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黒姫の魔導書 作者:てんてん

最終章 天に在りしは星の煌き

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第20話 想いの欠片

(……あれ?)

 飛び込む瞬間に目を閉じたレネは、次に目を開いたとき古い家の中にいて、大きなかごの中で天井を向いたまま身動きが取れなくなっていた。最初は軽く混乱したが、記憶にある景色と一致すると唇を固く引き結んだ。

 直後、どこからか若い男の怒鳴り声が響いた。

「足りねえよ。こいつは貴重なんだろ? だったらもっと出せるだろう」

「……あなたは、娘を金で売るのですか?」

「は、これが俺の娘? 母親を殺して生まれた化け物……」

(……違う!)

 レネは心の中で強く叫ぶと、全てが暗闇となった。

(……違う。売っていない。お金に困っていただけ。生きるためだから仕方ない。返すわけには行かないと思わせなければならないから……)

 その時は理解できなくても、憶えているので後から理解した。だから幼いレネは一番良い想像を付け足して、絶望を抑え込んだ。

 レネが再び開いた古傷に泣き出しそうになっていると、今度は学院にある保育施設に切り替わった。レネはいつの間にか幼い姿で廊下にいた。そして目の前には扉があり、半開きになっている。室内には子供達の世話をしている女性達が居て、話し声が廊下まで聞こえていた。

 レネは夢と現実がごちゃ混ぜになって混乱しながらも、記憶にある通りに扉に近づくと静かに中を覗き込んだ。

「……あのレネって子、いつも無表情で不気味だよね。仕事でなければ近寄りたくない」

「紫瞳だから、もう貴族になった気で居るんじゃないの」

「かもね。あーあ、他の子は良い子ばかりなのになぁ」

「……そんなこと、ない。良い子になるから……」

 レネは自然と出てきた涙を堪えながら廊下を走っていく。そしてまた暗くなった。

 レネは忘れない。父に売られたと知り、心を閉ざしたレネに優しくしてくれた、無表情でも母のように慕い始めていた女性の言葉を。だから幼いレネは心に仮面をかぶり、明るく笑う子供に『なった』のだ。

 そしてまた明るくなった。見覚えのある初級魔法使いが学ぶ教室であり、目の前には嘲笑を浮かべたエルセリアがいた。

「今までありがとう。もうあなたは要らない。心配しないで。あなたが居なくても私が居るから大丈夫」

「……」

 レネはまた裏切られた痛みに泣き出しそうになりながらエルセリアを睨みつけると、歯を食いしばって踵を返した。そしてまた景色が変わる。

 廊下でいつも通りのエルセリアとセリエナが話をしているのを見つけたので、レネは笑顔で駆け寄った。

「なに話していたの?」

「……誰?」
「平民風情が気安いですよ」

「え? まっ……」

 他人を見る冷たい視線に硬直したレネは、手を挙げかけたまま立ち去る背中を見ることしかできなかった。景色が切り替わり、寮の自室になった。

「あ、シャンテ……」

「侵入者」

「え、ま、まって。きゃ……」

 佇んでいたシャンティナはレネの胸倉を掴みあげると、問いに答えず部屋の外に放り出した。また景色が切り替わり、目の前には受付に座って微笑むリュトナが居た。そのためレネは泣きながら近寄った。

「リ、リュトナさ……」

「困ります。ここは、あなたのような人が来る場所ではありませんよ」

 リュトナは一転して小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。そのためレネは驚いて立ち止まり、一歩下がる。すると背中に何かがぶつかり何かが割れた音がしたので振り向くと、高そうなつぼが割れていてその横に悪人顔のダイルが怖い顔をして睨みつけていた。

「おい、どうしてくれる。これはお前ごときが払える額ではないのだぞ!」

「え、あ……」

 レネは怒声に怯えて身体を固くする。そこにレゴルがやってきた。そのためレネは助けを求めて声をあげる。

「レゴル先生!」

「ん? お前の知り合いか?」

「いや? 知らない顔だ。講師だからといって全員の顔を憶えているわけがないだろう」

「え……う……」

 レネはもう言葉が出なかった。そしてまた景色が切り替わった。




『真っ暗だー、くろくろだー、はてさて。まさか、こうなるとはな』

 杜人は暗闇に浮かびながら首を傾げる。タマから得られる感触から離れ離れになったわけではなく、変わらずシャンティナの背にまとまって居ることは分かる。だが、明かりをつけても明るくならない。呼びかけても二人から応答がないため、何かが起きていることだけは理解していた。

