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黒姫の魔導書 作者:てんてん

最終章 天に在りしは星の煌き

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第05話 成果をみせよう

 そして夜。レネと杜人は、魔法具の性能評価と助けた探索者から得た情報を整理していた。その横ではいつも通り、シャンティナが嬉しそうにリボンをはためかせながら、出されたモンブランをゆっくりと味わっている。

 ちなみにレネは既に三つ完食済みである。本物ではないので、杜人は笑いながらも何も言わなかった。

「魔法具はどちらも問題なかったよね」

『ああ。全て不具合はなく、余力も十分だった。氷結魔法具の消費が多いが、移動距離が大きいから許容範囲内だろう』

 レネは座卓にノートを広げて情報を整理していく。

「性能試験自体をもっと厳しい環境でやったからね。けど、実際うまくいってほっとしたよ。後は長期間使用したときどうなるかだね」

『熱で劣化する素材は使っていないから大丈夫だとは思うが、こればかりは実際使ってみないと分からないから仕方がないさ』

 命がかかっているので、一つで済むところを二つ一組にしたのである。そのため杜人は肩を竦め、レネもそれもそうだと次に移る。

「環境が変化しているのにも現状で対応できているね。というか、想定より消費していないからよく分からないかな。けど、嘘ではないよね」

『それだけ職人の腕が良いということだな。それに向こうは命がけだから嘘ではないだろう。報告は上げたほうが良いな』

 助けた探索者からの情報で、環境がより厳しくなって魔法薬の効果時間が短くなっているとの情報を得ていた。そのため彼らは予想以上に魔法薬を消費することになり、余分に持っていった分も事故で失ったため間に合わなくなったのである。

 この変化が簡単に分かるなら最初から考慮できるが、環境も階層で一律ではなく場所ごとに変化している。人にとっては致死の変化でも見た目は変わらないので、長期間滞在しないと分からないのだ。

『何にしても、実際に体験してもらえたのは大きい。あの様子なら買っただろうな』

「うん。喜んでもらえて良かったよ」

 救出した探索者達は、灼熱の環境でも普通に動ける護身の魔法具を気に入り、購入先を聞いてきた。魔法薬ではどうしても直接環境に接しなければならないため快適とは言えない状態で探索しなければならず、今回のように効果時間が短くなっても体感でしか分からない。その点護身の魔法具は効果時間が目に見えて、普通に行動できる。魔法薬が足りなくなって死に掛けたからこそ、より一層良さを感じた。

 魔法具が売れても既存の魔法薬市場に対する影響はほとんどない。これはそれだけを作っているわけではないことと、解毒はいつでも需要があること、耐火も結構需要があるので元々どちらも品薄気味だったことがある。

「でもさ、やっぱり死ぬかもしれない場所に長居はしたくないね。凄い勝手な言い分だけど」

『まあな、それは仕方がないさ。後はもう通過するだけだから、さくっと通過しようか』

「そうだね。さてと、後は報告書を書かなきゃね」

 レネと杜人は心配ないと分かっていて現地では特に変化は感じなかったのだが、落ち着いてみるといつも以上に疲労していたことを改めて感じていた。そのためどちらも力の抜けた笑みを交わした。

 こうしてレネと杜人が考えた魔法具は実際に使った者からの感想が広まり、少しずつ売れ始めたのだった。



 後日、レネから学院に報告が上げられ、そこから巡り巡って学院の講師であるレゴルの補助員であるセリエナが、班長として環境調査を行うことになった。

「私……ですか?」

「そうだ。たまには対外的に成果を見せなければ、くだらない言いがかりをつける者が発生するようだからな。今回に関しては随員三名までの経費は負担する」

 要するに、何もしていない補助員は不要ではないかと言った者がいたからレネとエルセリア、シャンティナを連れて実績を上げて来いということである。予算は限られているので研究室間で奪い合いになる。そして補助員が減れば当然予算も削減される。そうなると困るのはセリエナなのだ。

