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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第6章 写し鏡のその奥に

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第15話 水中の牢獄

 結果発表を待っている間に、レネは第五十五階層へ足を踏み入れていた。ここからしばらくは閉鎖型となるのだが、この階層では水晶柱がある場所以外が水で満たされている水中牢獄と呼ばれる領域となる。そのため視線の先には揺らめく水の壁が存在していた。

『普通はどうするんだ?』

「水中で呼吸できるようになる魔法薬を飲むのが一般的かな。それと合わせて水流操作の魔法具で進むんだよ。出てくる魔物は単体だけれど、人ひとりを丸呑みできるくらい大きな竜種だからそれがないと逃げられないんだよ」

 出てくるのは『刃鎧水竜』と呼ばれる下位の竜である。水中行動に最適化したため手足がひれ状になっていて、刃のように尖った鱗を持つため接触しただけで致命傷を負いかねない魔物である。

「それじゃあ魔法をかけるよ。今回はよろしくね」

「はい」

 周りが水ということで、魔法使いにとっては戦いにくい領域となる。レネも対策は考えているが、今回は止めをシャンティナに任せることにしていた。

 レネは魔法をかけて周囲に端末石を浮かべ、やり残しがないかを確認する。杜人も端末石を浮かべ、行動を簡単に確認する。

『何体か倒して魔力結晶を手に入れれば、タマに水竜の姿を取らせることができる。それまでは慎重にいこう』

「うん。それでは出発!」

「おー」

 こうしてレネとシャンティナは、いつも通り元気に水の中へと突入していった。




 水中でレネは周囲の水流を操作してゆっくりと進む。それを探索者達が奇妙な顔をして追い越していくが、目的があるのだからこれで良いのである。シャンティナもレネを観察して水を動かせるようになったので、楽しそうに泳いでいた。水温はやや低めだが、凍えるほどではない。

『お、あったぞ』

 そうして人が居ない広間に辿り着くと、床には赤い実をつけたコケのような緑色の物体が光を放ちながら大量にへばりついていた。その他にも色違いのコケがあり、レネの目的はこれの採取である。魔法書の材料以外にも用途があるので、人が行き来しやすい場所はとられてしまっているのだ。

『やはり逃げやすいところは全滅だな。良し、出でよタマ。すべて食らい尽くせ!』

 もちろん操るのは杜人なので命令しても意味はない。そのため無意味な演出に笑いながらレネは周囲を警戒する。そしてタマが取り込み始めるとコケから鈴のような音が鳴り始める。

 このコケは一種の警報装置のような役割になっていて、触れると音を出して刃鎧水竜を呼ぶのだ。レネはその音量と経過時間、採取範囲を記憶し端末石に魔法陣を構築しながら観察していると、部屋の中央に巨大な魔法陣が現れ、そこから刃鎧水竜が大口を開けて飛び出してきた。

 しかし、脅威となる巨体と速度も、出現場所が分かっていれば単なる当てやすい的である。直後にレネが準備していた複数の霊気槍に貫かれてそのまま錐揉み遊泳をするはめになり、突撃したシャンティナの一撃で首がへし折れたところで短い出番は終わった。

 その後に結界で包み込んでからジンレイの領域に放り込めば、レネの仕事は終わりである。

 本来であれば、魔法使いは戦い方を大幅に制限される。火と風系統は水に押しつぶされて用を成さず、雷系統は自爆し、水系統は無効化される。土系統は水の抵抗で減衰され、氷系統は等級が上がると周囲ごと凍ってしまう。光と闇系統は大丈夫だが、高い魔法耐性を持つ竜種には効果が薄くなる。

 ところが杜人が開発した霊気系統は精神に作用するため、魔法そのものを無効化されない限り耐性で減衰しようが効果を発揮する。耐えるには気合いが一番必要なのだが、初見で見抜いて耐えられたのは今のところシャンティナだけである。

『良し、採取は完了した。次にいこう』

 杜人はタマを消去してレネの傍に移動してきた。そしてレネは忘れ物がないかを確認してから頷き、シャンティナと共に次の狩り場へと移動するのであった。




 そして順調に狩り続け、タマが刃鎧水竜に変形できるようになったところで移動方法を変更した。

『なかなか快適だろう?』

「そうだね。ふかふかだから座っても痛くならないし、水流を操作しなくて良いから疲れない。何より水の中に居なくて済むから助かるよ。やっぱり長時間入っていると身体が冷えるからね。なにげに座っている部分が暖かいけど、これは良いね」

