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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第6章 写し鏡のその奥に

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第16話 変化の兆し

 杜人は眠る必要がない。そのためレネが眠っているときは魔導書の内部空間で調整や解析を行っている。相変わらず白い空間にテーブルと椅子、宙に光る情報窓だけの殺風景さだが、杜人は特に気にしていない。

『六章は融合か。ま、三章と組み合わせて低減すれば何とかなるか。使わなくてはならないことなんて滅多にないから大丈夫だろう』

 実際常時解放は第一章だけである。他は使いどころが限られていたり、そこまで必要ではなかったり、筋肉痛という名の代償が必要だったりなので、無理に使う必要はないのだ。

『そんなことよりも、やるべきことがある』

 杜人は情報窓を切り替えると、開発中の術式を呼び出した。もちろんそれは仮想砲身の魔法である。

『まったく、レネは夢が分かっていない。巨大な砲身に力が集約され一気に放出される光景には、太古からの憧れが詰まっているというのに……』

 当然のように言うが、そんな事実は存在しない。だがしかし、杜人にとってはひとつの真理であり、到達点の一つなのである。だから貶されようが開発を止めるつもりはない。

『照準はレーザーで良いか。どうせ巨大すぎて発見されるのだから関係ない。……どうやって作るんだ? まあ、拡散しない濃い光で良いか』

 魔法万歳なことを呟きながら、不足しているものを付け足していく。

『重さはないが、ぶれはどうする……。この辺りは自動補正にする必要があるな。ならもう少し口径を広げても……』

 解決する手段はたくさんある。そのため杜人は調整しながら修正していく。

『そして質量弾に必要なものは速度だ。確か、光速に近づくほど威力は増大するはず。これだけはおろそかにすることはできない。目指せ光速! ……本体に組み込むと無駄が出るな。外部制御にするか……。多段制御術式はどうだったか……』

 もはや何を目的としていたのかはすっかり忘れている。そのため暴走は止まらない。

『ぬふふふ、素晴らしい威力になるぞ。きっと喜んでくれるに違いない』

 男と女では考え方に大きな差異があるため、残念ながら夢物語である。こんな杜人であったが、これでもレネのことを考えているのである。





 そうしてリュトナが復帰し、レネのほうも落ち着いた頃にようやく集計が終わり結果が発表されることになった。ダイル商会に集まった関係者一同だったが、レネも、そしてシアリーナも落ち着いたものである。どちらかというと関係のないティアのほうが落ち着かない様子で身体を動かしていた。

『うむむ……心境に変化があったようだな。今までのような尖りかたが見えない。俺達からすればやりにくくなったが、続けるかは少し観察が必要だな』

「心を折らなくても良いなら大賛成だよ。やって良いことが限られるから、気力が持たなくなりそうだからね。ティアのおかげかな」

『恐らくはな。ただ、その場合は一番不安定な時期になっていると思う。ちょっとしたことで一気に変わるかもしれないから注意は必要だ。折る場合も慎重にしないと暴走するかもしれない』

「……うん、そうだね」

 シアリーナの様子から、今が一番悪い方向に折れやすい時期だと杜人は見て取った。レネに負け続けたことによって力を基にした矜持が揺らぎ、そこにティアという温かい拠りどころができつつある。以前のように寄せ付けない頑なさは薄れてきているが、まだしなるほど柔らかくも無いのだ。

 折るだけなら、ティアとのことをシアリーナにばらすだけで済む。だが、人の心は複雑怪奇なため、自暴自棄になって暴走する可能性もある。むしろ裏切られるわけだから、その可能性のほうが高いと判断した。それ以前に本気で仲良くなろうとしているティアも傷つけることになるため、この方法は最初から候補にもあがっていない。

 そんな観察を行いながらレネが二倍差で勝った結果を聞いたが、予想通りシアリーナは淡々と結果を受け入れていた。

「まず、どちらも買い手を理解した商品で、実に素晴らしいものでした。今回の差はちょっとした事情で大金を動かせるお客様が短期間に大勢いらっしゃったからであり、背伸びしたい人は大勢居ますので、どちらが劣っているというわけではないと感じました」

 それを聞いても、シアリーナはあまり嬉しくならなかった。もしティアからの助言がなければ、間違いなく惨敗していたはずだからである。ちらりとティアを見ると、出されたお茶請けを満面の笑みでほおばっていた。それに少しだけ微笑むと視線を戻した。

