挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
黒姫の魔導書 作者:てんてん

第2章 表と裏は未確定

27/155

第05話 悲しみの行く末

 夕食を終え、一段落ついてからレネと杜人は本日の反省会を行う。いつもはしないのだが、今日はとても濃い一日だったので特別に行うことにしたのだ。

「今日は大変だったね」

『まったくだ。お嬢様の襲撃から始まり、杖をもらって、魔物を押し付けられて、最後には彷徨う扉からの脱出か。普通この手の行事は一日一回で十分だろう。だが、厄日と言えないのが何ともな』

 杜人のぼやきにレネも力無く微笑む。特に最後は帰れるか分からなかっただけに疲労の度合いも一番強かった。しかし、結果的には大幅な強化ができたので喜ばしいとも言える。実に複雑な心境だった。

「お嬢様はもう放置で良いよね。面倒には関わりたくないし」

『ああ。向こうから来たらその時にまた考えよう』

 レネは一応筆記用具を準備して打ち合わせ内容を書き留めている。こうしないと多すぎて情報が埋もれそうなのだ。

 セリエナについてはエルセリアの勧めもあったので簡単に決定した。わざわざ悪意を持って近づく人のことを悩んでも仕方がないと意見も一致している。そのためこれだけで話題は終了した。

「杖はかなり良かったけれどどうしようか。特に何も言われていないけれど」

『使用感や改良点を教えれば良いのではないかな。それで少しは借りを返せる。まあ、そんなに減らないが返す心意気を見せるのも重要なことだからな』

 借りてばかりではそのうち愛想をつかされることになりかねない。気持ち良く取引するためにも重要なことだ。

「でも制御術式は杜人が改良したわけだから、教えようにも無理でしょ?」

『うむ? ふむ、少し待て』

 首を傾げるレネに、杜人はそう言えばそういう設定にしていたなと思い出し、魔導書から魔石をひとつ取り出した。

『これに制御部分を書き込んでおいた。そっくり丸写しして差し替えれば大丈夫だろう』

「ふうん……、どれどれ」

『げ……』

 レネは魔力を流して術式を把握すると解析を始めた。それに対して杜人は自分の迂闊さを呪った。やがて解析を終えたレネは、にっこりと杜人に微笑む。もちろん杜人も微笑み返す。引きつっているがやらないと地獄への直行便が待っているのだ。

「後でね?」

『はい……』

 優しく微笑みながら小首を傾げるレネが放った一言で杜人は敗北した。手を机に突いて嘆く杜人を放置し、レネはその魔石を鞄に入れた。解析の結果、理解し辛いだけで理解できないわけではないと分かった。それを受けての色々な意味を込めた言葉である。

「次は魔物の押し付けについてだね。あれは本気でもう駄目かと思ったよ……」

『まったくだ。あれは許される行為なのか?』

 話題が変わったために一瞬で復活した杜人は拳を握り締めて憤慨する。いくらなんでもやって良いことと悪いことがあるだろうと思ったのだ。レネでなければ確実に追いつかれて死んでいただろうことは分かる。実際、彷徨う扉に遭遇しなければ危なかったのだ。

 レネも肩を落として首を横に振った。

「ううん。あんなことをした人は、以降見捨てられても文句は言えない行為だよ。生き残った人から闇討ちされてもおかしくない。だから普通の探索者は巻き込むようなら逆に魔物を呼び寄せるんだって」

『罰とかは無いのか? 噂を流すとか』

 あんな探索者が大きな顔で歩いていたら全体の迷惑になりかねない。暗黙の掟のようなものは無いのかと杜人は思った。だが、それにもレネは首を横に振った。

「私では無理。実績と信頼が無いから、逆に貶めるためにそんなことを言っていると反論されてお終いだよ。それにあの状況で生き残れるなんて誰も思わないよ」

 知らない他人が言うことよりも、知人の言うことを普通は信じる。二つ名持ちになったからといって、信じてもらえるかは別問題なのである。レネはまだ目に見える実績から来る信頼が無く、他人からすれば小娘に過ぎない者の言葉では何の力も持たないと知っている。杜人もそれは理解しているため難しい顔で同意した。

『なら今回は触らないことにしよう。幸いじっくりと顔を見られたわけではないし、せいぜい魔法学院の制服を着た黒髪の少女程度だろう。死ぬ思いをした以上しばらくは迷宮に来ないだろうから、その間に俺達は階層を進めて出会うことがないようにしようか』

