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黒姫の魔導書 作者:てんてん

最終章 天に在りしは星の煌き

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第17話 謎々迷々

 皇竜の呼びかけに思考が停止した杜人であったが、すぐに復帰するとびしりと指先を皇竜に向けた。

『俺の名はそんな珍妙な名前ではない。杜人である!』

『ふむ? ……まあ良い』

『良いのか……』

 皇竜は指を差されても瞬きをするだけであり、別人だと断言されても動じない。そのため杜人も気が抜けたように腕を降ろした。

『どうしてそんな勘違いをするんだ。エスレイムは人だろう?』

 大賢者エスレイムと天舞う皇竜に交流があったことは聞いているので、名前が出ること自体に疑問はない。問題は、何故勘違いしたのかである。

『意識を魔法具に転写できるかの実験をそのうち行うと聞いていたのでな。汝のような珍妙な精神を有するものが二人も存在するとはさすがに思わん。それに、レネが持っている魔法具から受ける感覚には憶えがある。使われたのは一部であろうが、森羅万象の書を持つのはエスレイムのみ。故に実験に成功したと判断したのだ』

『ほほう……、少し待ってくれ』

 いきなりの新情報に、杜人は顎に手を当て考え込む。自らがエスレイムではないことは、別の世界で育った知識と経験を有しているため断言できる。ループのような転生もありえなくはないが、少なくともその時点でエスレイムであるとは言えない。意識を魔法具に転写する実験とは、魔導書を作る実験であると推測できる。そして杜人が宿った魔導書は、ぼろぼろの紙束であった。

(つまり、当初は己の精神を転写しようとしていたのだが失敗した。そのときに何かが起きて、精神が似通っている俺が何らかの要因で結びついた。そしてちょうど良く俺が死んだため、精神のみ世界を飛び越えて魔導書に宿ったというところか。順番は前後するかもしれないが、原因はこんなところだろう。魔導書に最初からあった魔法の運用知識と経験。どちらかというと、こちらが残滓だろうな)

 ついでに実験に用いられたものが失われたはずの森羅万象の書の一部であると聞き、魔導書が持つ非常識な能力も合点がいった。壊れたとはいえ二度と手に入らないものを平然と材料にできる辺り、杜人も他に手がないと考えれば実行すると思うので、似ていると言われても否定できない。

 考えをまとめた杜人は、時間もあるので更に詳しく質問をする。

『その辺りは理解した。では、森羅万象の書には、元々意識が宿っていなかったのだな?』

『然り。迷宮が生み出した存在にしては珍しく、意識を宿さない単なる道具であった。それ故にエスレイムは力の制御に苦労していた。そして制御に意識を割かれたが故に、古の闇を無理矢理封印することしかできなかったと聞いている。そのため道具に意識を宿せないかと思ったそうだ』

 これで、杜人の意識は独自のものであると証明された。そのため安堵しながら質問を続ける。

『迷宮とは何だと思う?』

『唐突であるな。我もまた、古の世に迷宮から外に出た存在であるが故に、推測しかできぬ』

 そうは言いながらも、皇竜は対話を楽しむように尾を揺らめかせる。

『あれは、世界に新しい命を放つ存在であろう。迷宮という母体の中で様々な命が成長し、その中で強きものが生まれたときに、迷宮は世界にそれを解き放つ。中には古の闇のように傍迷惑なものも出てくるが、それは我らの都合に過ぎぬからな。もしかしたら、迷宮はこの世界そのものかもしれぬ』

『なるほど。世界そのものであるなら、理解できなくても仕方がないか』

 杜人にとって理不尽の塊である迷宮であるが、世界がそのようにできているならば考えても仕方がない。この辺りの割りきりがそっくりなため、皇竜は懐かしそうに目を細めて杜人を見つめていた。

『もし古の闇と竜族が戦った場合、勝てるのか?』

『ふむ。負けはせぬが、相性が悪い。さすがに無傷でとはいかないであろう。実体がない故、身体をぶつけても意味はなく、通常の魔法も効かぬ。そうなると攻撃手段は意思を込めた焔や咆哮程度しかなくなるのでな。しかし、竜族は敵が居ないが故に心が弱い面がある。敵わない相手に出会ったとき、心が折れれば立ち上がれぬだろうし、それでは効果も見込めぬ。その点を言えば、力が弱くとも人のほうが我らよりよほど心が強い。生きあがこうとする意思が、今日を生き抜こうとする想いが我らには足りぬのだ』

