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黒姫の魔導書 作者:てんてん

最終章 天に在りしは星の煌き

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第13話 成功の源は

 フィーレ魔法学院にある図書館は国内最大規模の蔵書を誇っている。外部の喧騒も聞こえず、静かにページをめくっても遠くに音が響きそうなくらい静寂に満ちた空間である。

 レネはそこで臨時司書として働いている。もう生活に困ることはないが本を読むこと自体が大好きなため、受講する講義が増えても入荷した本をすかさず読めるこの仕事を辞めるつもりはない。

 そういうわけで、今も本の入れ替えなどを行いながら、たまに立ち止まって新たに入荷した本を読んでいる。当然近くにはシャンティナが控えているが、視界に入っても見逃してしまうくらい気配を断っているので気にはならない。

『それは歴史書か?』

「その仲間だね。館長が独自に収集した情報とかを編纂して本にしているんだよ。正規のものではないから国史にはならないけれど、普通なら残らない情報が載っていたりするから結構人気なんだよね。他にも物語調に書いたりしているものもあるんだけれど、そっちは返却される端から借りられてしまうから中々読めないんだよ」

 レネは手早く内容を記憶すると、書棚に戻して仕事に戻る。講義中はほとんど人が来ないため、聞こえる足音もレネのものだけである。

『ふむ、貸し出し予約はできないのか?』

「本との出会いは運命、というのが館長の方針だからね。まぁ、そうは言っても本当は、下手に予約可能にすると色々大変になるからじゃないかな。私は返却されたときに読めば良いから関係ないけど」

 仕事以外の行動を挟んでも、レネの仕事量は群を抜いている。同じ仕事をしたセリエナが寝込む量を、平気な顔でこなしているのだ。

「それにしても、迷宮が立ち入り禁止になったのは参ったね」

『さすがにあんな危険な状態では仕方がないだろう。素早く動いたために被害はそれほどでもないが、行方不明者も居るようだからな』

 帰還したときにその場に居た騎士に教えられた情報であるが、レネ達が移動した少し後に転移事故の報告を受けた騎士団が封鎖を行い立ち入りが禁止されたということだった。

 レネも疲れていたが素直に事情聴取を受け、正直に出来事を話していた。ちなみにその際聞き取りをしていた騎士は、地方帰りだったためレネのことを知らなかった。そのため恐怖で混乱していると判断され、優しい笑顔でもう大丈夫だと慰められた。

 当然杜人は腹を抱えて笑い転げ、レネは下手に信じられるより良いと判断して訂正は行わず、笑顔で礼を言って蒸し返される前に素早くその場を後にした。

 そしてそのままダイル商会に立ち寄って主に関する諸問題をいつも通り丸投げし、噂がまた広がるだろうと予想して落ち着くまで学院に引きこもったのである。

 街のほうでは資源の供給元が封鎖されたために一時的な混乱もあったものの、国や貴族、大商人が集めていたものを流通させたため今は普段通りとなっている。それでも活気に満ちるとは言い難く、民の心に言い知れぬ不安があることは明白であった。

 レネも迷宮の解放期間が到来するのではと不安だったが、流言を流すわけにはいかないためエルセリアとセリエナに伝えた後は口を閉ざしていた。

「空いた時間はどうしようか」

『魔法の練習をしよう。講義中なら屋外訓練場も空いているだろうし、限界を見極めることも必要だと思う』

「それもそうだね。無茶ばかりしたせいか前より魔力が多くなっているような気がするから、ちょうど良いかな」

 最初の頃は百倍特級魔法で疲労困憊していたのだが、最近は余裕があるので座り込むほどではない。封印解放による肉体への負荷も軽減されているので、現時点における限界を知っておかないと、いざというときに力を振り絞る選択ができないのである。

 だから、レネと杜人は暗雲が垂れこめそうな未来に対処するために、できることを行い始めた。





「よく分からないところもあるけれど、どうかな?」

「発動はできるけど……維持できるかなぁ」

「確実に私は使えませんね」

 屋外訓練場にて訓練を行っているとき、休憩時の話題としてレネは約束していた斬天裂刃の術式を立ち寄ったエルセリアとセリエナに見せた。結果、細かい制御ができないセリエナは最初から降参し、エルセリアも制御の難しさを聞いて短時間でもよく維持できたものだと感心し、レネ以外は無理かもと考えていた。

