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黒姫の魔導書 作者:てんてん

最終章 天に在りしは星の煌き

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第19話 希望

 闇に覆われた王都。天には黒色の太陽が昇り、音もなく拳程度の小さな闇が舞い降りて来る。

『滅ビヨ』

 小さな闇は触れたものに染みこむように同化していき、少しずつそのものを消し去っていく。それが『滅びもたらす無明の闇』。世界から切り離されたもの、そこに生きる命、区別なく闇へ取り込んでいく。

 その光景に、ある者は絶望して座り込み、ある者はただただ逃げ惑った。しかし、全員が絶望したわけではない。

「慌てるな! 黒姫護晶を持っていれば、闇に食われることはない! 落ち着いて払い落とせ! 持っていない者は持っている者と手を繋げ!」

「皆さん、走らずに学院へ向かってください! 王城は遠くなります!」

 ノバルトは呼び出した黒狼に跨りながら、腹の底から出した大声で混乱を鎮める。そして天馬に乗ったレンティが逃げるべき方向を指し示す。

 暗闇に閉ざされた王都の中で、未だに光を失わずにいる場所は二か所。学院と王城である。輝きを放つ巨大な結界はとても目立っていた。そのため最初の混乱が治まった人々は、言われるままに光を目指す。

「はい。これで大丈夫ですよ。慌てないで向かってください」

「手を繋いで、ゆっくり」

 セラルとミアシュは、闇に纏わりつかれた者から闇を取り去り送り出す。そうして人々を誘導しながら、四人は取り残された者が居ないかを確認しながら移動していく。

「それにしても、本当に効果があるとは思わなかったな。さすが団長」

「売り文句が『闇を祓う黒姫護晶、これがあれば怖い闇も大丈夫。気休めにおひとつどうぞ!』ですからね。魔物に対してはそれなりに効果がありますが、こちらを本気で信じていた人は居ないと思いますよ」

 よく見れば、ノバルト達の身体は淡い光に包まれている。ただ、その光は僅かのため他に明かりがあれば気付かないほどだ。だから黒姫護晶を持っている者も、守られていることになかなか気付けない。

「油断大敵」

「そうだね。いつまで効果があるか分からないから急ごう。切れたらお終いだよ」

 四人は揃って頷き、人々を誘導するために駆け回る。胸にはレネから渡された魔法騎兵団の徽章がある。だから四人は絶望せず、足が止まることはないのだ。





「黒姫護晶を持っていない人は受け取ってください! ……はいどうぞ。これがあれば大丈夫です。ここの結界は出力が小さいので、いつまで保てるか分かりません。学院か王城へ避難してください」

 新型結界に守られたダイル商会は避難した者でごった返していた。それでも追い出すことなく受け入れながら、気力のある者には別の場所に移動するように勧めていた。

「どうです?」

「在庫はまだあります。問題は結界に対する負荷です。逃げて欲しいのですが……」

 ダイルの問いにリュトナは難しい表情になる。

 闇は新型結界に阻まれて侵入できずにいるが、触れた部分は輝きを増して対抗しているのが分かる。そして闇は次々と追加されているので、このままでは結界が消失する危険があった。

 しかし、今は安全であり、店には闇が舞う外に出れない者が震えながら座り込んでいるのである。それを情けないとはとても言えない。闇に食われていく様子を目の当たりにして、平気で居られるわけがないのだ。

 そんな先の見えない状況に絶望しかけたとき、眩い光が連続で煌めいて結界に取りついた闇を消し去っていく。その光景に驚いていると、呑気な声がリュトナを呼んだ。

「リュトナさぁーん、大丈夫ですか?」

 入口には輝く刃と盾を宙に浮かべたティアとシアリーナがいて、目にも止まらぬ速さで動く刃が闇を切り裂き、構築した魔法陣から飛び出した光が闇に飛び込むと輝きを放って消し去っていた。フィリは二人に守られながら、連れてきた者達を統率している。

「ティア、中に入ったら排除できないでしょ。外をどうにかしない……と……」

「リ、リーナ?」

 元気に手を振るティアの横に居たシアリーナは店内で座り込む者達を見て、笑みを消して目を細める。すると一瞬で周囲の空気が変化し、髪が僅かに浮き始めた。不穏な気配を感じたティアは、笑顔のまま素早くフィリの後ろに隠れ、耳を塞いだ。フィリは既に耳を塞いでいて、付いて来た者にも指示を出している。