『確かに人の生きようとする意思はすごいからな。なるほど、意思、想いか……』

 杜人は何となく理解し、重要な情報として忘れないように心に刻んだ。

『そういえば昔に人と争ったと聞いたが、憎いとは思わないのか?』

『ふむ、それは間違いであるな。我は人と争ったことはない。姿を見ただけで恐れ、住処を捨て、稀に攻撃をしてくるため、人の子が我ら竜族を恐れずに居られるように約定を交わしただけだ』

 話を聞いた杜人は、きっと為政者が箔を付けるために後世に捏造したのだろうと苦笑し、付随する情報について確認する。

『空を飛ぶと町ごと滅ぼすと聞いたが、それは?』

『何故かは知らぬが、人は無償の約束を信じぬ。だから代償を支払わせることにしたのだ。放置しても良いのだが、約定の効力を疑われるのでな。たまに倒そうと住処まで来る者もいるようだが、己の命を代価とするのだから問題はない』

 実に寛大な裁定に杜人は自然と笑みを浮かべる。人同士ならそれが戦争に繋がるが、竜族にとっては命を賭けたやりとりだからで済むのだ。

『ちなみに負けた竜族は居るのか?』

『少なくとも我が統括するものにはおらぬ。たまに負けた振りをして、脱皮した抜け殻の一部を偽装して渡す酔狂なものもいるようだがな』

 レネが聞けば、絶望して地に伏せてしまいそうな真実であった。要するに、伝承にある迷宮外の竜殺しは竜族ではなく竜もどきであったり、竜族の気まぐれであったりということだ。幼子と称されたシャンティナですら迷宮の竜族を圧倒するのだから、世界に生まれて長い時を過ごした竜達がシャンティナより弱いはずがないのだ。

『なんともまあ……、それはレネに言わないで欲しい。夢が壊れる』

『ふむ、ではそうしよう。我もエスレイムの末裔に嫌われたいとは思わぬ』

 その返事に杜人は良かったと頷きかけたが、あっさり言われたために危うく重要なことを聞き流してしまうところであった。杜人は真剣な表情になると皇竜に問い返した。

『レネがエスレイムの末裔? 間違いないのか?』

 レネは寒村の生まれであり、半ば売られるように学院に引き取られてきた。そんな血族が大賢者の末裔と言われてもすぐに信じられない。

 対する皇竜は変わらず尾を楽しげに揺らめかせている。

『間違いない。エスレイムも我が血を取り込んだが、それがあの娘に残っていた。魔力を抑え込む外殻も世代を重ねたことでより強固となり、薄まった古の血も活性化して更に鍛えられていた。故に我が血を直接取り込めると判断した』 

『外殻……、それでか』

 レネは、膨大な魔力を身に宿しながら、外に魔力を汲みだせる量が初級までという欠陥を持つ。これを、身体の中に潜む竜の血を本能が危険と判断し抑え込むようにし続けた結果と仮定すれば、初級までしか使えない理由として納得できる。

 紫瞳として生まれた魔力量は先祖返りであり、血筋として魔力を抑え込む強固な外殻を受け継いできた。そして杜人と契約して魔力を連続して使用したために下地ができ、攻撃試験のときに魔力を己の意思で限界まで注ぎ込んで発動させたことにより、眠っていた古の血が目覚め活性化し始めた。

 本来であれば活性化した血の力によっていずれ身体が崩壊してしまうところであったが、元から無意識に魔力を消費していたことと、途中から余剰分を魔導書に流せるようになったため、崩壊することなくちょうど良い按配で鍛えられ続けた。

 そして主との戦闘で魔力を枯渇するまで使うことを繰り返したため、レネの内包魔力量や回復量は活性化の影響で上限を超えて上昇し続け、器は強化され続けた。

 杜人はレネの体質の理由に納得し、伝えないほうが良いと判断した。今までの成果は血筋のおかげと言われて嬉しいはずがないからである。

『よく分かった。これも内緒にして欲しい。今までの努力はレネ個人のものであり、血筋のおかげではないからな』

『我らにとって血筋による力も己のものであるが、人が悩むことは承知している。少なくとも我からは言わないと約束しよう』

 皇竜は話に区切りがついたところで、収納空間から紙の束を取り出して杜人に見せる。

『これは、エスレイムから預かっていた森羅万象の書の一部だ。我が持っていても使い道は無く、死後は好きに処分するか子孫に渡して欲しいと言われている。汝もまた森羅万象の書であることに変わりはなく、子孫であるレネと契約している。持っていくが良い』

