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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第2章 表と裏は未確定

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第03話 巷で噂の例の人

 食堂に着いたレネはいつものまかないを手に持って、先に居たエルセリアの席に座った。エルセリアが平民側に居て、貴族用の食事をしていても周囲の人は何も言わない。元からの人気があることと、最近はレネと一緒に居るので誰も近寄ろうとは思わないためだ。

「今日は遅かったね」

「うん、なんだか知らないけれどフォーレイアのお嬢様に名指しで捕まってね。解説を頼まれたから、丁寧にしてきたんだ」

『館長も許可したしな』

「そうなんだ」

 エルセリアは内容をまったく気にせずに頷く。ちなみにレネはエルセリアがセリエナに負けたとの噂を知らない。これは誰も教える者が居ないことと、エルセリアも気にしていないため話題にしないからだ。

 ちなみにエルセリアは杜人を認識できる術式を開発した後で、それを用いて常時発動の魔法具を作って身に着けている。そのためいつでも杜人を認識できるようになっていた。

「リアはなにかされた?」

「私は初日に案内と屋外訓練場で実演練習をしただけだよ。講義が重なるから顔は見かけるけれど、向こうは私に用がないみたいだから、それ以降は挨拶もしていないかな」

 興味が無い口調でエルセリアは正直に答える。間違いではないが、まだ噂にはつながらない。セリエナは上級魔法使いとして編入して来ているので講義はエルセリアと同じものを受けている。

 実はここでもセリエナとしては対抗心むき出しでエルセリアと勝負しているつもりなのだが、当のエルセリアは挑まれていること自体に気が付いていなかった。

 なんせエルセリアの目の前にはとっくの昔に座学の講義を終えた人物が座っているので、比べられても気にならないのだ。こう考えればレネはとても凄いのだが、当時は子供が背伸びして受講している程度にしか思われていなかった。真実を知っているのは座学を担当した一部の講師のみである。

「むむむ……、余計に分からなくなった」

『もう放置で良くないか? 用があるならまた来るだろうさ』

「そうそう。フォーレイアの人なら用があれば呼ばなくても来るから放置が一番だよ」

 悩むレネにとりあえず気にしないことを提案し、エルセリアも笑顔で賛成する。簡単に出た発言だったためそのまま流しそうになったが、変な言い回しに気が付いて杜人は眉をひそめた。

『厄介なのか?』

「来るなと言っても来るから……。ええと、場の雰囲気を読めない人が多いかなぁ。とにかくルトリスに対する対抗心が大きいから、どんなことでも自分達のほうが優れていないと我慢できないって感じかな」

 使えるものは利用するのでそれなりに実家と交流があるエルセリアは、以前にもフォーレイアの一族を見て知っている。それで一番の対処法が、存在を知られないように隠れることなのだと知ったのだ。

『なるほど、まともに相手をしてはいけない人達なのだな。というわけでレネ、基本は放置だ。そしてまた来たら適当に相手をして、負けてやれば興味を失うだろうさ』

「そんな人が居るんだ。面倒……」

「それが良いと思うよ。私も実演練習のときに的の強度を変えて、向こうが優れているように見せたら満足していたから。下手に勝つといつまでも付き纏うと思う」

 ぽろりとエルセリアがのたまった内容に、レネと杜人は顔を見合わせた。

「良いのそんなことをしても。リアは一応学院の顔だよね」

『絶対に勝ったと喧伝すると思うのだが』

「うん、もうしているよ。けれど別に勝てとか学院から頼まれていないし、その他のことはルトリスの人たちが何とかするんじゃないかな。お付が居ないなんてありえないし……。それに必要なら言うよね?」

 エルセリアは同意を求めるように小首を傾げた。どこかの基準が間違っているはずなのだが、レネも杜人もそれが何かよく分からなかった。だからお互いもう一度視線を交わすと無言で頷き、危険そうなこの話題は続けないことで意見が一致した。

『そういえばエルセリアは必要のない魔法書を持っていないか? いらないなら取り込んでみたいのだが』

「私の書いた術式だとレネは余計に魔力を消費するよ? それでも良いの?」

 杜人の突然の話題転換にも動じずに、エルセリアはのんびりと答える。

「無理だよねぇ。初級ですら危ういのに……」

 レネは昔試行錯誤したときのことを思い出して、笑いながら頬を掻いた。

 中古の魔法書は当然以前の所有者が術式を書き込んでいる。そのため使い勝手が悪く、中古市場は小さい。そしてエルセリアが使う術式は独特の癖があるので、他人は追加で構築できない仕様になっている。レネは理解しているので大丈夫だが、慣れ親しんだものよりは魔力を消費してしまうのだ。

 一応取り込むだけでも力になるのだが、レネが使えないものをエルセリアからもらっても後で心理的に困ることになるかと考え直し、話題転換のついでだったこともあって杜人はこの方法を簡単に放棄した。

