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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第6章 写し鏡のその奥に

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第20話 心の行方

 時はほんの少し遡る。光が消えた戦闘領域内部は外から見ることができる。そのため現れた主が何なのかを、レネと杜人はすぐに認識することができた。

「ふわ……大きい……竜?」

『黒くて大きくて……、ついでに魔法が効かないようだな』

 ティアは目を真ん丸にして驚き、杜人も観察結果をレネに伝える。レネはその情報から対象を選別し、頷いた。

「『飢え渇きし魔竜』だね。特定の階層に出現する主じゃないけれど、準備なしに出会ったら手も足もでないよ。特徴は魔法を完全に吸収してそれを活力に変えてしまうこと。かといって武器で攻撃しても強化された鱗すら壊せないから、大威力の魔法でしか倒せない厄介な魔物だよ」

「え? 吸収するのに魔法で?」

『そうだな。魔法を吸収するのに魔法で倒せるのか?』

 レネの解説にティアは悩み、杜人もよく分からなかったため解説を促した。

「吸収できるのは一種類の系統だけなんだよ。だから複数同時に使えば大丈夫。ただ、吸収する魔法は任意選択できるから適当に使っても駄目。同じ魔力量の魔法を、同時に、三つ以上当てないと傷つけることすらできないよ。一つ目が吸収された分を二つ目で相殺して、三つ目でようやく効果が発揮されるんだよ。ついでに言うと広範囲魔法は相性最悪だね。複数重ねても干渉して同じ魔力量にならないんだよ。かといって単体だと動かれて同時攻撃が難しい。今のところ、討伐記録があるのは大賢者様だけだね。だから見かけたら逃げるのが一番なんだよ」

 計算上は吸収する最大量の、半分以上の魔力量を持つ魔法を二つ当てれば効果は発揮できる。しかし、数が少なければ効果が減衰されるため何度も行わなければならない。そして数を多くしても同時に当てなければ順番に吸収されてしまうため、何度も成功すること自体が難しいのである。

「そ、そんな……」

『なるほど』

 ティアは顔を青ざめさせるが、杜人とレネは絶望していない。魔法を融合させ属性を保ったまま放てば、同時に三種類以上の魔法を当てることと同義である。攻撃手段がある以上、ためらう理由は無かった。

『それでは俺は境界を破壊する準備に入る。レネは集中している振りをしてティアをごまかしてくれ』

 レネは小さく頷くと背中のティアに声をかけた。

「これから突入用の魔法を使うから話しかけないでね。それとしっかりと掴まっていて。シャンティナは打ち合わせ通りにお願い」

「はい」

「え、え? あ……了解です!」

 ティアは打つ手がないはずなのに突入の準備をすると言われ混乱したが、やがてレネが何とかしてくれると悟り、笑顔で元気にしがみつく。準備ができたところでレネはもう一度頷き、杜人は張り切って魔法陣を構築し始めた。

『良し。仮想砲身展開!』

「……おおー!」

 疾走する頭上に輝く魔法陣で形作られた巨大な砲身が出現し、ティアは興奮気味の声をあげる。その反応に杜人はご満悦である。

『そうだろう、そうだろう。見ろ、これが普通の反応だ』

 レネはうろんげな目を向けるが、杜人は気にしない。

『ぬふふ、以前のものと一緒にしてもらっては困る。照準には光照射型自動補正術式を使用し、誤差を随時補正する。今回は正面に真っ直ぐで良いだろう』

 そう言ってぱちりと指を鳴らすと、砲身の先から青い光が出て、拡散することなく一直線に突き刺さるように照射された。それを杜人は微修正し、狙う位置を固定した。

『あそこが突入点だ。再生速度がどのくらいか分からないから、止まらずに駆け抜ける。そして発射するものはこれだ』

「わ、大きい!」

 空中に開いたジンレイの領域より取り出されて砲身に装填されたものは、直径がレネの身長の倍ほどある特大砲弾だった。長さもその倍はあり、銀色に輝いている。

『そのまま突き抜けても大丈夫なように、十分な大きさの弾を使用する。質量砲弾ということで主な材質は鉄で作り、先端部分は真銀で製作した。距離が遠いと速度と命中精度が落ちるから、通常運用より力を高めて内部で一気に加速させた近接射撃を行う。惜しむらくは試し撃ちが一度もできなかったことだな』