『ん? それなら遠慮なく……お?』

 杜人がつつくと、紙の束が淡く発光し始め、端から光の粒に分解されていく。光の粒は引き寄せられるようにレネが抱く魔導書に吸い込まれていった。そして最後の粒が入ると同時に魔導書が輝き、四隅に金属光沢を放つ装丁が追加された。

『ふむ? なるほど、一体化したのか。感謝する。これで最後の章が埋まり、修復が完全に終了した』

『礼には及ばぬ。我は預かっていたものを渡しただけだ』

 杜人はレネに近づくと魔導書を観察し、満足して頷くと礼を言った。皇竜も無駄にならなかったため、満足そうに喉を鳴らしている。

 そして問題無いことを確認した杜人は、晴れやかな笑顔で皇竜に手を伸ばした。

『というわけで、他に無いか? 脱皮した皮とか爪とか鱗とかでも良いのだが。要らないなら遠慮なくもらっていくぞ』

『……本当に汝は唐突であるな』

 皇竜は嬉しそうに尾を振り、しまっていた鱗などを取り出して地面に置いた。

『何を言う。力を増す機会をふいにしないようにしているだけだ。これも全てレネのため。ではありがたく……お、これは大丈夫だ。これも良いな』

 皇竜にとっては不要なものを嬉々として取り込んでいく杜人を見ながら、皇竜は懐かしそうに目を細めたのだった。





 皇竜の血を取り込んだレネは、不思議な夢の世界を漂っていた。天を貫く巨大な樹木や、様々に色を変える巨大な湖面。天から落ちる炎に砕かれる大地や、静寂に満ちた氷の世界。どこかにある景色なのか、それとも単なる幻なのかは分からない。レネは意識を保ちながらも身体が動かないため干渉できず、ただ見ているだけであった。

(やー、見ているだけなら綺麗だけれど、実際いたら大変なことになりそうな場所ばかりだなぁ)

 杜人を見習って図太くなったレネは、どうにもならないので干渉を諦めて景色を楽しんでいた。

(次はどんなところかな? ……ん? 何この光……わ!?)

 今までに無い現象として周囲に光る粒子が漂い始めたため、何だろうと思ったとき、景色が一瞬で切り替わった。今は暗い部屋の中に居て、正面のテーブルに黒髪の少年が肘をついて座っていた。テーブルの上には紙の束が置かれていて、淡く輝きを放っている。

 レネは何度か瞬きしてから、こてりと首を傾げた。

(……誰だろう?)

「この条件でまさか成功するとは……。まあ、良い。時間がないから質問はなしだ。一度で憶えろ」

(あれ? 見えてる? それに動ける)

 今までとは異なる現象にレネは不思議そうに呟くと、少年は紫色の瞳を細めた。

「時間が無くなるから黙って聞け。検討は帰ってから行え」

(あ、はい)

 奇妙な威厳を放つ少年に、レネは思わず頷くと口を閉じた。

「話すのは『滅びもたらす無明の闇』と命名された存在についてだ。封印はできたが、いずれ甦る。ちょうどお前が居る時代だ。歴史すら霞む遠い過去から呼び出されたと認識しろ」

(過去、封印………………だ、大賢者様!?)

 聞いたことのある情報にレネは首を傾げたが、すぐに情報が連結して思わずうわずった声を出す。それに対して少年は困ったように笑った。

「安心しろ。私は大賢者ではない。……将来そう呼ばれるかもしれないのか。面倒くさいな」

(なぁんだ。驚いた)