 レネは座面を確かめながら出来栄えを褒め、その評価に工夫した杜人もご満悦である。

 現在レネとシャンティナは刃鎧水竜の背中に作られた透明な半球内部に居た。半球は白珠粘液、座っている場所は灰色狼など、水中を移動する乗り物として姿を調整していた。ちなみに空気は緑珠粘液の光合成能力を利用して綺麗にしている。

『そうだろう、そうだろう。女性は腰を冷やすと良くないと聞いたからな。存分に暖まってくれ。ところで、疑問なのだがその理由を知っているか?』

「え? ……まあ、いろいろあるみたいだね。気にしないで」

 杜人はからかうネタではなく純粋な疑問として尋ねた。そのため検索して情報を得たレネは少しだけ顔を赤らめ言葉を濁しただけで終わりにした。その様子にこれ以上はいけないと杜人も悟り、話題を変えるために脇にある地図魔法に目をやった。

『……なあ、かなり先の未踏区域に刃鎧水竜の反応があるんだが』

「え? そんなはずは……あるね。どうしてだろう?」

 魔力を用いて計測する地図魔法の原理から考えれば、作製されていない場所の反応を捉えられるはずがないのである。そのため二人で首を傾げたところでシャンティナが教えた。

「大きいの、います」

 その言葉にレネと杜人は目を合わせ、地図魔法をもう一度見てから同時にため息をついた。

『間違いなく主だな。もうそんな時期になってしまったのか……』

「成長して悲しくなることもあるんだね……」

 普通ならば一生遭遇しない人のほうが多いはずの主に何度も遭っているため、二人のため息はとても重かった。そして出会っても驚かない心に何とも言えない気分になった。

「でもここは閉鎖型……あ、この階層には特異領域があるんだ」

 特異領域とは、閉鎖型迷宮で主が出現する場所のことである。大広間の罠とは異なり閉じ込められることはないが、階層を結ぶ通過点にあるため出現されると危険で通行できなくなるのである。

『どうする。逃げるか?』

「ううん、行こう。このまま放置すれば犠牲になる人が必ず出るから。もしかしたら、今も逃げられない人が居るかもしれない。このタマなら引き付けても逃げられるでしょ?」

 レネは迷うことなく決断した。そのため杜人は笑顔になると自信を持って答えた。

『よく分かっているではないか。心血を注いだタマはそこらの野良主なんぞには絶対に負けない。返り討ちにしてくれようぞ!』

 杜人は星天の杖と魔法弓を取り出して渡すと、びしりと正面を指差した。

『逃げる必要はない! 俺が霊気槍で動きを鈍らせてシャンティナが動きを止めるから、最後の止めは任せた!』

「任せて!」

「はい」

 そうは言ってもきちんと逃げるときのことを杜人は考えている。しかし、勢いは大切なため今はそのまま突き進むことにした。

 そして全員の準備ができたところで杜人はタマを動かし、全速力で主の元へと向かった。

『水流が速くなっているな。吸い寄せているみたいだぞ』

「さすが主ってところかな。広範囲の水流操作で獲物を逃がさないようにしているんだね。……居た! まだ生きてる!」

『良し、突っ込むぞ!』

 地図魔法の検知範囲に入ったため一気に情報が更新される。そこには巨大な主とその周辺を逃げ惑う探索者の反応が多くあった。それを聞いた杜人は端末石に霊気槍を構築しながら、水流に乗って一気に主の支配領域へと飛び込んだ。




 その部屋は反対側の壁がかすむほど広く、一面が光を放つコケに覆われていて、水さえなければ別の階層と見間違えるほど周囲と異なる雰囲気となっている。そして、ここではコケを採取してはいけないことになっていた。しかし、この場所のコケは他の場所と比べて質が良く高値で取引される。そして必ず主が出現するわけではなく、むしろ広いため逃げやすい場所でもある。そのためこっそりと採取する探索者が後を絶たない。

 そして今回。何度か採取を行い味をしめた探索者達がまた採取したところで主が出現し、彼らはその代償を支払って退場していった。今逃げている探索者達は遠くから吸い寄せられてしまった者達である。

