは駄目だと他の全員が思い、実際そうなった。

 緊迫した雰囲気をよそに、エルセリアは設置してある魔法具を操作して椅子とテーブルを作ると、そこに座って静かに試験の様子を観察していた。

「さすがに抜き打ちはきついかな? レゴル先生は容赦ないから……」

 持ってきた入れ物からお茶を取り出してカップに注ぎ、クリンデルの店に注文して手に入れたプリンを取り出す。そして外なので皿にあけることはしないで直接スプーンを差し込んで食べ始めた。ちなみにこの準備は、待つだけでは手持ち無沙汰になるので毎度のことであった。当然レゴルの許可は得ている。

 この余裕綽々の様子に追加で驚かされるため、この講義の洗礼を受けた者はエルセリアと正面から敵対しようと思わなくなる。今現在セリエナの派閥に居る者は全員この講義を受けていないのでエルセリアの実力を知らない。無知ゆえにエルセリアとセリエナを外側の印象や情報のみで比較して、勢いがあるからとセリエナを選ぶことができたのである。

 ちなみによほど親しくなければわざわざ忠告してやるようなことはしない。知っている者からすれば、下手に関わってエルセリアと敵対することを選んだと周囲に思われても困るのである。

「ふふっ、おいしい。レネはやっぱり凄いや。あれ? モリヒトさんが考えたんだっけ? ……同じことだからどちらでも良いや」

 幸せそうにプリンを食べながら今回はどうかなと観察しているわけだが、セリエナに与してしまった者にとっては針のむしろどころではない。特にくら替えした者にとっては死刑宣告を受けているようなものだった。

 それとは対照的にエルセリアの派閥に残った中で新規に受ける者は、その頼もしさに落ち着くことができ、実力以上の力を発揮できていた。

 もちろんエルセリアは単に見ているだけだ。そこには何の意図もない。そもそも居たことすら憶えていないのだから裏切ったなんて意識の片隅にすら上らない。

 こうして今回の講義は、近年稀に見る阿鼻叫喚な状況が引き起こされたのだった。

 そして遂にセリエナの順番が回ってきた。いつもの勢いはどこかへ忘れてきたようで、今にも泣き出しそうな様子だった。エルセリアは既に結果が分かっているので目を向けることなく本を読んでいる。その対照的な様子に、日和見をしていた者達はエルセリアに付くことを決めたのだった。

「次、始めろ」

「は、はい」

 セリエナは魔法陣構築の才能は壊滅といって良い状況だ。そのため今まではすべて魔法具に頼って魔法陣を構築してきた。それでも天級相当までは使えるのだから魔力量はたいしたものであるが、フィーレ魔法学院ではそれだけのことである。

 もはや崩れ落ちそうなくらい緊張しているセリエナが初級の魔法陣を構築しようとするが、歪みが酷く構築し終えても発動できない魔法陣しか作れない。当然それで合格になるはずもなく、やり直すことを何度か繰り返す。そして規定回数失敗したところで、レゴルは表情を変えることなく結果を言い渡した。

「不合格だ。フィーレにおける暫定上級認定を取り消す。基礎からやり直せ! 次!」

 セリエナが持っている資格はテルスト魔法学校が認定したものである。そしてそれはフィーレ魔法学院の上級基準に満たないと証明された以上、フィーレでは全て無効となる。そのため無認定となり、一気に一番下まで落とされることになったのだ。

 呆然と立ちすくむセリエナに声を掛ける者は誰もおらず、傍に居た者達もそっと離れていった。

 そしてその日のうちに、フォーレイアはセリエナを貴族籍から抜き、セリエナの不手際は関係ないという態度を取った。テルストの認定基準の甘さは覆らないのだが、何とかなる範囲なので被害が本家に及ぶ前に切り離したのだ。

 幸いにも当面の授業料は支払い済みであり、手切れ金も渡されたのでいきなり生活に困窮することはない。だが、本当の子供だと思っていたところに聞かされた事実は、弱った心を打ち砕くに十分だった。そのため日を追う毎にセリエナはやつれていき、ほんの数日で髪は乱れ目も虚ろになって幽鬼のように変わり果てたのだった。





