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黒姫の魔導書 作者:てんてん

最終章 天に在りしは星の煌き

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第14話 思わぬ伏兵

 レーンを支える大貴族のひとつ、フォーレイアは勇猛で知られている。そしてルトリスとの確執や他の大貴族から下に見られている現状から、他国からはもっとも離反しやすい大貴族に見える。そのため、今回の騒動による工作も他のところより大胆に、末端に対する工作を飛び越えてフォーレイア本家に仕掛けていた。

「急かせて済まなかったな」

「いえいえ、若様の頼みとあらばいつでも飛んでまいります。いつでもご用命くださいませ」

 フォーレイアの次期当主であるイルトは済まないと言いながらも、そう思っていない口調で偉そうに言い放つ。対する商人も内心で馬鹿にしながらも表面上はにこやかに頭をさげた。これはイルトの態度が『よく知る貴族』の態度と同じであり、操るのには都合が良いからである。

「それでは若様……」

「ん? ああ、分かっている。通行証だったな。できているから帰りに受け取っていけ。もしお前のように向上心がある者がいれば連れてこい。悪いようにはしないと約束しよう」

「ありがとうございます」

 商人は離反の手ごたえにほくそ笑みながら頭を下げ、挨拶をして出ていった。

 商人が代金代わりに求めたものは、他国の商人がレーン国内を移動できるようになる通行証である。名目はもっと手広く商売をしてフォーレイアの役に立つためであるが、互いに暗黙の了解からなる猿芝居だ。

 フォーレイアはこれから力をつけてレーン内で台頭するため。商人は間者として情報を集めるため。明文化しないやり取りのため、問われても嘘にはならない。そうして少しずつフォーレイアをレーンを蝕む毒と変え、大国であるレーンを弱体化させるのである。

「兄様、荷物に問題はなかったわ」

「だろうな。こちらは喜んで通行証を持っていったぞ。ついでに仲間が居るなら連れてこいと言っておいた。あの様子なら確実に連れて来るだろう」

 受け取った荷物を確認したアイリスが部屋に来て報告を行い、イルトは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。それに対してアイリスは腕組みをして深々と頷く。

「それはそうでしょう。兄様の態度は傲岸不遜の馬鹿貴族にしか見えないのですから」

「……それは褒め言葉ではないぞ?」

 イルトは顔をしかめるが、アイリスはどこ吹く風である。

「当たり前です。褒めていませんから」

「……」

 あんまりな言葉にイルトは口をつぐんで苦虫を噛み潰したような顔になる。自覚があるので言い返せないのだ。アイリスはそんなイルトに微笑むと、話題を変えるために通行証を二つ取り出して手でもてあそぶ。

「こうやって比べても違いはまったく分からないのですから、気付くはずないですね」

「当たり前だ。国が所有する秘匿技術なのだから、簡単に分かるようになどするものか」

 どちらも正規のものであり一見同じに見える通行証であるが、商人に渡したほうには『こいつは間者です』と情報機関員が見れば分かるように細工がされている。そして情報機関の目はそこらじゅうにあるため、持って歩けば『間者でござい』と宣伝しているのと同じになる。後は芋づる式に仮想敵国の間者網を調べることができるのだ。ちなみに細工には、レネの隠蔽術式が使用されていたりする。

「それより、運送の手配はしたのか?」

「ええ、それは大丈夫。ぬかりはないです」

「なら良い」

 最低限の確認だけしてイルトは職務に戻る。その顔には商人に見せていた傲岸不遜な表情は欠片も残っていない。報告が終わったアイリスも静かに一礼して一門への指示に向かった。

 フォーレイアはルトリスに対抗心を持って突っかかるが、国の大事と天秤にかけるような愚か者ではなく、自らの立場を利用するだけの度量も持っている。そうでなければ大領地を統べることなどできはしない。そして一段下に見られるからこそ、王家に強く忠誠を誓っている。そのため、実は恭順貴族一の忠臣なのである。それを王家も知っているので、一見不忠に見えることをやっても笑って見逃してもらえるのだ。

