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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第2章 表と裏は未確定

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第01話 騒ぎはいつも向こうから

 エルセリア・ルトリスは庶子ではあるが、ルトリス侯爵家に名を連ねる貴族の一員である。しかし、たとえ当主であったとしても、エルセリアに何かを強制することはできない。それは一度放逐されてから再度名を連ねるように働きかけがあったとき、条件として出したものだからだ。

 大雑把に言えば、エルセリアは『天才魔法使い』を輩出した名声をルトリスに与える。その代わり一切口出し無用、厄介事も持ち込むなという契約だ。当然普通ならこんな条件は通らない。しかし、話し合いを行った結果、全面的に条件を飲ませることに成功していた。

 その他にも細かいことはあるが、すべて親友であるレネのために行っている。そのためエルセリア自身は貴族の地位に固執しておらず、新しい魔法の論文を学院に提出するなどの方法で資金を調達し既に金銭的にも依存していないため、貴族籍を剥奪することは脅しにならない。そしてルトリス側もそんな馬鹿なことをする気は毛頭なかった。

 エルセリアはそれほど貴族らしくないので平民の学院生にも人気があるが、らしくないのではなくそのように教育されていないと言うのが正しい。礼儀作法は小さい頃に学んだので知っているが、それ以降は貴族籍を抜かれて学院に放り込まれたので雰囲気を少ししか憶えていないのだ。

 そして貴族籍に復帰したときには既に支えとなる強固な意志が存在していたため、あまりよろしくない貴族的な考えに染まることなく過ごすことになった。

 何より重要な点として、エルセリアは親に不要と捨てられたことをはっきりと認識していた。そのため、絶望していた心を救ってくれたレネ以外の人については割とどうでも良いと思っている。

 レネ以外の人は、最初は無視していたのに才能が開花すると手の平を返したように近づいてきた。そんな人達をエルセリアは冷えた心で見つめていた。幼い頃に刷り込まれた価値観は、親や周囲の思惑を理解できたため成長してからも変わらなかった。

 どうでも良いから何を言われても微笑んでいられるし、実害がなければ積極的に報復をしようとも思わない。儀礼や義務、生き易い環境を作るために助けたり力を貸したりはするが、それを恩に着せたりはしない。

 しかし、助けられたほうからすれば文句も言わず対価も求めずに力を貸してくれるエルセリアの評価は上がる。結果として、エルセリアの評価はとても高いものになっていた。

 そんな見た目は優等生のエルセリアの下に、厄介事がやってきていた。





「ふうん、意外と古臭いのですね。テルストのほうが立派です」

「お金はありませんが、歴史だけはありますから。そのうち酔狂な人が寄付をしてくれるかもしれません」

 学院の廊下を一緒に歩いていたエルセリアは、優しく微笑みを浮かべて連れであるセリエナの質問に答えた。光を纏うような綺麗な銀髪は肩口で結ばれていて、歩くたびに優しい光を周囲に振りまいている。

 そして服装はフィーレ魔法学院の制服である白のブラウスに紺色のフレアスカート、深藍色の上着である。特に着なければならない規則は無いが、少し前までは親友であるレネがいつも制服姿だったため、何か言われないようにと制服を着るようにしていた。今では不要な気遣いだが、変える理由もないため制服の着用を続けている。

 同行しているセリエナは同じ年頃の長い金髪の少女で、エルセリアと同じ制服を着て、同じく上級魔法使いを示す徽章と赤いリボンを付けていた。正式な名前はセリエナ・フォーレイア。エルセリアの実家であるルトリスの領地に隣接している侯爵家のお嬢様である。

 セリエナは今回、フォーレイアの領地にあるテルスト魔法学校から来た転入生である。そしてエルセリアに押し付けられた厄介事が、セリエナの案内であった。

 学院側からすれば、大貴族の一員であり『魔法陣構築の天才』と呼ばれる才女。何よりセリエナと同じ大きな魔力を持つ『紫瞳』である。これ以上の人選は考えられないわけだが、エルセリアにとってはレネと会える時間が減るので、厄介事にしか過ぎなかった。

 唯一、お付を引きつれて来なかったのだけは評価していたが、それは単に面倒がひとつで済むからであった。しかし、面倒だからといっていいかげんなことはせず、きちんと役割は果たしている。そんな性格だからこそ評価も上がるのだ。