(くそっ、どうする、何か打つ手は無いか……)

 この階層では刃鎧水竜と戦おうと思う探索者は居ない。そのため移動と逃げることに特化した装備となっている。それでもその源は魔法具であり、限界は存在している。だから渦巻く水流から逃れられない現在、魔法具の力が尽きたときが彼らの命が尽きるときであった。

(毒薬をまんま食っても平気な顔していやがるし、もう魔法具の魔力が尽きる頃だな……)

 既に何人かの仲間は食われている。そのため念のために持っていた毒薬ごと飲み込んだはずなのだが、動きが変わることはなかった。そしてもうすぐ逃げられなくなって食われる。

 必死に逃げながらもそんな絶望に包まれていたとき、突然輝く魔法の槍が出現し、主の巨体に何本も突き立った。

(魔法使いが来た……なに?)

 喜んだのもつかの間、目を向けた先からやってきたのは、いつもおなじみの刃鎧水竜の形をした、それよりひと回りは大きい白い刃鎧水竜だった。そしてその周囲には複数の魔法陣が構築されていて、主の攻撃をかいくぐりながら素早く移動し、お返しとばかりに輝く槍が何度も発射されていた。

『ふはははは! これしきの攻撃なんぞぬる過ぎるわ!』

「そんなわけあるかー! きゃあぁぁぁー!!」

 中は大変なことになっているが、幸い水中のため悲鳴は外へは漏れない。

 更にそこから小さな影が目にも止まらぬ速さで巨大な主の身体に衝突し、一度離脱してから今度は上から突き立って主を床に叩き伏せる。そして小さな影は素早く白い刃鎧水竜に戻っていった。

(魔法学院の学院生か? 何だ……天級魔法を使うから早くこの部屋の外まで逃げろ? ……あ!)

 白い刃鎧水竜の周囲に光で文字が描かれ、生き残った探索者達はようやく水流の牢獄が消えていることに気が付いた。そのため魔力が切れることも厭わずに、全速力で部屋から逃げ出したのだった。




『ようやく逃げたか。良し、やってしまえ!』

「了解!」

 既に第三章の封印は解放しているので、天級魔法を使用しても魔力不足にはならない。それでも念のためレネは魔法薬を一気飲みすると、急いで魔法陣を構築し始めた。その間もシャンティナが外に出て魔法弓にて霊気槍を主に突き立て続け、起き上がらせないようにしていた。そして発動間際に半球の中へと入った。

「……氷滅平原!」

 床に叩き伏せられた主がようやく首を上げたところでレネの魔法が発動し、床一面に輝く魔法陣が何重にも出現した。そして一気に主ごと水が凍り始め、凍結する音が水中を伝わって聞こえてきた。

『退避、退避ー!!』

「早く、早くー!!」

 普通ならば効果範囲からそれなりに離れれば十分なのだが、周囲が水なので連鎖してそれ以上に凍っていく。そのためレネが有効射程限界で魔法を発動させても、その後に杜人が全力で逃げなければならないのだ。

 一応結界を張れば大丈夫なのだが、効果範囲外の氷は効果時間が過ぎても消えないため閉じ込められてしまうのである。

 そうして何とか氷の牢獄から逃れ、入口付近にかろうじて残った空間で停止すると、ようやく長く息をはき出す。そしてレネは魔法薬を飲んで、今度はほっと息をついた。

「やっぱり特級にすれば良かった……」

『そして倒しきれずに復活されるまでお約束だぞ。今回は耐性がどの程度か分からなかったのだから仕方がない』

 光系統を使う手もあったのだが、使い慣れていないことと天級魔法の崩滅光珠は周囲一帯を消し去ってしまうため、水がどう動くか分からないという理由で使い慣れた氷系統を使うことにしたのである。

「うん、反応は消えたから倒せたね。この氷はどうしよう……」

『暖めた水流をぶつけて溶かすしかないだろ。溶かさないと、せっかく助けたのに凍え死んでしまうぞ』

「え?」

 杜人の視線の先には魔法具の魔力が尽きて動けなくなった探索者達が漂っているのだが、誰もが唇を紫にして身体を震わせながら両手で抱きしめていた。

「わわっ、急いで暖めないと!」

『反対側にも居るだろうから、これにとりあえず封入しようか』

 レネは大急ぎでこの間作製した恒温術式を改造し、周囲の水を適温まで温める術式を作り出した。そしてそれを魔力結晶に封入して発動させてから探索者に渡し、大急ぎで反対側に逃れた人たちのところにも向かった。

