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黒姫の魔導書 作者:てんてん

最終章 天に在りしは星の煌き

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第16話 天の頂

「それでは、出発!」

『おー!』

「おー」

 レネ、杜人、シャンティナは夜も明けきらぬうちに起き、素早く準備を行い夜明けと共に走甲車にて王都を出発した。これは杜人の指示で、レネが王都から出て行くところをなるべく目撃させないためである。

 そのためある程度街道を走ったところで道を外れ、人が居ないところに向かっていた。普通の馬車では無理だが、走甲車は足を巧みに動かして障害物など無いように進んでいく。

「場所の指定がないけれど、本当に大丈夫なのかな」

『夢で連絡をするくらいだから大丈夫だろう。それに向こうが町の外でとだけ言ったのだから、実はもう近くにいるのかもな。……幽霊だったりして。ほら、夢に出たりするだろ?』

 大雑把な指示にレネは身体を揺らしながら不安を口にする。対して杜人はあまり気にしていないので、場を明るくするために笑顔で冗談を言った。もちろんからかう気はまんまんである。

 レネも口調から冗談とは分かっていても、怖いものは怖いため揺らしていた身体をぴたりと止める。

「……ま、まさかぁ」

『分からないぞぉ。な、シャンティナ』

 杜人は否定しながらも周囲に視線を飛ばすレネの反応に喜びながら、今回の話を持ってきたシャンティナに話を振った。これで否定されるはずなので、話は終わる予定であった。ところがシャンティナはいつもの無表情のまま、リボンを楽しそうにはためかせて頷いた。

「はい。居ます」

『は?』

「え……」

 予想外の返事に杜人は口を開けてシャンティナを見る。レネは運転があるので前を向いたままだが、微妙に身体を震わせていた。そうして静かな時間が過ぎてから、再起動した杜人は笑みを固定してシャンティナに問う。

『……ちなみに、どこに居るのかな』

「ちょ、やめて」

 レネとしては、気が付かないでいたいことである。そのため走甲車をその場に停止させると、涙目になりながら耳を塞いだ。

「上、です」

『上?』

「聞こえない、聞いていない、知らない……ばかぁ」

 シャンティナは静かに上を指差し、杜人は思わず呟きながらつられて上を見る。そして耳を塞いでいたレネだが、杜人の声は直接脳裏に聞こえるため、しっかりと呟きを聞いてしまった。そのため纏めた長い髪を左右に揺らしながら首を振り、聞かなかったことにしようと無駄な足掻きをしていた。

『居ないぞ。どこだ?』

「あそこ、です」

「もうやめてよぉ……ひっ」

 シャンティナの索敵能力を疑うことができないレネは、間違いなく居ることが前提となっている発言に目を固く閉じて下を向く。そんな感じに幽霊の恐怖と戦っているとき、停止していた走甲車が僅かに揺れたため、思わず悲鳴が漏れた。

『んな! ……こほん。これも王がしているのか?』

「はい」

 杜人も外の景色が下に動き始めたことに驚きの声をあげるが、シャンティナに変化はない。そのため驚いたことを隠すために咳払いを行ってから確認をし、シャンティナはあっさりと頷いた。杜人はもう一度上を見るが、何も見つけることができなかったため捜索は諦めることにした。

『レネ、幽霊は見当たらないから安心して良いぞ。それと外を見てみろ。この景色はもしかしたら二度と見られないぞ』

「ぐすっ、本当に? ……わぁ」

 レネは恐る恐る目を開き顔を上げ、広がる景色に最初は瞬き、次に目を見開くと笑顔になって感嘆の声をあげる。眼下には森や草原が広がっていて、流れるように後ろへと移動していく。空を飛ぶことができない人にとって、一生見ることが叶わないであろう光景である。おかげで先程までの恐怖はどこかに吹き飛んでいた。

