挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
黒姫の魔導書 作者:てんてん

最終章 天に在りしは星の煌き

135/155

第03話 失敗は成功の元

 依頼した魔法具ができあがったところで、レネと杜人は迷宮第六十一階層へと赴いた。赤茶けた大地と思いきや意外と緑に覆われているので、少し見ただけではそこが致死の領域とは認識できない。しかし、よく見れば陽炎で景色が歪んでいて、奥を見れば幻燈と呼ばれる宙に浮かぶ小さな赤い火も現れているので、普通の場所ではないとすぐにわかる。

 随行員はいつものシャンティナの他に、宣伝要員としてレネの教え子である魔法騎兵団の四名が付いて来ていた。

「噂には聞いていたが凄い場所だな」

「陽炎で歪んでいますね」

 大柄な身体のノバルトは水晶柱広場の外に見える景色を眺めながら素直な感想を述べ、それに細身であるが引き締まった身体を持つ男前のセラルが賛同する。

「熱そう」

「実際、そのまま行けば死んでしまう温度だからね」

 美人であるが無口なミアシュも率直な感想を言い、四人のまとめ役である子供にしか見えないレンティは大変な場所だと思いながら観察していた。

 四人ともラウレス騎士学校に所属している騎士見習いであるが、本日は休暇を取って参加していた。暇というわけではないが、団長であるレネのお願いを無下に断るわけにはいかないのである。お礼として提示されたソフトクリーム各種に目が眩んだわけではないのだ。ちなみに手付けは既に支払われている。

 休暇ということで服装は支給品の鎧ではなく、ダイル商会で揃えた簡単な革鎧と鉄製の武器である。そして腰にはレネから支給された採取用のナイフと袋が結わえられていた。身に付けているものがすべて普通の品物だったため、周囲に居る探索者からは『何をしに来た』とか『お遊びか』とか、あまり好意的ではない視線が向けられている。

 場違いなのは四人とも承知しているがレネから宣伝のため普通の装備でという指定があったため、また何かするのだろうと楽しみにしていたりする。だから逆に好意的ではない視線を向ける者達に憐みの感情さえ感じていた。

『ふふふ、見たまえ。注目は抜群だ! この場違い感で注目を集めないはずがないからなぁ』

「でも、あまり好意的じゃないね」

 場違いなのは承知していたが、探索者は仲間以外の生死には意外と冷淡なため無関心という名の無視をすると予想していたのだが、悪い感情を向けられるとは思っていなかった。

 ちなみに冷淡なのは『己の命は己で守る』という不文律が存在していて、それができない者まで助ける理由がないからである。この階層で言うなら耐性装備ではない時点で、相互扶助の対象外となるのだ。

 レネはそれなりに顔が売れているが、それとこれとは関係ない。むしろ力に奢ったと取られかねないあやうい緊張があったりする。

 そのためレネは不安そうにしているが、杜人は問題無いと笑顔で回転している。

『おそらく物見遊山できちんとした対策をしないで来て、結局助けを求め、助けないと非難するような者が結構居たのだろう。だからこの階層を狩り場とする探索者にとっては、新規でふざけた格好をしている俺達を不愉快に思うのではないか? ふふふ、だからこそ心地良い……きっと驚くぞ』

「ほんと、よく考えつくよね……」

 レネはこの場所で実際に効果を見せながら商品説明でもするのかと思っていたのだが、杜人の考えた宣伝は説明などいっさいしないものだった。

『不思議なものでな、購買意欲を刺激するのに積極的な宣伝が逆効果になる場合があるんだ。興味がないものでも人が褒めると欲しくなるように、興味を向こうから持たせると値段を聞いても興味を失いにくいんだ。代替品がなく、良いものなら尚更だな。だから、今回は注目を集めることが重要となるわけだ。そして僅かでも記憶に残ればしめたものだ。憶えていれば見かけたときに思い出すからな』

 そのために悪目立ちする格好で魔法使いではない四人に来てもらったのである。おかげで好悪はともかく効果は抜群であった。

 そして、後は団員達には大雑把に説明してある宣伝をするだけとなっている。そのため杜人は、いたずらにわくわくしているような笑みを浮かべ、宣伝の開始をレネに指示する。

『では、注目も十分集めたからそろそろ始めよう』

「そうだね。……集合!」

 レネも頭を切り替えると周囲の視線を意識から切り離し、わざと大きな声で呼びかける。それを聞いたノバルト達はすぐさまレネの前まで移動して横一列に並んだ。

 その状態で、レネは鞄から魔力結晶がはめ込まれている腕輪を二つ取り出すと、よく見えるように正面に示す。

「見ての通り、この階層は対策無しには進めません。かといって全部用意していたのではお金がいくらあっても足りません。というわけで、今日は皆さんにこの魔法具を貸与します。欲しくなったらいつものところで売っていますので、自腹で買ってください。もちろん術式を開発したのは私ですから、売れればとても嬉しいです」