 後ろでそんなことが起きているとは知らず、シアリーナは魔力を込めて腹の底から声を出した。

「そこ! 全てが終わったときに笑われたいのか! レーンの民なら己に恥じる生き方をするな! 足があるなら立て! 生きあがけ! 最後まで走り抜き、己で希望を掴み取れ!」

 言いきったシアリーナは透光集滅を連続発動させ、周囲の闇を瞬時に一掃する。その姿はまさしく、古の世より民を魅了して率いてきた王者であった。怯える心に直撃した声とその光景に、座り込んでいた者達の目に光が宿り、何人かがゆっくりと立ち上がり始めた。

 シアリーナはそれを確認して頷くと、リュトナに近づいて小声で尋ねた。

「案内役を集団につけてください。ここは私達が守ります」

「……分かりました。すぐに」

 避難の中継点として機能しているここを失うわけにはいかない。そのためシアリーナはすぐに外に行き、近隣の闇を切り裂き始める。それを確認してからリュトナはダイルに向き直った。

「案内役をお願いします」

「……仕方がありません。無理をしてはいけませんよ。店など一から作れば良いのですから」

 集団を統率するためには貫禄が必要となる。そこに能力は関係なく、見た目と態度が重要となるのだ。そしてダイルの見た目は悪徳商人であるが、貫禄があるので付いていけば何とかなると思わせやすいのである。

「移動する! 俺についてこい!」

 気合いの入ったダイルの大声に誰もが立ち上がると、肩を揺らしながら歩く後ろを付いていく。そして店にはリュトナと少数の職員のみが残るだけとなった。

「すごいね……大親分って感じ」

「本当にね。さあ、片付けるからね。ティアはここをお願い。私は裏に行くから」

「了解!」

 ティアは元気に返事をし、シアリーナも優しく微笑んだ。

 闇に効く魔法の数は限られ、それも本来の効果は望めない。今は防御の魔法具があるが、ここまでの連続発動は想定していないはずであった。それでも二人は希望を失わずに闇の排除を続ける。

「師匠……」
「姉様……」

 離れた二人は同時に呟きながら、希望を胸に頑張るのであった。





「……きりが無いね」

「根本の原因を排除できない以上、仕方がないことですけど……」

 エルセリアとセリエナはレゴルから指示を受け、学院生を引き連れて闇が舞い落ちる外に居る。学院に集まる避難民の誘導と、避難路を確保するためだ。そのため二人はレネが作っていった新型結界の魔法具を預けられていた。

 エルセリア達が出撃する前にも上空の闇に向けて天級魔法が使用されたが、崩滅光珠以外は効果が見られなかった。そして崩滅光珠も威力が半分以下になっていて、効果時間が過ぎた頃には再生している状態であった。そのため今は降り落ちる闇を消去するほうに重点が置かれている。

「それにしても、いつの間にこんなに量産していたのでしょう。封入された術式もきちんとしていますから、適当に作ったわけではないですよね」

「んー、レネが作っていったんだと思うよ? 頼んだのはレゴル先生だと思う。私も頼まれたけれど、ここまでの量は無理だったから」

「ああ、確かに可能性は高そうですね……」

 セリエナはこれまでの実験を思い出して納得した。他の者が細心の注意を払って行う封入作業を、レネは片手間に行えるのだ。そんな話をしながら持ってきた魔法具を地面に置き発動すると、輝く半球が一気に広がり纏わりついていた闇を遠くへ跳ね飛ばしていった。

 近くに闇が居なくなったことで安堵の吐息が学院生から漏れる。対抗手段を持たない者にとって、侵食を受けないといっても纏わりつかれれば精神の疲労は溜まっていく。

 そのため学院生に向き直ったエルセリアは、一番疲労している学院生をこの場の配置員に指名する。

「では、あなたがここで誘導をしてください。……それではこれから道を切り開きます。他の方は遅れないでくださいね」

「了解!」

 エルセリアは学院生のひとりに魔法具の管理を指示し、残りの学院生に向けて微笑んだ。何度も繰り返された光景のため、返事にも力がある。エルセリアは次の行き先に向き直ると印象を深めるためにわざと片手を挙げて瞬時に魔法陣を頭上に構築する。