 しかし、何故か他国の者は、誰もフォーレイアの忠誠心を信じない。おかげでフォーレイアは国一番の間者発見率を誇っている。

 そしてその事実は情報機関によって隠蔽され、フォーレイアの者すら知らないのであった。





 白い世界が続く魔導書の内部空間。いつもは椅子とテーブル、宙に浮かぶ情報窓しかない殺風景な場所である。しかし、現在はテーブルに小さなクス玉が置かれていて、杜人が引き寄せた情報窓も縁に大雑把な装飾が施されていた。

『ふっふっふ。ようやく、ようやく最後の章を閲覧できるまでになった。……いつか死ぬと何度思ったことか』

 一生に一度遭えば十分なはずの階層の主に遭うこと数回。おかげで修復がはかどったとはいえ、できれば穏便に行きたいところであった。

 そういうわけで、今回分の主討伐によってめでたく封印解除だけはできるまでになったため、閲覧する前にささやかな記念を行うことにしたのである。

『今までもそれなりに凄かったからな。きっと実体化できるようなものが記述されているに違いない。そうすれば、あんなことやこんなこともし放題! ……ふっ、それではおめでとー! ぱちぱちぱちー。……良し、ご開帳! どきどき……、あ?』

 杜人は笑顔でクス玉を割ると、情報窓を引き寄せて中身を確認した。目に飛び込んできたものは、何も記載されていない白い情報窓。そのため杜人は動きを止め、首を傾げ、目をこすった。そうして改めて見ても、情報窓は真っ白な画面を映しているだけである。

『……どうも疲れているようだ。ふっ、だがこれもレネのため。頑張らねば』

 とりあえず情報窓を消して現実逃避を行う。そして目を瞑ってもう一度情報窓を呼び出し、恐る恐る目を開いた。目の前にあるものは、純白の画面を無慈悲に輝かせている、最終章が記載されているはずの情報窓。

 杜人はそのまま表情を変えずに見つめ続け、しばらく経ってから情報窓を消し、クス玉を片付けた。これで完全にいつもの通りである。

『……良し、全六章の修復は完了した。後は力を増すだけだ。目指せ酒池肉林!』

 こうして杜人は希望が失われないように、最後の章は存在しなかったことにしたのであった。





 シャンティナは夢の中で天空を舞う。眼下には雲海が広がり、彼方には白い海を突き抜けた山脈がその頂を太陽に晒していた。相変わらず細かいことは気にしないので、心のままに翔けている。

 そんなことを時間を忘れてしていると、いつの間にか横に『王』が居て一緒に飛翔していた。

『久しいな。変わりはないか?』

「はい」

 静かで優しい声にシャンティナは素直に答える。レネにとっては大変なことの連続だったが、シャンティナの基準ではいつもの日常と大差ないことである。実際、今までシャンティナが明確に負けたと認識しているのは主である杜人だけで、その他との戦いでは傷ひとつ負っていないのだから。

 そんなシャンティナに『王』も楽しげな感情を返してから用件を切り出した。

『ならば良い。……時が来た。主に言い、町の外で一緒に待て。それほど時間はとらせるつもりはないが、三日ほどは見ておいたほうが良いだろう。今すぐとは言わないが、悠長にできるほどの時間はないぞ』

「聞いて、みます」

 以前と同じ回答に『王』は困ったものだと笑いながらも了承する。

『ならば良い。さて、今回も忘れられては困るので、済まないが遊ぶのはお終いだ。幼子よ、目覚めてから必ず主に伝えるのだよ?』

「分かり、ました」

 残念そうにシャンティナは答え、『王』は光を強めて優しく撫でた。その瞬間に夢は終わり、シャンティナはいつもの寝室で目覚めた。室内は既に明るくなっていて、目覚めの時間であることを示している。そのためいつも通り魔法具にて着替え、レネ達の下へ向かった。





