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黒姫の魔導書 作者:てんてん

最終章 天に在りしは星の煌き

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第18話 嚆矢

 レネが出発してから太陽が二巡りし、杜人が夜空の星になった頃。レーンの王都にも夜の帳が降りていた。それでもまだ寝るには早く、魔法具による明かりに照らされた通りにはまだ人が溢れている。

 そんな中をティア、シアリーナ、フィリが連れだって歩いていた。迷宮に行けないので学院で練習していたのだが、思わず熱中してしまったため遅い時間の移動となった。

「ね、リーナの家って大きいの?」

「実家は大きいわ。これから行くのは別宅だから、そちらはそれほどでもないけれど」

「なるほどぉー」

 ティアは微塵も疑わずに笑顔で頷いた。嘘は言っていない。シアリーナの実家は王都で一番巨大な建物であり、今向かっている屋敷も別宅で間違いないのだから。

 シアリーナは名目上ストルック伯爵令嬢となっているので、王都に別宅があってもおかしくない。まだティアには王族と明かしていないが、こうやって貴族としてのシアリーナに慣れさせることによって、後に明かしたときに態度が変わらないようにする作戦である。

 ちなみに今日の名目は『この間はティアのところに泊まったから今度はこちらの番』である。ティアは今更シアリーナが貴族だからと気後れするようなことはないので、特に気にせず笑顔で歩いている。もちろんシアリーナの機嫌も上々である。そんな二人の後ろをフィリが優しく見守りながら歩いていた。

「料理は食堂ほどではないけれど、それなりにおいしいから期待して良いよ。チョコも手に入れたから」

「えへへ、楽しみ」

 すっかり餌付けされてしまったティアは、チョコという言葉に目を輝かせている。今のところ、作戦は順調に推移していた。





 人が絶えない大通り。迷宮が閉鎖されている影響で、暇になった探索者が町に多く繰り出している。そのため治安を維持するために、訓練も兼ねてラウレス騎士学校に所属する騎士見習いも巡回の任についている。魔法騎兵団の団員達も、ノバルトを隊長とした四名編成で武装した姿で通りを歩いていた。

「訓練と言う割に俺達だけとは、上の考えがよく分からないな」

「非常事態のようなものですから、仕方がないでしょう。恐らく、手が足りないのだと思いますよ」

 ノバルトは周囲を見渡しながら隣にいるセラルに話し掛け、セラルも周囲を見ながら推測を述べた。通常の訓練であれば騎士を隊長にして見習い班が編成されるのであるが、現状は見習いだけである。騎士が詰めている場所はそれほど多くないが、昼夜を問わない厳戒態勢のため巡回にまで人を出すと負担が増えるのである。

「目の下すごい」

「あまり寝てないみたいだからね。私達も正式に配属されたらそうなるんだよね」

 後ろを歩くミアシュは目の下を指で示し、隣のレンティは仕事だから仕方がないと力なく笑う。まだ先のことではあるが、学校を卒業して正式に配属されれば見習いでも仕事は騎士と変わらなくなる。そのためノバルトとセラルも諦め気味に笑った。

「これを見て辞めるやつが何人でるやら」

「どうでしょうか。少なくとも私達には辞める理由はありませんからね」

 レーンでは学校所属の見習い時に騎士としての仕事と厳しさに触れさせ、適性を見る。こうすることによって、配属後に辞める新人を減らして部隊編成が偏らないようにしているのだ。

 そしてノバルト達の未来は、レネのおかげでほぼ決まっている。だから厳しい現実を見ても辞めようとは思わない。

「発見」

「あ、あそこだね。仕事だよ」

「まだ酔うには早いだろうに……」

「仕方ありませんね」

 騒動の種を見つけた面々は表情を引き締めると周囲を驚かさないように静かに、かつできるだけ素早く現場に向かったのだった。






 ダイル商会の商会長であるダイルは、大通りの喧騒を聞きながら書類の山と格闘している。他の大商人と連携しながら市場価格を調整しているのだが、中にはこっそり利益を得ようとする者もいるので難儀しているのだ。

