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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第2章 表と裏は未確定

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第02話 物事の判断は慎重に

 エルセリアの厄介事が片付いてから数日後、やっと身辺が完全に落ち着いたレネは、図書館にて臨時司書をしながら杜人と今後について話し合っていた。

 レネの格好はいつも通り、長い黒髪を後頭部で束ねて、学院の制服である白いブラウスに紺色のフレアスカートをはいて、深藍色の上着を着ている。以前との違いは中級魔法使いであることを示す胸元の徽章とリボンが青色に変わった程度だ。

 杜人もいつも通り、白い狩衣に黒い烏帽子姿だ。姿が透けているのも変わっていない。空中に浮いてレネの周囲を回っている。

「今回は何とかなったけれど、やっぱり余裕を見ておきたいよね。けれどどこから手をつければ良いんだろう。やることがありすぎて、わけが分からないよ……」

 レネは小柄な身体の肩を落とし、とほほと言う声が聞こえそうな声を出した。今現在のレネは杜人の補助がなければ初級魔法しか使えず、あっても初級魔法を改造したものしか使えない。そうなると次の上級認定試験では、今のままでは確実に落ちてしまう。

 合格するには少なくとも中級魔法を使えなければならないのだが、素では発動に必要な魔力を出力できないため不可能であり、杜人の補助を受けるためにはレネ自身が該当する魔法に習熟しなければならない。習熟するためには練習しなければならず、練習するためには杜人の補助が必要である。つまり、普通にやったのでは無理なのだ。

『最終手段はダイル商会に無心するとして、とりあえずは初級魔法を練習するのが良いと思うぞ。そうすれば俺が補助できるようになるし、後々良い魔法具が手に入ったときにやりやすくなる。現に灯明はもう使えるようになったからな。さすがに次の試験で落ちたら駄目とは言わないだろうから、長い目で計画して大丈夫だろう』

「そうだね。大丈夫だろうけれど、さすがに中級認定試験の二の舞はごめんだよ……」

 杜人に出会ってから九日で合格するためにかなり頑張った記憶はまだ新しい。そして底辺から合格できるところまで急激に伸びることはもう無いと分かっている。だから今から考えなければならないのだ。

 魔導書の修復が進めば一気に解決する問題ではあるが、そう簡単に星天の杖のような大きな力を持った物品を入手できる訳がないので、今のところそちらをあてには出来ない。

『そのうち絶対に良い魔法書は必要になるから、とりあえずダイル商会に行ってわけあり品の魔法書があるか聞いて、あったら買える金額が貯まるまで取っておいてもらおうか。あそこなら普通の店より安く買えるはずだからな』

「なんだかどんどん借りが増えるような……」

 レネの脳裏にぐふふと笑う腹黒の悪徳商人が現れる。その手に持つ鎖はレネに繋がっていて、逃がさないようにしっかりと巻きついていた。どう見ても悪人だが、ダイルにはとても世話になっているのでレネは足を向けて眠れないのだ。

『そのうち身体で払えと言ってきそうなところが恐ろしい……。あ、大丈夫だぞ? 大平原だろうがレネなら絶対売れっ子になる。じっくりと見たことのある俺が自信を持ってほしょ……』

「……」

 レネは真っ赤になりながら杜人を指で弾いた。その際指先に極小の魔法陣が瞬時に展開し、触れた杜人を薄氷で覆い尽くしてから即座に消滅した。

『うひょっ! 痛いからそれは止めろ! ……ごほん、止めてくださいお願いします。これ以上されるといけないなにかに目覚めそ……』

「……」

 杜人の弁明の途中でレネは無言でまたもや指を弾く。そして杜人はまたもや痛みで転げまわった。ちなみにそこまでは痛くない。せいぜい軽めに叩かれた程度だ。レネもそれを分かっているから容赦なく追撃ができるのだ。要するに、双方が示し合わせたじゃれあいである。