『だいぶ高度が高くなってきたな。耳が痛くなったり、寒かったり、息が苦しくなったりしていないか?』

「ん? 大丈夫だよ」

『なら良い。どうやら結界か何かで守られているみたいだな』

「んん……、だね。結界というより、特殊な領域に包まれている感じかな。……見たことない術式だなぁ。ええとここが……」

 レネは周囲を確認して何らかの魔法が働いていることを発見した。そして目を輝かせて観察を始める。さすがにここで理解しようとはせず記憶するだけに留め、終わったときに満足げに頷いた。

「分類するなら空間系統だね。解析すれば、もしかしたら使いやすい術式を作れるかもしれないよ」

『そうか。それで、こんな魔法を使う王という存在に心当たりはあるか?』

 杜人は邪魔をせずに待ち、レネの記憶に情報が連結しやすいように聞く。前回は対象が多すぎて絞り込みができなかったが、おかげで今回は少しの時間で導き出せた。

「魔法自体に心当たりはないけれど空は竜族の支配領域だし、シャンティナが竜咆を使ったことを考えると、たぶん天舞う皇竜なんじゃないかな」

『なるほど。そうなのか?』

「? 王、です」

「あれ、間違えた?」

 杜人も納得してシャンティナに聞くが、シャンティナはこてりと首を傾げて今までと同じことを繰り返す。その様子にレネもこてんと首を傾げた。

『いや、おそらく合っている。天舞う皇竜という呼び名は人が付けたもので、実際は単に王と呼ばれているのかもしれない。それに発音による変化もあるから、同一存在と認識できなくても不思議ではない』

 同じ文字で異なる読みをしたり、同じ読みかたでも発音により意味が変化したりすることはよくある。だからレネと杜人には単に『王』としか聞こえない発音の中に、他の意味も含まれている可能性があるのだ。

「それもそうだね。それじゃあ、二度と見られない景色をしっかりと堪能しよっと」

 天舞う皇竜は大賢者の願いに応えて、危機的な状況時に助けに来たことがある。だから過去に人と争っているとしても、レーンに生きる人達は竜族を単純に恐ろしい存在とは思わない。

 こうしてレネと杜人はしばらく空中の景色を楽しみ、雲の高さを超えてそびえる山脈の頂上へと降り立った。

「よっと、へー、岩ばかりだね。といっても加工されているみたいだけど」

『雪も無いからな。迎えるにあたって準備でもしたのかもしれないな』

 着地した走甲車から出たレネは物珍しそうに周囲を観察する。地面は磨かれたような平らな岩でできていて、全力で球技ができそうなくらい広い。中は走甲車を包んでいた領域と同じものによって環境が保たれていた。おかげで雲海を超える高所にも関わらず、地上と同じように動くことができた。

 杜人は走甲車をジンレイの領域に片付けてから、椅子代わりとしてタマを呼び出した。それにレネが座ったとき、突然頭上に影が差した。

「ん? ……わ」

『おー、これは大迫力だな』

 見上げると、白金色に輝く鱗を持った長大な竜が翼を大きく広げて降下してきていた。足にある爪のひとつだけでもレネより大きく、広いと思ったこの場所でも頭から尾までは入らない長さである。その竜は巨体であるにも関わらず音も無く降り立つと、広場を包むように外周に沿って身体を置いて翼を畳んだ。そのため頭部のすぐ先に尾の先端があり、レネ達は竜の身体で包囲されたような形になった。

 それでも怖いと感じないのは、金色の瞳に宿る優しげな光があるからである。

『さて、急に呼び出して済まなかった。我は竜を統べるもの。汝らが天舞う皇竜と呼ぶ存在だ』

 杜人と同じように直接頭の中に声が響き、レネの予想が当たったことが分かった。レネはタマから降りると一礼して挨拶をする。

「初めまして。私はレネです。よろしくお願いいたします」

「シャンティナです」

『レネとシャンティナだな。長くなるやも知れぬ。座って聞くが良い』

 今までの経験により、緊張はしていてもかまずに挨拶することができた。そして言われたとおり座りなおして皇竜と視線を合わせた。その物怖じしない態度に皇竜は好ましそうに目を細める。杜人はふざけるところではないので、聞こえない挨拶はせずに観察を続けている。

