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黒姫の魔導書 作者:てんてん

最終章 天に在りしは星の煌き

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第09話 やるなら最後まで

『さて、まずは大雑把に範囲を狭めていこう。大別すれば影響範囲として個人と複数、発動形態として自動と手動、対処として攻撃と防御と逃走といったところか』

 いつも通り何事もなく復活した杜人が座卓を歩きながら話を進め、それをレネがノートに書き留めていく。エルセリアとセリエナはレネの課題ということで今回は見学である。

 レネは書いている手を止めると、言われた内容を検討してから希望の方針を述べる。

「複数は大規模になって時間もかかるから個人にするよ。発動は緊急時に用いるものだから、慌てても大丈夫なように自動。対処は……攻撃だと種類が増えるし、逃げるのも難しそうだから防御にする」

 自動防御の魔法具はティア達の髪飾りで一度製作済みである。そのため内容も理解しやすい。杜人も選択された内容に異論はないので、そのまま進めていく。

『では次。何をもって緊急時と定義するか』

「命が危なくなる脅威があるときでは駄目なの?」

 ティア達の魔法具ではもう少し安全になるように設定した。その程度で良いと思っていたレネは不思議そうに首を傾げる。当然の質問のため、杜人は頷いて説明を行う。

『基本はそれで良い。問題は、設問に緊急時に用いるという文言があることだ。緊急時というのは様々あるから、すべてに対応するのは不可能だ。即効性の毒に冒されて死にかけているのも緊急と言えるし、目の前に凶器を突きつけられているのも緊急と言える。足元に落とし穴があるのに気が付いていないのもそうだ。きちんと定義しておかないと、今回に関してはこのときは使えないと難癖をつけられる可能性がある』

「要するに、提出するときに緊急時の定義を載せないと、好きなように解釈されるってことだよ」

「うぁ、面倒……」

 エルセリアの補足を聞いたレネはパタリと前に倒れる。権謀術策に縁遠い生活をしてきたので、そんな細かいことまで気を使えないのである。杜人は仕方が無いかと不可視念手でレネの頭を撫で、レネは気持ち良さそうに目を細めた。

『そういうわけで、どの緊急にする?』

「……もういっそのこと突き抜けて、幽霊みたいな実体のない存在が襲い掛かって来たときにしよう! ほら、大賢者様の逸話にも出てくるからね」

 レネは勢い良く身体を起こし、手の平で座卓の上を叩く。普通のものでは想定内であろうから対処されてしまうかもしれない。そのため複雑すぎて考えるのが面倒になっていた。設問にはどこにも『よくあることを想定せよ』とは書いていない。そしてレネは怨霊を防ぐ魔法を使える。

「それは良いかも。実際に発動するなら不可にできないし、不可にするなら講師が間違いを証明する必要があるからね」

「迷宮には非実体の魔物も居ますし、こちらが行う証明としては十分ですね」

 課題を出しても、大多数は理論のみの提出となる。そこにきちんと発動する完成した魔法具を提出した場合、『実際にその理論で効果を発揮しているか証明できないから』という理由で不可にすると、その他のものも証明できていないので不可にしなければ公平ではなくなる。

 そして当然、その判断はそのときの課題だけではなく、少なくともこれから出される全ての課題で適用しなければならなくなる。そんなことを一講師の好悪だけで決められるはずがなく、もし実行すれば間違いなく責任問題に発展するのだ。

 そのためエルセリアは笑顔で賛成し、セリエナも頷いた。設問から外れていないので、意趣返しとしては上等な方法である。

 荒唐無稽と断ずれば大賢者の逸話も否定することに繋がるので、根本的な部分は肯定しなければならない。その上で粗探しをしなければならないのである。

 杜人もレネが自ら決めたことなので尊重し、方針をまとめた。

『それでは作成するものは、個人用自動発動型非実体存在用防御魔法具とする。そしてその存在が放つ魔法や特殊能力まで考えるときりがないので、直接接触を防ぐことに特化させよう。実際に使うわけでもないし、作っても費用を抑えることができる。それに、効果を一点に絞ればけちをつけにくいからな』

