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黒姫の魔導書 作者:てんてん

最終章 天に在りしは星の煌き

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第11話 異変の兆し

 しばらくすると黒姫護晶の入荷も順調に行われるようになり、最初の過熱がおさまってようやくまともに流通するようになった。杜人とレネは話を聞いてからそれなりに気にしていたが、落ち着いたという情報をリュトナから聞き、そのうち忘れられるだろうと予想していた。

 そういうわけで、レネは通り過ぎる人の首に組み紐が見えてもあまり気にせずにいた。

「……このように、初級魔法でも中級以上の威力や効果を出すことは可能です。ただ、効率は悪いので使いどころには注意が必要です。その代わり消費する魔力量以外の使い勝手は初級と同じですので、構築する時間がないときなどは非常に有効となります。当然中級魔法でも同様のことは可能ですので、状況に応じて使い分ければ良いでしょう」

 レネの講師教練は順調に進んでいて、今では満席で入れない者も出るくらいとなっていた。

 魔法使いがぶつかる壁で最大のものは特級の壁で、次が上級の壁である。結果、多くの半人前が涙を飲むことになっている。それに比べて中級の壁は結構楽で、大部分がそのうち乗り越えられる程度となっていた。それでも乗り越えられない者は一定数存在している。そんな者達の受け皿となっているのが、分かりやすいと評判な黒姫復活講義であった。

 ちなみにレネと杜人はそんな呼び方をしていない。呼び名の由来は、誰もがもうだめだと思っていた者が藁にも縋る気持ちで受講したところ、それまで横ばいだった成績が一気に上昇したからである。

 この話は初級の担当講師の耳にも入り、一部で教え方が悪いのではとの話が持ち上がりかけた。しかし、話が大きくなる前にレネから講義内容を聞いているレゴルが説明を行い、無用な軋轢が生じないようにしていた。おかげでレネは、余計なことを気にせずに講義をおこなえている。

『どうやら全員が付けているようだ。本当にお守りになっているのかもな。こうなると二つ名が地に落ちたときは酷いことになりそうだ』

「今までも十分地に落ちていたような気がするんだけどね。ほんと、よく分からないや」

 見える範囲の聴講生を確認した杜人が戻り、笑顔でレネに報告する。それを聞いても最早慣れたレネは動揺を見せずに黒板に書き続け、少しだけ微笑みながら応じた。レネは長らく恐怖の裏番長であったため、今更評判が落ちることは気にならないのだ。

 そんな強くなったレネを頼もしく思いながらも、杜人は勘違いしていることを教える。

『少し内容が違う。現在、各々の抱く気持ちは多々あるだろうが、多少の違いはあってもレネが強く仰ぎ見る存在ということは共通しているはずだ。だから、この場合の地に落ちるとは、大したことないと思われるということだな。そうなると、どうなるでしょう』

「……はぁ、良いことだけ抜き出せればなぁ。分かった。気を付ける」

 問いに少しだけ考え、すぐに理解したレネは小さくため息をついた。仰ぎ見ていたものが大したことないと認識されたならば、次に来るのは反動から来る排斥である。レネは既に排斥を経験済みのため、その状況になって欲しいとは思わない。

『ま、余程のことをしなければ今までの実績が守ってくれるさ。だから多少気に掛けるだけで、気を張る必要まではないぞ』

「うん。けど、それが大切なんだよね」

 理由を気に掛けていなければ、いつか見失って結局全てを失うことになる。現在レネが迷宮に通っているのは金稼ぎのためであるが、それは大賢者になるためにはそれなりに金が必要だからだ。似ているが、通過点と終着点の違いがあるので、同じ心構えでは駄目なのだ。金に拘泥して大賢者にふさわしくない行動をしては、本末転倒となる。

『そうだな。小さなことだが大切なことだ。ま、多少間違えても俺がいるから大丈夫だ。今までのように存分に頼ってくれたまえ!』

「うん」

 得意げに宙を舞う杜人を横目で見ながら、レネは温かな気持ちになって小さく微笑む。そんな会話を挟みながらも講義は順調に進んでいき、終わりの時間がやってきた。

「では終了します」

「ありがとうございました!」

 いつも通り聴講していた学院生が退出していく中を潜り抜けて、シアリーナとティアが近づいてくる。もはや恒例行事となっているが、ここに割り込む猛者は初級の聴講生には存在しなかった。

「師匠、お願いがあります。連射がそれなりにできるようになったので、少し強めの魔物が出る階層に連れて行って頂けませんか?」

「第三階層まではもう大丈夫です」

『相変わらず理解すると早いな』

 ティアは期待に目を輝かせて聞き、練習に付き合っていたシアリーナが腕前を保証する。それでも本来はまだまだ早いことなのでレネは迷ったが、期待に満ちた視線に負けて承諾した。