『さて、本来ならば呼び出したのは我ゆえ歓待したいところだが、時間も無い。さっそく用件に入ろう。ひとつはそこに居る幼子、シャンティナについてだ』

『ま、これは予想通り。問題は内容だな』

 レネは後ろに立つシャンティナを一度見てから視線を戻す。杜人もレネの横に浮かびながら話に耳を傾けた。

『簡単に言えば、シャンティナは竜の力に目覚めたため竜族となった。それ故に約定が適用され、地上にそのまま置くわけには行かなくなったのだ』

『ふむ、妥当な理由だ。つまり、約定にも抜け道があるから一度来いということかな』

 約束事には意外とこの手の抜け道が設定されている。ぎちぎちにすると身動きが取れなくなるからであり、だから例外を受け入れられるように規則などには『原則として』とか『例外は別に定める』という言葉が挿入される。

 レネは杜人の推測を聞きながら考えを纏め、確認のためにあえて質問した。

「つまり、シャンティナが地上に居られるようにして頂けるということで良いでしょうか」

『然り。長い時の果てに地上から去ることになるやもしれぬが、帰る場所があると知っていれば絶望せずにいられよう。それを感覚で理解させるために、一度ここに来る必要があったのだ』

『……そうだな。自らの居場所があるというのは大切なことだからな』

 今の杜人の居場所は、切れない契約で結ばれたレネがいるところである。逆に言えば縛られているわけだが、満足しているので問題はない。レネも生まれは寒村だが、物心つく前に連れて来られたので故郷はフィーレ魔法学院である。一度は追い出される寸前まで行ったことがあるため、居場所が失われる恐怖と絶望は言葉にできない領域で理解できる。

『さて、地上に竜族が居られる方法を伝える。シャンティナは見た目は人と変わらぬ。故にそちらは問題ない。後は我の命令より優先する存在が居れば良いだけだ。王の命令を無視できるのであれば、それは我に連なる竜族とは呼べぬからな。注意点として、そのような者が居なくなれば地上から去らねばならなくなる。そのときは速やかにここに帰って来るが良い。いつでも歓迎しよう』

「はい」

 皇竜の説明を理解したシャンティナはこくりと頷く。現時点では皇竜より優先順位が高いのは杜人とレネである。これから増えるかもしれないが、それは誰にも分からないことだ。シャンティナが理解したことを確認し、皇竜は次の用件に移った。

『次は、汝らが住む町にある迷宮についてだ。もうじき階層を封じる力が消失し、古の闇が這い出てくることだろう』

「……まさか、『滅びもたらす無明の闇』でしょうか。あれは古の大賢者エスレイムが迷宮の奥底に封じたはずですが」

 明確に解放期間が来ると告げられレネは表情をこわばらせる。どうやって知りえたかは興味があるが、シャンティナのような直感である可能性が高いため、ここで聞く必要はない。そのため必要なことに絞って質問を行う。

『元々無理矢理封印したのだ。長き時の流れによって、封印は失われていることだろう。そして迷宮内部を行き来できるようになれば、古の闇は確実に外に出てくる』

「そんな……」

 レネは絶句して皇竜を見つめる。解放期間というだけでも緊急事態なのに、大賢者ですら『森羅万象の書』の消失という代償を支払って封じた『滅びもたらす無明の闇』が出てきたら王都は壊滅してしまう。普通の攻撃も、既存の魔法も効かないと伝えられているので、王家の秘宝である『天の涙』を使っても倒せる保証がないうえ、使ったら確実に王都は消し飛ぶ。そうなったらレーンの国自体が危うくなってしまうのだ。

