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黒姫の魔導書 作者:てんてん

最終章 天に在りしは星の煌き

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第01話 穏やかな変化

「これを預かってくれ。失敗したときに手元にあると、必ずこれまで使いたくなる。私が死んだら好きに処分してくれ」

『汝は相変わらず唐突かつ大雑把であるな。一部とはいえ、これもまた永く共にあった半身であろうに。まあ良い。預かっておくゆえ、忘れぬうちに取りにくることだ』

「こんなところに何度も来られるわけがないだろう。だから預けるのだからな」

『そうか。ならば仕方がない』

「まずないと思うが、子孫がここに来たら渡してほしい」

『捨てろとか渡せとか、相変わらず適当であるな』

「気にするな。これが私だ。……ではな。もう会うこともないだろう。達者で暮らせよ」

『汝もな』





 迷宮は謎に満ちた存在である。世界各地に存在し、内部構造は千差万別。無限に魔物を生み出したかと思えば休眠して一体も存在しなくなる。内部にある壁や床、森林を破壊しても一晩経てば元通りだ。

 そして大地に生きる弱き人は、生き残るために迷宮から無限に生み出される様々な品物を元に文明を発展させてきた。理由は分からないが利用できるから用いる。それが人々の認識である。

 しかし、迷宮は利益のみをもたらす存在ではない。普段の迷宮では魔物は階層を移動しないが、解放期間と名付けられた間は自由に行き来できるのである。そして何故か、その期間中には出口を目指して移動する強い魔物が迷宮毎に存在する。種類、数、周期、全て一致するものはなく、そのときになってみないとどの魔物がどの程度出てくるかは分からない。

 そのため対策していても溢れた魔物に滅ぼされた国は数知れないが、それでも人は今でも迷宮を利用し続けている。

 過去にレーンの迷宮でも魔物が溢れたときがあり、そのときは大賢者が『森羅万象の書』を用いて出現した魔物『滅びもたらす無明の闇』を迷宮内に封印し滅びを免れた。

 そして人はいつの間にか、いつか来る災厄を忘れ、今を生きているのであった。




 レーンの王都。その中心にある王城では、いつも人が忙しく動いている。その中の一室で、難しい顔で会議が開かれているのも日常のことである。それでも国王が臨席し、国を動かす重鎮が揃う会議はよほどのことがないと開催されない。

 しかし今、滅多にない集まりが秘密裏に行われていた。

「以上が現状の報告となります。今のところは揺らぎの範囲内ですが、集団発生や主の出現など、少なくとも迷宮が活性化しているのは確かなようです」

「補足じゃが、程度は軽いが転移石の生成確率が落ちてきているとの報告があがっておる。二割減といったところかの」

 レーンの闇を見通す情報機関の長が纏め上げた資料を読み上げて報告を行う。それに魔法師団長が補足を行った。

「騎士団の迷宮踏破訓練でも怪我人が増加してきているので、活性化は間違いないでしょう」

 騎士団長も落ち着いた声で賛同し、なされた報告が正しいことを示した。

「……変化は見られるが、今のところ決定的な予兆はないということか」

 意見を聞いた国王は考えをまとめて列席者を見渡し、全員が静かに頷いた。彼らが恐れる事象。それは迷宮の解放期間の到来である。もし到来すれば、被害が大きいという言葉が生ぬるい事態が引き起こされることになるのだ。そのため常に迷宮の状態を監視し続けていた。

 レーンの迷宮は過去に一度解放期間を迎えたことがあり、そのときは大賢者の活躍によって大きな被害程度で済んだ。だが、今の時代に大賢者はおらず、『森羅万象の書』も『滅びもたらす無明の闇』を封印するために壊れ、現代では失われてしまっている。そのため有効だと分かっている対策を講じることができない。

「ですが、近年にない変化であることは確かです。これで記録にある予兆が現れれば……」

「迷宮を封鎖しなければならないじゃろうな」

「民の避難もだ」

 言うのは簡単だが、実現は難しい。生活に迷宮が密着しているため、封鎖すれば流通に影響が必ず出る。そしていつまで続くか分からないので、安易に避難をさせることもできない。そのため部屋内に重苦しい沈黙が降りることになった。

「何にしたところで、現実が変わるわけではない。最悪を想定して準備を行うことを許可する。引き続き監視を頼む」

 国王が場を締め、全員が了承してこの場はお開きとなった。





 フィーレ魔法学院では様々な人達が学んでいる。入学に年齢制限がないため、見ただけではその人がどの程度の力量を持っているか分からないことがある。その回避策のひとつとして制服があるのだが、着るのは若手中心である。

 そしてフィーレ魔法学院内にある食堂にて、制服の一団が大賢者の逸話について花を咲かせていた。

「私は『滅びもたらす無明の闇』を迷宮内に封印した話が一番好きかな。攻撃も防御も効果がなく、人々の心を絶望が覆ったとき、天舞う皇竜と共に現れた大賢者様が宣言と共に『森羅万象の書』の力を全て解放して闇を駆逐していくところは何度も読み返したよ。最後には壊れたけれど、まるで意志を持つかのように使命を全うしていく場面も良かったなぁ」