 困ったものだと肩を竦める杜人を、レネは本当に困ったものだとじとっとした目を向けた。こんな巨大なものを試し撃ちした日には王都中が大騒ぎになるのは確実である。だから、こうして大義名分をもって撃てるのが楽しくて仕方がないことを、しっかりと見抜いているのだ。

『ふふふ、そんな目で見られたら照れるじゃないか。これで終わりではないのだよ。見よ、加速円環陣展開!』

「わぁ……」

 目を輝かせるティアの視線の先では、砲身の先端に光を放ちながら回転する円環陣が七つ現れていた。そして徐々にその回転を速め、輝きを増していった。

『多重連結確認、完全同調。これによって放たれた砲弾は更に加速され、威力が飛躍的に上昇する。それでも音速には届かないが。まぁ、発射まで時間がかかるのはご愛嬌だな。ついでに動いている相手を狙うだけ無駄だ。目立つから普通は撃たれる前に避けられるし、射程距離もそんなにないと思われる。だが、それを考慮しても比類なき大威力質量攻撃であることに違いはない。世の中には動かない標的はたくさんあるからな』

 どうだと言わんばかりに胸を張る杜人に、レネは困ったものだと小さくため息をついた。

 要するに、現状は動かなくて近くにある標的にしか使えないと言っているのだ。しかし、今回に関してはレネに境界を破壊する手段はなく、非常に有効であるのは間違いないので役に立たないとも言えない。なんとも複雑な心境が込められたため息だった。

『それにしても、奇妙な現象だな。ま、狙いやすくて助かるが』

 外側に居るレネと杜人には、歩いている魔竜を中心にしてフィリとシアリーナが逃げながら魔法を放っている様子が見える。その光景はいつまでも変わらず、常に魔竜が戦闘領域の中心に居た。まるで常に床が移動方向の反対側に動いているかのようだった。

『加速効率最大化確認。総員轟音、衝撃に備えよ! 十、九……』

「ばっ、障壁展開!」

 杜人は境界が近づいたため嬉しそうに秒読みを開始する。レネはそんなことは聞いていないと焦りまくり、ティアが居なければ先に言えと叫んでいるところだったが、何とか自制し端末石で大至急全員分の障壁を展開する。ちなみにティアは、複数同時に魔法を使っているように見えるレネに尊敬の眼差しを向けていた。

 そしてもう少しで衝突する場所まで近づいたとき、杜人はついに魔法陣を発動させた。

『主砲発射!』

 瞬間、仮想砲身が一気に輝きを増し、内部にある砲弾を定められた術式に従い強烈な速度で前方へと送り出す。そして加速円環陣を通過する都度、輝きと共に更に何段も加速していく。こうして飛び出した砲弾は、保護用の障壁を纏って大気を切り裂きながら目にも止まらぬ速さで飛翔し、正確に境界面へと吸い込まれていった。

 一瞬後、大気を震わせる轟音と共に境界面に歪みの波紋が生じた。そうして波紋の後を追うように、中心部から輝くひび割れが細かく広がり境界が一気に吹き飛ぶと、正面の空間に境界面を輝かせた巨大な穴が生まれた。

「いきます」

『とうっ』

「きゃあぁぁぁぁ!」

「ひょわぁぁぁぁ!」

 直後に飛び出したシャンティナが素早く突入し、その後を杜人操るタマが跳躍して穴に飛び込む。そして着地しながら変形し、何があっても即応できるようレネとティアを柔らかく床に降ろした。