「そうだね。そのほうが良さそうだね」

 レネも同意して静かに頷いた。本当は放置したくはないのだが、あの二人はためらいも無くレネに灰色狼の群れを押し付けたのだ。そのため下手に触るほうが危険と判断した。

 杜人としてもあそこまで危機的状況に追い込まれたのだから、あの二人にかける情けは持ち合わせていない。しかし、レネが生きていることを知られれば口封じに殺そうとする可能性が高いと判断していた。

 これはあの場所にたった二人だけで居たことと、ためらわずに押し付けたこと、レネが全力で逃げても追いつかれそうになったことからの嫌な推測だ。そして杜人が何を優先するかは問う必要も無いことだ。だから、もしレネに危険が及ぶようならば杜人自身が手を汚すことを決めた。

「じゃあ、あれについてはもう良いね」

『そうだな。次にいこうか』

 その決意は言わずにわざと明るめな声で話題を閉める。言ってもレネの心に影を落とすだけであり、杜人としてはできれば明るい道を歩んでほしいのだ。そのためレネは気付くことなく次の話題に移った。

「最後は彷徨う扉だね。結局最後はどうなったの?」

『簡単に言えば、名付けたことによって主を得て、満足したから昇華したといったところか。予定とは少し違ったが出てこれたのだから良しとしてくれ。結果的に星天の杖に劣らないものを手に入れることができたしな』

 手に入れた結晶体によって大幅に力が増しているので、これからの迷宮探索もだいぶ楽になることは確実である。そのため杜人の機嫌はとても良くなっている。

「ふうん。それじゃあ、結局どうしてあんな風になったかについては分からないままかぁ……」

 残念そうにレネはため息をついた。もしかしたら伝承の真実を知ることができるかもと思っていただけに落胆も大きい。そんなレネに杜人は胸を張って上機嫌に答えた。

『それは大丈夫だ。結晶体から情報を読み取れたからな。結論としては、どれも合っていて、どれも間違いといったところだ』

「ふむふむ……」

 レネは興味深げに杜人の話に耳を傾けている。あの彷徨う扉は、主を守って死んだ老家令と、守護していたはずの主に騙されて死んだ騎士が融合したものだった。当然年代も地域も違い、当初はどちらも違う魔物だったのだが、それぞれが持つ共通項によって結びつき、いつしか融合して新たに生まれた魔物だったのだ。

『元は血に染まった衣装と、首を刎ねられて血に染まった扉を呪われた品物として迷宮に廃棄したことによって生まれた魔物だった。何度倒されても想いが深いために消えず、迷宮の力で甦っているうちに似た部分があるから融合してしまったのだな。だから最初は主としてもてなすが、主として裏切るようなことをすると豹変して襲い掛かってくるんだ』

 迷宮をどうやって移動したのかは不明である。記憶の断裂具合から、倒されることによって移動するという仮説を思いついた程度だ。

「……悲しい話なんだね。それじゃあ、その話も最後の結末として教えておくよ」

 レネは話が悲しいまま終わるのも嫌だったので、これもダイルに話すことに決めた。きっと良いようにしてくれると思っている。

『それは意外だな。また噂が広まるぞ?』

「別に私がしたと言う必要は無いでしょ。名も無き探索者が解放したで良いんだよ。お話の中の英雄は無名の人達のほうが多いんだから」

 レネはそう言って優しく微笑むと、一連のことを書き込み始めた。

『しかし、これが広まれば優しき解放者辺りが呼び名として定着したかも知れないのにさすがだな』

「う……、うん」

 杜人の言葉に、レネは『それは思いつかなかった』という顔になりしばらく迷っていたが、結局名前は出さないままに決めた。もちろん杜人は分かっていて発言したのだ。

 そのため、にやついていたところを無言のレネに指で弾かれ、いつも通りに転げまわることになった。レネは小さくため息をついてから、変わらぬ日常に帰って来たことを実感して微笑を浮かべた。

「……いつもありがとう」

『どういたしまして、だ。……できればその気持ちを態度に表して欲しいのですよ』

 へばる杜人の声に優しく微笑みながら、レネは物語を紡いでいくのだった。






 夜。貴族寮の一室で、セリエナは性懲りも無く次の作戦を考えていた。

「まさかもうひとりが図書館の主と呼ばれるくらいの本狂いだったなんて……。ついでに今は殲滅の黒姫と呼ばれて恐れられているなんて聞いてないよ。……どうしよう」

 セリエナの認識では盛大に喧嘩を売ったことになっているので、レネの噂を聞いて顔を青ざめさせた。

「特級の障壁を初級魔法で破壊したとかは誇張があるとしても、大広間の罠をひとりで突破したのは試験中だし本当だよね……」

 いくら出現する魔物が弱い第三階層とはいえ、中級程度の力を持つ魔法使い単独で突破できるかと問われれば、セリエナは無理と答える。結界魔法具があったと聞いてはいるが、結界も無限に存在できるわけではないので倒しきる前に時間切れか破壊されて終わりである。紫瞳は膨大な魔力を持つことを表しているだけなので、構築速度は個々の才能に依存する。そのためセリエナは普通の魔法使いでは無理と結論を出した。

