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黒姫の魔導書 作者:てんてん

最終章 天に在りしは星の煌き

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第21話 森羅万象

 闇の中から浮上したレネがゆっくり目を開くと、光に包まれたタマの中にいた。

「あれ……、モリヒト?」

「後ろだ」

「え? ……な、なな何で大きくなっているの!?」

 最初は寝ぼけ気味だったが、光と現実味のある感触のおかげで思考が働き始めた。そのため実体化している杜人を見て目を見開く。

「開口一番にそれか。危ないところを救い出した俺に対しての礼はないのかな。まあ、こうして抱きしめているだけでも十分だが。うむうむ、この柔らかさが実に心地良い」

 レネは現在杜人にもたれかかるような体勢になっていて、腕の上からしっかりと抱きしめられていた。ようやく頭が正常に回るようになったレネは、夢の最後を思い出して瞬時に真っ赤になると、腕を勢い良く振りほどいて身体を離した。夢だと思っていたからできたのであり、思考が働く今はとてもできるものではない。

 ちなみに杜人は顔を正面から見なくて済むように、レネが起きる前に急いで位置替えを行った。おかげで何とかいつもの調子で話すことができていた。

「せ、説明!」

「後だ。この状態はいつまでも維持できない。準備はできているから片付けて帰るぞ」

「え?」

 杜人の指差す先には、光の領域と闇の領域がせめぎ合っている境界が波打っていた。その気味悪さにレネは思わず杜人に擦り寄り、服をそっと摘んだ。杜人はと言うと、不意打ちの衝撃がようやく落ち着いたため、なんとか平常心でいられた。それでも深呼吸をするとレネの甘い匂いを嗅いでしまい抱きしめたくなるので、ただいま戦闘中と念仏のように繰り返して平静を装う。

「今は予定を繰り上げて、全封印を解放している状態だ。修復が終わり完全解放しているから今すぐ効果を失うわけではないが、こんな場所に長居したくもない。それに外ではまだ戦いが続いている。心の準備ができたら言ってくれ。外に設置した保険を発動させてみる。難しく考えるな。ただ願え。すべてを救える、あらゆるものが安らげる世界を。この俺が、必ず叶えると約束しよう」

「あ……、うん」

 レネもやるべきことを思い出したため、浮かれていた心を静めて作戦内容を思い出す。そして杜人がいつも通り落ち着いているため、最後のことは認識されていないと結論を出した。そのため少し寂しくなり、杜人に背中を預けて腕を回させると、しっかりと腕を掴んで微笑んだ。

「いつでも良いよ」

「まったく……」

 杜人も珍しく素直に甘えるレネに微笑みを返してから真剣な表情で正面を向き、レネも同じように心を引き締めて正面を向いた。

「いくぞ。支配領域拡大、外部端末に接続開始……成功。八極星天陣増幅率最大化。命令、発動せよ……発動確認。レネ、やれ!」

「うん」

 一気に輝きを増した空間で、レネは身体を預けたまま深呼吸をする。そして身体を包み込む温かさに安心しながら、自らの想いを乗せて、願いをゆっくりと紡ぎ始めた。





 ――――それは、レーンの民なら誰もが知っている。

【我、森羅万象を統べる者】

「お!?」

「なんだ!?」

「大賢者様?」

 戦い続けていた探索者や逃げていた人達は、突然輝き始めた空間に驚き、続けて聞こえてきた少女の声に耳を傾ける。有名な物語の一節だったため、この後のことを思い描けた全ての者の瞳に希望が宿った。




 ――――古の時代、滅びの闇を払うために紡がれた。

【世界を統べる理よ。森羅万象の主たる我に従え】

「ついに始まったか」

「終わるの間違いでは?」

「どっちでも良い。結果は同じ」

「さあ、最後の仕上げだよ!」

 最後まで人々を誘導していた魔法騎兵団の面々は、静かに視線を交わしてから笑顔で仕事を続けた。

 空間の輝きはまだ増している。




 ――――既存の魔法の理に属さない。

【闇を祓う光を】

「姉様、すごい……」

「さすが師匠……」

「風邪を引きますよ」

「中に行きましょう」

 中継拠点を護りきったシアリーナとティアは、思わずその場にへたり込んだ。周囲を旋回していた魔法具も状況終了を感知して髪留めの中に消えていく。そしてもう大丈夫と確信し、フィリとリュトナが微笑みながら二人を結界の中に連れていった。