「舞空霊刀」

 魔力を込めると輝く魔法陣から身長を越える刃が二本出現し、光の軌跡を残しながら闇を切り裂き始める。霊気槍より消耗は大きいが、自在に動かせるので広範囲にいる闇を倒すならばこちらのほうが便利なのだ。

 エルセリアとセリエナは前進を始め、後ろにいる学院生達は闇に踊る光に熱のこもった視線を向けている。

「私もそれを使えれば良かったのですが」

「あはは、これでも天級だから連続使用は厳しいよ。元はモリヒトさんが作った魔法だからよく分からない部分もあるし。レネみたいに十本とか操れたら、もっと楽なんだけどね」

 刃を飛ばすだけなら二十本は出せる。しかし、自在に扱うには高度な制御技術と慣れが必要であり、少なくとも不可視念手を操れなくては話にならないのだ。セリエナは制御が苦手なため未だにものにできず、エルセリアも操作するなら両手を使わないようにして二本が限度である。

 それでも、直線にしか飛ばせないので使用に制限がかかる霊気槍よりも速く大量の闇を消去できるのだ。だから消耗は大きくても、士気を維持する目的も兼ねて道を切り開く際は使用している。

「きっともうすぐレネが帰ってくるから、それまでは頑張らないとね」

「ですね。きっと大慌てで戻ってきますよ」

 二人とも奇妙な呼び出しは『滅びもたらす無明の闇』に関するものではないかと推測していた。特に猶予はないという言葉が推測に真実味を持たせている。何よりレネと杜人なら、この状況も何とかしてしまうのではという安心感があった。

 だから、二人は先の見えない未来へ笑顔で立ち向かっていった。




 遥かなる天空を、光の矢が闇を切り裂きながら飛翔する。夜のため流れ去る景色を見ることなく、杜人とレネは最後の打ち合わせをしている。

『……という作戦だ。質問はあるか?』

「ん……、元々の森羅万象の書はその力を使ったら壊れたんだよね。モリヒトは大丈夫なの?」

 杜人が居なくなるなら、それしか方法がなくてもレネは確実に力の行使をためらう。そのため表情を曇らせたレネだったが、杜人は笑顔で回転してからびしりとポーズを決める。

『それは大丈夫だ。元々壊れたのは、ひとりで複数の力を制御しなければならないものだったために、暴走させないと封印できるだけの力を引き出せなかったからだ。今は俺が居るからこの点は問題ない。それに思い出してみろ。元々の魔導書はぼろぼろだっただろ。だから万が一壊れても、レネさえ無事なら復活できる。くっくっく、嫌だといってもいつまでも一緒に居てやろう。レネは永遠に俺のものだ!』

「……呪われた道具みたいだね」

 レネはほんの少し頬を赤らめて微笑むと、手に持つ魔道書を見つめる。今では立派な装丁もついて、最初の紙束と同じものとは思えない。感じ取れる力の脈動も比べ物にならないくらい大きくなっている。杜人から、実は森羅万象の書だったのだと明かされたときは驚いたが、すぐに納得できた。

 無名の人が作ったにしては高性能すぎ、その構成がどうなっているのかも理解できなかった。だが迷宮から生み出されたものなら、それも不思議ではない。元々迷宮から生まれるものを研究しながら人の魔法は発展してきたのだから。それでもまだまだ謎が多い。それが迷宮なのだ。

『何でも、迷宮から生み出される品物のほとんどは何らかの意思を持っていて、呪いとは人にとって害があるかどうかの違いだけだそうな。あれだ、発酵と腐敗が同じものだというのと一緒だな』

「なるほど。確かに王家が所有している『天の涙』も、見かたを変えれば呪われた道具だね」

『俺から言わせれば、どうして未だに血族が絶えないのか不思議なんだが……』

 絶えるどころか増殖している。おかげでレーンは末端まで平和であった。二人は微妙な表情で笑いあう。

「それにしても、もっと時間があれば良かったのにね」

『そうだな。時間があればかなりのことができただろうから、外側を削る方法で安全圏から確実に倒せただろう。現状でそんなことをすれば、時間切れになるかもしれないからな。相手の抵抗がどの程度あるか試せない以上、ある程度の危険は仕方がない。拡大したシャンティナの守りもあるし、確実に倒せる手段が手に入っただけでも御の字だ』

