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黒姫の魔導書 作者:てんてん

最終章 天に在りしは星の煌き

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第12話 矜持

「やっぱり主は大きいね」

『まったく、大きければ良いものではないだろう。たまには小さいものの身になって考えても良いとは思わないか?』

「……後でね」

『ふふふ、そうだな』

 既にティア達は降ろしているので、この場に居るのは三人のみである。レネは杜人の軽口に小さく微笑むと、目の前にそびえる黒い山を見据える。

 柔らかい大地をものともせずに踏みしめる四足は、短いが人が扱える武器では半分も切り裂けない太さがあり、踏み出すたびに大地を揺らしている。そこに繋がる胴体も四足を束ねたより太い。翼と尾は申し訳程度にしかないが、太い首に支えられた巨大な頭部は届く全てをひと飲みにできる顎を備えていた。そしてなにより、全身を覆う鎧のような黒い鱗によってほとんどの脅威を弾いてしまう。空を飛べないからといって油断して良い存在ではなかった。

 唯一の欠点が素早くないことで、おかげで探索者達も追いつかれずに何とか今まで逃げおおせていた。しかし、もう体力が限界であるのは明白なため、レネと杜人は端末石を浮かべると即座に攻撃に入った。

「……霊気槍!」

 多重発動した霊気槍が空を翔け、後ろから巨大な後ろ足に集中して突き刺さる。そのため一時的に足の力が抜け、直進していた巨体が斜めに曲がることになった。

『霊気槍』

 そこにすかさず杜人も霊気槍を前足に放ち、行動を阻害する。そしてわざと目立つように近づき、赤く輝く瞳がタマををとらえたのを確認してからゆっくりと逃げ出す。その甲斐あって、しっかりと認識できた黒凱地竜は今まで追いかけていた小さい者達を忘れ、不届き者を追いかけるために足を動かし始めた。

『……良し、食いついた』

「あれだけ当てても少し動きを止めるだけかぁ。魔法耐性がずいぶん高いみたい」

『なあに。速度はこちらのほうが上なのだから、いざとなったら中央部に放置して逃げれば良いさ』

 特に手加減はしなかったためレネは苦労しそうな予感にため息をつく。対して杜人は最後の手段があることを示して重くなりそうな心から心配を取り除く。

「それもそうだね。今回は無理に倒す必要がなかったんだっけ」

『別に倒しても良いのだよ』

 レネと杜人は揃って笑い、付かず離れずの速度で逃げていく。こうして奇妙な鬼ごっこが始まったのだった。






「た、助かった……のか?」

 もはや体力の限界だった探索者達は、柔らかい地面に次々に座り込んだ。彼らは他の階層で探索を行っている者達なのだが、転移したらレネ達と同じくこの階層へと放り出されたのである。そして途方に暮れていたところに階層の主と出会い、一目散に逃げ出したのだ。だから彼らは、この階層にある土の特性を知らない。

 同じ場所に転移した探索者の組は他にもいたのだが、そちらはうまく標的にならずに逃げおおせていた。だから彼らは今まで不幸だと思っていた。そのためいきなり主が向きを変えて動き出した幸運に、涙を浮かべて喜んでいた。

 そんなところにティア、シアリーナ、フィリが駆け足気味に通り過ぎる。その場違いな学院の制服姿に思わず視線が集まりそのまま背中を見つめていたのだが、何故か引き返してくると近くで立ち止まった。そして一番年上のフィリが代表して声をかける。

「この階層の土は、長く触れているとその部分を腐らせますよ。このまま居るのでしたら、障壁の魔法具を使って防御するか、魔法薬を定期的に飲むことをお勧めします」

「………………なにぃ!」

 探索者達は慌てて立ち上がると付着した土を落とすが、完全には落ちない。逃げるために装備を捨てているので水もなく、洗うこともできない。そのため実に情けない表情でフィリを見ることになった。そこに得意げな顔のシアリーナが割って入る。

「私達についてくるなら、障壁の魔法をかけてあげるから心配いらないわ。それに、私達に感謝する必要も無い」

「それはありがたいが、感謝はするぞ?」

 するかしないかは受けた側の気持ちなので、言われてどうにかなるものではない。そのため変なことを言う子だという視線を思わず向ける。

 しかし、シアリーナは気にせずに悠然たる態度のまま微笑むと、地響きを立てて遠ざかっていく主を指差した。つられて探索者達も顔を向けたところで、シアリーナは得意げに宣言する。

「だって助けたのは私達ではないから。あなた達が感謝しなければならないのは、今も主を引きつけている姉様……、殲滅の黒姫なんだから!」

「そうです! 師匠は凄いんですから!」

 当然のようにティアも追従し、聞いていた探索者達は本当は自分達が一番幸運だったことをようやく実感することができた。こうして知らぬ間にまた二つ名が広まる下地が出来上がったのだった。





