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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第6章 写し鏡のその奥に

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第14話 忙しい裏側

 そしてついに試験販売開始の日となった。連日の対応でリュトナの顔色は少し悪いが、まだ何とか大丈夫である。そのため人任せにせず応接室に集まったレネ達に説明を開始した。またもやティアがいるが、誰も気にしていない。

「今回は高額で珍しい商品のため、露店ではなく当店の軒先に受付専用の拡張店舗を設置して販売いたします。販売期間は十日ですが、手軽に作れるものでもないので製作が間に合わなくなる場合もあります。その場合は予約対応とし、それも売り上げに計上いたします。しかし、材料が希少なもののため総販売個数に制限を設けます。そのため予定数量に達した時点で終了になります。そしてこれが今回の原価と売値です」

『どれどれ……。はて、安いな。前回のが効いているのか?』

 シアリーナの売値はレネの半分以下である。前回同様高額高性能にすると思っていたので、予想が外れた杜人は意外と弱っていたのかと分析した。

 対するシアリーナはレネの予算上限ぎりぎりの金額に驚いていた。そして何か間違えただろうかと不安が持ち上がってくる。

「間違いございませんか? それではこちらが販売する商品となります。今一度お確かめください」

 リュトナはテーブルに双方の商品を置く。シアリーナのほうは腰に付けるベルトが付いた長方形のポーチであり、内部は仕切りが設けられているのでひとつ取り出しても残りが横転することもない。蓋は取り出すときに見なくても片手で開けられるようにと、中央の金具で固定されている。

 レネのものは、元々のベルトに付ける金具が付いた巾着である。口元は紐で、広げると簡単に取りだせる程度の余裕ができるようになっている。結ばなくても止められる金具がついているため、口元の大きさは自由に調節可能だ。全体の大きさは両手の平に収まる程度なので、物入れとしてはとても小さいものである。

 お互いが確認し、今度は交換して相手のものを調べた。レネは堂々と解析を行い、小声で杜人と話し合う。

「主なものは軽量化だね。選択としては良いと思う。この大きさなら魔法薬入れかな」

『俺達のものにも入れることは可能だが、特化品は融通が利かないが汎用品より使いやすい。そして魔法薬は重いが、身に付けていないと意味が無い。確かに良い選択だ。……俺ならこれに複数俺達の品物を入れて使うかな。金があれば、だが』

「そう言われれば、それが一番使いやすいかもね。制限が無ければ、元からそれで作ったほうが良いかもしれない。簡単に買える金額にはならないと思うけどね」

 そんな感想を述べながら、シアリーナの優秀さを認める。既存の術式を流用していたが、それでも短期間に考えて仕上げたのだから疑う余地はないのである。

 そしてシアリーナのほうは最初遠慮がちに作りなどを見ていたのだが、レネが堂々と封入されている術式の解析を始めたために、それならばと解析を開始する。

「……ぐ」

 シアリーナは大きさから自分のものより少ない術式構成なのだろうと思っていたのだが、予想外に膨大な術式が一気に流れ込んできたため頭に鋭い痛みが走り、思わずテーブルに巾着を落としてしまう。

「どう……、わ、わわっ」

「なに……え?」

 隣にいたティアが慌てた声を出したため、シアリーナは訝しげに問いかけようとしたとき、テーブルに真っ赤な血が落ち、鼻から下に熱い液体が流れる感触があった。

 それを見たレネはすぐにハンカチでシアリーナの鼻から下を覆い、初級の回復魔法で治療を行った。そして端末石をひとつ浮かべると、念のために上級の回復魔法も使用した。

「これで大丈夫だと思います。これに封入している術式はかなり複雑なので、一気に読み込まないほうが良いですよ」

「そうですね。作った職人も手順にそって術式を封入している魔力結晶から転写しただけです。……ひとりだけ意地になった人は、現在療養中ですね」

「……分かり、ました。これは洗って返します」

 処理しきれない情報が一気に流れ込んだためと理解しているが、初めての経験にシアリーナの手は僅かに震えていた。その様子にレネも表情が暗くなりかけたため、杜人はこれはまずいと目の前を笑顔で漂い、軽い調子で問題無いことを強調する。

『まさか四重になっていて、中に魔力結晶も入っているとは思うまい。予想していなかったことだが、実に良い効果があったようだ。さすがだレネ、いきなり殺しにかかるとは……ぐえっ』