「……全部放り出せば、世の中が面白くなると思いませんか?」

「思いません。現実逃避していないで早く決裁してください」

 窓の外を見つめるダイルにリュトナは容赦なく書類を追加する。店自体はもう閉めているので、リュトナはダイルを手伝っているのである。本来ならば全てダイルが確認しなければならないのだが、量が多すぎるためにリュトナが分類して重要なものを回し、他はリュトナが代理として決裁している。

 ダイルは親に対して容赦のない娘の言葉に小さくため息をついてから、書類に視線を戻した。

「結界魔法具に問題はないですか?」

「はい。今のところ不具合はありません。対象の選別と常時発動も問題無く機能しています」

 雑談をしても、ダイルもリュトナも手と口を別々に使えるため処理速度は落ちない。レネを通じて購入した結界魔法具について、後で聞いたダイルは無駄遣いと叱るどころか良くやったと褒めていた。そのためリュトナは決断したことを安堵すると同時に、これから起きるであろうことに不安も増大していた。

「……お父さん、大丈夫だよね?」

「安心しなさい。誰もが全力を尽くしているよ」

 不安を見せる娘にダイルは父として優しく答える。そして窓の外を眺めてから、書類の山との格闘に戻っていった。





 学院の食堂は遅くまで開いている。これは食事時間に込み合うのを避ける者や、思わず集中し時間を忘れて勉強している者達が食べ損ねないようにしているためである。

 そんな夕食時間も少し過ぎた頃。食堂の隅でエルセリアとセリエナが一緒に食事をしていた。

「いつまで試験は延期されるのでしょう。生殺しの気分です」

「元に戻ってから一月は様子見すると思うよ。何かあったら困るからね。それに、あれだけ出来れば心配しなくても大丈夫だよ?」

 半年に一度の昇級試験は迷宮が閉鎖されているために延期されている。セリエナは上級認定試験を受けるつもりだったため、終わらない緊張が続いていた。

 セリエナは筆記については既に合格したので、残すは実技試験のみとなっていた。特級魔法も使えるので上級認定は軽く合格できる実力があるとはいえ、不安がなくなるわけではない。

「本番では何があるか分かりませんから。必須試験のように、学院内でできる試験を先行してくれれば楽なのですが」

「あはは、最後の希望は迷宮踏破のみとなったら無茶をする人が必ず出るからね。さすがに人数が増えると死人が出かねないよ」

 上級認定試験は、筆記と選択項目三つと必須試験を合格すれば良い。フィーレ魔法学院の上級魔法使いとなれば、一人前扱いの中でも一目置かれるため、合格するために無茶をしかねないのである。そのため逃げ道を塞がないために、実技試験はすべて同時に、順番もばらばらに行われるのだ。

 上級の必須試験には『魔法具を用いずに魔法陣を構築する』試験があるが、セリエナはその試験を単なる手帳を見ながら魔法陣を構築して合格している。その際、不合格となった受験者からあれは良いのかと抗議の声があがったが、試験官は表情を変えずに『できるものなら真似してみろ』と言って黙らせている。

 真似すれば誰もができるのであれば規制の対象になるが、普通の魔法使いは魔法陣の絵を見て描いても発動する魔法陣を構築できない。理解した言葉で自ら書けばどのような悪筆でも意味を持つ文章となるが、意味不明の絵を写すとなるとどれが意味を持つ形なのか理解できないので、どうしても完璧には写せないのだ。それ以前に完璧な魔法陣を書き写すこと自体が難しい。そのため、セリエナ以外は誰も真似できない特殊技能となっていた。

