挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
黒姫の魔導書 作者:てんてん

第2章 表と裏は未確定

28/155

第06話 いつもとは少し違う日常

「ここの食事がおいしくて良かった。危なく餓死するところだったよ」

 学院の食堂にて、レネはほっと息をつきながらスープを飲む。変わらぬおいしさに思わず笑みが浮かんだ。

『実は似たような境遇の者がかなり混じっていた。主体は家令で次が騎士、料理人もあった。だからそのうち屋敷のほうに食材を常備するつもりだ。そうすれば何かあったときに立てこもれるからな』

 朝の騒動が一段落し、レネと杜人は遅めの朝食を取っていた。エルセリアとは待ち合わせをしていたわけではないのでさすがにおらず、久しぶりにひとりで食べている。おふざけはあったが特に喧嘩をしたわけではないので、二人の会話はいつも通りである。

 ジンレイは連れ歩くと人目を引くので普段はレネの部屋にて待機することになり、現在は部屋の整理を行っている。いずれは買い物などもしてもらう予定であった。

「うん、ぜひそうして。そうすればもしかして安上がりに……。駄目か、リアと一緒に食べられなくなる。残念」

 レネは目を輝かせて同意しかけるが、すぐにがっくりと肩を落とす。そちらで食べ始めれば安くおいしい料理にありつけるかもしれないが、エルセリアと一緒に食べることができなくなる。それは寂しいので断念した。

 ここに来るまでにレネはジンレイが作った食事を試食していた。その味はどれも絶品であり、味を覚えてしまうと他の料理が食べられなくなりそうだった。但し、その食事には重大な欠点があった。

『まあ、毎回連れて来るのもなんだしな。さすがに本当の食材を使えばあそこまでの味にはならないから、そっち方面はあんまり期待はするなよ。あれは魔力のみで作ったから出せる味だ。なんせどんな味も、食感も自由自在だからな。その代わり栄養は皆無だから、食べ続けると満腹になりながら餓死するおまけつきだが』

「ほんと、最初のときに食べなくて良かったね……」

 その恐ろしさを実感しているレネはしみじみと呟いて、ちぎったパンをスープに浸して食べる。この食堂の料理も絶品ぞろいなので、変わらずおいしく食べることができていた。

「ところでこれからジンレイも迷宮で一緒に戦うときがあるんだよね? 武器とか防具はどうしようか」

『今の所は生成できるようにはしておいた。だが、いずれは調達しないと駄目だろう。やはり匠が作ったものには敵わないからな。まあ、それを感じる階層まではまだ先だろうから、当面はそれでやって行くつもりだ』

 レネが使う彗星の杖も、その上位である星天の杖も、原型があるから改良できるのであって同様のものを一から作れるわけでは無い。そのため性能を求めるのであればきちんとしたものを手に入れる必要があるのだ。

「はぁ……、どんどんお金が飛んでいくね。もう少し深い階層に行かないと駄目かなぁ」

 レネはどうしようかとため息をつく。今は生活に余裕ができたが、それなのにお金に追われる日々が続いているような気がしたのだ。そんなレネに杜人は楽しそうな視線を向ける。

『ついこの間まで第一階層が限界だったとは思えない台詞だな。それだけ自信がついたと好意的に解釈しておこうか。実際ジンレイの加入でもっと下に行けるだろうから構わないぞ』

「べ、別に調子に乗っているわけじゃないよ? 私ひとりの力だけではないことは理解しているからね?」

『うむ、分かっているから安心しろ。レネはいつも努力をしているからこの程度は当たり前だよな。ふふふふふ』

「ううっ」

 杜人はによによと笑い、内心を見透かされたレネは恥ずかしそうに顔を赤らめながら俯く。からかわれているのは理解しているが、調子に乗っていなかったとはさすがに言えない。杜人の言う通り、ほんの少し前までは第二階層すら挑めないと言っていたのだから。

 そんなレネが今ではもっと深い階層に行こうかと気負いなく言えるようになったのだ。傍から見たときにどう思われているのかは想像もしたくなかった。

『ああ、それと一応報告だ。今回分で第一章の修復が完了したから、次からは第一章の封印を解放しても安全になった。効率も段違いだから、この間のように焦る必要は無くなったぞ。ついでに複製の精度もあがったから、流星と彗星の杖で中級魔法まで使えるようになった』

「ほんと!? そっかぁ、これで使いやすくなったし、切り札を安心して使えるね」

 レネは嬉しそうに笑う。中級魔法が使えれば今より安定して戦えるようになるし、危機的状況になったときにそれをひっくり返す力を持っていても、気軽に使えないのでは惜しんで無駄にしてしまう可能性がある。安全に使えるのであれば、いざという時に迷わず使えるので、安心感がまるで違うのだ。