『結界も障壁も圧力で消し飛ぶとはな。シャンティナの守りが強化されてレネまで及んでいなければ危なかった。闇だから精神攻撃とか? 少し見積もりが甘かったか。……お?』

 考えていると暗闇が切り替わり、初めてレネと会った部屋になった。そして正面にいつの間にか居たレネが、身体を抱きしめながら杜人を恐怖を湛えた瞳で見つめていた。

「ひっ、近寄らないで!」

『……』

 杜人は眉を跳ね上げ、レネを見つめる。場面が切り替わり、心が折れて寝台に引きこもったレネが顔を半分だけ出して涙が浮かんだ怒りの瞳を向ける。

「いつも人を馬鹿にして。笑って悦に入っているのがそんなに楽しい? 私のため? ふざけないで。自分が楽しみたいだけじゃない。単に人のためと言い訳をしている卑怯者」

「そうですね。あなたは他人の心が分からないのではないですか」

「押し付けは迷惑ですよ」

 いつの間にか、そのときは居なかったエルセリアとセリエナも加わり、レネを庇いながら杜人を糾弾し始める。それを杜人は、表情を消して無言のまま聞き続けた。





 シャンティナは人の姿になって石造りの部屋に居た。そこに瞳に狂気を宿した男が入ってきた。

「ようやく紫瞳を……」

 最後まで言わせず問答無用で殴りつける。たったそれだけで砕けるように男は消え去り、景色が切り替わった。

 次は情報機関の訓練場だった。シャンティナは、そこにいた者達が動きだす前に瞬殺する。また景色が切り替わり、和室にレネ、ジンレイ、杜人が居た。

 姿を認識しても、シャンティナの動きは変わらない。レネ、ジンレイ、杜人を一撃で屠り、闇になった空間で静かに佇む。

 シャンティナは深く考えない。目の前に出てきた者が護衛対象と主の姿をしていても、本物でないならば敵である。シャンティナの感覚はレネと杜人が己に守られたまま背中に居ると教えている。そしてここは空中にいる敵の中。だから、出てくるものは全て敵であり、迷う必要がなかった。

 そしてまた景色が切り替わる。シャンティナは幾度繰り返されても精神的な疲労を感じることなく、己のすべきことを淡々とこなしていった。




 杜人はレネ、エルセリア、セリエナ、そして追加されたシャンティナ、ジンレイに、場面を変えながらこれまで良かれと思ってしてきたことを執拗に責められ続けた。それを無言で聞き続け、言葉が途切れたところで無表情のままレネを見つめ、ようやく口を開いた。

『終わりか?』

「まだそんなことを言うの?」
「本当にわからないんだね」
「仕方がないですよ。そういう人なのですから」
「嫌い」
「困ったものです」

 五人は口々に杜人を否定するが、杜人はもう聞いていなかった。大げさに肩を竦め、首を振ってため息をつく。

『つまらなかった。実につまらなかった。もしかしたら恐怖映像とかを見られるかと期待したのだが、言葉責めだけとは。内容も予想通り過ぎてあくびが出る。もう良い、黙っていろ』

 杜人は皇竜から聞いていた意思と想いが重要という情報から『滅びもたらす無明の闇』という存在は、滅びそのものを行使しているわけではないのではと推測していた。結果として滅ぶように見えるが、それは『消滅したように見えるだけ』で、実は滅びとは違う力ではないかと考えていた。

 もし、本当に滅びの具現化ならば、こんな悠長なことをする必要はない。人が食物を栄養として摂取するために体内で消化していくように、消滅には何らかの条件が必要なのではと聞きながら仮説を考えていた。

 そして出てきたのが杜人の存在を認識している五人だけだったため、情報の出所も推測できる。もし杜人の心を読めたならば、魔導書になる前に出会った人達も現れるはずである。しかし、そうではなかった。そこから杜人という意思の存在を感じ取れても読み取れず、ジンレイが居ることからレネかシャンティナの心から得た情報を使っていると分かる。

『さて、レネが泣いているだろうから急がないとな。統括意思体より主へ封印解除要請……主より権限委譲承認確認。第一章【同調】、第二章【流転】、第三章【転変】、第四章【集約】、第五章【時空】、第六章【融合】』

  分かってしまえば用はない。偽者達は未だに騒いでいるが、もう杜人は見ていないし聞いていない。騒ぐだけの存在に興味は無く、現在起こっている事象を推測できたため、問題を解消するために慌てず騒がず早口で文言を述べていく。