 朝の食堂は意外と込み合う。そのためレネは早い時間に済ませることにしている。そしていつもまかないを選んで、同じ時間に来るエルセリアとセリエナと一緒に食事をするのである。

「そういうわけで、しばらく居ないかもしれないけれど心配しないでね」

『もう少し具体的に分かれば推測もできるのだがな。王の呼び出し、町の外で一緒に待つ、三日くらい、時間はない、ではなぁ……』

「あはは……」

「確かによく分かりませんね」

 意味は分かるが理由がさっぱりな連絡である。そのためエルセリアとセリエナも判断しようがないと苦笑する。ちなみに話題の中心であるシャンティナは特に気にせず、機嫌が良さそうにリボンを揺らしながらまかないを食べている。

 王とは何ぞやと聞いても、王ですとしかシャンティナは答えられない。杜人とレネは嘘をついているとは思わないので、理解を諦めて言われたように行動してみることにした。今は不安な時期ではあるが、いつ異変が起きるかは分からない。だから先行して片付けることにしたのだ。

「とりあえず今日から不在の調整をして、実際に動くのはもう少ししてからね」

「用事がなければ私も行きたかったな……」

 エルセリアは大貴族の一員として、現在の状況では不在になるわけにはいかない。名声を保つにはそれなりの行動が必要なのだ。

「私は行けなくもないですが」

「大丈夫だよ。危険があるなら言うわけがないから。ね?」

「はい」

 シャンティナの使命は、レネを守ることである。そして守護対象に対する危機察知能力は、もはや予知能力まがいになっている。そのためどのような存在が呼び出したにせよ、害意はないと断言できた。

 そのためそれなりに忙しいセリエナに配慮しレネは笑顔で心配いらないことを教え、セリエナも感謝しながら頷いた。

『ま、何があっても俺が居るから大丈夫だ。ふっふっふ、もっと頼ってくれても良いのだよ?』

 杜人はくるりと回転してきらりと音がしそうな笑顔を見せる。しかし、奇行に慣れた面々は特に反応せず、既に別の話題で花を咲かせていた。

「そういえば、クリンデルさんのところで新作のデザートが出たんだって」

「そうなんだ。最近はなかなか手に入れることができないんだよね」

「開店前に並ぶ人もいるとか聞きました」

『……しくしく』

「よしよし?」

 相手にされなかった杜人は、会話に参加していないシャンティナの前まで移動すると膝を抱えて泣き真似をし、シャンティナがリボンを嬉しそうにはためかせながら背中を撫でる。その様子をレネ達は本当に仕方がないなぁと笑顔で見つめていた。





 不在にするうえで調整は大切である。急に話をして相手が笑って許したとしても、それを本気にしてはいけない。

『さて、問題はどのようにどこまで話すかだ。よく考えないとふざけていると思われてしまうからな』

「だよね。事務局に夢で指示されたからなんて言ったら怒られちゃうよ」

 杜人とレネは食事後に歩きながら軽く打ち合わせを行う。正直は美徳だが、それでうまくいくことは意外と少ない。ある程度の脚色が必要なのである。

『館長とレゴル先生はレネのことを理解しているから、正直に言っても大丈夫だろう。ダイルさんとリュトナさんには詳しく言わずに、所用で不在になる程度で良いと思う。事務局は規則に従えば問題ないだろうから、先に事務局へ行こうか』

「そうだね。休講の予定が立たないと始まらないからね。……手土産もあるから、たぶん大丈夫」

 結界を破壊して、てんやわんやの大騒ぎをもたらしたのはつい最近のことである。単なる事務手続きとはいえ油断はできない。そのため手土産として、ジンレイ作一口チョコ饅頭を用意していた。

 そして事務局前の扉を前にして立ち止まるとレネは深呼吸を行い、杜人から手土産を受け取ると扉を開いて事務局へ恐る恐る入っていった。

 レネはいつもの女性事務員がいる窓口に行って申請を行った。おっとりしているように見えるが、どうやらそれなりの地位に居るらしいことは何となく分かっているため、手土産と言う名の賄賂が有効なのである。