 多くの肖像画の影響でレネは大賢者を青年の姿で想像していたので疑わず、後半は呟きであったため見事に聞き逃す。安堵したところで、蒸し返される前に少年は話を続ける。

「あれの正体はよく分からない。最悪の推測は、現象が意思を持った存在のため剣も魔法も効かないというもの。言うなれば『滅び』そのものというものだ。だが、その割に周囲の闇を消し去ることはそれなりにできたため、そこまでの存在ではないと私は思う。周囲の闇は言わば替えの利く衣服と同じなため、攻撃しても意味がない。ある程度強引に吹き飛ばすか、闇の侵食を排除しながら中央部に飛び込み、核となっている部分を判別し力を行使しなければならない。だが、どちらも相当な力が必要であり、おそらくお前の時代になっても安全に実行できる術は育っていないだろう。だから、せめて強引にでも封印できるような術を考えろ」

(そこは『これを使え』とか言うところだと思います)

 物語ならそうなると思ったレネは、思わず突っ込みをいれる。だが少年は動じない。

「私の子孫なら、その程度は自分で考えろ。できなければ死ぬだけだ。それ以前に、そんなものが完成したならば、私が使って復活できないように封印している。血筋と封印消滅を条件とした術でここに呼び出された以上、お前の時間軸で完成していないのは確定事項だ」

(なるほど……って、子孫? ということは、ご先祖様?)

「後で検討しろ。どうにもならないときは王家の秘宝『天の涙』を使えば良いという考えかたは、絶対にするな。滅ぼせるかもしれないが、確実に王都は更地になるからな。そのついでに迷宮が消し飛べばレーンは終わりだ。後の時代なら今よりも術式が洗練され、多種多様な魔法が生まれているだろう。私もこれから生涯をかけて様々な方法を検討し、後世に残そう。だから、後は自力で何とかしろ」

 無責任なのか責任感があるのか分からない言葉に、レネは大きなため息をついた。そして、杜人の性格がきつめになったらこうなるかもと感じた。

(情報はありがたいですけれど、もう解放期間の兆候は現れていますから連絡が遅いですよ。もっと早い時期に呼べる条件にするか、対抗策ができてから呼べば良かったのではないですか?)

「いや、息抜きついでにかなり大雑把に構築した術式だったから、まさか成功するとは思わなくてな」

 その返事にレネはじとっとした視線を向け、少年は僅かに目をそらしてから咳払いを行う。

「ごほん。かといって未来は不確定と考えると詳細に構築しても失敗するだろうし、媒体の力も時間と共に失われる。だから後で、というわけにはいかなかった。そしてそちらの時代と繋がった理由も不明だ。実際召喚できたのは意識のみのようだから、そちらで術を成立させる何かがあったのではないか?」

(……あー、ちょっと事情があって、天舞う皇竜に招かれて血を飲みました。今は力を馴染ませるために寝ているところです。それで意識が身体から剥離したのかもしれません。見たこともない景色の夢を随分見ましたから)

 その情報に少年は顎に手を当てて考え込み、納得したのか小さく頷いた。

「そういうことか。理由は何となく分かったが、二度目は無理だから諦めろ。私も血が絶えないように、美女でもはべらせて子作りに励むことにする。……ふむ、胸は小さい者を選べば良いか」

 とんでもないことを平然と言う少年の視線に、レネは思わず胸を隠す。そして感情のままに声が出そうになったが、少年が手を挙げたために機先を制されてしまった。

「大丈夫だ。少なくとも私は、女性の体型にこだわりはない。揉めなくても、子供が産めて研究の邪魔をしないだけで十分満足できる。おっと、もう時間切れのようだ。ではな。もう会うこともないだろう。達者で暮らせよ」

(暮らせなくなるから呼んだんでしょ馬鹿ぁー!!)

 少年は、実に良い笑顔で手を振る。その笑顔に杜人が重なったレネは、歪む景色と共に吸い込まれるように遠ざかっていく少年に向けて叫んだ。

 しかし返事はなく、周囲が暗闇に閉ざされると同時に意識が途切れた。





『このぷにぷにが、実に素晴らしい感触なのだ!』

『ふむ』

 レネは頬をつつく感触と共に聞こえた声を認識すると、寝ぼけることなく一気に覚醒する。そして瞬時に身体を輝かせると問答無用で杜人を掴み取り、夢の苛立ちをこめて遠くに放り投げる。

「馬鹿ぁー!!」

『しまったぁぁぁぁ……』

『相変わらず愚かであるな』

 魔導書の力が回復したため、杜人は結構遠くまで移動できるようになっていた。そのため、暗くなり星が輝き始めた空に杜人は消えていき、観察していた皇竜は楽しそうに尾を揺らめかせていた。
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