『……第七章【万象】、統括意思体の権限に基づき全封印完全解放。支配領域展開、領域内全端末へ接続開始』

 そうして全ての文言を言い終えたとき、杜人の身体とレネが抱きしめている魔導書が輝き始めた。





 王都では避難する者のほかに、終わらない戦いを続けている者達が大勢居る。騎士や魔法師団はもとより、探索者達もそうである。しかし、先が見えないことは普通よりも疲弊する。そのため誰もの心に絶望がささやきを始めたとき、最初の変化が眩い閃光と共に訪れた。

「なんだ!」

「光の……槍?」

「いや……竜……、天舞う皇竜か!?」

 突然天空が輝き、上空を白い光が過ぎていく。その光は漂う闇を駆逐しながら直進し、巨大な闇に突き刺さって消えた。短い時間であったが観察に優れたものは輝く竜の姿を目撃した。幸運の運び手、大賢者の友として有名な天舞う皇竜が助力に来たと思った人々は、口々に驚きと歓喜の声を上げる。

 その喜びが収まらぬうちに、次の変化が訪れる。

 見上げる闇の中から白い光が放たれ地面と繋がり、王都全域を包み込む巨大な魔法陣が瞬時に展開された。それに再び驚いていると、所持している胸元の黒姫護晶が、魔法使いの持つ魔導書が、白い光を放ちながら輝き始める。

 直後、所有者の脳裏に少女の声が届いた。

『領域展開確認。領域へ接続……完了。所有権限認証。最上位管理者【森羅万象】より、全管理権限委譲承認要請。承認した場合、一時的に全ての権限が【森羅万象】に委譲され、全能力が【森羅万象】の制御下に入ります』

 予想外の出来事にほとんどの者が動きを止めた中で、動ける者達も居た。

「レネの声だけど、モリヒトさんかな。承認します」

「レネが進んでこんなことをするはずがありませんからね。承認します」

『承認確認。管理権限を【森羅万象】へ委譲します。同調開始……完了。霊破障壁発動』

 エルセリアとセリエナは顔を見合わせると苦笑しながら承認し、二人が持つ黒姫護晶と魔導書が輝きを強める。すると二人の身体が光に包まれ、舞い降り纏わりついていた闇が吹き飛んだ。

「これは良いですね。二手に分かれましょう。ここからこちらの人は私について来てください」

「だね。ほら、あなた達も聞こえたでしょう? 急いで承認しなさい」

 呆然としていた学院生達にエルセリアは承認を促すと、セリエナと別れてそのまま歩き始める。そのため学院生達は慌てて承認していった。




「さすが姉様。承認します」

「え? 師匠? えっと、承認します」

 シアリーナは笑顔で承諾し、ティアはどこに居るのだろうと首を巡らしながら承認した。




「団長だよな」

「団長ですね」

「間違いない」

「そうだねぇ」

 ノバルト、セラル、ミアシュ、レンティは顔を見合わせると笑顔で頷き揃って承認する。




「この声は黒姫さんか? なら承認だ」

「てめえいつの間に声を聞いたんだ。承認だ。後で話がある」

「こちとら死に掛けたんだがな。承認」

「主に追いかけられれば機会があるかもな。承認。おい! お前らもとっとと承認しろ! 黒姫さんが困るだろうが!」

 探索者達は罵り合いながらも笑って承認していく。

 そしてそれらを見ていた者達もようやく我に返り、我先にと承認していく。レネを知る者はレネのために。知らない者でも、レーンの国民なら森羅万象という名の持つ意味を知っている。だから迷わなかった。

 そして輝きを強めた魔法具が光で結ばれていき、地面の魔法陣が輝きを強めていった。





『全端末接続完了。支配領域形成確認。意思体顕現』

 杜人を包む眩い光が膨らみ、光の繭を形成する。そして弾けた後には、成人男性と変わらぬ大きさの実体が生成された。そして生成と同時に放った霊気槍が周囲に居た偽物を貫いて消滅させ、映し出されていた景色が粉々に砕け散った。

「酷い……。いつだって話を聞かない。神様にでもなったつもりなの?」

 周囲は明るく輝いていて、実体を持った杜人の足元には竜体のシャンティナと涙を流して目を閉じているレネが居る。そして杜人の前には、偽物のレネが侮蔑の視線を向けながらののしっている。そんな本物とはかけ離れた偽レネに、杜人は冷ややかな視線を向けた。