「補修できないほどお金が無いのですか?」

「どちらかと言うと研究のほうにつぎ込まれていますから。なんでも昔、補修より研究費用を寄こせと言ったとか。ですから、そちらの方面では不自由していませんし、設備も充実しています」

 傍若無人な物言いをするセリエナに、エルセリアは普通に受け答えしている。単なる若手貴族ならとっくの昔に堪忍袋の緒が切れているところだ。それがセリエナの狙いでもあるのだが、幸か不幸かエルセリアはまったく気にしていない。

 ルトリスとフォーレイアの関係は実に微妙で、戦えば共倒れになるほど実力が拮抗していて共に地域の覇を競い合っている国内有数の大貴族……とフォーレイアは思っている。そのためルトリスの領地にはない魔法学校も自費で作るなど、なにかにつけて自分達のほうが優れていると言いたがる傾向があった。

 一方ルトリスはと言うと、『どうでも良いから黙っていてくれないかな』と言うのが本音であった。地力を水増ししているフォーレイアとは逆に、ルトリスは低く見せている。これは気質としか言いようが無いが、そういうのが好きな一門なのだ。

 だからもし正面から激突した場合、共倒れどころかルトリスの圧勝で終わる。それが分かっているから『フォーレイアがうるさい』程度で放置できるのだ。悲しいかな、だからフォーレイアが調子に乗るのだが、もう慣れたのでルトリス側はのらりくらりとかわしながら、偶にからかって遊んでいた。

 このような関係であるのでセリエナの態度も演技であり、狙いとしてはわざと諍いを起こした上でそれなら魔法勝負で決めようと持っていき、勝利してフォーレイアのほうが優れていると持っていきたいのだ。

 欠点として大貴族同士の争いが絡むことなのだが、一応フィーレ魔法学院の建前上身分は関係ないことになっているので、そこを錦の御旗にする予定であった。何より勝てることが前提とされている時点で始めから問題がありすぎるのだが、それを意識する者達ならこんな作戦は考え付かない。無計画なのではないが、都合が良い計画を立てる傾向があるのだ。

 本当は言葉遊びで回避できるほど単純なことではない。しかし、ルトリスは子供の戯れを本気で取り合うつもりは毛頭ないので、セリエナが余程のことをしない限り放置することが既に決定している。そして敵対領主の一族だからといって、わざわざ貶める気も無い。

 なぜならば、そんなことをしても面倒が増えるだけだからだ。逆にひとりで来たセリエナの安全のために、こっそりと護衛を配置しているくらいである。それくらい分析されていることをセリエナは幸いにも知らない。

 だからこそ、見た目はおとなしい印象を持つエルセリアへ強気に出ることができるのである。そういう訳で、セリエナは目の前にいるのが大変危険な人物と気付かないまま、設備が充実していると聞いてほんの少しだけ悪い笑みを浮かべる。

「それは見てみたいです」

「それでは屋外訓練場に行きましょう」

 それを見てもまったく気にせずに人当たりの良い笑顔を浮かべながら、エルセリアは案内を続けるのであった。





「どんなところかと楽しみにしていたのですが……、ただ広いだけなのですか」

「そうですね。狭いと広範囲魔法の練習になりませんから」

 セリエナの期待外れだという嫌味にもエルセリアはまったく動じない。その様子にセリエナは眉を寄せるが、口には出さなかった。

 セリエナは他に何かないかと広場を眺め、的に向けて魔法を放っている者達を発見した。

「あれは何をしているのです?」

「攻撃魔法の練習ですね。的に強度を設定できるので、それぞれ等級に合わせた練習を行っています」

 それを聞いたセリエナは、鼻を鳴らして馬鹿にしたような声をだした。

「動かない的で練習しても実戦で役に立たないでしょう。無駄なことを嬉々としてするのですね。テルストではそんな無駄なことはしていませんよ?」

 さすがにここまで言えば怒るだろうと考え、さあどうだとエルセリアを見る。実際周りで聞き耳を立てていた者達は、セリエナの物言いに不愉快そうに顔を歪めていた。

「さすが勇敢で評判のフォーレイアですね。ここでは勇敢でなくても戦力になるように、集団運用の練習を重点的に行うようにしているのです」

 しかし、エルセリアは微笑んだまま変わらない。ちなみにレーンでの魔法使いの戦い方は基本的に固定砲台型であり、点より面で制圧することを主眼としている。そして突出した個人はそのまま運用し、平均的な技量の持ち主は集団での連携を是としている。だからこの練習も無駄ではない。狙った場所にきちんと集中して当てるのも重要なことなのだ。