『つまり、俺に死ねということか。レネは極悪非道だなぁ』

 笑顔で話しているレネに杜人はによりと笑ってからかう。レネは紫色の瞳を細め無言でナイフを持ち替えるとテーブルに座る杜人をぷすりと刺し、杜人はお約束に従い胸を押さえてぱたりと倒れた。

 レネの格好は相変わらずで、長い黒髪を後頭部で束ね、学院の制服である白いブラウスに紺色のフレアスカートをはき、深藍色の上着を着ている。胸元の徽章とリボンの赤色が学院に所属する上級魔法使いの証である。

 本体は魔導書である杜人も、変わらず白い狩衣に黒い烏帽子姿だ。姿が透けているのも変わっていない。テーブルで痙攣しているが、基本的に攻撃は通り抜けるのでもちろん演技である。

 レネの横に居る護衛のシャンティナも変わらない。黒髪を三つ編みにして束ね、無表情だが髪に結ばれた感情で動くリボンを楽しそうに動かしている。制服を着て上級魔法使いの証をつけているが、レネを護衛するための便宜上のものであり、魔法使いではない。無口なため会話には加わらず、少しだけ楽しそうな光を紫色の瞳に宿して食事をゆっくりとっている。

「私は魔導書を開発しているときの苦悩が好きかな。成功するって分かっているからだけどね」

 エルセリアは肩口で結ばれた綺麗な銀髪を触りながら紫色の瞳を優しく細めると、杜人を放置し話を繋げる。じゃれあいはいつものことなので、温かい目で見守るのが基本である。その優しい微笑みからは貴族らしい冷徹さはかけらも見えないので、たまに勘違いしたものが出ることもある。

「私は皇竜との対話が好きですね。創作でしょうけど、事実として助力を得たのは間違いないことですから」

 勘違いして酷い目に遭いかけたセリエナであるが、今では仲良く会話ができるような関係である。長い金髪を背中に流していて、魔法具である大きめの円弧型髪留めが唯一の飾りとなっている。膨大な魔力持ちを示す紫瞳ではあるが、貴族ではなくなったので基本的に貧乏である。そのためレネと同じくおしゃれは二の次となっていた。

「はー、色々あるんですね。私は飢饉を救った賢者芋の話が好きです。……これでおいしければ完璧だったんですけど」

「そうね。けど、完璧ではないからこそ、ここまで慕われているのではないかしら」

 ティアはがっくりとうなだれるが、それを聞いていたシアリーナが笑顔で慰める。それを護衛兼侍女のフィリが紫の瞳を細めながら温かく見守っている。

 ティアとシアリーナはレネの教え子であり学院の初級魔法使いである。ティアはレネを師匠と尊敬し、シアリーナは姉様と呼んで慕っている。紫瞳ではあるが平民であるティアと身分を隠した王族であるシアリーナであるが、二人はとても仲良しである。髪にはレネが与えたおそろいの防御用魔法具である髪飾りが付けられ、見ただけでそれなりの関係であると分かるようになっていた。

 そしてシアリーナは最近になって髪型をレネと同じにしたため、黒髪紫瞳と色彩が同じこともあり並ぶと本当の姉妹に間違われるくらい似ていた。そのため余計に懐いていたりする。

 フィリは学院の卒業生であるが、悪目立ちしないように制服を着て初級魔法使いの証を身に付けている。これでも目立つが、他の服を着るより目立たないのだ。

 仲良く話をしているレネ達であったが、レネを中心とした親友組と教え子組がきちんと顔を合わせて話をするのはこれが初めてである。質問が長引いたため食事でもとレネと教え子が食堂に来たところ、エルセリアとセリエナも居たので合流したのだ。

 こういう場面で困るのが話題である。知らない話をして疎外感を味あわせることになれば、共通の知り合いであるレネは困ったことになる。しかし、幸いなことにレーンの国民ならば、老若男女が知っている共通の話題が存在していた。それが大賢者の逸話である。

 故に、レーンでは初対面で話を振る取っ掛かりとして利用されやすく、またほぼ全員が敬愛する存在なため、互いのことを理解するまでの繋ぎとして最高の話題なのだ。そういうわけで、レネ達は嬉々として大賢者の逸話を語り合っていた。

 ちなみに、この中で杜人の存在を知っているのはエルセリアとセリエナ、シャンティナだけで、ティアとシアリーナ、フィリは知らない。これは信頼していないというより、存在を認識するためには魔法具が必要であり、際限なく増やしても仕方がないからである。

 そういう理由で、知らない人が混ざっている場合は、基本的に杜人は会話に加われないのだ。そのため構ってもらえない死人のふりを止め、平然と起き上がってテーブルに座りなおした。

『確かに完璧すぎると、逆に近寄りがたくなるし親しみも湧かない。……良かったな?』

「……」

 レネは無言のまま優しく微笑むと、からかう杜人を再度ぷすりと刺した。杜人もまたもや倒れて身体を痙攣させる。

『ほ、褒めたのに……、がくり』

「ふんだ、ばか」

 レネは小声で呟くと少し頬を赤らめてそっぽを向いた。その様子が見えるエルセリアとセリエナは、本当に仕方がないなぁと微笑んでいる。そうしてしばらく話を続け、話題が落ち着いたところで普通の会話に移った。