 一方、逃げれば良いだけだと思っていた杜人とレネだったが、思わぬ理由から必死になって逃げ続けていた。走るタマの正面にいきなり地面から分厚い壁がせり上がったり、巨大な穴が開いたり、レネより太い土槍が飛び出したりなど、平和な鬼ごっこはどこにもなかった。それでも引き離すわけにもいかないので、後ろの地響きを気にしながらの逃避行であった。

「さっきまで魔法なんて使っていなかったのにぃー!」

『よっ、はっ、怒らせ過ぎたのかもなぁ。あっはっは、鬼さんこちらっと』

「あっはっは。……えい」

 レネは涙目になりながら地図魔法の精度をあげて魔法の前兆をとらえるようにし、杜人はそれを見ながら回避し続けている。必死なレネに余裕を見せるために軽く言っているが実際は余裕などなく、背中に大量の汗をかきながら笑っていた。

 対してシャンティナは曲芸師のようにタマの背に立ちながら、緊張せずに杜人の笑いを真似たりしている。と言っても遊んでいるわけではなく、魔法を使う兆候があれば魔法弓から霊気槍を発射して邪魔をしたり、竜咆や竜焔を放とうと息を吸い込んだ場合はその口に金剛槍を叩き込んだりしているおかげで、なんとか逃げる余裕ができているのである。

『さて、有効な手がないなら滅霊天域を使うか? 短時間だが気絶させる程度はできるかもしれないぞ。他には耐性で減衰しても切り裂けるであろう魔法もあるが、それにするか?』

 霊気系天級魔法である滅霊天域はまだ杜人しか使えない。そのため逃げながらとなると単独でしか使えないため、それほど威力は期待できない。それでも関心を断ち切って逃げるには十分なため、レネはすぐにそちらを使うことを選択した。

「無理に倒す必要もないから滅霊天域で行こう! どこか良いところ……あ!」

『どうした!?』

「人が居る! これじゃあ逃げられない……」

『なに? ……探索者だろうな。強制転移させられた者かもしれない』

 レネは画面に表示されている人を示す光点を指差し、唇を軽く噛む。巨大な主を見て逃げてはいるようだが、その速度はとても遅い。居ないところまで移動してから逃げても、再度移動し始めた主に発見されればお終いになりそうであった。そして遠くまで逃げてもそこに居ないとも限らない。そのためレネは決断を下して杜人を見た。

「主を、倒すよ。切り裂くほうの術式を教えて」

『了解だ。では落ち着けるところまで……』

 そのとき、杜人の声を遮るように後ろから轟音が響き、横手から主の頭部に雷撃槍が次々うち込まれた。そのため主は立ち止まって煩わしそうに首を振ってからうち込まれた方向へ視線を向ける。そこには数人の探索者がいて、主の視線が向けられたため慌てて逃げ始めていた。

 雷系統は鱗を透過して内部に入り込むため物理防御力が高い黒凱地竜にはそれなりに有効な魔法なのだが、主の耐性と回復力の前には魔法具から発動した上級魔法数発など無いも同然である。

 しかし不愉快なことは確かだったため追いつけないレネ達は一時放置し、蹂躙できそうな者達に標的を変更した。そして視線をそらさずに身体を探索者達に向けると、軽めの竜咆を放ってあっさりと逃亡を阻止した。

『まずい! レネ、これがその術式だ。制御が難しいからそれだけに集中してくれ。使い方は、頭の上に作って下に振り抜くだけだ。規模は天級だから第三章の封印解放を忘れるなよ。シャンティナ、足止め頼む。下から顎を蹴り上げてくれ!』

「はい」

 考えていた安全策を捨てて突撃しなくてはならなくなった杜人は、思考を切り替えると早口で指示を出し、急いでタマを反転させる。そして一度気持ちを落ち着かせてから、レネに星天の杖と術式を封入した魔力結晶を渡した。その間にシャンティナは飛び出し、地面を抉りながら主に向かって駆けていく。

「分かっ……た? って、これを使う……ああぁ、もう馬鹿ぁ!」

 レネは受け取った魔力結晶の術式を解析して、それがお蔵入りにした障壁の魔法を基にしていることを理解した。本来ならばこの場で使いたいと思える魔法ではなかったが、他に有効な手も時間もなく、既に杜人は走り始めていたため、覚悟を決めて封印を解放し星天の杖を掲げて頭上に魔法陣を構築し始めた。






 攻撃を仕掛けた探索者達としては、援護のつもりであった。少しでも主に損傷を与えて、引きつけていると分かるレネの役に立てればと勇気を振り絞った結果である。残念ながら役に立つどころか足を引っ張ることになってしまったが、時期が悪いこともあって一方的に悪いと断ずることはできない。

 そのため標的となった探索者達も、竜咆によって身体が恐怖で硬直し逃げられなくなり死が目前に迫っていても、後悔はしていなかった。女子供を犠牲にして助かって、良かったと喜ぶような者は誰も居ない。全員が震える身体を押さえつけ、意地だけで頬を引きつらせながら笑い、大きく口を開けて喉の奥を輝かせている主を睨みつけていた。