「うん、それで良いよ。それなら霊破障壁を改造すればすぐにできそう。ちょっと待ってね。……攻撃反応を抜いてっと」

 レネはさっそく改良に乗り出した。杜人も呟きを聞きながら思いついた案を述べていく。

『余裕があるなら魔導書の基礎術式を利用して、契約者に対して間違いなく発動するようにしても面白いな』

「あー、確かにそうすれば発動対象の判定が省けるね。……良し、できた」

 とりあえず簡易版を作り上げたレネは杜人から受け取った魔力結晶に術式を封入し、効果を確認するために発動させる。すると魔力結晶からレネの身体を覆うように光の膜が広がり、あっという間に全身を包みこんだ。

「どうかな?」

「うん。触っても大丈夫だよ」

 エルセリアはレネの頬をぷにぷにとつつき、実体に対して効果が現れないことを確かめる。そして杜人も浮かび上がると反対側の頬をつつく。しかし、杜人の指は光の膜に阻まれて触れることができなかった。そのため座卓にふらふら降りると膝をついて嘆きを表す。

『くぅ、ぷにぷにできなくなるとは大誤算だ。あの感触は癖になるというのに……』

「………………いつの話、なのかな?」

 つつかれた憶えのないレネはすかさず杜人を捕まえ、にっこりと微笑む。しかし、目は笑っていないので杜人の背中には大量の汗が噴き出していた。

 杜人はよくレネをからかうが、たまに素で失言することがある。今回がそれであり、見学しているエルセリアとセリエナも仕方がないなぁと思いながら推移を見守っている。

 正直に言えば折檻が待っているのは確実である。しかし、ここで嘘を言って逃れようとする杜人ではない。そのため己の信念に従い事実を正直に、ついでに感想も添えて答えた。

『いや、ほら……寝てるとき? 安心してくれ。実に良い触り心地だったし、涎を垂らしていてもレネはとてもかわいかったぞ?』

「ふふっ」

 寝ぼけていなければ、レネはおとなしいものである。そのため目覚めない時刻につついて感触を味わっていた。涎を拭くのは杜人なりのお礼である。

 その返答にレネは頬を朱に染めながら笑みを深め、杜人も引きつりながら笑みを浮かべる。そしてほんの少しだけ張りつめた静寂が過ぎてから、レネは優しい声音で判決を言い渡した。

「ありがと」

『ま、待て、話せば……ぎょぴ』

 当然待たずにレネは容赦なく対杜人専用攻撃を加え、結晶に包まれて前衛芸術となった杜人を座卓に転がした。

「さ、今度は自動制御を組み込まなきゃ」

「あはは……」

「本当に……」

 頬を赤らめたままレネは杜人を放置して次のことに取り組み始める。結果を見届けたエルセリアとセリエナは、本当に仲が良いなぁと微笑んだのであった。





 そんなことをしながら開発を行っていったが、すべてが順調に進んだたわけではなかった。特に発動判定の区別にレネは頭を抱えていた。

「うーん、魔物なら楽なんだけどなぁ……」

 魔物であれば、実体がなくても魔力反応があるので判定は簡単である。しかし、杜人には魔力反応がないため、それでは発動しないのである。課題自体はこれでも大丈夫だが、怨霊が存在することを知るレネにとっては満足できるものではないのだ。

『やはり、時代の先を行く俺が最強ということだな!』

「そーだねー」

『ぐすん、レネが冷たい……』

 腰に手を当て笑顔で彼方を指差す杜人であったが、奇行に慣れたレネの反応はおざなりである。そのため崩れ落ちて泣き真似をし、その後に何事もなく復活した。その変わり身の早さにも慣れたので、もはや誰も気にしていなかった。

 杜人も気にせず、休憩のためジンレイにジュースを出すように指示を出すと、顎に手を当てながら座卓の上を歩き回る。

『常時発動では出題に反することになるしな。さて、どうするか……』

「私のが使えれば良かったのですけど」

「そうなんだよね」

 残念無念とレネはため息をつく。エルセリアが作り上げた杜人を見聞きする術式は、レネが持つ魔導書という本体があったために開発できた。そのため杜人だけに特化していて、汎用にできないのだ。