 つまり、国が求める方向と異なっているのはテルスト魔法学校のほうである。しかし、国としては個人の技量が上がるのは望ましいことであり、多様性も必要なためテルストの教え方に口を出すようなことはしないのである。

 セリエナは挑発がなかなかうまくいかないので徐々に不機嫌になってきていた。そしてこのままではらちが明かないと考え、単純な方法を使うことに決めた。

「それでしたら、どのように役に立つのか手本を見せてもらえますか?」

 言外に本当に役に立つならという意味を含ませて意地悪く言うが、エルセリアはあっさりと頷いた。

「分かりました。それではあちらに行きましょう」

 いつの間にか現れた観客を引きつれて、エルセリアは気負うことなくいつもの場所に移動するのであった。




 エルセリアは制御用の魔法具に触れて、少し離れた場所に的を呼び出した。設定は試験に準じているが、強度だけは天級用にしてある。

 何も無かった地面から的が生成される様子にセリエナは目を見開いて驚く。テルスト魔法学校ではここまでの設備は無く、すべて手動で行われているのだ。そのためここの設備が見た目より優れていると分かったのだが、それを素直に認めて表に出す性格ではないので、すぐさま誤魔化すように咳払いをすると何事も無かったように表情を戻した。

 観客は離れていたので気が付いていないが、エルセリアはその変化に気が付いている。しかし、どうでも良いので何かを言うつもりはない。そのため触れることなく次の行動に移った。

「練習で見るものは威力と精度です。そのため使用する魔法の等級より高い強度の的を使用します」

 セリエナに説明すると定められた位置に移動し、ポケットから手帳サイズの魔導書を取り出すと魔力を流すふりをしながら魔法陣をゆっくりと構築していく。使う魔法は上級魔法の『雷撃槍』である。これはフォーレイアが好んで使う属性であると知っているので、使えば間違いなくセリエナも使うと読んでいるからだ。

「雷撃槍」

 完成した魔法陣から輝く雷の槍が生成され、瞬時に的に突き刺さる。それと同時に大気を通過した轟音と共に的が光に包まれて爆発する。光がおさまった的の中央には大きなひび割れと焦げ跡があったが、壊れることなくそこにあった。

「このように、当たった位置と影響範囲を確認します。同じ魔法でも個人差がありますので、その確認ですね。こうして自分に足りない部分を練習で見つけていくのです」

 エルセリアの説明に周囲の観客はどうだと言わんばかりに無言で頷いている。エルセリアは等級がひとつ(・・・)上の強度の的に、実体系に弱い雷系魔法でひび割れを起こせるんだぞとの声が聞こえそうだった。

 そんな雰囲気にもかかわらず、セリエナは不敵に笑うとエルセリアが立っていた位置に移動し、上から目線で指示を出す。

「分かりましたから早く次の準備をしてください」

「はい。少々お待ちください」

 エルセリアは魔導書をしまうと言われた通り的を再生成する。但し、今度は強度を中級用に設定した。強度は変わっても見た目は変わらないので、この変化は設定したエルセリアしか分からない。

「見せてあげましょう。これがフォーレイアが開発した『雷撃連槍』です!」

 自信満々に言いきり、両手を前に突き出す。そしてセリエナがはめていた腕輪が光を放つと、雷撃槍よりひと回り大きな魔法陣が両手の前面に展開される。観客からはどよめきが生じたが、エルセリアは魔法陣を観察して少しだけ落胆した表情になりながら視線を的にむける。

 エルセリアはあれだけ大威張りだったのでどんなに凄いのだろうと期待したのだが、解析の結果、単に雷撃槍を複数生成するだけのものだと分かった。確かに効率化のために改造されているところもあったが、その程度ならエルセリアもこの場で構築できる。

「最初から魔法具頼りの魔法を使って面白いのかなぁ。道具はあくまで手が届かないところを支える補助だと思うけれど……」

 ため息交じりに呟かれた声は誰にも聞かれることなく消えていった。セリエナの魔法陣は大部分を腕輪型魔導書が担当していて、セリエナが構築しなければならないところはごく僅かであることは一目で分かる。そのため魔法の等級的には天級に分類される魔力消費量なのだが、エルセリアが構築すれば上級でおさまる程度の構成だった。