「それでは少し下の階層に行ってみましょうか」

「やった、ありがとうございます!」

『どの程度になったか楽しみだな』

 こうしてレネ達はさっそく迷宮に行くことにしたのであった。




「相変わらず騒がしいね」

『それだけ活気がある……んだが、何だか気が立っている者が居るみたいだな』

 迷宮入口の広間に入ると、いつもの喧騒と共に端のほうで言い争う声も聞こえた。見れば転移石売りと探索者が喧嘩をしているらしく、野次馬も集まっていた。

「値段が高いとかかな?」

『それにしては激しいような気がするが……、介入する理由もないからな』

「まあ、事情が分からない私が口を挟んでも解決できないだろうからね。逆に悪くなる可能性のほうが高いし」

 有名人のレネが興味を示せば、解決まで求められる可能性が高い。そして残念ながらレネは事情をまったく把握していないので解決できる自信がなく、介入すれば確実に悪化する。杜人もレネの立場を悪くしてまで他人の喧嘩に介入する気は無い。そのためそのまま通り過ぎていく。

 シアリーナは王族が介入することによって被害が拡大することを学んでいるので疑問に思わずついていき、ティアは争いの渦中に飛び込む理由がないため離れられてほっとしていた。護衛であるシャンティナとフィリは、警戒はすれど干渉する気は元からない。

 こうして多少の注目を浴びながら水晶柱まで来たレネは第七階層への転移石を取り出し、全員が連なったことを確認して水晶柱へと押し付ける。

「って、わわっ」

『おっと』

 次の瞬間にいつも通り周囲に居た人が消え失せたのだが、いつもなら変わらず存在している水晶柱も消え失せたためレネは体勢を崩して倒れかける。そのため杜人は即座にタマを呼び出し、下敷きにすることによって怪我を防いだ。

「わー、広ーい」

「……」

 目の前に広がるのは腐葉土のような黒い大地であり、踏みしめる足には柔らかな感触が伝わってくる。しかし、黒い大地の上には植物が見当たらず、どこまでも黒いままの景色が広がっていた。

 初めての景色にティアは無邪気に喜んでいるが、開放型の迷宮がどの深さからあるか知っているシアリーナは警戒しながら見渡している。

『レネ、大丈夫だ。ゆっくりと深呼吸して落ち着け。ティア達に動揺を見せるな』

「う……よっと。うーん、腐食大地の階層だね。長く触っていると影響が出るから障壁を使うね」

 予想外の事態にレネは動揺し慌てかけたが、冷静な杜人の声に何とか湧き上がる不安を抑え込むことができた。わざとゆっくりと身体を起こし、周囲の景色と知識を照合してすぐに現在の階層を割り出す。そして端末石を浮かべると順番に浄化してから障壁を張っていく。その頃には現状を理解し、落ち着きを取り戻していたため微笑む余裕もできていた。

 その様子に杜人はとりあえず良しと頷き、誰もが思うであろう疑問を聞く。

『影響とは?』

「この土。長く触っているとその部分が腐食していくから、念のため素手で触らないでね」

「ひょっ! ……あぅぅぅ」

 物珍しそうに足元の土を触っていたティアは驚いて手を引っ込め、手についた土をはらおうとした。しかし、はらうと他についてしまうことに気が付き、土を落とせずに涙目になった。その様子にレネは困ったように微笑み、シアリーナはこめかみに指を当てた。

「あのねぇ……。姉様が障壁を張ってくれたのだから、普通にはらえば良いでしょ」

「あ。……おぉー、ありがとうリーナ!」

 シアリーナはティアの手を取り、手早く土を落とした。土と手の間には薄い障壁があるため、それだけで十分なのだ。一転して喜んで抱き付くティアにシアリーナは満足そうに微笑んでいた。

「腐食大地には黒凱地竜が出現するはずです。原因追及は後にして、とにかく早く脱出したほうが良いでしょう」

 警戒を続けるフィリの意見にレネと杜人も賛成し、移動のため狼形態のタマを全員が乗れる程度まで巨大化させて乗り込ませた。順番はレネが先頭でシャンティナ、ティア、シアリーナ、フィリである。そして杜人はシャンティナに魔法弓を渡し、レネは地図魔法を発動させて周囲の様子を観察し始める。

「うーん、ここがこれで……、どうやら今居る場所は第六十七階層みたいですね。図書館にあった地形図が正確ならですけど、ここにある黒い反応が沼なら、たぶん入口はこの辺りだと思います」

 レネは精度を粗くして広範囲に表示している更に外を示し、現在地がかなり遠くであることを全員に教える。ちなみに割り出した根拠は、地図に現れた地形と記憶している地形図を照合し、一致する特徴を見つけたからである。