 そんなとき、ジュースを配るジンレイを見ながら、セリエナが唐突に湧いた疑問を呟いた。

「ところで、どうしてこの空間では魔法具がなくても見聞きできるのでしょう」

「……あ!」

 魔法具を常時使っているため、すっかり忘れていた事実であった。そのため思い出した全員が一斉にジンレイを凝視した。

「いやはや何とも。そのように見つめられるとこそばゆいですね」

 ジンレイは動じることなくジュースを配り、その後に透明な箱を座卓の上に創り出した。そしてその中に水を満たす。

「この箱が私の本体と仮定しますと、内側が支配する領域となります。内部には当然私自身が満ちていて、様々な形に変化させることができます」

 ジンレイは内部の水を動かして、建物などを作っていく。

「この際、内部に満ちる存在は形質を変化させただけで本質は変化していません。現在何もない空間も、固い建物も、私にとっては等しい存在です」

「……そっか、そこに自分以外が入ることになるから存在を認識できるし、認識できるから内部空間の法則に従って見えるようになるんだね?」

 レネの答えにその通りですとジンレイは頷き、箱を消去してから一礼し下がっていった。足掛かりを得たレネは思いついた案を急いでノートに書いていく。

「一定の領域を展開して検出すれば、同じようなことができるよね?」

『おそらくな。それなら逆も試してみよう』

「逆?」

 レネは手を止めてきょとんとしながら首を傾げる。

『検知するために領域を形成するのは同じだが、検出方法を逆にする。既知のものはあらかじめ除外しておき、未知のものが検出されたら反応するようにするんだ。そうすれば検出して登録する手間が省ける。その代わり除外登録が大変な方法だな』

「そっか、非実体だから何が来るのか分からないんだね。……うん、そっちからやってみるよ」

 レネの考えたものは登録したものに対して反応する方法である。その場合は最初に検知する対象を登録しなければならない。この場合は処理数が定まるため術式を組みやすいが、設定したもののみに限定されてしまう欠点があった。

 課題としてはそのように定義すれば事足りるが、非実体用としては中途半端なものになる。しかし、それを正面から指摘して否定すれば、せっかく自力で思いついたレネのやる気を削ぐことになる。そのため欠点に気付いた杜人はレネの案を肯定し、ついでのように修正部分を示唆した。

 レネもその気遣いに気が付いたため、小さく微笑んで術式の検討を再開する。そして聞いていたエルセリアとセリエナも手伝えることができたのでノートを広げた。

「それじゃあ、私達は除外するものを考えよっか」

「そうですね」

 ひとつひとつ行っていたのでは膨大な量になってしまう。だからある程度分類して設定することになる。そして方針を決定するための案に口出しはできないが、内容が決まったことに対しての情報整理なら大丈夫なのだ。

 こうして協力を得ながら、ようやく形ができあがっていった。




 そして最後にしなければならないものは、実際に効果があるかを確かめる試験である。そのためレネと杜人は迷宮第十七階層へと来ていた。目的はこの階層に出る実体を持たない魔物、魂魄珠である。

 さすがに今回は普通に近づけば触れられなくてもその他の攻撃で負傷すると分かっているため、いくら死なないと言ってもジンレイを使うわけにはいかない。もちろん実験班長であるセリエナは論外である。

「これで良し。これを持って、指示があるまで何もしないで立っていれば良いから。ただ、力が急に抜けたり、痛みを感じたりしたら排除して構わないからね」

「はい」

 検討した結果、実験はシャンティナに託されることになった。竜焔の直撃すら退けるシャンティナの防御力があれば、魂魄珠が放つ電撃など無いも同然である。ついでに万が一接触されて生命力を吸われても、シャンティナなら自力で対処可能なのだ。

 レネはシャンティナに術式を封じた魔力結晶を渡し所有者契約を行った。その後にシャンティナは楽しそうにリボンを揺らめかせながら魂魄珠に近づいていく。そしてある程度まで近づいたところでシャンティナの身体が光の膜に包まれていった。

『とりあえず良しだな』

「これで駄目なら困るよ」

 手始めの発動が順調にいったため、杜人とレネはほっと胸をなで下ろした。実験ではうまくいっていたが、実戦は初めてのため緊張していたのである。

 そうこうしているうちにシャンティナを認識した魂魄珠は浮遊しながら手始めに電撃を放った。しかし、直撃したはずの電撃は磨かれた面を水が流れるように身体の表面をきれいに通過していき、最後には空中に消えていった。もちろんシャンティナは立ち止まることなく直進している。

「……うん。反応していないね」

『よしよし』

 レネは魔力の流れを見ながら魔法具の効果が設定した通り働いているかを確認している。あくまで防ぐのは直接接触だけのため、これで良いのである。

 魂魄珠は戸惑うように薄暗い光を揺らめかせると、自らシャンティナに近づいていく。そして前に伸ばされた手にとりつくと、内側に取り込み生命力を吸いだそうと光を強めた。しかし、一向に吸いだせないため光を明滅させる。もちろんシャンティナに変化はない。