 そこまで言ってから、忘れ物を思い出した杜人が手をぽんと叩いた。

『忘れていた。レネ、復唱してくれ。【汝の主たる我が認める。統括意思体に日の出までの全権限一時委譲、封印解放承認】だ』

「うん? 良いけど。汝の主たる我が認める。統括意思体に日の出までの全権限一時委譲、封印解放承認」

『限定承認確認。よしよし。これで万が一離れ離れになっても大丈夫だ』

「う……」

 不安を見せるレネに杜人は近づくと不可視念手で頬をつついた。

『安心しろ。そんなことはまず起きない。だから万が一だ。ともかく、レネは俺を信じて実行するだけで良い。それだけしかできないなんて思うなよ。道具である俺は、準備はできても最後の一押しはできないのだから。むしろそれだけのために一番危険な場所に飛び込まねばならないのだから、誰も代われない重要な役割だ。だから胸を張り、後ろを振り向かずに前を見て進み続けろ。レネが望むその場所まで、俺が必ず連れて行くと約束しよう』

「うん」

 レネの返事はそれだけだったが、杜人にとってはそれで十分である。視線を合わせて頷くと暗闇に沈む正面を見つめる。もう会話は必要なく、心地よい沈黙のなかを進んでいった。

 そしてついに目的地まで到着し、周囲の暗闇よりも深い闇に閉ざされた大地を発見した。

「うわ……物語だと内側の絵しかないけれど、外から見るとこうなっているのかぁ。思った以上に大きいね」

『領域の一種だな。一応保険をかけておくか』

 杜人はジンレイの領域から、作っておいた背丈程度の巨大な精霊結晶を八つ取り出すと操りながら射出し、闇の領域を取り囲む位置に配置すると大地に突き刺した。

「あれは?」

『以前使った、使い捨て魔法具の改良版だ。まだまだ使える代物ではないが、出し惜しみしても仕方がないからな。向こうの領域に侵入してから使えるかは分からないから、当てにはしないが』

 永続効果はないので、使うときに発動しなければ意味がない。だが、突入すれば設置する暇などなく、領域により外部と切り離された状態で発動できるかは微妙である。だから万が一の保険でありながら、当てにできない。そして念のため、結界と障壁を張っておく。

『では行くか。シャンティナ、豪快に行け!』

「ひょ……わぁぁぁー!?」

 シャンティナは一気に高度を下げてから水平に戻し、速度を上げながら身体を輝かせ始める。前面には白く燃え盛る焔が形成され始め、見る間に大きくなっていく。杜人はその更に前に輝きを放つ増幅円環陣を設置した。その頃になって、固定されているとはいえ急な降下を味わったレネは額を押さえて頭を振り、ようやく復活した。

「ううっ、怖かった。……あれも増幅できるの?」

『知らん。気分の問題だ。何となく強くなりそうに見えるから、気分が高揚するだろ』

 問われた杜人は笑顔で作業を進めていく。レネには理解できない理屈であるが、否定して止めさせるほどのことでもないので、急降下の余韻も残っていたこともあり優しく微笑むだけに留めた。そして杜人は同意を求めてはいないので気にしない。

『良し、連結確認。古の闇殲滅作戦発動、竜焔発射!』

 杜人は前面の闇を指差して作戦の発動を宣言する。シャンティナは白焔を闇の領域に向けて打ち出すと、速度を上げて白焔の後を追っていく。

 白焔は領域の壁にぶつかると抵抗も許さず周辺の闇を焼き尽くし、追随するシャンティナも内部へと飛び込んでいく。内部の様子は分からないので行き先はシャンティナ頼りであるが、杜人もレネもその点は安心している。

 先行する白焔は漂う闇を焼き滅ぼしながら範囲を拡大して直進し、それを崩壊と捉えた増幅円環陣が更なる焔を生み出していった。

 やがて白焔を追い越したシャンティナが飛び出すと、前方に巨大な闇が浮かんでいるのが見えた。そこにシャンティナは迷わず突き進んでいく。ほんの少しだけ見えた王都にはまだ光が灯っていて、王城と学院は一際明るく輝いていた。

 それを認識した杜人とレネは間に合ったと一瞬安堵し、すぐさま気持ちを引き締める。

『行くぞ!』

「うん!」

 シャンティナも応えるように更に輝きを増し、光の軌跡を残しながら巨大な暗黒の太陽へと飛び込んでいった。
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