 レゴルは淡々と説明しているが、生活がかかっているセリエナにとっては断れることではない。そのため了承し、追加の説明を受ける。そして最後に重要な質問をしてみた。

「ちなみに、何も変化がない場合はどうなるのでしょう」

「心配するな。それもまた実績だ。後はこちらで処理する」

「……了解、です」

 珍しくレゴルは口の端を上げて楽しそうに笑い、セリエナはちょっかいを出した人物の冥福を祈ったのだった。




 調査班長となったセリエナの行動は早かった。ひとりで危険な場所に行くわけにはいかないので、まずは強力な助っ人に支援を要請する。

「というわけでして、手伝って頂きたいのです」

「良いよー。どのみち通過するために行くからね」

「私も大丈夫」

 和室でのんびりしながらレネとエルセリアは簡単に了承した。今日のお泊まり会の名目はなく、セリエナの要請で集まったので座卓の上には飲み物しか置いていない。そのため杜人の居場所は座卓の上である。

『タマなら多少遠回りしても大丈夫だから、文句を言われないよう広範囲の調査ができるぞ。レネ、ついでに温度変化を測定する術式も地図魔法に組みこんだらどうだ? それなら停止しないで調査できる』

「そだね。そろそろセリエナのも更新して良い時期だからそうしよう」

 レネはなぜかいつも近くにあるノートを座卓に広げ、エルセリアと共にさっそく改良を始めた。

「精度はどうするの?」

「人に影響があるかを調べる必要があるから、細かくしないと駄目だね。となると表示はともかく記録領域を広げないと駄目かも」

「それじゃあ、ここを変えて……」

「こっちはこうかな……」

 そして二人の世界に突入していき、常人では理解できない会話がいつも通り繰り広げられる。その横ではセリエナが資料の確認を行っていた。そこに暇になった杜人が近づく。

『よく考えたら、あれの調整はかなり難しかったよな?』

「……そうですね。爆発とか、爆発とか、爆発とかでしたね」

 二人は静かに視線を合わせると、同時にレネを見つめる。普通に魔法として使う場合は多少の不具合があっても無意識に調整しながら制御するので問題ないのだが、魔法具にする場合は致命傷になるときがある。特に地図魔法の魔法具は発動と記録を同時に行うので、繊細な調整が必要なのである。いかにレネと言えど、一回で成功するわけがないのだ。

 そして封入した後の試験は、実験班長であるセリエナが行う。そのためセリエナは諦め顔で力なく微笑んだ。

「便利になるのですから、何も問題ありません。そもそもが私のためなのですから」

『……終わった後のおやつをこっそり増量しておこう』

「ありがとうございます」

 杜人の提案で始まった改良のため、目をそらしながらこっそりと密約を交わす。そしてセリエナは、今回は何度目で成功するのかなと、ちょっぴり遠くに視線を向けたのであった。





 こうして何度かの爆発と班長の犠牲を経て完成した魔法具を持ち、セリエナ調査隊は迷宮第六十一階層に降り立った。構成はセリエナ、レネ、エルセリア、シャンティナの四人である。杜人はレネの付属品なので数には含まれない。

 そしてタマで高速移動を行い、途中で出会った探索者達に聞き取りをしながら調査範囲を広げていき、数日かけて第六十三階層まで移動していった。

「意外と温度分布にむらがあるね。もう少し変化が少ないと思っていたよ。これなら効果が早く切れるのも納得かな」

「目に見えないし感じないから、こうして測定しないと変化がないように思ってしまうね」

 探索者の居ないところで停止し、タマに乗ったままこれまでの情報を整理しているわけだが、場所ごとの温度変化が山谷のようになっていた。停止してある程度の時間を測定したときはそんなに変化がなかったため、いつもの場所を余裕を持って移動する探索者達は異常を感じてはいなかった。

「過去の測定値がないので比較できないのが困りものです。それでも魔法薬の減りが早いと感じている人はいましたね」

『それでもまだ有効な調査数とは言えないから、もう少し聞き込みは必要だな』

 やるならばきちんとしたものを作りたい。それは全員が思っていることなので、揃って頷いた。

「みんな快く協力してくれるから助かるね」

「思ったよりこの護身の魔法具が広まっているからじゃないかな」

 エルセリアが腕輪を示し、レネは照れたようにはにかんだ。

 最初はあまり居なかったのだが、階層を進めるにつれて使用者が増えていた。今はまだ魔法薬と併用している者が大半だが、話してみた感触はとても良かった。そのせいかは不明だが、聞き取り調査もはかどったのである。

 杜人はそんなレネに近づくと、にやにやとしながら探索者達が呼んだ名称をそっと呟く。

『黒姫さん』

「……」

 転げまわっている二つ名の半分だけであるが、敬意をもって呼ばれたためレネも満更でもなかったのだ。聞いたレネは一瞬の遅滞もなく輝く手で杜人を捕まえ、優しい微笑みを浮かべたまま揉みしだく。

