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黒姫の魔導書 作者:てんてん

最終章 天に在りしは星の煌き

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第08話 見えない裏側

 ダイル商会の商会長であるダイルは、このところ忙しい毎日を送っていた。物資の手配、各種会合など、国の上層部が動いたために調整に走り回っているのである。

 表立って動けば混乱を呼び、情報を下手に流せば物資を溜め込んで儲けようとする者が必ず出てくる。そのためダイルの他に話を聞いている商人と打ち合わせをしながら、こっそりと行動しているのである。

 それでも敏い者は動きを察知して溜め込みを始めている。そしてそれを見て他の商人も動き始めた。そのため徐々に物資の価格は上昇していた。調べてみると若い商人が多く、儲けどころと思っているのがよく分かるダイルは思わず笑ってしまった。

「まったく、怖いものが無いというのは困ったものです。事が起きれば全て接収されるというのに」

 相手は国である。存続の危機となればなりふり構ってなどいられない。無料でとはならないだろうが、儲けなど吹き飛ぶ金額にしかならないのは予想の範囲内である。そうならないようにダイルなどの大商人が動いているのだが、集めても足りず他に溜め込まれた物資が高値で販売されていると分かれば、容赦なく動くのは確実である。

 そんなことになれば、その後の回復もおぼつかなくなる。そして、それで困るのは資金の無い若手の商人である。つまり、彼らは今現在自らの首を絞めているのと同じことをしているのだが、理由を話すわけにはいかないので、僅かな儲けを与えて暗に手を出すなと諭す程度しかできない。

 それでもやめない者に関しては、ダイル達は見捨てることにしていた。手は一度差し伸べたのだから、後は自己責任である。事が実際に起きても手助けはしないと決めている。そうでなければ、言うことを聞いてくれた商人を蔑ろにすることになるのだ。

「後はどれだけ速く外から運びこめるかですかね。まぁ、今は走甲車もありますし、黒姫芋もありますから壊滅しない限りは大丈夫でしょう」

 そう呟くと窓の外に見える迷宮入口を囲む壁を見る。過去の出来事から作られたものだが、あれで大丈夫だとは欠片も思っていない。大賢者が居た当時でさえ、王都は打撃を受けたのだから。

「気のせいで済めば一番なのですがね……」

 何も無ければ大商人達は損をすることになるが、その程度でどうにかなる者は参加していない。だからダイルは本気で何も無いことを願うのだった。





 レーンの迷宮で起き始めている異変の情報は、具体的に動き始めたことによって他国の知るところとなった。当然その中には弱体化を望む国もあり、ここぞとばかりに今まで仕掛けていた罠を使い離間工作を行い始めた。狙いどころは上昇志向を持つ新興貴族と、かつては独立国家であった恭順貴族である。

 これまでも、いきなり裏切りを求めたりはしていない。どうでも良い情報を高値で買い取り、やりとりに対する忌避感を薄れさせることから始めている。そして徐々に機密に属する情報を出させるところまで倫理観が緩んだ者達に仕掛けた。

 『中央が弱まれば民が困る。そこにあなたが守れば立場が強化される。そのために支援しますよ』

 行商人などに扮している工作員は具体的な国名を言わない。言わないが、仄めかしてはいるので分かる者には分かる。それでも取引をやめない者を選んで工作は行われる。そうして裏切りの証拠を積み重ね、首元を押さえて身動きを取れなくするのである。

 これだけで倒せるとは思っていない。しかし、埋め込まれた毒は弱ったときにこそ効果を発揮するのである。分裂しなくとも、中央の言うことを地方が聞かなくなるだけでも弱体化していく。だからこそ、その機会を逃さない。

 恭順貴族を束ねる大貴族のひとつ、ルトリス侯爵家にも当然のように工作は行われている。といっても本家に直接仕掛けることはせず、一門に連なる末端に対してであるが。

 それでも一門の不始末には違いなく、中央に知られれば疑いの目を向けられるのは間違いない。そしてその疑惑は釈明しても消えずに残り、負の連鎖によっていずれ離反する原因となる。……普通の国であれば。