 絶望に顔を青ざめさせたレネに、皇竜は優しく目を細める。

『約定が在るゆえ、我は直接の干渉ができぬ。危機的状況だとしても、安易な考えでの手助けはより大きな破滅を呼ぶのでな。しかし、我は友の故郷の破滅を望まぬ。故に、縁ある汝らに我の力を与えようと思う』

 そう言って皇竜はどこからともなく小さな赤い珠を取り出すと、レネとシャンティナに渡した。

「これは?」

『我が血を濃縮したものだ。そのまま飲むが良い』

『ほほう。……ん? どうした』

 レネは不思議そうに小指の先より小さい赤珠を手の平で転がしていたのだが、竜の血珠と聞いて動きを止める。杜人のほうは定番と言える品に興味深げに観察していたが、レネの顔色が悪いので首を傾げる。レネはしばらく血珠を見つめていたが、ようやく心が決まったため顔を上げた。

「……申し訳ありません。ご好意は嬉しいのですが、加工しない竜の血は人には毒なのです」

『なんとまあ。確かにそれで強くなれるのなら、もっと高値で取引されるか』

 今まで卸した竜の血も素材として使えるものだが、それは加工して無毒化してから使用し効果も一時的な付与だけである。だからレネは、好意をどうやって断ればよいかを迷った。

 真剣な表情を向けるレネに、皇竜は瞬きしてから尾の先を軽く振る。

『心配無用。只人には確かに命を蝕むものであるが、それは肉体が血の力に耐えられず崩壊するからだ。だが、今の汝ならば取り込んで己の力とできる。我が名にかけてそれは保証しよう。それと、飲んだ後は力を己のものとするために一日以上眠ることになるだろう。その間は我が守ろう』

 それを聞いてもまだレネは迷っていた。そのため杜人は、安心させるためにわざと明るめな調子で意見を述べる。

『俺は大丈夫だと思う。シャンティナのことよりも、おそらくこちらが本題だ。順番はシャンティナを見つけたのが先だと思うが、調査の過程でレネのことも知ったのだろう。シャンティナだけなら二つ用意する必要はないからな。竜にまで存在が知れ渡るとは、レネも出世したものだな!』

「……分かりました。お気遣い頂きありがとうございます」

 レネはお気楽な杜人の様子に考えすぎとなっていた心に気が付き、身体の力を抜いて深呼吸を行った。そしてタマの上で楽な姿勢になると、鞄から魔導書を取り出して抱きしめる。杜人はタマを大きくしてシャンティナも眠れるようにし、シャンティナも素直に移動した。

「それでは眠っている間、よろしくお願いいたします」

「おねがいいたします」

『うむ。安心して眠るが良い』

『ほら、水』

 レネとシャンティナは一度頭を下げると杜人が用意したコップを受け取り、血珠を口に含んで水と共に一気に飲み下した。そしてコップを下に置いたところで、そのまま糸が切れた人形のように後ろに倒れた。見守る杜人は慌てることなく受け止めるとそのまま寝かせる。そしてコップを片付けると、皇竜に向き直り笑顔で近づく。

『……うむ、いつも思うが、どうやったらこれで空を飛べるのだろう。鳥のようにもっと理解しやすくならんものか。ま、それはとりあえず良いか』

 杜人は見えないことを良いことに飛び回りながら観察する。皇竜はと言えば、尾の先端を揺らめかせながら目を細めた。

『汝はそのような存在になっても、相変わらず唐突かつ大雑把であるな』

『あ?』

 見えないと思っていた杜人は、放たれた理解不能の言葉に動きを止める。皇竜はそんな杜人に構わず言葉を紡いだ。

『久しいなエスレイム。形を違えても再び会えたことを嬉しく思う』

『……は?』

 皇竜は静かに尾を揺らめかせていて、杜人は目を見開いて皇竜と見つめ合った。
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