 そのため杜人はレネ達が囲む丸テーブルの上に正座し、エルセリアに対して頭を下げて夢を託す。いわゆる土下座である。

『どうかお頼み申し上げます』

「うーん、……とにかく一度使ってみますね」

 術式の構成自体は単に斥力障壁を二枚一組にしているだけなので難しくはない。そのため一度発動させてから考えることにした。そういうわけで、テーブルを片付けて検証開始となった。

「えっと……斬天裂刃」

 エルセリアは片手を上にあげて頭上に長大な光刃を生み出した。同時に屋外訓練場を区画している結界と、その上にある学院全体を覆っている結界を何の抵抗もなく貫く。

 結界は不規則な明滅後に割れるような高い音と共に両方消失し、脇にある制御卓から何かが割れた音がし、遠くから何やら慌てているような声が聞こえ始める。

「……」

『やあ、改めて中で見ると結構大きいな』

 三人娘はやらかしたことに気が付いて動きを止め、杜人はそっと目をそらして遠くを見つめた。当然、光刃は維持できずに消失している。

「結構じゃないよ! あぅぅ、怒られる」

「怒られるだけで済めば良いけど」

「とりあえず、報告に行きましょうか……」

『……申し訳ない』

 そうこうしているうちに非常警戒警報が鳴り響き、慌てた様子の職員が血相を変えながら動き始めていた。そのため三人娘と杜人は大事になったと顔を青ざめさせ、事態を収拾するために急いで事務局へと向かった。慌しい雰囲気の中で、変わらないのは後ろを付いていくシャンティナのみであった。




 関係各位に手土産を持って平謝りしたレネ達は、夜になってようやく落ち着くことができた。

「はふぅ……疲れた」

「だねぇ……」

「一時はどうなることかと思いました」

『ほんと、申し訳なかった。遠慮なくご賞味ください』

 三人娘は座卓に突っ伏しながら、疲れ気味の声で呟いた。杜人は座卓の上で平謝りである。ちなみに出されているものは、特大ジャンボチョコパフェだ。

 レネ達の報告によって単なる事故と分かったために非常警戒は解除され、学院は見た目上の平穏を取り戻した。そうは言っても一度は非常警戒が出されてしまったため、報告は国王まで上がることになる。そのためごまかしはできないので、使用者のエルセリアと術式の製作者としてレネの名前が報告書に記載されることになった。

「でも、賠償請求がされなかっただけ良いと思うよ」

「だね。レゴル先生には後でお礼に行かないと」

 調査したところ学院を守っていた結界がすべて破壊されていたため、斬天裂刃は国家管理の秘匿魔法指定を受けてしまった。そのため今後は広めることができなくなったので、使い手はレネとエルセリアだけということになる。こうして杜人の夢はあえなく潰えたのだった。

 ちなみに話を聞いたレゴルが維持が困難であることを理由に開発途上であるとし、急いで登録させて危険な魔法を秘匿していた嫌疑がかからないようにした。もちろん建前だが、重要なことなのだ。

 そして元々結界を見直すことになっていたことを利用して、賠償がレネ達にいかないようにした。ただし、レネとエルセリアは斬天裂刃でも壊れない新しい結界術式の開発を無償で大至急行わなければならない。

 本来であれば学院生にやらせるようなことではないが、さすがにこのまま無罪放免とするわけには行かないこと、知らない者からすれば刑罰を受けたほうが楽な内容だったこと、レネは数多くの新型術式を開発している実績があり、エルセリアは大貴族の令嬢で身元が確かで実力も既に示されていること、罰の代わりのため製作者としての名誉は与えられないことなどがあり、反対する者は少数にとどまった。

 レネはいつまでも嘆いていられないと身を起こし、目の前に置かれたパフェを食べていく。エルセリアとセリエナも食べ進め、終わる頃にはどうにか笑える程度には気分を持ち直すことができた。そしてレネはいつも通りノートを広げると、気持ちを切り替えて元気に声を出す。