『なにへたっている。急げ!』

「もうっ、……ティア、行くよ!」

「は……ひょぉぉぉ!」

 杜人は急激な上下機動でへたり込んでいるレネを急かす。レネは後で憶えておきなさいよと思いながら立ち上がると、ティアを小脇に抱えてシアリーナが居る場所まで全力で走り始める。

 そしてシャンティナが魔竜に突撃したときに近くまで到着し、ティアをそっと降ろした。

「お願いね」

「ひゃい。頑張ります! ……リーナぁぁぁぁぁ!」

 ようやく足が床についたティアはレネの声に役割を思い出し、多少混乱したまま元気にシアリーナへ突撃していった。レネも走って魔竜と対峙する位置に移動し、床に押さえ込まれたシアリーナに微笑む。

「よく頑張りましたね。後は任せてください。……行くよ!」

『おうともさ!』

 レネは倒れていたフィリに回復魔法を使うと、気合いを入れて魔竜に向き直り星天の杖を掲げる。杜人も笑顔で応え、横に並んだ。

 視線の先では横倒しになった魔竜が起き上がろうとしていたが、その度にシャンティナが突撃して阻んでいる。ただし、攻撃しても傷をつけるまでには至らない。だがそれは予想済のため落胆はしない。レネは大きく息を吸い込むと、流れるように文言を唱えた。

「汝の主たる我が命じる。転変と融合の力を記述せし章の封印を解放せよ!」

『主からの封印解除命令を受諾、第三章【転変】、第六章【融合】、封印解放!』

 杜人の宣言と同時にレネを中心にして淡く光る融合領域が展開され、その境界は魔竜も包み込んで大きく広がっていった。




「すごい……」

 ティアと共に床に転がっているシアリーナはレネから発せられた力強い魔力に感嘆の呟きを漏らした。正確には杖と鞄にある魔導書から発せられているのだが、そこまでは気が付いていない。そして手伝おうと身体を起こそうとしたとき、しがみ付いているティアが更にしっかりと抱き付いてきた。

「ちょ、ちょっとティア、離して」

「駄目。師匠からリーナを何とかしてって言われているから。邪魔しちゃ駄目だよ?」

 とまどうシアリーナにティアはにこりと笑って答えた。シアリーナの態度が元通りだったため、嬉しさも倍加している。

 あまりの答えに一瞬思考が停止したシアリーナだったが、ここまで来たときの状態を思い出してその指示も仕方ないと納得した。しかし、それはそれ、これはこれである。脱出するべく説得を開始した。

「邪魔しないから。手伝うだけだから」

「だーめ。あの竜は精密に魔法を使わないと倒せないんだって。んと、干からびた魔竜、だったかな?」

 ティアはまるで恐ろしくない名称をうろ覚えで言い、シアリーナは頬を微妙にひくつかせながら憶えのある名称に変換する。

「……もしかして、飢え渇きし魔竜?」

「あ、それそれ!」

 ティアはすっかり緊張が解けている。今居る場所が主を倒さない限り逃げられない場所と知らないかのようだった。もちろん知らないのではなく、レネを信頼しているからである。

 名称を聞いたシアリーナは絶望で意識が遠くなりかけたが、ティアが笑顔でしがみついていたため何とか気を失わずに済んだ。そして更に詳しく聞こうとしたそのとき、レネの居る方向から眩い光が差し込み、シアリーナとティアは揃って顔を向ける。

「わぁ……」

「こんなに……どうして制御できるの……」

 そこには色とりどりの魔法陣が、視界を埋め尽くすほど大量に、魔竜に向けて眩い光を放っていた。




 レネは目を瞑り魔法陣の構築に集中している。現在レネは、同時に四つの魔法を構築しているのだ。火系統単体特級魔法『紅蓮滅渦』。雷系統単体特級魔法『降雷轟撃』。土系統単体特級魔法『鋼顎壊蝕』。そして使い慣れた氷系統単体特級魔法『氷霧滅牙』である。