「どうしていつもそうなのかなぁ」

 これが無ければもっと格好良いのにとの言葉は声に出さない。杜人はというと、瞬時に立ち直って手を振り上げながら熱弁を開始した。

『ふっ、男はいつも世知辛い世の中で戦っているのだ。だから女性に癒やしを求める。それのどこがいけないのだ! ……こほん、とりあえず仕事が終わったら街に行こうか』

 無言で追撃の構えを見せたレネに、杜人は簡単に降参する。こんな風に、杜人はからかいながら考え込みやすいレネの気持ちを明るいほうに調整していた。

「早めに確かめたほうが良いもんね。……うん? 呼び出しだ」

『ずいぶんと奇特な御仁がいるのだな』

 レネがつけてる臨時司書の腕章が淡くゆっくりと明滅し、受付からの呼び出しを知らせている。大抵のことは受付で事足りるために呼び出されることは滅多にない。そのためわざわざ呼び出されるのは、余程知られていない本を求めている人が来た場合などに限られている。

「そうだねぇ、大部分の人に必要ないから埋もれた本を読みたいなんて、変な人だよね」

『……そうだな』

 杜人は笑顔のレネをちらりと見て、すぐに視線を外した。その理屈では、その本を読んでいるレネは変な人の仲間になるのだがなと杜人は思ったが、今それを口に出すほど愚かではない。そのため会話はそこで終わり、レネは早足で受付に向かった。





 受付に到着すると、そこには柔和な笑みを浮かべた初老の男性と、金髪を明かりに反射させて不敵に笑うセリエナが居た。

「館長、何でしょうか」

「この方は今度テルスト魔法学校から転入してきたフォーレイア侯爵家のセリエナ様です。レネに用事があるそうですよ」

 館長は長い白髭を触りながら面白そうな顔で用件を伝える。レネがちらりとセリエナを見ると、腕を胸の前に組みながら少しだけ尊大に見える表情をしていた。

「学友なのですからセリエナで結構です。あなたに聞きたいのは伝説にある『群れ集う死霊の王』についてで、後で研究書としてまとめるので解説を出来るだけ詳しくして欲しいのです。あなたは図書館通いが学院生で一番だと聞いたものですから、その辺りも詳しいと思ったのです」

 群れ集う死霊の王とは、おとぎ話に出てくる魔物である。魔法も剣も効かず、触れられただけで生命力を吸い取られてしまい、殺されれば死霊王の配下として永遠に苦しむと伝えられている。

 セリエナは別にレネが幽霊嫌いと知ってこの題材を選んだわけではなく、自分が苦手だから相手もそれなりに苦手だろうと予想しただけである。おどろおどろしい内容なので、読み手を選ぶのだ。

 セリエナの様子はエルセリアに対するよりも柔らかめだが、それでも攻撃性は見え隠れしている。分かりやすかったので、レネも気が付いていた。そしてこの内容なら司書に尋ねても違和感はないが、会ったこともない他人をいきなり指名するには弱い。

 そのためレネは笑みを浮かべるセリエナを無言で見つめてから、館長に視線を移す。言外に『無理でしょう?』と言っている口調だったので、レネはどうしましょうかと視線で尋ねた。相手は一応大貴族のお嬢様である。どのような意図があるかは知らないが、失礼があってはいけないと思ったのだ。

「それでは後はお任せしますよ。言われた通り、最後まで詳しく丁寧に解説して差し上げなさい。ほっほっほ」

「……分かりました」

『なるほど、殺れ、ということか』

 館長は笑いながらその場を後にした。了解したレネは楽しげな背中を静かに見送り、杜人はよく分かったと頷く。

 レネをよく知っている館長の返事は『やっておしまいなさい』だった。つまり、フィーレ魔法学院では身分は関係ないという規則があるので、何かあっても図書館を預かる責任者としてきちんと対処するから安心しなさいということである。