『なんというか、憐れみをさそうな』

「うーん……」

「自業自得な部分もあるけれど、ちょっとね。私も実家から一度捨てられたけれど、少なくとも血の繋がりは嘘じゃないし、生活費も払ってもらっていたからね。まあ、そうじゃなければ戻ろうとも思わないけれど。さすがに全部嘘で後は関係ないと言われたら、ね……」

 食堂にて杜人とレネ、エルセリアはひとりでぽつんとまかないを食べているセリエナを横目で見ていた。実家から放り出されたので寮も昔レネが居たところに移動し、食事もレネと同様になっている。これは貴族ではなくなったために貴族寮を追い出されたことと、手切れ金が贅沢できるほど無かったからだ。

「リアはこれを予想していたの?」

「私が予想していたのは上級認定が取り消されるまでだよ。その後はテルストに帰るのかなと思ってた。まさか養女が勝手にしたことだから一族の不始末ではないと言うとは思わないよ。……普通はそんな言い訳が通用するなんて考えないんだけどね。なんだかんだ言っても、ルトリスは味方へのだまし討ちだけはしないから予想が甘くなったかな。きっと、不始末をしたのだから責任を取って当然とか考えていると思うよ」

 エルセリアも予想外のことに困惑してため息をついた。レネはそれを聞いて何かを考え、セリエナを見つめる。その様子に杜人は困ったものだと肩を竦めた。

『何を考えたのか知らないが、やるときは事前に声をかけてくれよ。いきなりでは準備ができないからな。また失敗して泣きたくは無いだろう?』

 杜人はわざとらしく笑うとレネを下から覗き込んだ。レネは真剣な表情で向き直ると、短く思いを打ち明けた。

「誘っちゃ駄目?」

『良いぞ』

「良いよ」

 間髪いれずに杜人とエルセリアは回答する。そして杜人は親指を上にして突き出し、エルセリアは優しく微笑んだ。

「え、う? 良いの?」

 予想外の反応に思わず聞き返すが、二人とも頷いて肯定する。

『ひとりで居たときの自分を重ねたのだろう? 道のりは大変だろうが、決めたのなら突き進め。大丈夫、目的地までは俺がきちんと案内してやるさ』

「私もレネが誘ってくれたから今があるの。それを否定するわけないよ」

 レネはその言葉に涙を浮かべ、こぼれないようにそっと拭いた。そして顔を上げて笑顔になると誘うための行動に移ることにした。

「ありがとう。それじゃあ……」

『まあまて、ただ直進してもあの様子では話を聞かない。やるならある程度の作戦が必要だ。そして恥ずかしささえ我慢することができるのであれば、最適な作戦がある。それでも良いなら伝授しようじゃないか! ふふふふふ、どうするね? どうするかね?』

 杜人はすぐに動こうとしたレネを止め、答えは決まっているだろうと言いたげに意地悪くレネに問いかけた。

 レネは杜人の作戦を信頼しているが、その負の側面もその通りになるともう分かっている。杜人がこう言うのなら、成功するが確実に陰で指をさされるような事態になると予想できた。

「その他にはないの?」

『ないこともないが、成功率は落ちるしなにより時間がかかる。それで持つのか、あれで』

 三人はそっとセリエナを見て、その幽鬼具合に顔を見合わせると、揃って首を横に振った。

『無理だろ』

「無理だね」

「無理ですね」

 今にもどこからか飛び降りそうな雰囲気に、三人の意見は一致した。下手に刺激しただけで背中を押しかねないことは見ただけでわかるので、誰も話しかけないのだ。

 そのためレネは一度目を瞑って覚悟を決めると、力強い声で杜人に回答した。

「分かった、やる。教えて」

「私も協力するよ」

『どちらも良い覚悟だ。それでは作戦の内容を伝える。それとこれは一度きりしか使えない。気を引き締めて聞いてくれ』

 ごくりとレネとエルセリアは唾を飲み込み、杜人はにやりと笑う。

『まず必要なのは勢いだ。恥ずかしがらずに突き進め』

 こうして杜人の指揮の下で、レネとエルセリアによるセリエナ救出作戦は静かに開始されたのだった。
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