 空間を満たす光の中で、舞い降りていた闇が静かに消滅していく。




 ――――物語でしか存在しない、魔法の詠唱。

【嘆きに慈愛を】

「……おかあさん、いないの?」

「この子のお母さんはどこにいますかー。……人には向き不向きがあるのですがね」

「人手が足りないのだから文句を言うな。居るだけで目立つのだから最適だ」

 意外なことに、ダイルは子供に好かれるのである。そのため何故か迷子が寄ってきて、いつまでもダイルは迷子探しを続けなければならなくなっていた。

 様子を見に来たレゴルは大きな問題がないことを確認して次の場所に移動し、ダイルは学院の仮設避難所で迷子の親探しをしながらとほほとため息をついた。

 大地から生まれた光珠が舞い始め、空に向かって昇っていく。




 ――――森羅万象を統べる大賢者のみが行使できると伝えられている。

【失われしものに癒やしを】

「俺の、俺の指が……」

「大の男がちょっと身体が無くなった程度で泣かないでください。……はい、終わりです。ふぅ、もう大丈夫みたいですね。あなた達も休憩して良いですよ」

「分かり、ました……」

 セリエナは逃げ遅れた人に治療を施していた。そして空を見上げて微笑んでから、連れて来た学院生に指示を出した。慣れない治療をずっと続けていた学院生達はその場に倒れこみ、セリエナは念のため大丈夫かを確認してまわる。

 光珠は闇に侵食された存在に張り付くと、輝きを放ちながら同化していく。




 ――――世界でひとつだけの魔法。

【命を育み、恵みに満ちし】

「お疲れさま。もう休んで大丈夫ですよ」

「はひぃ……」

「ふふっ。……やっぱりレネはすごいや」

 ここまで酷使してきた学院生達に休憩を許可したエルセリアは、輝きに満ちた王都を見渡してから上空の巨大な闇を見つめる。

 舞い上がった光珠が闇を消し去っていき、更に内部から光が溢れ始めていた。




「……優しき世界よ、ここに在れ」

「支配領域内世界律改変完了。状態安定。森羅万象完全発動」

 ――――そんな伝説の大魔法が、今、ここに顕現した。





 天空にある暗黒の太陽を切り裂き現れた柔らかい光が、王都周辺を覆っていた闇の領域を一瞬で消滅させる。そして大地から無数に生まれる光珠が集い、失われた存在を再生していく。

 建物、石畳、建物の中にあった品々。逃げ遅れて建物に飲まれた命、闇に食らわれ消滅した存在。光珠は世界に定められた法則通りに、力を発揮していく。

 そのありえない奇跡、物語の中で何度も思い描いた出来事を目の当たりにした人々は、いつの間にか失っていた笑顔を取り戻していつまでも奇跡を見続けていた。




 杜人とレネは光の中心に居る。そして視線の先には指先より小さな闇が、温かな光を拒むように震えていた。これが『滅びもたらす無明の闇』の本体。全てを否定するだけの、レネが願った世界には存在できない異物。

『滅……ビ……』

 弱々しい声が届き、闇が救いを求めていないことだけは分かった。だから杜人とレネは一度だけ視線を交わして頷いた。

「レネ、終わらせよう」

「うん。……おやすみ」

 レネは闇を指差すと、小さな魔法陣を構築する。そうして放たれた柔らかい光が闇を優しく包みこんでいく。

 霊気系統初級魔法『霊光』

 消えかけの小さな闇は温かな光に溶けていき、欠片も残さず静かに消えていった。

 闇の消えた場所を見つめていたレネは、力を抜いて杜人に寄りかかる。

「終わったね」

「ああ。全て終わった。さて、天舞う皇竜にお礼をしに行くか」

「うん? すぐ行っても迷惑だろうし、とりあえず一度みんなのところに帰ろうよ」

 不思議そうに小首を傾げるレネに、杜人は少しだけ口の端を上げた。

「そうか。気を回しすぎたようだ。救国の英雄として祭り上げて欲しいなんて、レネも成長したものだな。では希望通り学院にでも……」

「ま、待って、待って! なし、今のなし! 絶対にやめて!」

 ようやく理由に気付いたレネは真っ赤になりながら手をわたわたと動かし、杜人は実に良いと微笑む。そして宥めるために優しく頭を撫でた。

「うー、ばかぁ……」

「今回は反省して、最初から望み通りにしようとしたのに酷いな」

「むー」

 レネは頬を膨らませながら嘘をつくなという目で杜人を見つめ、杜人は誤魔化すために膨らんだ頬をつつく。レネは特に抵抗せず、やがてそっぽを向くと杜人の腕に顔をうずめた。

「ではお礼に行こう。シャンティナ、天舞う皇竜のところへ!」

 杜人はレネを抱きしめながら指示を出した。待機していたシャンティナは一度羽ばたいてから飛翔を開始し、光の領域を突き抜け一気に天空へと上昇する。それに合わせて光の領域は溶けるように消失し、人々は思わず天を仰いだ。

 そこには光を纏いながら飛翔する竜の姿があり、後ろに光の尾を引きながら上昇していく。そして地上に居る人々が見守る中で、夜空に煌く星となった。
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