「さ、考えよう。単純に強度を上げただけでは防げないよね?」

『ああ。斬天裂刃は接触面の防御魔法を無効化して食い込み、更に術式に干渉して連鎖崩壊させてしまうからな。魔法封じの応用だ』

「なるほど。言われてみればそうですね」

「相変わらず変な発想をしているんだね。それだと接触すれば駄目になるかなぁ……。なら結界のほうにも魔法の無効化を入れよう」

 レネはあっさりと言って術式を改良していく。言うのは簡単だが、結界も魔法のため両立させるのは難しい。そのため簡単だが中々思いつかない方法であったが、既にできることが実証されているので迷うことはない。

『ついでに広範囲をひとつにせずに、複数のものを束ねる形にできないか? 干渉を検知して崩壊した部位を切り離す感じだな。こうすればその部分に穴は開くが、全体は崩壊しなくなる。後は自動修復するようにすれば良いだろう』

「あ、良いねそれ。それじゃあそうしよう」

「それをずらして重ねればもっと強度が増すと思うよ」

 レネとエルセリアは杜人の考えを取り込み、話し合いながら術式を組み上げていく。一応罰の代わりなのだが、二人にとっては苦労はあっても嫌とは思わない作業である。そのため嬉々として求められていないが不足しているところも変えていく。

 その光景に慣れたセリエナは驚くことなくお茶を飲み、そう言えばと話してみた。

「どうせなら、この間の課題で作った術式も組み込んでみてはどうでしょう」

『それは面白いな。何事にも遊びは大切だからな』

「そうですね。見た目では分からないから、入れても大丈夫だと思います」

「ん、それじゃあ組み込もう」

 止める者がいないため暴走は止まらず進んでいき、数日後には実証試験ができるまでになっていた。

「良いよー」

「それでは行きます。斬天裂刃」

 実験は目立たないようにジンレイが作り出した広い空間で行われている。そこにレネが結界を構築し、エルセリアが光刃を振り落ろした。結果、見事に光刃は結界を切り裂いたが、崩壊したのは通過した部分のみで、それもすぐに修復されていった。

「半分は成功だね」

「無効化領域の密度が薄いから、相殺できなかったみたい」

『ふっ、半端な防御など、我が斬天裂刃の前には紙も同然よ』

 レネは得意げに胸を張る杜人に対して無言のまま光る指で弾く。そして床に落ちて痙攣する演技をしている杜人を無視して改良に移った。

「問題は時間当たりの干渉をどうするかだね」

「密度を上げれば良いだけだけど、効率が悪いよね」

 密度を上げれば消費する魔力も増えるため、無制限に上げるわけにも行かない。そのため頭を悩ませるレネとエルセリアに、相手にされないので寂しく復活した杜人はどこに悩む必要があると言いたげに案を教える。

『第一層が通常密度で耐えているうちに、第二層以降の該当箇所の密度を上げるようにすれば解決するだろ? 壊れても修復するのだから、全部で耐える必要はないと思う』

「……どうしてそんな単純なことを思いつかなかったんだろう」

「そうなると、重ねる枚数を増やしたほうが安全だね」

 言われてみれば単純すぎて思い浮かばなかったことが不思議で仕方がない方法である。しかし、専門家であるが故に気が付かないことは意外とあるのだ。

 その後も更に数日かけて実証実験を繰り返していき、穴を塞いでいく。防衛に関わる部分のため、手を抜くことはしなかった。




 そしてついに納品の日がやってきた。受け取りの前に性能確認が行われるため、一同は屋外訓練場へと集まっていた。見届け人は学院職員達と魔法師団長である。

 最初に、求められた性能を満足しているかを確認する。方法は簡単で、魔法師団長が作った通常の結界と新しい結界を斬天裂刃で攻撃するだけである。

「では行きます。斬天裂刃」

 何度も練習したためそれなりに使いこなせるようになったエルセリアは、注目されていても気負うことなくあっさりと発動させて設置された結界を攻撃する。結果、斬天裂刃は魔法師団長の結界を簡単に破壊し、新しい結界は部分的に破壊しながらも貫くことはできなかった。そして斬天裂刃が消失すると、壊れた部分が即座に再生して元に戻っていく。その光景に全員が目を見開いていた。