「俺は俺だ。たとえ世界中に居る全ての存在から否定されようが、それを選んだのは俺であり、結果は全て俺のものだ。責任を他者に押し付け、否定することしか能のない者の言葉なんぞ聞く気もない。失せろ」

「どうしてそんな冷たいことを平然と言えるの? だからいつもひとりに……」

 変わらず否定しようとする偽レネをためらうことなく霊気槍で消し去ると、杜人は本物のレネを優しく抱き起こして額をしっかりと合わせた。






「もうやだ……やめて……」

 レネは泣きながらうずくまり、耳を塞いで目を瞑っている。悪夢は繰り返され、心はすっかり疲弊していた。それでもまだ折れなかったのは、悪夢に杜人が出てこなかったからだ。だから、悪夢は最後に選んだ。

『また泣いているのか』

「モリヒト!?」

 レネは聞こえた声に顔を上げ、正面に浮かぶ杜人に笑顔を見せる。杜人は鼻を鳴らすと忌々しそうに顔を背ける。たったそれだけで、夢との区別ができなくなって脆くなったレネの心にヒビが入った。

「モリヒト……?」

『うるさい。気安く呼ぶな』

 音を立てて亀裂が入る。

「なん……」

『いつも自分で解決できない厄介ごとばかり持ち込んで、解決は人任せ。楽しいか?』

 亀裂が増える。

「や……」

『それを片付けるこちらのことを考えたことはあるのか? ある訳がないよな』

 亀裂が進む。

「やめ……」

『お前みたいな出来損ないは何もするんじゃない。部屋に引きこもって泣いているのがお似合いだ』

「やめて! もう言わないで!」

 レネは再びうずくまると目を瞑り耳を塞いだ。そんなレネに杜人は再度鼻を鳴らして背を向けた。

『契約は終了だ。お前のお守などしたくはない』

「あ……や……やぁ……モリヒト、いかないで……」

 遠ざかる杜人の声に思わず顔を上げ、追いかけようと手を伸ばす。しかし、その手はすり抜けて掴めずに宙を彷徨う。杜人は止まらず、振り返ることもなく遠ざかっていった。そして姿が遂に見えなくなったとき、腕から力が抜け、表情が抜け落ちた。

「……」

 もう言葉も出ない。以降は何もなく、空虚な時間ばかりが過ぎていく。

「ぅ……ぁ……」
「レネ!」

 そうして、軋みを上げている心が喪失に耐えられず砕けようとしたとき、後ろから強く抱きしめられ、求めていた優しい声が、すぐそばから聞こえた。

「安心しろ。俺はいつまでも一緒だと言っただろう。俺はこんなにレネのことを想っているのに、レネはあっさり偽物に騙されるなんて困ったものだな」

「あ……? モリ、ヒト?」

 振り向いて、涙を流しながら呆然と見つめるレネを杜人は笑顔で更に強く抱きしめる。

「その通り! とてつもなく素晴らしく、いつだって頼りになる愛しの杜人様ですよ。……可愛いレネ、愛しているよ」

「うぇ!? な、な、なにゅを」

 耳元で囁かれた言葉にレネは瞬時に真っ赤になり、思わず顔をそらして回された腕に顔を埋める。その様子を確認して、背中に冷や汗を掻いていた杜人は間一髪と胸をなで下ろした。

 実はレネの精神と接続したまでは良かったのだが、他者を拒絶するレネの精神は入り組んでいて中々本人を見つけられずにいた。そんな状況で、レネの悲痛な声だけは聞こえていた。すぐに辿り着けると思っていた杜人は焦りまくり、ようやくレネを見つけたときには身体が半ば透けて消滅しそうになっていた。

 そのため壊れかけた心を一気に修復するために、最後の手段と考えていた言葉を迷うことなく使用したのである。そうでなければ、いくら杜人でも面と向かって言えはしない。

 杜人はしっかりと元に戻り茹で蛸のように真っ赤になっているレネの頭を撫でると、少し身体を動かして覗き込み優しく微笑んだ。

「さあ、起きる時間だ。やることが残っているから、寝るには早いぞ」

「うん……。ここは……ううん、これは夢……なの?」

「夢みたいなものだな。詳しくは後でな」

「夢……、うん、そうだよね。……いつも、守ってくれてありがとう」

 レネは働かない思考で大きくなって実体を持っているがいつも通りの杜人を見つめ返すと、しっかりと力強く抱きしめられる感触に漠然と感じていた想いを理解し、嬉しそうに微笑む。そうして、これは夢だからと目を瞑り、そっと唇を重ねた。
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