「……少し足りないかもしれないな。この辺りまでは許可する。遠慮なく集めろ」

 ルトリスの本宅、その執務室にて、嫡男であるライル・ルトリスは一門貴族から上がってきた情報を精査しつつ、工作員に売り渡す情報を指示する。まさか工作員も、末端から正直に報告が上がっているとは思わない。この辺りの考え方が、奇特な王族を擁するレーン貴族の特徴なのだが、他国の者は理解できない。

 現在、中央で高値になり始めている物資を集めているのだが、工作員達は恩着せがましく安値で提供し、代わりの対価として情報を求めている。そのためライルは裏切りを仄めかせながら、ありがたく安値で物資を買い集めていた。

 他国でこんなことをすれば、確実に一門ごと処刑される。だから工作員は嬉々として物資を売るのであるが、残念ながらレーンの王族は他国の王族とは考え方そのものが違うのだ。

 当主が交代して爵位を継承するときには、必ず国王との謁見がある。そのときに侯爵以上の者には『この国もついでに治めてみないか?』という内容を必ず問うのだ。

 普通の国であれば裏切りを疑っている発言と取られるため、床に這いつくばってでも許しを請わねばならない事態である。ところがどっこい、レーンでは本気の発言なのだ。

 万が一肯定的な返事をしたが最後、嬉々として玉座を押し付けてくる。そしてその先に待っているのは、理不尽な力による一族の滅亡である。過去にたった一例しかないが、証明はそれだけで十分なのだ。

 今でも独立国家時代と遜色ない生活ができ、それでいて面倒事は王族に押し付けることができる。もちろんそれなりに苦労はあるが、直接統治するより楽である。そしていつでもレーンという大国を継承でき、それがなくとも独立することを許されている。むしろ、統治が面倒だから独立しないかと言われる始末。

 実情を知る者ならば、仕掛けられた罠を王族が知ったときの行動がよく分かる。裏切り者と糾弾するようなことはせず、間違いなく嬉々として独立を勧めてくる。

 他国で宮廷闘争をしている者には絶対に理解できない思考である。だから恐れることなく罠を利用できるのだ。そして王族の考え方は、全ての侯爵家が理解している。

「ついでに資金も減らしておくか……」

 安く売っていても、調達するときに安いとは限らない。そして提供されている物資の価格は、運搬を考えればどう計算しても原価割れが起こる金額であった。そのため、買えば買うだけ相手の資金は目減りする。

 ライルは表情を変えないまま追加で増量を指示し、敵性国家の資金を吐きださせることにしたのであった。





 レネが休んでいるときの杜人はいつも通り魔導書内部で研究に勤しんでいる。といってもレネのようには行かないので、術式を考えても実現するかどうかが判明するのには日数がかかる。そして今日もまた、レネに言わせれば『役に立たない魔法』を作るのであった。

『ふむ……ぬう……。うーむ、術式はできたが俺では制御できないか』

 魔導書内部の白い世界に浮かぶ情報窓のひとつを眺めながら杜人は唸る。情報窓には透明な直剣が表示され、その下に術式が書き込まれていた。

 作った魔法は以前レネとシャンティナの防御魔法具を作ったときに見つけた、二つの斥力障壁の反発を利用したものだ。

 レネも知っているが簡単な実験を行った結果、特殊な状態なので維持するには常に微妙な調整をする必要があるため術者本人にしか使えず、遠くへ撃ち出すこともできなかったので、使うなら近接攻撃しか方法がないと判明していた。遠距離放出系の魔法使いが肉弾戦をしても仕方がなく、そもそも近接戦闘をしながら微調整などできないため、ほとんどの者は使えないとお蔵入りしていた魔法である。