『といっても使い過ぎれば魔力欠乏になるのは変わらないがな。……まさか調子に乗って使いまくろうとか思っていないよな?』

「そ、そんなことは思っていないよ。ほんとだよ?」

 途中で笑顔が固まったレネに、杜人はにやにやと問いかける。レネは慌てて目をそらすと、額に汗を光らせながら言いわけをした。

『分かっている、分かっているぞ』

「……くすん、絶対分かってない」

 そんな風に杜人がレネで遊んでいると、いつぞや見たことがあるような光景が目に飛び込んできた。そしてその後に起きたことも思い出したため、杜人は頬を微妙に引きつらせる。

『……レネ、どうやら目を付けられたようだぞ』

「え?」

 レネは意味が分からなかったので、杜人が見ているほうに顔を向けた。そこには普段は食堂で見かけないセリエナが居て、不敵な笑みを浮かべてレネに向かって歩いて来ていた。レネはすぐさま顔を元に戻すと、小声で杜人と相談し始めた。

「どうしよう」

『言われたことを受けて、負ければ良いと思う。それでレネの評価が下がることは無いと断言できるから、そちらの心配もいらないしな』

 もし何らかの勝負でレネが負けても、大広間の罠を突破した事実は消えない。その点を貶めようとした場合は学院が下した判断に異を唱えることになるのだ。さすがにその意味を分からない者はあまりいない。

 既にセリエナは近くまで来ていたのでレネは無言で小さく頷く。そしてそのまま食事を再開した。もしかしたら別の用事かもと一縷の望みをかけていたが、セリエナはレネの前まで来ると若干緊張した声で話しかけてきた。

「こんなところで会うなんて奇遇ですね。そうだ、この間はありがとうございました」

 この作戦を思いついたのは何日か前だが、なかなかレネがひとりにならなかったため実行できずにいたのだ。食事はいつもエルセリアと一緒で、授業も違う。恥を晒した図書館にはもう行きたくない。そんなときにやってきた突発的な機会を逃さないために突貫してきたのだ。

 内情を知っていれば、杜人は行動力だけは褒めたかもしれない。だが、残念ながらそんなことは当然知らないので、杜人の判定はかなり辛いものになった。

『駄目だな。まったくさりげなくないし、話題も唐突だ。練習が足りてないのではないか? というより、口調がなんとなくわざとらしいから、まるで素人芝居を見ているようだ。やり直しを要求したいところだな』

 杜人の容赦ない駄目出しに危うく吹き出しかけたのを我慢したレネは、顔を上げるとセリエナに視線を向けた。正面に居るセリエナは笑みを浮かべているのにどことなく引きつり気味に見える。これはレネの怒りを買っているかもと思っているからなのだが、レネも杜人もそこまでは理解していない。

 周囲の視線が集まるのを感じるが、どうしようもないので今は放置である。なのでレネは微笑むと首を振って礼に答えた。

「いいえ、私は司書の役割を果たしただけですから。また聞きたいことがございましたらどうぞご利用くださいませ。同じように詳しく説明いたします」

「は、はい。何かあったらお願いするかもしれません」

『ぷくく……。顔には二度と御免だと書いてあるなぁ。さすがに一度で懲りたか』

 周囲で聞き耳を立てていた者の一部でどよめきが起きるが、レネは反応しない。もちろんレネの『詳しい説明』を知る者が、その恐ろしさを話した結果のどよめきである。

『周囲のことは気にするな。評判はもう地の底まで落ちているからこれ以上落ちようがない。むしろ絡む馬鹿が減るから良しと考えろ』

 レネとしてはそんな評価に泣きたいところだが、よく考えれば確かに今までとあまり変わらないのでもう気にしないことにした。

 セリエナはレネの怒りを買っていないことに安堵して、次の行動を忘れていた。そのため、もう終わりですかというようにレネが小首を傾げると、我に返って慌てて決めていた本題に入った。

「ええと……、この間は貴重な時間を割かせてしまいましたので、お詫びに食事でもと思いまして。その招待に来ました。どうでしょうか」

 最後のほうはやっと調子が戻ってきたのか、『断りませんね?』という副音声が乗っていた。表情も不遜さが乗ってきた笑みが浮かびはじめている。それを観察していた杜人は、顎に手を当てると面白いものを見つけた子供のような顔になった。