 そして噂では敵対した者は密かに呪われて消されていることになっているのだ。セリエナは大貴族の一員なので短気は起こさないと思うが、それで安心できるわけではない。しかし、目的のためには諦めるわけにもいかない。そのため悩みぬいて、次の作戦を考える。

「そうだ、直接の戦いは避けるとして、それ以外で勝てば良いんだ。聞けば今まで貧乏な暮らしをしていたみたいだし、お詫びと称して豪華な食事に招待して礼儀がなっていないところを周囲に見せて評価を下げよう。うん、そうしよう」

 レネの評価が下がれば相対的にセリエナの評価が上がることになる。そのためセリエナは思いついた案を実現するために必要なものを書き出しながら、今度こそと気合いを入れるのだった。

 杜人が居たならば、判断する情報の鮮度くらい確認しろとか、もっと他のことに情熱を傾けろと忠告するだろうが、残念ながら今のセリエナを止める者はどこにも居なかった。そのためまたもや災難が振りかかることになるかも知れないことに、自ら進んでいくのであった。





 一方、レネが眠りについてから杜人はいつも通り魔導書の中にて研究と調査を行っている。いつもはタマの強化と魔導書の解析を行っているが、今日は大物を手に入れたのでそちらを優先していた。

『杖はこの程度の調整で十分だな。また今度改良されるだろうから、それを待ってまた改良してみよう』

 杜人は流星の杖と彗星の杖が表示されている情報窓を避けると、今度は彷徨う扉の情報窓を手元に呼び寄せた。

「今回はこちらを優先したほうが楽になるな。まずは外に出て、離れても単独行動できるようにしないとな……」

 杜人が名付けたことによって今までゆがんでいた部分がきちんと整合され、いきなり襲い掛かるような危険な部分はなくなっている。そして杜人とは異なる独立した明確な意思があるので操る必要もない。

 何より生活については家令の技能が役に立ち、戦闘においては騎士の技能が役に立つ。その他にもいくつか融合しているので、使えるようにして損はない逸材だ。

「いざと言うときに逃げ込める避難所としても優秀だしな。……つぎ込むか、そうしよう」

 これからの迷宮探索では昼間のようなことも十分起こりうる。その時に安全な場所を確保していれば、罠が出現してくる階層に行っても安心できる。そのためこれまではタマにつぎ込んでいた余剰の力を、今回は使えるようになるまでジンレイにつぎ込むことに決定し、どんどん改良し始めた。

「ふふふふふ、レネの驚く顔が目に浮かぶようだ……」

 ひとりしか居ない場所で不気味に笑いながら作業を続けていく。こんな杜人だったが、レネのことをちゃんと考えているのだ。





 そして数日後、調整を終えたジンレイを披露する日がやってきた。当然杜人は普通に披露する気はさらさらない。

 まず下準備として、仕事や用事が入っていないかをきちんと確認する。やはりゆっくりと堪能してほしいという配慮である。

 そして前日の夜はぐっすりと眠れるように迷宮にてしっかりと運動させると、早目に眠らせて体調を整えさせる。やはり調子が良くないと楽しめないという心遣いである。

 そして夜。深く眠りについたことを静かに確認すると、タマとジンレイを召喚する。この時に魔法陣の光で目が覚めないように、部屋の隅で呼び出すことも忘れない。

『良し、扉を開いておいてくれ』

「分かりました」

 呼び出されたジンレイは質問を一切することなく、にこにこと杜人の言う通りに壁面に両開きの扉を出現させる。杜人はといえば、タマを静かに動かしてレネをゆっくりと持ち上げていた。

「んむぅ……」

『…………ふう、急ごうか』

「はい」

 多少レネは身じろぎしたが、昼間の疲れがあったために目を覚ますことはなかった。杜人はタマを静かに動かして、幸せそうに眠るレネを扉の奥に運んでいく。それを見届けたジンレイも着替えを持つと扉の中に入っていった。姿が消えた後に扉はひとりでに閉ざされ、壁に溶け込むように消えていった。






 明るい日差しが部屋に差し込み、その明るさで半ば覚醒しかけのレネは、いつもとは違う肌触りの良いシーツの感触に微笑みながら頬をすり寄せる。その様子はとても幸せそうだ。