「レネ様はこのまま継続販売でよろしいですか?」

「はい。お願いします」

「リーナ様はどう致しましょう。よろしければ販売契約の説明を後で行いますが」

「……お願いします」

『やはり心が変化している。なにより、今まであった追いつめられているような焦りが見えない。良い変化なんだが、ここまで変わるとは思わなかったな。これなら方針を協調路線に変えても良いかもしれない』

 杜人は見えないことを利用して近くできっちりと観察し、その結果をレネに教えた。今までは聞く耳を持たなくなっていたから心を折りに行っていたのであって、素直に話を聞けるようになるなら方法は何でも良いのだ。

「このままうまく行けば良いね」

『そうだな』

 レネはお茶を飲みながら願いを口にし、杜人もそれが一番だと思いながらシアリーナとティアを見つめていた。




「……と、こうなります。終わりますが、質問はありますか」

 講師教練は波乱もなく順調に推移している。人数も増えてきたので、そろそろ大きめの部屋に切り替えようかと思う程度には人気が出てきていた。シアリーナもおとなしいので、実に平和であった。

「はい。この間の主討伐について詳しく教えてください!」

「……」

『もう知ったのか。耳が早いというか、愛されているな』

 元気なティアの要望にレネは微笑みを固まらせ、杜人は苦笑していた。

 宣伝はしていないが、隠しているわけでもない。広まるのは上位の探索者からであるので、迷宮探索をしていない学院生に広まるのはもっと後だとレネは思っていた。

 杜人はまだ学院内に広まった気配がなく、普段のティアの様子からレネを慕っているのは分かっていた。だから興味を持ちやすく、自然と噂を聞きつけたのだろうと推測した。

 まったく講義とは無関係な要望なのだが、きらきらと期待を込めた瞳で見つめられているため、覚悟をしていない普通の状態では断るほうが悪いと思ってしまう。

「ええと、特に面白くはないですよ? 普通に倒しただけですし」

「大丈夫です。主は普通に倒せません!」

 至言である。誰もがその通りと頷いていた。

 自慢することでもないので気恥ずかしいレネは遠まわしに断ったのだが、ティアには通じなかった。そして他の学院生も聞いてみたいという視線を向けている。とても断れる雰囲気ではない。

 そのため杜人は、恥ずかしさで後ろ向きになっているレネに、心を誤魔化すための言い訳を与えることにした。

『レネの負けだな。本人が目の前に居るのだから、聞きたいと思うのは当たり前だ。難しい頼みごともしているのだし、ご褒美くらいはあげても良いと思う。……それに英雄譚のようなものだから、うまく話せば噂の改善に繋がるかもな』

 前半が建前で、後半が本音となる部分である。そのため最近の評価を嘆いていたレネは、それなら仕方がないと自分の心に言い訳をして話すことにした。

「こほん。それでは報告のような形ではありますが、状況を説明しましょう。主観ですので話に齟齬が出るかもしれませんが、それは許してください。長くなりますのでもう退出して良いですよ。では……」

 レネが黒板に状況を書き説明を開始してから、杜人は確認のためにシアリーナのところへ移動していく。

『……少しは悔しがっているか? 反応が小さくなったから判断しにくくなったな』

 出て行く者はおらず、誰もが興味津々な表情で聞き入っている。その中でシアリーナは唇を引き結んでノートに話されている状況を書いていた。それを杜人は間近で観察したのだが、反応が小さすぎて何を感じたかよく分からなかった。

 そんなことをしているうちに話が終わったのだが、表情に大きな変化は見られなかった。そしてシアリーナとは対照的に、実際に聞けて満足したティアは嬉しそうに笑っている。

「第六十階層の主とは戦うのですか?」

「ええと、私は主討伐が趣味ではないですよ。偶然出会っているだけで、今回も大変だったのですから。皆さんも、間違っても主と戦おうなんて思わないほうが良いです。たったひとつの間違いで簡単に死ねますから」

 ちなみに第六十階層は任意で主と戦える階層として有名なのだ。出てくる主は決まっていないが出てくると領域に閉じ込められて倒すまで逃げられなくなるので、腕試し程度で挑むと死ぬだけなのである。領域の境界には、内側は空間が歪んでいるので近づくことさえできず、外側は触れられるが魔法を無効化する上に頑丈で再生までするため、通常の手段では穴を開けることもできない。