 レネは顔を赤らめると最後まで言わせずに不可視念手で掴み取る。そしてシアリーナに微笑みながら解析分離を使い、血の汚れを消し去った。そうしてそのまま席に着くとリュトナに次を促し、テーブルの下で杜人をしっかり掴み取り、気分転換に揉み始める。もちろん変な声は無視である。

 リュトナはシアリーナが落ち着いたことを確認してから、説明を再開した。

「……以上です。質問はございますか? はい。それではこれで説明は終了です。今回はここで販売するので裏側を見学できます。よろしければ案内いたしますが」

「はい、見たいです!」

「私も……」

 一応部外者なティアが元気に手を挙げ、シアリーナも小さく手を挙げた。滅多に見られない商売の裏側である。見ない選択は存在しなかった。

「私は何日か後に顔を出すだけにします」

『まあ、居ても気まずくなるからな。ぬひゃひゃ……』

「それでは、状況はそのときにお伝えします」

 レネも見てみたかったが、図書館の仕事と講義があるので断念した。それと杜人の言ったように、居ても邪魔になるだけと判断した。ちなみに杜人はまだ揉まれている。

 こうして波乱に満ちた第二回販売試験は開始された。




 一日目。雲ひとつ無い青空であるが、拡張店舗に客は居ない。試供品が置かれているので性能は確認できるが、ほとんどの人が価格を見ただけで手に取ろうともしなかった。価格の場所には数量限定と大きく書かれているが効果は見えない。

「売れないね……」

「そうね」

 見学してるティアとシアリーナはおとなしく用意された椅子に座っている。ティアは手ぶらだが、シアリーナの手にはレネの巾着があり、少しずつ解析している最中である。

「大丈夫?」

「ええ、少しずつしているから」

 術式が複雑に絡みすぎていて理解できていないのだが、それを正直には言えなかった。

レネの組む術式は、一見簡素で簡単に見える。例えると、通常は『赤い拳大の果実』と記述するべきところを『りんご』と記述しているような感じである。

 しかし、複合し始めると簡素すぎて逆に理解できなくなるのだ。普通であれば『赤い拳大の果実を薄く長い金属で天から地に向けて中心を基点に直角に交わるように二度動かす』という記述を『りんご』『ナイフ』『縦』『四』『等分』『切る』など細分化し、他の指定構文からの呼び出しと兼用していたりする。常識外れな術式構文だが、基本は逸脱していない。このため機能の割に術式が少なくなり、消費魔力も小さくなるのだ。

 もし仮にシアリーナが巾着と同等性能の術式を組んだ場合、消費魔力は倍では済まない。レネの術式は複雑になればなるほど省力化される。そのため解析すればするほど己の術式が無駄に満ちたもののように感じられ、底なし沼にはまったような無力感が這い登って来そうになる。それでも解析をやめられなかった。

 そこに裏手からリュトナがやってきた。疲れが見えるが微笑みは変わらない。

「お暇ですか? 販売実習でもしてみますか?」

「はい。やります!」

「……はい」

「それではどうぞ。声かけは不要ですので、笑顔で居るだけで大丈夫です。購入希望者にはこの券を渡して中の受付へどうぞと言うだけです。値段交渉された場合も、渡して中の受付へどうぞで良いです。何かあれば呼んでください」

「頑張ります!」

「ありがとうございます」

 こうして売り子を確保したリュトナは、暇をしていたちょっぴり涙目の職員を連れて仕事に戻ったのだった。

 二日目。相変わらずの快晴で、相変わらず売れていない。

「売れないね……」

「そうね」

 シアリーナは解析を続けていて、ティアは言われたとおり通り過ぎる人に笑顔を振りまいていた。

 三日目。曇り。相変わらず売れていない。そして昼頃にレネと杜人が状況確認に訪れた。客すら居ない状況に杜人は苦笑し、退屈しないように多少の工夫を行うことにした。

『全滅か。ま、これでは当たり前か。ちょっと販売を工夫して良いか聞いてくれないか』

「少し販売方法に手を加えても構いませんか?」

「はい」

 シアリーナとしても、ここまで売れないとは思っていなかったので、心にくるものがあった。そのため特に反発することなく頷いた。そしてレネは一応リュトナに断るために中へと入り、その日はそのまま帰っていった。