「……十日間ですか」

「駄目でしょうか。予定がずれて、連絡できずに中止になるよりはと思ったのですが」

『普通は、規則通りならすんなり行くのだがな』

 あまり芳しくない反応に、レネは長すぎたかなと思って理由を話す。杜人も意外な反応に首を傾げた。

「いえ、申請自体は問題ありません。実は、もっと同じような講義を増やせないかとの要望が結構ありまして……。講師教練が終了したらどうしようかと、講義予定を組む担当が悩んでいるのです。ここで長期休講になった場合、要望が増えそうなものですから」

「……なるほど」

『思わぬ弊害が出ていたのか』

 事務員がこっそり指し示す方向を見ると、講師の予定表を前に頭を抱えている青白い顔の事務員がいた。要望があっても空講師が居なければ実現できず、レネと同じことを行える講師はそんなにおらず、空きがないどころか今でも時間が足りないのである。

 そうして互いに目を合わせ、女性事務員は『これでも休みますか?』と言いたげに微笑んだ。レネもなんとか微笑んでいるが、何も無ければ即座に休みを撤回するであろう重圧を感じ、背中には大量の汗が流れていた。

 口に出せば要請になってしまうが、レネが勝手に譲歩するなら事務局の責任とはならない。だから女性事務員は何も言わずにレネに微笑んでいるのである。

 思わぬ展開に杜人もこれは困ったと笑うしかなく、しばらく緊迫した沈黙が周囲を支配ている間に妥協案を考える。まったく妥協しなければ印象が悪くなるが、かといって日数を減らしただけでは事務局の苦労は減らないので、譲歩する意味がない。

 そのため杜人は頬を掻きながら考え付いた妥協案をレネに伝える。

『仕方がない。作った教本を貸し出そう。売れば金になるだろうが、事務局を敵に回すよりは良い。写して配布するなり、講師の教材にするなり、後は向こうで考えるだろうさ。その場合は使用料を出してくれるかもしれないな。渡しながら、不在の間聴講生が迷惑をかけると思うので活用してください、で通じると思うぞ』

 レネが用いている教本は内容をレネが考え、流れを杜人が整えて注釈が入っているものである。そのまま使えば内容を理解していなくても、それなりに教えることができるようになっている。レネは講義前にこれで流れを確認し、緊張しないようにしているのである。

 蛇に睨まれた蛙になっていたレネはその案に即座に飛びつき、鞄から教本を取り出して差し出した。

「これは講義に使っている教本です。不在の間、聴講生が質問に来たりなど何かとご迷惑をおかけすると思いますので、どうぞ活用してください」

「失礼いたします」

 見事な棒読みだが事務員は気にしない。そのため微笑んだまま教本を受け取ると中を手早く確認し、満足げに頷いた。

「……了解いたしました。それでは後はこちらで対応いたします。どうぞ、申請受理票です」

「ありがとうございます。それでは失礼します」

「はい。何かありましたら遠慮なくいらしてくださいませ」

 事務員は優しく微笑みながら会釈を行い、レネは顔に笑みを貼りつけたまま窓口を離れ、外に出たところで壁に手をついてうなだれた。

「疲れた……」

『思わぬ伏兵だったな。だが、これでうまく調整してくれるだろう。それを考えれば安いものだ。後は大丈夫だろうから気楽に行こう』

「だよねぇ、後は大丈夫だよね」

 杜人の慰めにレネは顔を上げて微笑み、杜人も微笑み返す。その状態で無言の時間が流れた。そして示し合わせたように同時に視線をそらす。

『……行くか』

「……そうだね」

 何となく嫌な予感を憶えながら、レネと杜人は次の目的地へと向かう。苦労の元凶であるシャンティナは、その後ろをいつも通り気配を消しリボンを揺らしながら無言で付いていくのであった。
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