『せっかく魔法剣を作れると思ったのだがな……。まったく、レネは男の夢を分かっていないから困る』

 レネの耳に入れば、間違いなく折檻されることを呟く。ちなみに現時点での刃の大きさは、十階建ての建物の屋上に届くほどである。

『もう少し小さくすれば安定するか? ……いや、諦めるのはまだ早い。付加価値をつければ……魔法封じを応用して定番の防御無視とかも組み込んでみよう。貫通では味気ないから、連鎖破壊するようにして……』

 巨大な剣を振るうのは男の夢。杜人は不要と言われようが譲るつもりはまったくなかった。

『そう、いつかきっと理解してくれるに違いない。そのときにがっかりさせるわけには行かないのだ!』

 限りなくゼロに近い可能性を信じて杜人は更なる改良に着手する。こんな杜人であったが、レネのことをきちんと考えているのだ。





 レーンにおける魔法使いは、上級で一人前扱いとなる。これは上級と特級の間には巨大な溝が横たわっていて、半分以上の者が特級まで辿り着けないからである。そのためフィーレ魔法学院では上級魔法使いの認定を受けた者を一人前として扱い、講義もそれまでとは異なるものが多くなる。

 レネが現在受講している講師教練もそのひとつである。そしてその他にも課題が突然出されたりするのだ。今までは上級になったばかりということで猶予されてきたが、一年経つので遂に始まったのである。

 レネは座布団に座りながら座卓に資料を広げて読み進めている。そして杜人も読み終わったものを受け取って読んでいる最中である。エルセリアとセリエナも座卓を囲んでいた。

 そこにジンレイが本日のおやつを持ってきたので休憩に入った。

「どうぞ。少し食べにくいかもしれません」

「わあい」

 一応真面目な集まりではあるが、座卓の上に炭酸果実ジュースとジンレイ作のミルフィーユが置かれていく。パイ生地と生クリームを交互に挟み、生クリーム部分には苺も挟まれいる。上には当然のように丸のまま鎮座していた。

「新作だね」

『まあな。パイ生地のサクサク感とクリームのしっとり感を一度に味わえる。本物だから食べ過ぎに注意しろよ』

「えへへへへ。さくっと……にゃ!?」

 レネは笑顔でフォークを持つと、一口大に切ろうと無造作に当てて力を入れた。結果、パイ生地が切れる前に挟まれたクリームと苺がでろんと飛び出してしまった。

「……」

『まあ待て、代わりはある』

 杜人は涙目になりかけたレネを制し、その間にジンレイが素早く新しいものに取り替えた。

「おいしいけれど、切るのが結構難しいね」

「加減が意外と難しいです」

 エルセリアとセリエナは少し形を崩していたが何とか無事に済み、座卓の隅に居るシャンティナはまるで柔らかいものを切ったような綺麗な形を保ちながらゆっくりと食べている。

「むぅ……。ゆっくり、慎重に……」

 今度は反省を踏まえてゆっくりと力を入れる。結果、上手に切れずに上下に分離することになった。

「……」

『大丈夫だ。まだある』

 とても残念な表情となったレネの前にジンレイが代わりを置く。ついでに食べ終わったシャンティナに、崩れたケーキを横流しする。

「ふふふ……」

 レネは三つ目のミルフィーユを見つめると、目を細めてフォークに風属性を付与し魔力の刃を纏わせた。その様子を見ていた杜人達は笑顔を固めたまま観察している。レネはそのまま無言で一口大に切り取ると魔法を解除して頂点を突き刺し、笑顔で口に入れる。

「うん。おいしい。食感の違いが良いね。けれど、もう少し量が欲しいかな」

『……それは良かった』

 杜人は空気を読んで追加を指示し、ジンレイも流れるように全員の前に置いていく。ここで食べ過ぎというほど愚かではない。何せ相手は、食べるために魔法をためらうことなく使う狩人なのだ。

「わあい」

「うんうん。これは楽だね」

「……」

 レネは追加に喜び、エルセリアも笑顔でレネを真似てフォークに魔法を付与する。そしてセリエナは見なかったことにして無言で食べ進め、シャンティナは嬉しそうにリボンを揺らしていた。