「了解しました!」

 レネは打ち合わせ通り周囲に聞こえるように笑顔で冗談を言い、聞いている四人も笑顔で頷いた。

 ここでの要点は『対策は魔法具で行う』『術式を開発した本人』『いつものところで売っている』である。特に店名を言わないところが重要となる。偶然聞こえたという認識が必要であり、聞かせていると思われては駄目なのだ。だから仲間内でしか通じない言い方をあえてしている。

 レネは注目されていることを意識して緊張していたが、練習していたため見た目は自然にふるまえている。そして腕輪をひとりにつき二つ渡し、自らの腕にも装着して説明を続ける。

「一つでも大丈夫なのですが、安全を考慮して二つ一組になっています。合言葉は『遮断障壁発動』です」

 合言葉に反応して腕輪の術式が発動し、すべての魔力結晶が輝くとレネの全身を淡い光が包み込む。そしてきちんと全身を覆っていることを見せるためにその場で回転した。もちろん見せるのは周囲で聞いている探索者達にである。

『反応も上々だな。そのまま行こう』

 今のところ半信半疑で聞いているのは表情から分かるが、興味は引いているので予定通りである。そのため観察している杜人は路線を変更しないことを伝え、レネは小さく頷くとよく見えるように腕輪を顔の高さまで上げる。

「これが発動している状態です。一定以上の負荷がかかっている場所では解除できないようになっていますので安心してください。発動中はこのように魔力結晶が光り、消耗すると順番に光が消えていきます。片方が最後のひとつになるともう片方に切り替わりますので、意識して切り替える必要はありません。それではどうぞ」

 促されて全員が魔法具を発動させたのを確認し、レネと杜人は視線を交わして同時に頷く。ここからが実演の部分である。そのためレネは静かに深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。そしてわざと陽気な声を出す。

「さて、皆さんが一番心配しているのは、本当にこれで大丈夫なのかという点だと思います。というわけで、効果を確かめてみましょう」

『いでよタマ!』

 レネが指を鳴らすのと同時に杜人は笑顔で白珠粘液形態のタマを呼び出す。今回はよく目立つように、多人数の運搬ができるくらいの大きさである。そのためレネの横に出現した魔法陣からせり上がってきた小山のようなタマを見て、周囲からどよめきが起きる。

「これを、とりあえず何もしないで突入させてみます」

『ぬふふ、いざ行かん、灼熱の旅路へ!』

 杜人はぽよぽよと軽快にタマを動かしながら広場の外へ突撃させる。実験ではもっと小さかったが、熱であっさりと破壊されてしまった。白珠粘液は水分が多いので熱に弱いのである。そのため今回は変化がよく分かるように大きくしていた。

 そうして広場の領域を通過したところで手始めに表面が水ぶくれのように細かく膨らみ、蒸気が噴き出し始める。

『なんの。まだまだ元気いっぱいだ!』

 元気に走り回りながら健在ぶりを示し、円を描くように動かす。そうしていると表面がはじけ始め、皺ができて茶色く変色し始めた。ここまで来ると操作が難しくなり、動きも緩慢なものになってきた。

『く……動かなくなってきた。だが、まだまだ終わらん。頑張れタマ!』

 動かしているのはもちろん杜人なので頑張れも何もないが、単なる気分の問題である。そして遂に表面から蒸気が出なくなり、体積も当初よりだいぶ小さくなった。ここまで来ると動きももっさりとしたものになり、誰が見ても限界と分かった。

『く……ここまでか。さらばタマ、また会う日まで』

 泣き真似と手を振りながら嬉々として状況を解説した杜人を見て、レネはおもちゃを与えられた子供みたいだと微笑む。

 実験では後は水分が蒸発して干からび、中身のないクッションのように平らになった。そのため杜人はもう動かさなくて良いかと思い操作をやめようとしたとき、変色したタマが風船のように膨らみ始めたのに気が付いた。

『ん? ……げ、まずい。レネ、結界!』

「え? ……わわっ!」

 いきなりの指示にレネはタマに視線を向けると、そこには倍以上に膨らんで今にも破裂しそうになっている物体があった。そのため大急ぎで端末石を飛ばし、まだ膨らんでいるタマを簡易結界で覆った。

 その直後、爆音と共にタマが弾けとび、簡易結界も吹き飛ばし地面を抉りながら周囲に残骸を飛ばしていった。幸い簡易結界によって勢いは抑えられたため広間のほうには被害は無かったが、大きく抉られた地面がその破壊力を物語っていた。