『ふむ、ふむふむ……楽しくなりそうだな。少し遊ぶか。レネ、繰り返してくれ』

 レネは嬉しそうな杜人の声に困ったものだと思いながらも、笑いださないように頬を緊張させて復唱を開始した。

「ありがとうございます。ですが、あれは仕事ですので気になさらないでください。他の人にも同様に行っていますし……」

 ちょっぴり困った表情でレネは返事をした。もちろん監修は杜人である。こうすることで言外に『別に特別扱いしたわけでは無いので不要です』という意味を持たせたのだ。今回は失敗しても問題ないので緊張しておらず、本番に弱いレネの演技もそれなりである。

 返事を聞いたセリエナは、貴族からの要請を平民が断ることを想定していてもありえないと思っていたため、笑みを浮かべたまま硬直した。このように、なぜか都合の良い考え方をしてしまうのがフォーレイアなのである。

 そんなセリエナを観察していた杜人は、これは駄目だと首を振ってからため息をついた。

『やれやれ、貴族なのに脆いな。せめて三つくらい迂回路を想定してから来れば良いものを……、仕方がない、ここまでにするか』

 杜人としては一度断っても『遠慮はいらないのでどうぞ』など言ってくると思っていた。それをのらりくらりとかわして遊ぼうと考えていのだが、このままではこれで終わりそうなので遊びをやめて話を進めることにした。

「そういえば、セリエナ様はいつもどんな食事をしているのですか? きっと私は一生食べることができないような豪華な食事と思うのですが」

 職務上断らないと駄目だったけれど、興味はありますと目線で伝える。これは『仕事に絡まなければ行きたい』と訴えているのだ。

 この辺りの技能は人が居るところで杜人と意思疎通するために結構向上している。そのためその意味合いをきちんと読み取ったセリエナは、即座に復活すると作戦の修正を行った。

「それでしたら今度勉強のために一緒に食事をしてみますか? もちろん費用は私が持ちます」

 貧乏という情報から、これなら引っかかるだろうと考えた発言だ。それを聞いた杜人はにやりと笑った。

『くくく、これで金を払わずに高級店で腹いっぱい食べることができる。お礼に思惑通り貧乏人丸出しで食事をし、十分満足させてあげなければ失礼というものだな』

 杜人は食事を誘った段階でセリエナの意図したことをほぼ正確に推測していた。高級店のマナーを知らないレネに恥をかかせて品位を貶めようとしていると見抜いたのだ。

 しかし、これには大きな欠点があった。それは、この学院では平民のレネに品位など誰も求めていないということだ。だいたいにして、いつも一番安いまかないを平然と食べているのだからその時点で察しろと杜人としては言いたい。

 つまり、馬鹿な行動をしたところで学院内におけるレネの評価はまず変化しない。レネにとってはおいしい食事にありつける分、誘いに乗ったほうが得となる。もちろん杜人は嗤われる行動はさせても、愚かな行動をさせるつもりはない。

「ありがとうございます! では日時はいつ空いていますでしょうか」

 嬉しそうにレネは目を輝かせた。ちなみに半ば本気の言葉である。普段なら高級店で食べても緊張で味が分からないだろうと思っているので遠慮するが、今回は逆に普通にして嗤われることが目的なので気楽なものであった。

「そうですね。それでは今日の夕食に招待しましょう。ちょうど予約も入れてありますから」

「分かりました。服装に何か決まりがあるところですか?」

 その質問にセリエナの目が光り、こっそりとほくそ笑んだ。しかし、すぐにそれは消え去る。

「いいえ、普通の服装で大丈夫です。気軽に来てください」

「そうですか。良かった」

 ほっとするレネの様子に、セリエナは心の中で仕掛けが成功したと喜んでいた。

 高級な店は鎧を着たままとかの格好では入店を拒否される。そして大抵の客が金持ちなので、普段着が平民の礼服より良いものなのだ。そしてこの場合の普通の服装とは『この店における普通の服装』という意味である。平民が真に受けて普通の服で行けば、入店はできても周囲に嗤われる。セリエナはもちろん誤解させるためにわざと勘違いしやすい語句で言ったのだ。

『なるほど、この程度の策は弄するか。仕掛けたものには基本的に乗っかるつもりだから安心してくれ。ついでに迷惑が飛び火しない範囲でもっと面白くしてやろう。ふっふっふっ』

 この手の言い回しを趣味で集めていた杜人は簡単にその思惑を察知し、更に付け足すことを考える。

 その呟きを聞いているレネは、いったい何をやらされるのだろうと思い背中に嫌な汗が流れた。だんだん杜人のやり方を理解してきたので、きっとこの一件で済む方法を考えるに違いないと確信している。そしてそれを実行するのはレネであり、奇異な視線に晒されるのもそうだ。なので、もはや諦めの境地に入り食事を楽しむしかないと小さくため息をついた。

 こうして世にも珍妙な思惑が絡み合って、レネとセリエナの食事会が決定したのだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