「少なくとも、私ひとりだけの力で倒した主はいません。ひとりだけなら間違いなく死んでいるでしょうね」

「……そう、なんだ」

「そうなんですか?」

「物語の真実なんてそんなものですよ。憧れるのは良いですが、それがすべて本当だと思うのは駄目です。八割は作り話と思ったほうが良いですよ」

 ティアは意外そうにしていたが、失望はしていない。その他もそれもそうだと頷いている。

 主を倒せるのはシャンティナの守りと星天の杖による過剰な攻撃手段を持っているからと分かっている。たとえ天級魔法を使えても、ちまちま放っていたのでは削りきる前に主の攻撃で死ぬことになるのだ。そのためレネは勘違いしないように釘を刺して、話を終わりとした。

『……諦めたわけではなさそうだな。やはり少し様子を見なければ駄目か』

 そしてシアリーナが最後のほうで僅かに反応していたのを確認した杜人は、行くべき方向を見失っているのかもしれないと推測した。このまま変化するにせよ、元に戻るにせよ、不安定な今触ると予想外な結果が飛び出すと考え、様子見することに決めた。

 そして部屋から出て廊下を歩くレネに印象を伝え、休憩のため部屋に帰ってから今後の方針を話し合う。

『対立路線はとりあえず休止して、次は頼れる先駆者という形にしてみよう。これで元に戻ったなら、その次からは容赦なく心を折りに行こう』

「ん、頼りになる人かぁ……。普通に勝つより難しいよね。要するに、力は上と認識させながら、反発や嫉妬をされないようにしなきゃ駄目なんでしょ? 上手にできるかなぁ」

 そんな都合良く心を誘導できる方法があるわけがないので、今までの練習だけでは対処しきれる自信がなかった。そのため不安に顔を曇らせ、これはいけないと気持ちを落ち着かせるために座卓に出されていたチョコパフェを食べる。

 少し離れた場所ではシャンティナが同じものをリボンを揺らしながらゆっくりと食べている。いつもと変わらない優しい味わいと光景のおかげで不安が和らいだレネも、楽しみながらゆっくりと味わっていく。

 それを杜人は静かに見守っていて、しばらくの間ゆったりとした時間が過ぎる。そして食べ終わり、落ち着きを取り戻したところでレネに近づき、心配いらないというように手の平をひらひらと振る。

『複雑に考えなくても大丈夫だ。そうだな……することは、鼻血を出して怯えたときに見せた行動のような感じで十分なんだ。人の心というものは、一度の劇的なものより何気ないものの積み重ね、特に自分のためにしてくれたことをより嬉しく感じるものだし、作為を感じれば反発する。だから、レネは普通にしているだけで良いんだ。不足している分は俺が補う。だから心配せずに、思うように進んで行け』

「……うん、そうだね。そうするよ」

 レネは杜人を見つめ、これまでも不安なことはたくさんあったが、いつも杜人が笑顔で支えてくれたことを思い出して安心したように微笑んだ。そして良い雰囲気になったところで、杜人はによりと笑った。

『うむうむ、複雑に想定しても本番で予想外の出来事が起きれば頭の中が真っ白になって、衆人環視の下で醜態を晒すかもしれないからなぁ。それとも完璧を目指して練習しようか?』

 杜人としては普通で良いと言われたためにかえって緊張しないようにと考えた結果だったが、レネからすれば『どうしてこうなのかなぁ』である。そのため気恥ずかしさが湧きあがり、つい慣れた動作を行ってしまった。

「……えい」

 レネはほんのり頬を染めながら、下から覗き込む杜人を輝きを纏った指で弾いた。久々のことですっかり油断した杜人は、久々の衝撃に座卓の上を転がりまくる。そして息も絶え絶えな演技をしながら、ふらふらと立ち上がった。

『くうっ、俺がいったい何をしたというのだ……』

「いろいろもろもろ」

『それで分かるか!』

「ふんだ、ばか」

『り、理不尽だ……』

 杜人はがっくりと両手両膝をついて嘆きを表し、レネはそっぽを向きながら小さく微笑んだのであった。
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