 もちろん普通の人は見ただけでそこまでは分からないので、大規模に展開された魔法陣に度肝を抜かれている。結果的にセリエナの思惑通りなのだが、エルセリアには関係ないことだ。

 フィーレでも魔導書に頼りきりな者が増えて来たが、そういう者は少なくともこの学院を卒業することはできない。そのため気が付いてから必死で練習するはめになるのだが、テルスト魔法学校では違う意見らしいとエルセリアは残念に思った。

 ちなみにエルセリアは魔導書を使っているふりをしながら自前で一から構築している。これはそのほうが構築しやすいためであり、魔導書はいざというときの予備魔力保管道具兼不必要に目立たないための単なる飾りとなっていた。

 セリエナはそんなことを思われているとはつゆ知らず、構築に成功した感触に口の端を小さくあげる。そして見せつけるように大きな声で魔法名を唱えた。

「雷撃連槍!」

 その直後に魔法陣から三つの雷撃槍が生成され、轟音と共に的に突き刺さる。目を射る光が周囲を包み、誰もが的から目をそらした。そしておさまったところで目を向けると、的はすべて吹き飛び欠片が消えていくところだった。

「あらら、思ったより脆いですね。単なる上級魔法で壊れるようでは意味がないと思いますが?」

「許容量を超える魔法を受ければ壊れても仕方がありません。さすがですね」

 基本的な雷撃槍は上級魔法であるが、今回の雷撃連槍は威力自体は上級の範囲内だが分類すると天級魔法となる。しかし、等級を偽りながら偉そうに胸をそらすセリエナに対して、エルセリアは微笑んだまま拍手で迎える。

 その様子にセリエナは相手をする必要なしと見切りをつけて周囲を見渡した。観客達は予想通り、驚いている者やエルセリアが負けて(・・・)顔を歪める者などで溢れていた。

「フィーレで一番の天才も大したことないですね。もう案内は不要です」

「分かりました。それでは学院生活を楽しんでくださいませ」

 明確な悪意にも反応しないエルセリアをまわりにちやほやされているだけの腑抜けと判断し、セリエナはルトリスに勝ったと喜びながらその場を立ち去った。

 エルセリアは自分が天才とは欠片も思っていないので、大したことないと言われても何とも思わない。エルセリアにとって、天才とはレネのことなのだ。そして負ければルトリスの名が落ちることになるので普段はそれなりに対処するが、今回は勝たねばならない勝負ではない。

 フォーレイアは調子に乗ると盛大に自爆する癖があるので、最初から真面目に対処すると巻き込まれて余計被害が拡大するのだ。そのことを長年の争いから知っているルトリスは、被害を拡大するより評価を落とすほうが後で楽と分かっているので、負けたからといって一門での立場が悪くなることはないのである。

「これでもう来ないよね。さてと、レネのところにいこっと」

 厄介な仕事から解放されたエルセリアはにこにこと上機嫌に後片付けをしてから、静かに図書館の方向へ歩いて行くのであった。

 エルセリアが真実を言わなかったため、観客はエルセリアが負けたと認識している。そのためその話は驚きをもって学院中に広まることになった。それを知ってもエルセリアは特に気にしなかったのは言うまでもない。






 その日の夜、セリエナは与えられた部屋で日記を書きながら計画の成功に喜んでいた。ここはエルセリアも住んでいる貴族寮の一室である。もちろん入るときに狭いだのなんだのと文句をつけたが、本音を言えば十分広いと思っている。

「厄介と思っていたひとり目が楽で良かった……。これなら早目に達成できるかも」

 昼間とはまったく違う柔らかい雰囲気を漂わせながら、今後について考えている。エルセリアの評判は聞いていたので奥の手である雷撃連槍を使ったのだが、手応えの無さに張りつめていた気持ちがかなり緩んでいた。