「そういえばレネ、最近転移石が生成しにくくなったとか感じていないかな。相場が上がっているって聞いたけど」

「うん? 特に感じないかな」

 エルセリアの問いにレネは気楽に答える。実際感じていないからだが、そこで杜人がむくりと立ち上がり、髪を整える仕草をしながらによっと笑う。

『レネを基準にすると大変な目に遭うぞ。レネが鼻歌交じりで複数生成している横で、気合いを入れた転移石屋が失敗していたからな。恐らく難易度が倍になったところで感じないだろう』

 聞きようによっては、凄いとも鈍いともとれる内容である。そして表情と声音から、からかわれたと判断したレネは、笑顔でナイフを動かしずばぁっと袈裟切りにし、杜人は定めに従いたたらを踏んでからぽてりと倒れる。

『げ、言論封殺……ぱたり』

「それがどうかしたの?」

 レネは杜人を放置してエルセリアとの会話を続ける。エルセリアは漫才が見えているので、微笑みながら同じく杜人を放置した。

「最近迷宮の様子が変みたいなんだよね。大量発生の報告も多いみたいだし、主の出現頻度なんて多すぎるくらいだよ」

 エルセリアは大貴族のたしなみとして、情報収集は常に行っている。そして迷宮はレネが通っているので解析も同時進行で行っているのだ。そのため注意喚起の意味を込めて情報を伝えた。

 この話題に、最近迷宮で練習している弟子と妹分が食いついた。

「はー、そうなんですか師匠?」

「そうなの姉様?」

「えっと……」

 レネは何でも知っているとばかりに、きらきらと輝く信頼の目を向けるティアとシアリーナ。そして普通の基準がよく分からないレネは、答えられないのでじっとりと背中に汗をかき始めた。大量発生も、主との遭遇も、レネにとってはもはや季節の行事と一緒の感覚なのである。そこに杜人がよっこらしょと身を起こす。

『くっくっく、見敵滅殺のレネはそんな細かいことを気にしないからなぁ。二つ名をつけた者はよく分かっているな。……おっと待て。きちんと解決策を教えよう。こういうときは自信を持ってエルセリアの言うことを肯定しながら、気をつけてねと微笑むと良い。そうすれば余裕を感じ取れるので余計な不安を与えずに済む』

 からかう杜人を落ち着くために再度攻撃しようとしたレネだったが、後半はまともな助言だったためにとりあえず思いとどまった。

「確かに多くなっているね。だから二人共気をつけるんだよ。深い階層に黙って行ったら駄目だからね」

「はーい」

 レネは言われた通り安心させるように柔らかく微笑みを浮かべると、ティアとシアリーナは安心して元気に返事をした。うまくいったところで、レネはからかわれたお礼として杜人をナイフで優しくすぱりと撫で、杜人もぱたりと倒れる。

『本当に待っただけとは……。レネ、恐ろしい子……がくり』

 レネはそっぽを向き、裏側がしっかり見えているエルセリアとセリエナは、からかいを止めない杜人に対して本当に困った人だと微笑んでいた。

「そういえば、防御用魔法具に不具合は無い?」

「無いです。いつもきちんと発動しています!」

「……居るのは第一階層だよ姉様」

 話題が変わっても気にせずにティアは元気に報告を行い、シアリーナがぽそりと補足する。発動するのは力量不足ということなので、いつも発動していては駄目なのである。そのためレネは何と言えば良いかとても困った。ティアも思い出して笑顔のまま固まっている。

 事情を知らない他の面々はどうしたのだろうと推移を見守り、ちょっとした静寂が訪れた。杜人も死んだふりのままさてどうすると耳をそばだてる。そしてレネは悩みぬいて、無難と思われる回答をすることにした。

「……不具合がないなら良いんだよ。うん、これから頑張ろうね」

「ううっ、不甲斐なくて済みません……」

『くくく、こういう場合は不自然でも話題を変えて流すのが最善なのだよ。この場合は食後のおやつとして飴を配るなどかな。それにしても、ときに優しさは傷口を抉るというのに、あえて追い打ちを選ぶとは。やはりレネは極悪非……』

 慰めたつもりが逆に落ち込んでしまったためレネが慌てそうになったとき、転がっていた杜人が素早く起き上がるとしたり顔で説明し始めた。おかげで落ち着いたレネは、最後まで言わせずナイフをぷすりと刺し、杜人はお約束に従いテーブルに倒れた。

「はい、飴。食後のおやつにどうぞ」

「あ、チョコ味だ! ありがとうございます!」

「姉様、私も欲しい」

 そしてレネは素直に助言に従い、鞄から杜人がきちんと用意していた新作の飴を取り出すと、みんなに渡してうやむやにした。

『何故だ……俺が一体何をしたと言うのだ』

「……ばか」

 よよよと嘆くふりをする杜人に、レネは微笑を浮かべながらそっぽを向くのであった。
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