 フィーレ魔法学院では創意工夫を推奨しているので、規則の範囲内ならば試験官の評価はむしろ高くなる。こうしてセリエナは悪夢の必須試験を簡単に通過したのであった。

 二人は話をしながら食事を続け、食後のお茶を飲みながらレネの話題に移る。

「今頃レネはどうしていると思いますか?」

「モリヒトさんにからかわれて怒っているんじゃない? レネは甘えるのが下手だからね」

「……どちらかというと、怒るのはモリヒトさんのほうに原因があるのではないでしょうか」

「あのくらいじゃないとレネの中には入れないよ。優しいけれど、一定以上の内側には絶対に踏み込ませないからね」

 エルセリアは少し寂しげに言うと静かにお茶を飲む。誰でも心の中に壁があるのは当たり前であり、そのこと自体に不満があるわけではない。

 言葉にはできない領域での差であるが、あえて言えばレネにとって杜人は家族であり、エルセリアは同居人だ。杜人には遠慮なく行うことも、エルセリアには遠慮する。他人なのだから当たり前なのだが、それを寂しいと思ってしまうのだ。

 セリエナも気持ちは理解できるので、優しく微笑むと明るく結論をだした。

「時間もありますし、気長にいきましょう」

「ええ、そのつもり」

 エルセリアはにこりと笑う。レネと一緒にいたいがために卒業しない猛者である。何も考えていないはずがないのだ。そうして静かに二人はお茶を飲むと、レネが居るかもしれない窓の外に視線を向けた。






 王都にある迷宮入口の広間では、騎士団が常駐して水晶柱の変化を観察している。解放期間が訪れた水晶柱は光を失うためである。しかし、警戒が始まってから水晶柱に変化はなく、徐々に緊張が失われてきているのも確かであった。

 だから、水晶柱の輝きが消失し広間に闇が訪れたときに思考が停止してしまい、すぐに行動することができなかった。

「あ……」

『滅ビヨ』

 明かりは使用していた。そのため完全な闇にはならない。しかし、その僅かな明かりも水晶柱から吹出す闇に食らわれて消えていく。闇は触れるもの全てを食らいながら膨張し、広間を満たすと巨大な門から外の世界を侵食していく。

「うわあぁぁ!!」

『滅ビヨ』

 煌々と照らされた入口広場と街を遮る壁に設置された結界も意味をなさず、濃密な闇の圧力に僅かに抵抗しただけで効力を失い、壁ごと闇に飲みこまれていく。

 そして闇はそのまま闇の柱を形成しながら天に向けて膨れ上がり、星々の輝きを掻き消しながら巨大な球形となる。柱があった場所には迷宮の門のみが残り、石畳が消失した地面以外は何もなくなっていた。そして王都を中心にして広大な範囲を薄い闇の壁が覆っていく。

 異変に気が付いた人々は、声も出せずに空を見上げる。煌めく夜空は闇に閉ざされていたが、それでもなおそこにあると分かる、光を拒絶する無明の闇。レーンに生きる者ならば幼い子供でも知っている、古の時代に封じられた、伝承の中の存在。

 突然天空に現れた巨大な闇珠を呆然と見上げながら、誰かが小さく呟いた。

「黒き、太陽……」

 それに応えるように、すべての者の脳裏に囁くような小さな声が届いた。

『滅ビヨ』

 こうして、大国レーンの王都、世界最大の迷宮に封じられていた『滅びもたらす無明の闇』が、再び世界に解き放たれたのだった。





「ご先祖様なのにいいかげん過ぎると思うでしょ! 結局何を残したのよ馬鹿ぁ! 何も無いじゃない! 同じ時代に生きていたなら、少しは大賢者様を見習いなさいよぉ!」

『おぅおぅ……、そうですね。その通りですね……。ですから、そろそろ、離して頂け、ない、でしょう、か』

『ふむ』

 竜族が住まう天の頂では、目覚めたレネが夢で得た情報を杜人と皇竜に伝えていた。その際、感情が高ぶったレネは無意識に杜人を捕まえると、手を振り回しながら八つ当たりをする。そのため杜人は回る視界にヘロヘロとなっていた。

 そして話が終わってようやく解放された杜人はぐったりと横たわりながら漂い、皇竜に近づいて小声で尋ねる。

『レネが気付いていないのは良いのだが、一体何を言えばあそこまで怒らせることができるんだ?』

『あれは口下手であるからな。暗い未来を嘆く子孫を元気づけようとでもしたのではないか? 内容はともかく、目論見は見事に成功している』

『なんて迷惑な……』

 過去に同様なことをしている杜人だったが、自分の行いは棚に上げて嘆く。そんな杜人を皇竜は似た者同士を見る目で見つめている。そこに身体を動かしていたシャンティナがレネのところに戻ってきた。