「もうひとりは初級魔法しか使えない落ちこぼれらしいから、少し叩くだけで十分かな。そうすれば第一目標は達成……、もしかしたらお父様に褒めてもらえるかもしれない」

 私的にはあまりあったことの無い父親に褒められる光景を思い描き、嬉しそうに微笑んだ。もうひとりに関する評価が、つい最近逆転したことはまだ知らない。

 セリエナは『紫瞳』ではあるが魔法陣構築に適性がなく、術式があらかじめ封入されている魔法具に頼らなければ満足に魔法を使えなかった。

 普通、魔力が多かろうと致命的な欠点を持つ者を血筋に取り込みたいと思う王侯貴族はいない。また、欠陥の影響かは分からないがセリエナの文字は酷く読みにくい悪筆だった。それもあるので下手な家に出せば笑い者になるのは確実であり、どこにも嫁ぎ先がない娘であった。セリエナもそのことを知っていて、テルストでも他の子と比べられて孤立していた。だからこそ今回の役割を喜んで受けたのだ。

 セリエナが指示された内容は、フィーレにいるルトリスの『紫瞳』よりフォーレイアの『紫瞳』のほうが優れていることを内外に見せつけるように、というものだ。ちなみにもうひとりに関しては、狡猾なルトリスが事実を隠しても優れていることを証明するためなのだが、かといって他の貴族と争うわけにもいかないという単純かつ大迷惑な理由で、平民の紫瞳が選ばれた。

 こうして作戦は立案され、欠点を補える高価な魔法具も与えられたため、セリエナは一族の期待を背負って来たと思っている。

 実際は違い、セリエナは捨て駒であった。セリエナ自身は知らないのだが、セリエナは赤子のときに買われてきてフォーレイアの子として育てられていた。だからフォーレイアとしては血の繋がりが無く、欠点も抱えていたので切り捨てても惜しくない子供となっていた。

 うまくいってルトリスに勝てば良し、フォーレイアの評価を落とすようなことになれば放り出して無関係とする。その程度の駒であった。そうでなければ大貴族の娘がひとりで外に放り出されることなどありえない。

 現在フォーレイアの私設魔法団には同じような紫瞳が三名以上在籍しているのだが、他の紫瞳が来なかったのもエルセリアの評価が思いのほか高かったため、本気でかかって負けたら困るからである。

 それなら最初からやるなと誰もが言うだろうが、そう判断できるならルトリスの苦労はもう無くなっている。ルトリスに関することなら矛盾を抱えていても自覚しない、実に困った一門であった。

 ちなみにセリエナでも勝てると判断した理由は、エルセリアが長く上級に留まっているからである。

 評判通りならば卒業していてもおかしくないのに、一度も試験を受けていない。そして収集した情報の中には、数年前にエルセリアが王都にあるルトリスの別宅を、魔法の制御に失敗して吹き飛ばしたという事件があった。幸い死者はでなかったが、大事件としてしばらくの間その話題で持ちきりとなったのだ。

 制御は魔力が大きくなればなるほど難しくなる。そのためフォーレイアでは、今の評価は制御能力が劣っていることを隠すためにルトリスが作りだしたものであり、実際は特級魔法を扱える実力がないから試験を受けないのだと判断した。

 残念ながら、エルセリアは自らの意思で屋敷を吹き飛ばしたのであり、だからこそ死者が出なかったのだ。

 普通は制御できなかったこと自体が醜聞のため、それを隠そうとする。しかし、規模が大きすぎて隠すことができなかったとフォーレイアは判断した。だがルトリスとしては制御できなかったという理由のほうが良いので、あえてそのような噂を流したのである。ルトリス憎しが募って見事に都合が良い見方をしてしまった典型であった。

 セリエナは自分と同じ境遇にいると思われるもうひとりには、会ったことはないが親近感を抱いているので、優秀と認められているエルセリアと違ってあまり強く当たるつもりはなかった。ただ、フィーレよりテルストのほうが優れていると示す目的もあるので、放置する予定はない。

「もうひとりはどうしよう……。図書館に入り浸っているようだから、『始終いるのに知らないの?』系統で良いかな。これに成功すれば、もう役立たずなんて言われない……。がんばろう」

 日記を書き終えたセリエナは寝台に潜り込んで、幸先の良いことに微笑みながら眠りについたのだった。

 人は知らないことには己が持つ常識を基準として判断する。そのため図書館の主に対して無謀な挑戦を知らずに行おうとしているのだが、それを教える者は誰も居ない。普通は図書館にある本をすべて暗記している人が居るとは思わないから、一応正しい判断ではある。

 もうひとりのほうがある意味厄介であることをセリエナが知るのは、もう少し先になりそうだった。
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