 四日目。晴れ。まだまだ売れない。そして昼頃にまたレネと杜人が訪れ、リュトナも呼んで頼んでいた販売用の道具を設置しはじめた。

 ひとつは長四角の木枠製で天井面の中央から棒を滑車付きロープで吊り下げているもので、棒の下にレネの巾着を置いてある。木枠の高さはそれほど高くなく、棒が上まで行っても足りない程度だ。不足している分は巾着の中に入っている。そしてロープの反対側には箱があり、レネはそこに大きめの魔力結晶を入れた。すると重みで棒が引き上げられ、箱は下まで動いて止まった。

『良いな。起動してくれ』

「うん」

「わ……」

「すごいですね」

「……」

 魔力結晶が光を放つと箱が上昇し、紐で繋がっている棒が下がって巾着へ飲み込まれていく。そして上まで行くとまた下がり始め、下につくとまた上がり始めた。

「はい! どうしてこうなるのですか?」

「単に軽量化の効果を時間で変化させているだけですよ。ロープが切れたり滑車から外れたりしないように気をつけてくださいね」

「それだけ……」

 ティアの質問に答えてから次に移る。今度は似たような装置だが中央に大き目の天秤が置かれていて、滑車付きロープは片側の皿にのる位置に三つ付いていた。そして滑車の無い皿にポーチを開けた状態で置き、その中に魔法薬を満杯に入れる。反対側の皿には同数の魔法薬を置き、金具を用いてひとつの紐に数を変えて複数取りつけた。

 この状態では紐付き魔法薬のほうに傾いていて、滑車を動かす箱の中に魔力結晶を入れると箱が下に移動して魔法薬が吊り上げられ、天秤はポーチ側に傾いた。確認してから術式を起動すると、時間差を置いて三つの箱がゆっくり上下し、天秤も左右に揺れ動く。

「はい! どうして動く時間を別にしているのですか?」

「同じ時間だと、同じ動きしかしないからですよ。こちらはロープが絡みやすいと思うので注意してください。何かありますか?」

 目を輝かせて仕掛けを見るティアの質問に答え、レネは何か聞きたそうにしているシアリーナに微笑む。そのためシアリーナはためらったものの、最後には小声で聞いてきた。

「この仕掛けは、いつ思いついたのでしょう」

『昨日だな。褒めてくれても構わんのだよ?』

「昨日ですよ。帰る前にリュトナさんに製作をお願いしました。後は帰ってから術式を組んで調整しただけですね」

 胸を張りながら笑う杜人を放置し、レネは質問に答えた。そして絶句している様子のシアリーナに何か変なことを言っただろうかと内心で首を傾げ、思いつかなかったので気にしないことにし、固まっている杜人を回収してその場を後にした。

 その日はひとつずつ売れた。

 五日目。曇り。仕掛けの物珍しさから立ち止まる通行人が増え始める。巾着ひとつとポーチが二つ売れた。

 六日目。曇天。仕掛けが広まったようで、探索者の姿が多くなってきた。しかし、売れない。そのためシアリーナは、何となくお疲れ気味のリュトナに聞いてみた。

「こんなに売れないものなんですか?」

「いいえ。普段はこの値段でももう少し売れます。しかし、今は理由があるので大丈夫ですよ。……先に諦めた人が、そろそろ買いにくる頃なんですよね」

 後半は呟きだったためシアリーナには聞こえなかった。連日の調整で死にそうになっている仕事の抽選は明日である。

「午後には職員をつけますので、頑張ってくださいね」

「はい?」

「うん?」

 よく分からないことを笑顔で言われたため、シアリーナとティアは揃って首を傾げた。職員効果か、巾着四つとポーチが六個売れた。

 七日目。雨。今日は朝から職員が配置され、シアリーナとティアは見学に戻っている。

「売れ始めたね。やっぱりあの仕掛けが広まったせいかな?」

「それもあると思うけど、なんだか嫌な予感が……」

 今日は店の裏のほうに探索者が多く集まっているのだ。ついでに貴族らしい人や役人らしき人もいる。そして通過するときに全員が拡張店舗にある品物を確認していた。売れ行きも、雨なのに今までの不調が嘘のように良くなっていた。