 それを星天の杖が正確に複製し、複数の魔法陣が構築されている。四種の魔法を構築しているレネにかかる負担は大きく、『転変』によって消費魔力を低減しなければ個人がまかなえる魔力量ではない。

 更に今回は融合領域にも大量に魔力を消費しているため、失敗は許されないたった一度だけの大魔法である。しかし、レネに気負いはない。今までの経験から、この程度なら大丈夫と理解しているのだ。

 そして厄介な魔竜はシャンティナが完全に抑え込み、細かい制御は杜人がきちんとやってのける。それを確信しているから不安はない。

『領域安定。術式融合開始』

 魔法陣が完成したところからが杜人の出番である。四角く並ぶ魔法陣を包むように白く輝く魔法陣を構築し、属性を保ったまま融合させていく。

『……融合完了、問題なし。増幅円環陣多重起動。形態安定、多重連結正常動作確認』

 出来上がった魔法陣は、レネが維持している一つと、星天の杖が複製している二十個の、計二十一個。そして仕上げに増幅円環陣を全ての融合魔法陣の前に三つずつ設置する。これで計算上、ひとつの融合魔法が四回叩き込まれることになる。

 一回の増幅ごとに威力を倍加させると、最初の二十一、一段目の四十二、二段目の八十四、最後の百六十八の、計三百十五回分となる。四属性融合のため、単体換算で千二百六十回分。うちひとつが吸収、ひとつが相殺されるため、残り半分で単体魔法換算六百三十回分である。

 天級魔法なら確実なのだがさすがに魔力が足りないため、確殺するために足りない分は数で補うことにした。杜人の負担も大きいが、それはいっさい顔には出さない。

『準備完了。いつでも良いぞ』

 その声にレネは静かに目を開けて魔竜を見据える。魔竜は未だに起き上がれずにシャンティナに翻弄されていた。そしてレネは惜しみなく魔力を魔法陣に注ぎ込み、魔法陣は更に輝きを増していく。

 それを合図に走り回っていたシャンティナは魔竜の胴体に近づくと、強く踏み込んで硬い床を叩き割りながら掌底を放った。

「浸透掌撃」

 手の平から放たれた衝撃が硬い鱗を透過して内部を貫き、運動機能を揺さぶられた魔竜は持ち上げかけた頭をまたもや床に叩きつけることになった。そしてシャンティナはすぐさまその場を離脱する。

『良いぞ』

「……いけぇ!」

 離脱を確認した杜人が頷くと、レネは小さく頷いて魔法を発動した。

 融合魔法陣の輝きが倍加し、出現した四色の渦巻きが増幅円環陣を纏いながら魔竜に殺到する。そして魔竜の飢えと渇きを満たしながら、シャンティナの攻撃にも耐えた鱗を破壊し内部に侵食していく。

 黒い巨体を光が覆い隠す様子をレネは目を細めながら見つめ続け、最後に何の力もない断末魔の咆哮を聞いてぽつりと呟いた。

「……おやすみ」

 杜人はそんなレネに優しく微笑み、消えゆく光を共に見つめていた。

 そして光が消えると同時に黒い床が灰色に、星空も灰色の空に一瞬で切り替わり、戦いの終わりを告げていった。




 シアリーナは全てを見ていた。光が消え去った後に残った、穴が開いて身体の一部を失った魔竜の屍骸。シアリーナが何度魔法を使っても傷ひとつ負わせることができなかった死をもたらす巨竜。それをレネは、扱えるとは思えない大魔法を見事に制御し、一撃で倒した。動きを封じられていたからできたとか、時間があれば真似できるとか、そんな考えは微塵も浮かばない。

 そして呆然と見つめる中、レネは残った屍骸を黒い穴に吸い込むとシアリーナのほうを向いて微笑んだ。

「それでは帰りましょう」

「はーい!」

「……はい」

 その気負いも何もない微笑みを見たとき、シアリーナはようやく、心の底からレネには敵わないと納得したのであった。
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