 だから、探索者達ははっきりと目撃することができた。

「天翔槌」

 横手から土を巻き上げて走ってきた人影が主の顎下に入り込み、踏み込んだ場所の土を広範囲に吹き飛ばしながら飛び上がると、巨大な頭部を蹴り上げて重い音を響かせた。その強烈な一撃に主は強制的に口を閉ざすことになり、更に前足をも浮かせながら頭部を天に向けた。

 そこに同じ方向から駆け寄ってきた白い巨大な狼に乗った黒髪の少女が、掲げた杖の上に構築していた輝く魔法陣を発動させる。

「斬天裂刃!」

 発動と当時に頭上に景色を透かしながら光を放つ長大な刃が出現し、周囲を白く染め上げていく。実際は複数の刃が微妙な間隔で並んでいるのだが、見た目は一本の刃である。

 そしてそのまま速度を落とすことなく近づいていき、主の足元を駆け抜けながらさらけ出されている喉元に向けて、手に持つ杖を斜めに振り抜いた。

 杖の動きに連動している光の刃は、まるでそこに何もないように主の首を背後まで貫通しながら通過し、勢いを弱めることなく地面も切り裂いてから消滅する。その一瞬後に切り裂かれた主の首から炎が溢れ出すと、熱気を周囲に撒き散らしながら頭部が傾いでいく。

 それを成した少女は止まらずに駆けていき、頭部が地響きを立てて落ちたところでようやく停止すると最初の少女を乗せて探索者達へ近づいてきた。

 学院指定の制服、黒髪、紫瞳、小柄な少女、背丈を越える杖、巨大な魔物を従える魔法使い。直接の面識はなくても、探索者達は目の前で優しく微笑む少女を知っていた。

「怪我はありませんか?」

 結局、最初から最後まで目撃していた探索者達は、口を開けた間抜けな顔で命の恩人を迎えることになったのだった。




 その後、主を回収してからタマの形状を白珠粘液に変えると探索者達を乗せ、他にも取り残された者が居ないかを探しながら入口へと向かっていく。レネは慣れない魔法を使ったことで疲労困憊していたのだが、疲れた様子を外に見せないように背筋を伸ばしていた。

 途中で合流した探索者達には先に居た者達がこっそりと説明を行い、様々な思いを抱きながらも何も言わずにおとなしくしている。

 そんな者達の視線を背中に受けながら、レネは杜人と小声で話をしていた。

『ところで、使い心地はどうだった? あれでもかなり調整したんだが』

 話の内容は深刻なものでなければどれでも良かったため、杜人は知りたかったことを聞いてみる。脅威が去った今なら現状についてすぐに考える必要はなく、今話し合っても情報もないため仮定による推測しかできないためである。レネも疲れた頭で複雑なことを考えたくなかったため、そのまま話に乗って来た。

「威力は十分だと思うけれど、ひとりでは使えないかなぁ。今回は振り抜くだけだったから何とかなったけれど、それでも短時間しか維持できなかったからね。自分で移動するなら確実に維持できないと思う。とにかく、他に考えることがあると無理だよ」

『ぬぅ……』

 使いにくいとは思っていたが、それなりの評価が来ると期待していたので杜人は少し落ち込む。しかし、ここで諦めてはと気を奮い立たせる。

『それなら、もっと小さくして近づかれたとき用に改良した場合はどうだ? これなら動かずに使えるだろうし、横に振るだけで倒せると思わないか?』

 これもまた夢のひとつである。そのため杜人は身振りを加えて説明し期待を乗せた視線を向けるが、実際に使うことになるレネは小さく首を横に振る。

「相手の間合い以上にしないと意味がないでしょ。わざわざ危険を招くようなことをしたいと思う魔法使いは居ないし、どう頑張っても上級が限度だから構築が間に合わないよ。それ以前に、近接戦闘を主として選んでいる魔法使いはそんなに居ないよ。普通の魔法使いなら結界を張るなりして時間を稼いだほうが生き残れると思う」

『むぅ……、だめか』

 納得できる理由を言われたため、さすがに杜人も諦めてがっくりと肩を落としタマの上に着地した。その気落ちした様子にレネは小さく微笑むと、使えそうな案を伝える。

「練習は必要だと思うけれど、リアなら今のままでも使えると思うよ。今度教えておくね」

『おお……、今のレネは慈愛に満ちあふれて輝いて見える。……これが、恋?』

「……実際に使うかは知らないからね」

 杜人は両手を胸の前で合わせて嬉しそうにレネを見上げ、レネは恥ずかしそうに視線をそらして顔を上げた。今はちょうど丘の上であり、そこから水晶柱を見下ろすことができた。

「……あ、見えた。良かった、みんな居るね」

『これでやっと帰れるな。くふふ、実に楽しみだ』

 話題を変えられても夢の実現に喜ぶ杜人は気にしない。レネは困ったものだと笑いながら片手を挙げて手を振った。

 水晶柱のところで大きく手を振るティアとシアリーナの姿を見ながら、レネと杜人はようやく心からの笑みを浮かべたのだった。
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