『そうか、それなら仕方がないな。やはり最終手段は無心になるか』

「そうならないように頑張るってば」

「頑張ってね」

 困ったように笑うレネにエルセリアは優しく微笑む。

 エルセリアは仲直りするまでは繋がりを保つためにお金のことを世話しても良いと考えていたが、仲直りしてしまえば逆にその手の話はできなくなっている。これは今の良好なレネとの関係を金で結びたくないからだ。仲が良いからこそ、この手のことは慎重にしなければならないと知っている。だからレネから頼まれない限り、何かを買い与えたりすることもないのだ。

 レネも同じように思っているので、これでぎくしゃくすることはない。周囲の評価は正反対だが、中身は似た者同士の二人であった。




 昼食を食べ終えたレネは、エルセリアと別れてダイル商会へと赴いていた。いつもの端材の引き取りと、ダイルとの面会を申し込んでおくためだ。商会長ともなれば行けば会えるわけではないのだ。

 しかし、今回は運良く予定が空いているとのことでそのまま面会することができた。実際はレネに会う優先順位をかなり高く設定しているため他の予定をずらしているのだが、さすがにそこまでは気が付かない。

「これはこれは、レネ様。ご機嫌はいかがでしょうか。巷の噂では殲滅の黒姫と呼ばれているそうで、だいぶご活躍ですね」

「ええ、まあ、それなりです」

『そうか、巷で噂になっているのか……』

 ダイルはにやりと悪人顔で笑う。それに対してレネは曖昧な返事しか返せなかった。まさか『恥ずかしくて帰りたくなりました』なんて言えるわけがない。だから杜人の不吉な呟きも聞こえない振りをしていた。

「ええとですね。今日は少し変なお願いがありまして。質の良い魔法書が欲しいのですが、私の手の届く範囲で用意できるのはどの程度かと聞きにきました」

「ふむ、魔法書ですか……」

 ダイルは難しい顔で考え込んだ。それを見たレネは不安そうに聞き返す。

「あのう、なにか問題がありますか?」

「一応解決できる問題なのですが……。そうですね、今現在なら上級魔法が使える魔法書なら大丈夫です」

 意外に下の等級しか用意できないことに、あまり貯まってないんだとレネは落胆した。ちなみに上級の魔法書は安い魔導書よりも低価格で売られている。

「と言うのはですね、上位のものは基本的に魔導書になるので、魔法書自体が作られていないのです。特注すれば作れますが、そうなりますと値が張りますし前金でなければ受け付けません。そうしない場合で用意できるものが上級までとなるのです」

『そう言われればそうだな。すっかり失念していた。現時点で上級を取り込んでも練習しないと中級を使えるようにはならないと思う。となると後はわけあり品を探すか』

 杜人はそれもそうだと頷き、次の指示をレネに出した。

「この間のような失敗作とか試作品ではどうでしょうか」

「さすがに魔法書は今のところありません。他を当たってみますので、少し時間を頂けますか」

『ま、こんなところだろう。仕方がない、無い物は無心もできないから、おとなしく金を貯めて特注することにしようか』

 杜人もあるとは思っていなかったので、あっさりと諦めた。レネもそううまい話があるわけないと思っていたので、駄目でもさほど気にならなかった。

「分かりました。それでは無い場合はお金を貯めて特注することにします。そのときはよろしくお願いします」

「はい。こちらこそこれからもよろしくお願い致します。それと少しだけお待ちください」

 ダイルは部屋の隅にしまってあった木の杖を二本取り出してテーブルに置いた。長さは床からレネの肩口程度である。先端は網籠状になっていて、そこに透明な結晶体が固定されていた。ふたつの違いはこの結晶体の大きさだけであった。

「実はレネ様の噂が立ったとき、商会同士の集まりで使っていた杖はどこの作品だという話になりまして、当方で差し上げた特別な杖だと話題のひとつとして提供したわけです。するとその話が探索者に流れたらしく、同じ杖が欲しいと問い合わせが複数ありました」

『なるほど、学院外に噂が広がるのが早いと思っていたが、元凶がいたのか』

 口の端を上げて意味ありげに笑うダイルは、どう見ても何か企んでいるようにしか見えなかった。レネは杜人の推測を聞いて、困ったようにダイルを見つめていた。

「さすがに同じ物は高すぎて無理なので、使いやすく改良し機能を限定したものを新たに製作したものがこれです。魔法陣を一つ複製して四倍の魔力が必要なものが流星の杖、同じく二つ複製して六倍になるものを彗星の杖と名付けて販売したところ、思った以上に売れましてだいぶ懐が潤うことになりました」