「……」

『……はっ。レネ、解説、解説!』

「……あっ、こほん。このように、何もしないと大変危険なのは周知の事実です」

「……」

 最初はシャンティナ以外の全員があっけにとられて言葉をなくし、次に杜人が最初に我を取り戻してレネを呼び戻した。そしてレネは最初から分かっていたかのように説明を行い、観客から向けられた視線には『一緒に驚いていなかったか?』という疑惑が込められていた。ちなみに団員四人は実に団長らしい演出だと笑っていた。

 そして重たい視線を向けられたレネと杜人は背中に大量の冷や汗を掻きながらも笑顔で無視し、レネは少し棒読みになった説明を続ける。

「それでは次に魔法具を持たせてみます。……よっと、遮断障壁発動」

『では行ってくる』

 またもや指を鳴らしてタマを呼び出し、攻撃用魔石の合言葉を言ってから中に入れ、最後に腕輪を乗せて発動させる。

 そして今度はふざけることなく杜人は普通にタマを動かして、灼熱の世界に突っ込ませた。疑惑満載の観客の視線は自然にタマを追いかけることになり、誰もが『本当に大丈夫なのか』と疑いながら観察していた。

『ふっ、ここからが本番だ。行け、タマ!』

 しかし、先程と同じ時間が経過してもタマに変化は見られず、杜人は嬉々としてタマを駆けまわらせて問題が発生していないことを示す。それを見てもまだ疑いを持って観察している者が大半であったが、中には真面目な表情になっている者もいる。それを確認した杜人はレネに合図を送った。

「このように、完全に熱と毒を遮断できます。空間を切り離していますので、魔法薬を服用する必要はありません。それと効果範囲は身に付けているものまでなので、乗り物は効果範囲外となります。障壁内部に取り込まれたものでも投擲などで放せば範囲外となり、もう一度拾っても中に入れることはできません。袋などは守られますが収納部には熱と毒が入ることになるので、取り出すときはこの点を注意してください」

 レネがタマを指差して注意を向けさせると杜人は嬉しそうにタマの中から攻撃用魔石を取り出した。そして一部を腕のように伸ばして掲げ、注目が集まったのを確認してから中央に挟まっている紙を取り除いて遠くへ放り投げる。

 魔石は効果範囲外に出ても特に変わらず、そのまま綺麗な放物線を描いて草むらに落ちた。そして見ている者が何をしたかったのかと首を傾げる程度の時間が経過したとき、落ちた草むらから青白い輝きが生まれ、瞬時に展開した簡易結界の内部を音を立てて氷結させていく。最後には灼熱の世界には存在しない氷の花となり、効果時間経過後に溶けるように消えていった。

『ふふふふふ、見たかねこの威力を。効果は抜群だ!』

 その効果を見て驚く探索者達に杜人はどうだと言わんばかりに胸を張る。そこには先程の失敗の影は既になく、レネは仕方がないなぁと微笑んだ。

「これは使い捨ての魔法具です。普通の武器は使えないので、その代わりですね。これも支給しますが、もっと欲しければ買ってください。そうすれば、開発者である私が喜びます。発動は合言葉で行いますが、連鎖しないように中央の紙を取り除くまで一定時間発動を待機し、取り除かれなければ発動が解除されます。ですから、使う場合は紙を取ってから投擲してください。そこから更に一定時間待機してから発動します。発動待機時間は結構長いので、慌てる必要はありません」

「了解です!」

 団員達は面白いものが見られて笑顔になっている。もはやこの程度のことで驚くような精神は持ち合わせていないのである。杜人はタマを広場まで移動させると、乗りやすいように変形して待機した。そこにレネとゆかいな仲間たちが笑顔で乗り込む。

 周囲の探索者達は何かを言いたげにレネを見ているが、予定通り気付かない振りをしている。

『よしよし、反応は上々だ。ここはこんなもので良いだろう。くくく、気になって仕方がないという顔をしているぞ』

 ここで話をしてしまうと欲しくない場合は満足して忘れ、買いに行かなくなってしまう。しかし、要らないと思って忘れても、気になる部分があればふとした拍子に思い出したりするものなのだ。この方法では急激に売れることはないが、印象に残り記憶に刷り込まれることによってその他の売り上げが上昇することも期待できる。だからここでは説明せずに放置する。

「準備は良いですね? それでは出発!」

「おー!」

『さらばだ諸君、続きは店舗で!』

 そのためレネは『最初から気にしていません』という態度を崩さずに元気に拳を振り上げて出発を宣言し、説明されている共犯たちも元気に拳を振り上げて応えた。

 そしてタマに乗り込んだ一行はためらうことなく生死の境界を越え、瞬く間に遠くへと走り去っていった。残された探索者は呆然としたまま姿が見えなくなるまで見送る。

 こうして宣伝作戦はとりあえず終了し、大爆発のおかげで忘れられない出来事として記憶に刻まれたのであった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