『ちょ、喜んでいただ……ぐぇ』

「それで、なんだっけ?」

 頬を赤く染めたレネは握りしめられてもがく杜人を無視し、エルセリアとセリエナに話の続きを促す。もちろんエルセリアとセリエナは相変わらず仲が良いなぁと思いながらも、優しい心で触らないであげた。

 そうして打ち合わせをしていき、最後になってようやく解放された杜人はわざとらしくよろめきながら浮かび上がり、よよよと泣き真似をする。

『うぅ、事実を言っただけなのに何たる仕打ち……さて、真面目な話をしようか』

 レネが笑顔のまま手を輝かせたのを見た杜人は、すぐに態度を改めて無意味に明後日の方向を指差してから回転し、真面目な表情で向き直る。その仕草に微笑みながら、その他の者も居住まいを正した。

『今まで観察していて、ひとつだけ気になったことがある。どこにでも浮いているあの幻燈についてなんだが……、増えていないか? しかも、まるで目的を持って動いているような気がするんだが』

「え?」

「そうかな?」

「気にしていなかったので、なんとも……」

 レネ達は揃って周囲を見渡すが、どこにでも浮いているが気にしなくても良いので注意しておらず違いが分からない。そのため杜人は指し示して違いを説明する。

『何というか、こっちよりあっちのほうが密度が濃くないか? そして最初の頃は色々な方向に動いていたのに、徐々にあっちに移動しているような気がするんだ。シャンティナは何か感じているか?』

「おいしくなってます。少し濃厚?」

 シャンティナは漂う幻燈をつまみ食いし、以前言われていた通り違いを報告した。

 杜人としては、索敵感覚は一番のため何らかの差を感じているだろうと期待したわけだが、見事にずれた答えが返って来たため一瞬思考が停止し、その他の面々も何とも言い難い笑みを浮かべて固まる。

『……そ、そうか、よく気が付いたな。これで少なくとも最初の頃より変化があると分かってもらえたと思う』

 再起動した杜人は律儀に言いつけを守ったシャンティナを褒め、これもいつもとは違う証拠だと開き直った。方法はともかくレネ達も異論はないため、班長としてセリエナが行動指針を示す。

「とにかく、確認のため一度幻燈を消してみませんか。そうすれば空白地帯ができますから、動きも見やすいと思います」

『確かにそのほうが分かりやすいな。それではレネは動きを観察。エルセリアは広範囲消去を頼む』

 杜人もこのままでは時間が過ぎるだけと悟り、レネとエルセリアに指示を出した。そして確認のためセリエナと目を合わせ、セリエナも了承して頷いた。

 それを受けてレネは地図魔法の準備を行い、エルセリアは周囲に結界を展開して待機する。

「……良いよ!」

「それでは行きます。氷滅平原」

 言葉の後に氷系統天級魔法が瞬きする間もなく発動し、地面に巨大な魔法陣が出現した。そこから音を立てて氷が生成されていき範囲内全てが氷に包まれていく。当然浮かんでいる幻燈も飲みこまれ、灼熱の世界が一瞬で氷の世界に成り代わる。

 そして効果時間が過ぎて氷が消失すると、一行の目の前には幻燈が浮かんでいない広い空間が広がることになった。

『どうだ?』

「……うん、これなら簡単に分かる。こっちからの流入量のほうが明らかに多いよ」

 杜人はレネと共に地図魔法を覗き込み、周囲に浮かんでいた幻燈の動きが一定方向に流れている様子を確認して頷く。全体から流入はしているのだが、杜人が密度が濃いと示したほうからの流入量は他のところよりも少なかった。そして反対側からの流入量は多かった。

「直接見ているとよく分からないね」

「これは誰も気が付いていないかもしれませんね。確か、あちらには探索者の中継地点があったはずです」

 直接流入する様子はエルセリアとセリエナが観察していたが、気が付くほどの密度ではないので明確に差異を感じることは出来なかった。そしてセリエナはひとつの方向を指差し、それは流れていく方向と一致していた。そのため全員が真剣な表情になる。もはや異常が起きていないとは誰も思わなかった。

『全力で行けばそんなに時間はかからない。何もなければ笑えば良いから、とりあえず行くぞ!』

「うん!」

 杜人はレネ達をしっかりと固定し、移動しながらタマを狼形態へと変形させる。そして風を切り裂きながら全力で目的地へと向かった。
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