「完了」

「それじゃあ少し見てみるね。……うん。問題無いね。完全に同調しているよ」

 それまで不機嫌だったレネは一転して笑顔になると、シャンティナの胸に手を当てて体内の魔力結晶を見てみる。その結果、新たに加えられた力は完全に融合して問題無く取り込まれたことが確認できた。レネの機嫌が戻ったため、杜人は即座に復活して近寄った。

『さて、そろそろ方法を詰めよう』

『少し待て』

『ん? どうかしたのか?』

 得られた情報から対策を話そうとしたとき、それまで機嫌良さそうに尾を揺らめかせていた皇竜が突然頭を巡らし、杜人達を運んで来た方向を見つめる。そしてしばらくしてから向き直ると、尾を振ってから理由をあっさりと話した。

『なに、古の闇が迷宮から出てきたようだったのでな』

「はい? ……えぇぇ!?」
『うん? ……なにぃ!?』

 レネと杜人はあっさりと言われたために最初は意味を理解しようと首を傾げ、そして同時に事の重大さに気が付いた。

「ど、どどどうしよう!」

『お、おお落ち着け、こういう時こそ深呼吸だ! ひっひっふー……』

「ひっひっふー……」

「ひっひっふー?」

『ふむ』

 そのため二人は慌てふためき、それを皇竜は尾を揺らめかせながら眺めていた。もちろんシャンティナはいつも通りである。そして混乱が通り過ぎたところで杜人は彼方をびしりと指差した。

『こうなったら説明は移動中にする。方法は思いついているから心配するな!』

「分かった! ご助力ありがとうございました。後は何とかしてみせます」

『うむ。暇があればまた来るが良い。歓迎しよう』

 レネは皇竜に礼を言い、皇竜も尾の先を振って応える。具体的な方法は考え付かないが、杜人が言うことを疑うことはない。だからレネの心に不安はなかった。

『シャンティナ、汝の故郷はここにある。後は好きに生きよ。帰りは任せる』

「はい。ありがとうございます」

 シャンティナは頭を下げると、少し離れたところに走っていく。杜人とレネが何をする気だろうと見つめる中で、シャンティナは己の内側に燃え盛る力を解放した。

「竜身、顕現」

 シャンティナの全身が一瞬で白金色の焔に包まれ、一気に膨れ上がっていく。

「わぁ……」

『おおー』

 焔は徐々に形を変えていく。鋭い爪を持った四肢が生まれ、長い尾が伸びる。背には大きな翼が広がり、紫色に輝く瞳を持つ頭部が形成されていく。その様子をレネと杜人は目を輝かせて見つめていた。

 そうして出来上がった姿は見上げるほど大きいとは言えないものの、皇竜そっくりであった。その姿に皇竜は満足そうに喉を鳴らした。

 レネは駆け寄ると笑顔で触りまくり、杜人はぐるりと全身を見回しながら小さなタマをいたるところに接触させ、笑顔で頷く。

『良し、接触していれば守りに包まれるから、座るところを作れば背中でも大丈夫だ』

 杜人はタマをシャンティナの背中に移動させると胴体を包むように変形させて、背中に透明な半球を作った。そしてレネを掴んで中に入れると皇竜に向き直る。

『ではな。また来る』

「また来ます」

 杜人とレネは笑顔で手を振り、皇竜も尾を振りかえした。そして身体を動かして空への道を開ける。

「出発!」

『おー!』

 レネは拳を天に突き上げ、それを合図にシャンティナは開かれた道へ向けて翼を振るい、空へと舞いあがる。そして舞う姿を皇竜に見せるように一度だけ旋回し、闇を切り裂く光の矢となって彼方へと飛び去っていった。

『我が力を受け継ぎし愛し子よ。自由に空を舞い踊れ。……さて、歓迎の準備をしておくか』

 皇竜は満足そうに呟くと、勝利を疑うことなく次の訪問に向けての準備を始めた。
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