「意外です。その消費量でも買いたいと思うものなんですね」

 レネの感覚では消費魔力が大きいとすぐに枯渇して役に立たなくなりそうな気がするのだが、実際運用する探索者にとっては違うものらしいと変な感心をしていた。

「どうやら常時使うのではなく、被害を最小に抑えたいときや、短い時間で一気に発動させたいときに使っているようです。この売り上げのおかげで、工房ごと抱え込んだ負債が綺麗に消えそうです。これもレネ様のおかげですので、お礼を言わなければと思っておりました。ありがとうございます」

「えっと?」

 頭を下げるダイルにいまいち礼を言われる理由が分からないレネは戸惑う。

『これは確実に種まきから収穫まで周到に計画して実行したのだろうな。恐ろしい、これが大商人というものか……。レネ、要するに負債軽減のために開発していた杖を売るために、レネの話を利用したんだ。星天の杖の噂を広めて、要望があったと売り出し、最初は雇った探索者に実際に使わせて効果を見せつけ、他の探索者に広めたんだ。そうでなければこんな短時間に開発から販売までできるものか』

「……」

 説明を聞いたレネは予想外のことに顔を微妙に引きつらせ、顔を上げたダイルに視線を送る。それを受けたダイルは肯定するように肩を揺らしてぐふふと笑った。

「というわけでして、これをぜひお納めください。難点は個別の制御が難しいということですが、上級魔法まで大丈夫ですので星天の杖よりは使い勝手が良いと思います。もちろん売り上げの一部はお礼としてお支払い致します」

 このような汎用品の魔法具は使い方が二種類に分けられる。ひとつは追加で術式を組み込んで擬似専用魔法具にする方法。もうひとつが自力で魔法陣を構築して使用する方法だ。前者は組み込んだ魔法に関する構築速度は速くなるが組み込まない魔法は逆に構築しにくくなり、後者は構築時間は術者に依存するがなんでも癖無く使用できる。

 現在の主流は基礎術式をあらかじめ書き込んでおく組み込み型なのだが、レネは一から魔法陣を構築できるし杜人が居るので汎用型のままのほうが使いやすい。

『使って評価をもっと上げれば収入も増え、良い魔法書も買えるというわけか。やはり恐ろしいな……。まあ、損にはならないから貰っておこう』

「……ありがとうございます」

 杜人は降参するように肩を竦め、レネは引きつり気味に礼を言うと魔導書を取り出して二本とも取り込んだ。

『ううむ、やはり廉価版だから星天の杖のようには行かないな。複製した場合は今のところ初級魔法が限界だろう。それでも現在の供給できる魔力量なら実用範囲内だから十分役に立つぞ。他の魔法の練習もこれでできるしな』

 杜人の解析結果を聞いて、レネはほっと息をはきだした。これで使い物にならないようでは贈り物を無駄にしてしまうことになるため、心苦しくなってしまうのだ。

「それでは契約書を用意致しますので、少々お待ちください」

「はい」

 ダイルが席を外したところで、レネはため息をつく。それを見た杜人は首を傾げて不思議そうに尋ねた。

『どうした? 悪い話は特に無かったと思うが』

「そうじゃなくて、こんなに簡単にお金を手に入れることができるなんてって思っちゃったから。……魔導書を買うために結構苦労したんだけどなって」

 試験に合格するために魔導書を買おうとして安い食事の回数を減らしたり、図書館の仕事を無理を言って増やしてもらったり、最終手段として決死の思いで迷宮に挑んだりしたのだ。少なくともそれで稼いだ金額より、何もしていない今のほうが時間当たりの金額は多い。

『なにを言うかと思えば……。今の稼ぎはすべて今までレネがきちんと行動した結果だぞ。真面目に勉強していたからレゴル先生が目をかけてくれて、この商会を紹介してくれたんだ。そしてレネが諦めないで努力したから今回も稼ぎが増えたんだ。決して簡単ではないし、そう言うやつには同じことをやれるものならやってみろと言えるだけのことを、きちんと地道にしているんだからな』

 まったく仕方が無いなというように杜人は肩を竦める。それでもレネは自信が持てずに力なく笑った。

「そうなのかなぁ。結局モリヒトが居なければどれもできなかったことだし……、それに言われた通りにしてきただけだよ?」

『ふっ、嘘をつくな。盛大に逆らって怒られると泣き濡れていたのはどこのどいつだ? ぷるぷる震えて怯えていたのは誰だったかな。 そしてなにより俺に触りたいがために術式を新規に組み上げたのはどなたでし……』

 得意げに杜人は話していたわけだが、話を聞いていたレネは顔を羞恥で赤く染め、杜人に最後まで言わせず瞬時に魔法を発動させて指を弾いた。結果、杜人はいつも通りテーブルの上で転げまわることになった。

 この魔法のほうがその他の魔法よりも得意になってしまったレネは、どうしていつもこうなのだろうと深くため息をついたのであった。
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