 そのためレネも頷くと、セリエナに改めて向き直った。

「名乗りが遅れました。私はレネと申します。説明には時間がかかりますが、このままでよろしいですか?」

「ええ、構いませんから早く始めてください」

 顎をそらせ、上からの目線でセリエナは答えた。

『俺は休んでいるからな』

 杜人はレネから離れて受付カウンターの上で横になる。レネは小さく頷いてから、解説を始めた。

「群れ集う死霊の王の記録が残る最古のものは、今から五千三百五十七年前に書かれたクラルド王国の歴史書です。これはその前身となる王国の滅びの際に現れて、暗き闇と死霊の群れを引きつれて瞬く間に多くの命を食らっていったと書かれています。次に現れたと記録があるのは……」

『いつもながら、知識の整合を取るのが上手だな。お嬢様は……なるほど、知らなかったらしいな』

 レネの詳しい解説は、資料に書かれた時間経過を正確に修正して行われる。本に五百年と書かれていても、発行年を考えればずれが生じてくる。レネはそれをきちんと整合させることができるのだ。

 ついでに言うと、レネは本を丸暗記しているだけではなく、きちんと脳内で情報が連結されてるのでひとつの情報に関連情報が山のように連なって出てくる。つまり、詳しく丁寧な解説をする場合、文字通り余すことなく解説することができるのだ。

 もちろん館長はそれを知っている。その館長が許可したのだから、レネも手を緩める気はまったく無い。ついでに言えば、レネは語り部などが臨場感たっぷりに語るものや実物の幽霊が嫌いなだけであって、同じ内容が本に書かれていてもまったく気にしない。文字情報と現実を切り離して考えることができるので、セリエナの目論見は意味が無いものだった。

 いつ息継ぎをしているのか分からない速度で話し続けるレネを、セリエナは引きつり気味に見つめている。もはや当初の計画は破綻しているが、自分から求めた以上、ここで中断させれば沽券にかかわると思っているので中断させることもできない。

『さて、いつまで持つかな?』

 杜人はあくびをしながらごろごろしていた。レネは午前中ずっと立ち仕事をしていても疲れない常識外れな体力を持っている。見ればセリエナもレネと同じ紫瞳だったが、エルセリアはいたって普通であることは既に確認している。そのため、立ったまま聞いているセリエナがいつまで持つか楽しみであった。

 まだまだ解説は始まったばかりだ。




「……以上です。なにか質問はございますか? ありませんね。それではこれで失礼致します」

 レネは終わらない解説の影響で放心状態となっているセリエナに会釈をすると、業務終了の時間のため腕章を返却して館長に挨拶を行い、昼食を食べるために静かに図書館を後にした。

 残されたセリエナは与えられた情報の圧力で思考力を漂白されたまま、しばらくの間受付前の置物と化していた。その傍らには何故か館長がにこにことしながら座っていて、来る者になんでもないと手を振っていたのだった。





「結局なんだったんだろう?」

『さあな。さすがに情報が無さ過ぎる。確かフォーレイアはルトリスと仲が悪いんだよな? だったらそれ関連じゃないかと思うが。エルセリアと仲が良いからやり込めようとしていたとか……、いや、まさかな。まがりなりにも大貴族のお嬢様がすることではないな』

 廊下を歩きながら、レネは先程のことについて意見を求めた。レネにはいまいち何をしようとしていたのかが理解できなかったのだ。杜人も推測するが、あまりに馬鹿らしい考えにそれを否定した。

『しかし残念だったな。もしかしたら似た者同士で友達になれたかもしれなかったのにな』

「うん? どこか似てた?」

 レネは心当たりが無かったので小首を傾げる。杜人はと言えば、腕組みをしながら重々しく頷き、顎に手を当てると真面目な顔になった。視線はレネの顔より少し下に向いている。

『ああ、まさか無限の地平線が並び立つとは思わなかった。……ふむ? これは魔力量と相関関係が……エルセリアも一応ないない仲間だからな。これは大発見かも……』

 レネは最後まで言わせずに素早く指を弾いた。他に人もいるので目立たないように行われたそれは、既に熟練者の域である。つまり、それだけ実行しているのだ。転げる杜人を放置して、赤くなった顔を隠すように俯いてずんずんと進んでいく。その行く先に居た人達は、迫りくるレネに顔を引きつらせながら急いで退避していた。