 そんな楽しい時間を終えてから、また続きを行う。甘い物を補充したため、やる気は十分である。

「うーん、緊急時に用いる魔法具の設計かぁ……」

『設問そのものは簡単な部類だが、既存のものを組み合わせて良いとはいっても、大雑把すぎて困るな』

「特級の課題は結構無茶なものが多いですよ。できないのが前提のものもあって、壁にぶつかったときの心構えや対処を学ぶためですね」

「確かに、それは言葉で説明しても理解させるのは難しいです」

 特級魔法を扱える才能を持った者は、上級までは壁にぶつからずに来ることが多い。そのため悪く言えば増長しているときがある。それをそのままにしておくと学院の評判を落とす者ができあがる。それではお互いに不幸になるため、乗り越えられない壁をあえて与えるのである。

「リアは今までどうしていたの?」

「普通に考えて提出していたよ。完全なものは時間が足りないから、理論だけだけれどね。それでもある程度の検証をしていないと不可になるかな。というか、私に課題を出すのはレゴル先生くらいだから、あまりしたことがないんだよね」

 課題は講師が課題を出した期間を見て与える学院生を決めている。そのため偏りが発生するときがあるのだが、一応課題を与える期間が定められているので全く出ないという事態にはならないようになっている。

『ちなみにどんなのが出たんだ?』

「ええと確か前回は……、指定した特級魔法の術式を改造して上級魔法を作れ、だったような気がします」

「ええー……」

「無茶すぎです」

 聞いたレネとセリエナは恐ろしい課題に笑うことしかできない。長年研究してやっと実現することを一朝一夕でできるわけが無いのだ。

『それで、どんな回答を?』

「威力や範囲などをそぎ落として消費魔力を削減し、上級の範囲に無理矢理収めました」

「あー、なるほど」

「考え方が固いと思いつきませんね」

 課題を聞いたレネとセリエナは勝手に特級の威力のままと解釈したが、よく考えればそんなことは要求されていない。言われてみれば無茶ではなく、発想の柔軟さが求められる課題と分かった。

「それじゃあ、この課題もそうなのかな」

「それは違うと思うよ。達成しようと思えば簡単にできるし……ほら、出題者がレゴル先生と仲が悪い人だから、お手並み拝見と言いたいんじゃないかな。それにレネは目立っているからね。調子に乗らないようにと考える講師も居ると思うよ」

「簡単だと思わせて実は、ということですか。……予算会議で何かあったとか?」

 セリエナの報告の後、レゴルは普通に予算を獲得している。その際何があったのかは知らないが、傍から見ればレネはレゴルの愛弟子に見えなくもないので、とばっちりの可能性が非常に高いとレネ達は推測した。講師も人なのでいつでも公明正大とはいかない。そして噂程度で怯むほど、学院の講師は弱くないのである。

『なるほど。ならば、今回ばかりは本気で取り組まないといけないだろう。こういうことは最初が肝心だからな』

「時間がそんなにないけれど、仕方ないかぁ……」

 この場合、相手の思惑はレネの評価を下げることのため、中途半端なものでは難癖を付けられる可能性が高い。そのため思惑に乗ったまま、その上を行く必要があるのだ。

 レネは思わぬことにため息をつき、杜人もレネの前に移動してその通りと力強く頷いた。そして分かりやすく顔を動かし、視線をレネの顔より下に向ける。

『まったく。レネはいつだって壁に悩んでいるというのに、困った……ぐふっ』

 レネは柔らかく微笑むと対杜人専用魔法を一瞬で構築し、言い終わる前に問答無用で放った。そして結晶に覆われて置物と化した杜人を脇によけ、ほんのりと頬を赤らめながら座卓にノートを広げる。

「さ、何が良いか考えなきゃね」

 それを見ていたエルセリアとセリエナは、わざわざ攻撃しやすい位置に移動してからレネをからかう杜人に、本当に仕方がないなぁと微笑むのであった。
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