 その後に氷を砕きながら溶かし、主を回収して、ついでに生き残った探索者もタマに乗せ、へとへとになりながら帰ったのだった。




「いつもいつも申し訳ありません」

「いえいえ、お気になさらずに。きちんとお代は頂いているのですから」

 今回の主の処理もダイルに一任したレネは、落ち着いた頃にダイルの下を訪れた。

「今回に関しても特に何もありませんでした。みなさん見舞金を頂けて喜んでいましたよ」

「それなら良かったです」

『これなら大手を振って町を歩けるな』

 主を倒したのはレネだが、独り占めしたと逆恨みされても困るため前回と同様の処理をしていた。これからも迷宮に潜るつもりなので、探索者との良好な関係は必須である。

 そして話が一段落したところで、ダイルは人が悪く見える笑みを浮かべる。どう見ても騙そうとしているようにしか見えない笑みである。

「それと探索者のほうから要望がありまして、帰るときに貸し与えられた周囲の水を適温にする魔法具と、水中を移動する乗り物を売ってくれないかと。どうでしょうか」

『ぬ、水温調節はともかく、乗り物は金を払えるのか? 少なくとも精霊結晶が必要だぞ』

「えっと、水温調節はこの間の魔法具に使った術式を改造したものなのでそれほどでもないのですが、乗り物は一人用でも以前にお願いして作って頂いたもの以上の価格になりますよ? 素直に今まで通りのほうが良いと思いますけど」

 前にエルセリアとセリエナ用の黒姫徽章を作っているため、機能と価格は把握しているはずである。戦闘に使える魔法騎兵隊用の徽章よりは安いが、それでもおいそれと出せる金額ではない。

 それを聞いたダイルは笑みを深め、レネと杜人は何かまずいことを言っただろうかと少し身を引いた。

「あの程度でしたら即金で出すでしょう。何故かと言いますと、水中呼吸の魔法薬は意外と高価なのです。そして何より、水中は寒く本来は呼吸もできない場所のため心が疲弊するとのことでした。彼らは実際に乗り物による水中移動を体験したため、より強く感じるようになってしまったようです」

「確かに……そうですね」

『ま、戦闘に使うわけでもなし、仕方ないか』

 欲求は止めるのが難しい。そして正論は通用しない。金という最大の障害がない以上、作らないと不満に結びつく可能性があるのだ。そして負の感情を招きよせてまで出し惜しみするものでもないので、機能限定版を作ることにした。

「分かりました。それでは必要な機能を後で教えてください。できるだけ要望には応えます。ただ、戦闘に使えないことだけは必ず伝えてください」

「無理を言って申し訳ありません。その辺りの調整は責任を持って行いましたのでご安心ください。それとこちらが要望となります」

「……」

『これはまいった』

 今あるはずがない書類が出てきたため、レネは頬を引きつらせながらダイルを見つめ、杜人はその手並みに思わず笑ってしまった。

 ダイルは今までの取引から、レネは結構周囲のことを考えて慎重に動いていると知っている。金を得るためならば市場のことを考えないで売れば良いし、主の素材も独り占めすれば良い。しかし、利益よりも金で避けられる悪意なら避けるほうを選んでいる。

 人は誰でも良く思われたいと思うものであり、それは普通のことである。だが、己の欲望が優先してしまうのもまた普通のことなのだ。だから未だに慎重なレネに感心しながらも、その気持ちを上手に利用して誘導し、断らないように話を組み立てた。

 大商いが決まってダイルは肩を揺らして笑っている。その姿は、どうみてもレネを言葉巧みに騙した悪徳商人にしか見えなかった。




 こうして水中移動用の乗り物が世に出ることになり、探索者の間で『殲滅の黒姫』の名が高まったのは言うまでもない。

「もう少しなんとかならない……よね」

『手遅れだ。実際殲滅しているからな。嘘ではないから変わらないだろう。ま、悪名ではないから良しとしよう』

「悪名であれなら泣くよ……」

 もはや二つ名にも慣れたレネはため息まじりに呟き、杜人は肩を竦めながら慰めるのであった。
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