『感触は大丈夫そうだな』

「安心いたしました」

 杜人とジンレイはレネの様子を観察しながら、わざわざこのために一から作りだした天蓋付の豪華な寝台の出来に喜んでいた。今居る部屋は資料から貴族の部屋を再現していて、家具もそれに準じて配置されている。標準の部屋のままでは何となく質素だったので、見ただけで豪華と分かるようにわざとしていた。

『では後は頼んだ。俺は隠れて観察している。寝起きのレネは寝ぼけていることが多いから頑張ってくれ』

「お任せください」

 杜人は上機嫌に空中を移動し、眠るレネの足元部分、死角になる位置に移動した。そしてこれから起こることに期待した目でレネを見つめる。ジンレイはもう少しで目覚めそうなレネのために、部屋から持ってきた着替えを枕元にあるテーブルに準備し、少し離れたテーブルの脇に立ち背を伸ばして待機中だ。

 そして、遂にレネが寝ぼけ眼のままゆっくりと目を開き、寝台から這い出てきた。まだ部屋の変化には気が付いていない。

「おはようございますレネ様。着替えは枕元に準備しております」

「おはよう……。ありがと……う!?」

 さすがに杜人とは違って普通の人と変わらないジンレイにはすぐに気が付き、一瞬でレネは覚醒した。ジンレイを見つめ、焦って周囲を見つめ、ここが自室ではないことにやっと気が付いた。

 見たことも無い豪華な部屋だったが、ジンレイのことは憶えていた。そのためまた彷徨う扉の中に取り込まれたのかと思い顔を青ざめさせると、素早い動作で寝台の中に再度潜り込み丸まった状態で顔を小さく出した。そして不安そうにジンレイを見つめると、小さく呟いた。

「……モリヒトは?」

 小さなテーブルにお茶を用意していたジンレイは、作業の手を止めるとにこやかにレネの後ろを示す。

「あちらに」

「え?」

 あっさり答えが返って来たので驚いて後ろを振り向くと、そこには片手で腹を押さえ、もう片方で寝台を叩いて笑い転げる杜人の姿があった。

『うくくくく……ふう、おはよう。寝心地は良かったか? この部屋も凄いだろう? かなり頑張ったから感想を教えてくれると嬉しいな』

「……」

 杜人はとても機嫌良さげな笑顔を浮かべている。それをレネは無言で見つめていた。

「何でもモリヒト様はこの手のことが大好きだとか。私は反対したのですが、仕える主には逆らえません。申し訳ありませんでした」

 ジンレイはそう言ってレネに頭を下げる。しかし、レネの耳には聞こえていない。レネは無言のまま這い出ると杜人にゆっくりと近づいていく。そんなレネに構わずに杜人は立ち上がって髪を整えた。

『楽しんでくれたようで何よりだ。ところで説明するからそろそろ着替えたらどうだ? さすがに寝間着姿でいつまでも居るものじゃないだろう』

「うん。最初に用事を片付けてからね」

 レネはにこりと微笑むと、瞬時に構築した魔法陣を両手に纏い、素早く杜人を掴みあげた。

『な、なんだと、いつの間にこんな魔法を……こほん、この演出は楽しんでもらえたかな?』

「言いたいことはそれだけかな? ……モリヒトには感謝してるんだ。おかげで今まで考え付かなかった術式を作るきっかけをたくさんくれたから。だから、遠慮せず私からのお礼を受け取ってほしいな」

 捕まって焦る杜人にレネは優しく笑いかける。しかし、その目は笑っていなかった。

『ま、待て、ここは理性的に話し合おうではないか。これには海より浅く、山より低い理由がそこはかとなくあるかもしれないんだ!』

 いたずらを黙って敢行した以上、潔くその怒りを受けるつもりではあったが、これはさすがに予想外であった。それでもやるなら最後までやるのが杜人である。この期に及んでもおふざけはやめなかった。その覚悟に、ジンレイは懐からハンカチを取り出して涙を静かにぬぐった。

「さすがです。後のことはお任せください」

「分かった、後でね。それじゃあ、たっぷり受け取ってね」

『我が選択に悔いなぁあばばばば……』

 青白い氷状の何かに包まれていきながら、杜人は身体を硬直させる。そして終了してからその場で解放されるとぽてりと力無く寝台に落下し、俯せに倒れながら手足を震わせていた。ここまでなるほど痛くはないが、お約束には忠実な杜人であった。

「ふんだ。ばか」

「お茶が入りましたよ」

 じゃれあうレネと杜人を観察しながらお茶の準備を進めていたジンレイは、何事も無かったかのように優しく微笑んでいたのであった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