「うん。反応しているけれど、接触を防いでいるから大丈夫みたい」

『なら、これでとりあえず基本機能は完成だな。シャンティナ、少し触ってみてくれないか』

 レネは手帳に状況を記録し、所感も書き込んでいく。シャンティナは両手を使って魂魄珠を粘土のように捏ね始める。感触が面白いのか、リボンがぱたぱたと動いていた。捏ねられた魂魄珠は逃げようとしていたが、興が乗ったシャンティナは逃さない。

「こちらから接触することも可能っと」

『シャンティナ、もう好きにして良いぞ』

「はい」

 実験する項目が埋まったため、杜人は楽しそうにしているシャンティナの自由にさせた。シャンティナはこくりと頷き、手の動きを加速していく。そうして捏ねられ続けた魂魄珠は徐々に体積が減っていき、ある程度まで減ったところで宙に溶けるように消滅していった。

 そのためお楽しみが終わってしまったシャンティナは残念そうにリボンを垂らすと、レネのところに戻ってきた。

「力を使い果たして維持できなくなったのかな?」

『諦めたのかもしれないぞ。何にしても成功だ。次に行こう』

「そうだね。急ごう」

 レネは呼び出されたタマに乗り、シャンティナも乗り込んだ。そして次なる獲物を探しに移動を開始したのであった。





 こうして試験を重ねて術式に不備がないことを確認し、最後の仕上げとしてレネはダイル商会に訪れていた。目的はもちろん本体となる魔法具の製作依頼である。

 やるなら最後までが合言葉のため、今回は妥協しないことにしていた。

「これはまた珍しい用途ですね」

「はい。今回は売り物ではなく課題用ですから、実用性は考慮していません。それでも買えない価格で作っても仕方がないので、良さげな値段になるもので作って頂けると助かります。それで魔力が余るようでしたら、恐怖耐性とか実用的な効果もおまけで加える予定です。提出期日もあるので、できれば早目にお願いしたいのです」

 ダイルは今でも忙しいのだが、そんなときこそ気晴らしも必要と考えているので、ちょうどよく訪れたレネの相手を買って出ている。レネの楽しそうな表情から、きっと面白い話を持ってきたに違いないと予想していたわけだが、見事に的中したため肩を揺らして笑っていた。

「なるほど。確かに期限があるのでしたらそこまで考えるのは難しいでしょう。分かりました。良いところを見繕って急いで作ることにいたしましょう。その代わりといっては何ですが、調整後の品を売り出してもよろしいでしょうか」

「え? はい。売り出しを課題の結果が出てからにして頂けるのでしたら構いません」

『そんな変な需要があるのだろうか』

 レネは予想外の申し出に驚きながらも、不利益がなく死蔵するのも何なので簡単に了承する。杜人もどこに需要があるのか分からなかったが、本職が売れると判断したのなら大丈夫だろうと深くは考えなかった。

「ありがとうございます。実は心の支えというものは大切なものでして、いくら準備を重ねても心配はなくならないものなのです。その隙間に需要があります。いくつになっても深い闇は恐ろしいものですから」

『……なるほど。二つ名の殲滅とかけて、よく分からない悪いものを払うお守りにするということか。それは考え付かなかった』

 ダイルは説明を終えるとにやりと笑い、契約書をレネに差し出した。いつも通り、その姿は客を騙そうとしている悪徳商人にしか見えない。レネは思いもしなかった用途に微笑みを固まらせ、杜人はその商魂逞しい様子に感心しながら笑ったのだった。





「本当に幽霊避けだったとは面白いですね。しかも実証済みとは……」

 レネが帰ってから、ダイルは渡された説明書きを改めて読んだ。説明書きには書かれていないが、開き直ったレネは契約後に話のついでとして、元々の術式を使って怨霊から身を守った実績があることや、大賢者の逸話からこんな物があれば良いなと思ったことを伝えていた。もちろん証拠はないので宣伝には使えないが、信じない理由もないのでダイルは疑っていない。

 ダイルは立ち上がると窓に近づき、迷宮の入口を見つめる。その表情は先程までの楽しそうなものとは異なり、真剣そのものであった。

「これを運命と言うのかもしれませんね……」

 そう呟くと踵を返し机に向かう。そして筆をとると、精力的に書類を書き始めたのであった。
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