 杜人は転げて引きずられていた体勢から元に戻り、レネの横に移動すると真面目な顔で抗議を行う。

『酷いな。これは学術的な考察に繋がる発想かもしれないのに。否定だけでは物事に進展はないぞ?』

「ふんだ。その程度は既に研究されて結論が出ているの! つまり、考えるだけ無駄!」

 つんと顔をそらしたレネに指摘されても、杜人は涼しい顔で反論する。

『既存の結論が正しいと思い込むほど危険なことはない。聞くが、これまで一度も定説が覆ったことはないのか? 一度結論が出ていることを疑ったことはないのか?』

「え? それは、まあ……」

 真剣な杜人の声に、レネは思わず真面目に考えてしまった。それを見た杜人の目が光り、その機会を逃さず畳み掛けた。

『それこそありえないことだ。レネはなんだかんだ言っても定型に沿って考えたがる悪い癖があるぞ。それでは新しい発想がなかなか浮かばないし、道を外れると身動きできなくなるんだからな。この間の試験も似たようなものだったのを忘れたのか? もう少し柔軟な思考を持つようにしないと、そのうち行き詰まるぞ』

「う? うん? ごめんなさ、い?」

 杜人の勢いに押し流されて、レネは戸惑いながら頷く。話題のすり替えを終えた杜人は、そのままの勢いで質問を続けた。

『で、研究された結論とは何だ?』

「あ、それはね、魔力が大きいと寿命が延びるからその分成長が遅くなることと、魔力によって身体が常に活性化されているから老化しにくくなるんだって。だから普通の成長の途中で加齢が止まって、紫の瞳を持つ者はほぼ全員小柄なんだよ」

 何故その話題が出たのかをすっかり忘れて、レネは知識を得意げに披露する。実はこうやって知りえた知識を披露するのが結構好きなのだ。選択を間違うとセリエナのように思考力を漂白されてしまうが、求められなければきちんと要約して説明するので安心安全だ。

『なるほど、レネの体力が大きいのも魔力の影響なのか?』

「私の場合はどうしても内側にこもってしまうから、それを安全な域に抑えるために本能が無意識の領域で身体を強化して魔力を消費しているんだよ。これを意識して制御する方法を武技といって、身体を鍛えて戦う人たちが主に使っているかな。発動方法が異なるだけで、根本は魔法と一緒だけどね」

 レネの強化は魔法陣が開発されて効率的に魔力が運用できるようになる前の、意思で発動する原初魔法と同系統のものである。無意識に使っているため魔力運用にかなり無駄があるのだが、消費するために使っているのでそちらは放置していた。

『もしかして、そっち方面に進んだほうが良かったんじゃないか?』

 杜人の素朴な疑問に、レネは苦笑して首を振った。

「無理。それだけじゃ役に立たないよ。少なくとも、どんな魔物にでも好き嫌いしないで挑めないと」

『……ああ、蛇は駄目だったし、お化けは更に駄目だったな。確かにその通りだ。まあ、慣れだとは思うが。俺を怖がったのも最初だけだったしな』

「あれは不意を突かれたからであって、分かっていればあそこまでいかないってば。誰も居ないはずの部屋でいきなり声をかけられたら、誰だって驚くと思う」

 出会いを思い出して少し顔を赤らめながら、レネは恥ずかしそうに言いわけをした。杜人が普通ではない対応をしたため簡単に元に戻れたが、普通にしていたら大惨事が引き起こされたかもしれなかったためだ。あのときは勢いに呑まれて気にしなかったが、改めて考えると杜人もそれなりに考えて行動していると分かる。

「分からないほうが良かったかも……」

『ん? どうした。遂に俺に惚れたか? ふっ、見る目があるな』

 きらりと音が聞こえそうなポーズを決める杜人の様子を見たレネは、力が抜けたようにため息をついた。

 これからは奇矯な行動にも意味があるのではと疑っていかなければならないかもしれないと思ったのだが、疲れるからやっぱりやめようとあっさり思い直したレネであった。
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