「これは面白い考えかたじゃの。王城にも設置するように進言してみようかのぉ」

「えっと、ありがとうございます」

 自らの結界をあっさり破壊されても、魔法師団長は穏やかに微笑んでいる。そのためレネは戸惑いながらも頭を下げて礼を言った。魔法師団長も思うところがないわけではないが、既存を最上とし新しい考えを受け入れられないようでは長は務まらないのである。

 その後に参加者による攻撃が次々と行われ、結界の強度を測定していく。これはレネ達も行っているので心配せずに観察していた。

『ふっ、連続で同一部分に攻撃を集中させることなど想定の範囲内。まだまだよのう……』

「天級魔法の連続攻撃にも耐えたからね」

「たぶん星級魔法でも大丈夫じゃないかな」

 自信を持って作り上げた面々は、攻撃を受けても揺るがない結界に心なしか自慢げに胸を張っている。

 ちなみに実証実験中に突破できたのはシャンティナが一点集中の全力攻撃をしたときだけである。そのときも崩壊はせずにきちんと修復している。

『それにしても、実際にあそこまで攻撃を受けるようでは既に勝敗がついていると思うのだが』

「だよねぇ」

「もう意地になっているみたいですね」

 攻撃している者のなかには魔法薬を飲んでいる者もいた。それでも結界は揺るがない。見ているレネとエルセリアは笑顔で見ている。そのため意固地になる者も出現し、しばらくの間屋外訓練場から轟音が鳴り響くことになった。

 そしてその後も検証は行われ、レネとエルセリアが作った結界は無事に受領された。

 こうして存在が実証されていないものを防ぐ機能を持ち、壊されても自動で修復する前代未聞の複合多層結界が、魔法の最先端研究施設でもあるフィーレ魔法学院に誕生することになったのである。




 そして後日、ご苦労さん会をいつもの和室で行っているとき、エルセリアは疑問に思ったことを聞いてみた。

「ところで、斬天裂刃の形を霊気系で構成しては駄目なのですか? そのほうが維持も楽ですし、遠くへ飛ばせます。何より目の前で切り殺すのはちょっとためらってしまうのですが」

『あ』

 その一言で杜人は発想が硬直していたことに気がついた。そのためレネはじとっとした目で杜人を見つめ、杜人は背中に汗をかきながらそっと視線をそらす。杜人のわがままで結界破壊をしでかしたので、肩身がとても狭かった。

『……ほら、霊気系は理解するのが難しいから』

「私は使える。リアも使える。セリエナも使える。ついでに霊気系以外でも良いでしょ」

「やっぱりそうだよね」

「私は魔法陣を写すだけですから……」

 杜人の言い訳をレネは一刀両断し、エルセリアは疑問が解消されてほっとしている。セリエナは杜人を擁護したが、擁護になっていないと自覚しているので声は小さい。

 そのため杜人はさあどうしようと固まり、その隙を逃さすレネは素早く杜人を捕まえると笑顔でノートを座卓に広げる。

「約束だから、形は作ってあげるよ。だから色々教えてね」

「ですね」

「……」

『くぅ、こうなったら何がなんでも実現してやろうではないか!』

 逃れられない運命に絶望した杜人はやけになってやる気を奮い起こした。もちろんレネとエルセリアのやる気も十分である。

「うんうん、モリヒトはやっぱり頼りになるね。それじゃあ、始めよっか」

「楽しみです」

「……頑張って」

 セリエナはそっと呟くと生贄から目をそらし、時折聞こえる奇妙な声に気がつかない振りをしながら自らの勉強を続けた。

 そして次の日にセリエナが起きたとき、満足そうに座卓の横に眠るレネとエルセリアがいて、レネの胸元には握り締められたまま燃え尽きている杜人がいた。

 こうして杜人は己を代償に捧げ、夢のひとつである空舞う魔法剣『舞空霊刀』を完成させたのだった。
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