「なるほどぉー」

「さすが姉様」

「……それではそちらに向かいましょう」

 年少組は、レネがどれだけ変なことをしているのかが分からないので純粋に感心している。しかし、学院を卒業しているフィリはよく分かるので、己の常識と目の前の非常識との差を埋めるために少々時間を要した。

 そして誰からも反対意見が出なかったため、レネの示した方向へ行くことに決まった。

『では行くぞ。シャンティナは警戒を頼む。レネは迎撃準備もしておこうか』

「それでは行きます。それなりに速度が出ますから気を付けてくださいね。フィリさんは二人の世話をお願いします」

「了解しました」

「はーい」

 今までにない現象に巻き込まれながらも、誰もが平静にしているため年少組に動揺はない。そのためレネは安心させるために微笑みながらも、何があっても動揺を表に出さないように気を引き締めたのだった。




 脱出のため駆けている間、遊びではないので特に会話はせずに進んでいる。そのため杜人とレネは小声で原因について話し合っていた。

『さて、過去に似たような現象は確認されているか?』

「……うん、一回だけ。迷宮の解放期間が来る前に転移事故が多発した記録が残っているよ」

 資料を検索した結果、転移事故より酷い現象の前兆ではないかとの推測により、レネと杜人はしばらく沈黙する。

『……迷宮から魔物が溢れる現象だったか?』

「正確には水晶柱の安全地帯が消失して、魔物が階層移動できるようになる現象だね。それでもほとんどの魔物は少しだけしか移動しないんだけど、中には集団で外めがけて移動する魔物が居るんだよ。理由は不明で、分かっているのは始まる前に対処しないと、何もできずに全滅することかな。前回だって大賢者様が居なければ、王都は無くなっていたと思うよ」

 数々の偉業はあれど、溢れた魔物をひとりで押し返した逸話ほど有名なものはない。誰にもできないことをひとりで成し遂げたからこそ『大賢者』なのである。

 杜人は入るときにあった騒ぎはこれが原因かと納得した。レネと杜人という規格外の存在が居たから軽く対処できているが、普通に放り出されればそれだけで終了だ。命がかかる事態となっているため、穏便に済ませられるわけがない。

『なら、とりあえず原因は置いておこう。結構移動したわけだが、魔物の反応がなさすぎだと思わないか?』

「黒凱地竜は集団行動しないけれど、確かに出会わなすぎだと思う。けど、もしかしたら天虎みたいな習性を持っているのかもしれないし、その辺りの情報は出回らないからね……」

 レネは情報不足で酷い目にあったことを思い出して小さく笑う。杜人も大失敗を思い出してそっと目をそらした。

 そんなときに、後ろでおとなしくしていたシャンティナが進行方向を指差した。

「います。大きいの」

「え? えっと、範囲を絞って精度を……いた」

『出会わなかったのはこれのせいか。……移動しているな。もしかして、誰かを追いかけているのか?』

 表示を切り替えた画面には入口に向けて移動する魔物の反応が表示されていた。タマのほうが速いため徐々に近づいているが、レネ達には関心を向けていないようで追いかけっこのような形になっていた。主の習性を考えれば、何かを追いかけていると考えるのが妥当であった。

「姉様、どうかしたの?」

「……この先に恐らく階層の主がいます。フィリさん、私が引きつけますので近くに行ったら二人をお願いできますか」

 レネは助けようと思ったところでシアリーナとフィリが居たことを思い出し、一瞬ためらってから全員に状況を教え、フィリに二人のことをお願いする。

「そんな師匠……」

「姉様、私も……」

 レネがおとりになろうとしていることを理解したティアとシアリーナはそれぞれ声をあげた。しかし、レネは振り向くと微笑みを向けた。

「大丈夫。大勢居ないほうが速く動けるし、シャンティナも居るからね。それに近くに誰も居ないほうが、気にせずに大きな魔法を使えるんだよ」

「お任せ」

『もちろん俺もな』

 シャンティナもリボンを動かしながら請け合い、聞こえないが杜人も胸を張って答える。そこに気負いは見られない。

 そのためティアとシアリーナも足手まといの自覚はあるので、言いたいことを飲みこんで指示に従うことにした。

「師匠、無理しないでくださいね」

「姉様、早く帰って来てね」

「任せて。この間も階層の主に出会って大変な目に遭ったばかりだから、心配は要らないよ」

 レネは笑顔で冗談を言い、つられたティアとシアリーナも笑顔になった。そしてレネは正面を向き、杜人に頷いた。杜人も頼もしくなったことを喜びながら頷き返す。

 その後にタマの速度を上げ、一直線に目的地へと向かったのだった。
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