 そして少し早めに昼食に呼ばれたため店内に入ると、入れ違いに職員が更に増員された。シアリーナはいぶかしんだがリュトナの姿は見えないため聞くことができず、応接室にて用意されていた昼食を食べる。食べている間も違和感の原因を考え続けた。

「絶対に変。売れ方が極端すぎる」

「そう? 広まったからじゃないの?」

「リュトナさんは、まるで売れ始める時期が分かっているみたいだった。今日は雨なのに買いに来る人が昨日より多いし……。それに、よく考えると希少な材料のはずなのに試作が無料だったし、数量制限があっても結構な量を予約できるみたいだった。注文の券を多くもらったでしょ?」

「そういえば……。でも材料入手はレネ先生だから無料じゃなかったっけ?」

「そうだけど、希少ということは出会う確率も低いってことだよ? 他にも狙っている探索者はいるんだから、大量に入手すること自体が難しいと思う」

「それは……うーん」

 揃って謎に首を傾げたとき、奥から怒声と悲鳴と奇声が聞こえ、店内が一気に騒がしくなった。二人は顔を見合わせると、そっと応接室のドアを開けて店内を覗き込んだ。

「はい、一列でお並びください! 急がなくても大丈夫です!」

「全額前払いとなります! 後払いは受け付けません!」

 怒号飛び交う戦場に二人は無言となり、静かに扉を閉めた。

「何が起きたの?」

「さあ? ……何にしてもここから出られないことには変わらない。説明が来るまで待ちましょう」

「そうだね」

 この辺りの切り替えは早いシアリーナと、意外と大雑把なティアは仕方がないと休むことにした。

 結局、なかなか説明に来ないため出るに出られず、そんなことをしているうちに全て売れてしまったため、わけの分からないうちに試験販売は終了となったのだった。





「いやあ、無理を言って申し訳ありませんでした」

「いえいえ。お世話になっていますし、迷惑をかけたのは私ですから。……それよりリュトナさんは大丈夫ですか?」

 喜怒哀楽が一度に訪れた日の翌日。レネと杜人が様子を見に来たら販売試験は終わっていて、リュトナは熱を出して休んでいた。そのため後日にしようとしたところちょうど帰ってきたダイルと出会い、顛末を聞くことになったのである。

「はい。大仕事を終えて安堵したため気が緩んだのでしょう。しばらく休めば大丈夫です」

「安心しました。最近顔色が良くなかったから心配していたんです」

『良かったな』

 レネはほっと息をはき、杜人も深々と頷いた。リュトナが倒れた原因はもちろんレネが納品して情報を広めてしまった昼間の天虎の処理に奔走していたからである。

 ある程度予想していた通り、結構な人数にレネからダイル商会に納品されたという話が広まっていた。そのため、探索者のみならず貴族や富豪からも『金は惜しまないから売ってくれ』と懇願された。そういった人達に対して王家からの販売認可があることを示して牽制し、特別扱いせずに抽選を行うことを通知し、参加者をまとめ、会場を準備しながら職人を確保し加工をひたすら行った。

 その過程で、レネが夜に狩った普通の天虎製品も限定で販売されることが流れ、手に入れることを諦めた者が無くなる前に確保に動き始めたのが一昨日である。

 そして昨日、抽選のために集まった者達が確実に見る位置で性能が実演されていたので、手に入れることができなかった者が我先にと確保に動いた。それを予見していたリュトナは見事に捌ききり、やり遂げた本日は起き上がれなかった、というわけである。

 というわけで、結果発表はしばらくおあずけとなった。既に長期戦を覚悟したので、結果についてのこだわりはない。そのため気をとられることもなかった。

「それにしても、空約束をして泣きつく人って本当に居るんですね」

「はい。そしてそれを馬鹿正直に切り捨てるわけにもいきません。なんといっても恩を売りつける絶好の機会ですから」

 ダイルは人が悪い笑みを浮かべ、レネもちょっぴり頬を引くつかせながら笑みを浮かべた。

『ま、それは建前で、本当は断ると逆恨みされて面倒が増えるからだろう。恨みを買うより恩を忘れられたほうが、長い目で見れば得だからな。後は少しずつ遠ざかれば良いだけだ』

 もちろん恩を忘れて仇をもたらすようなら、ダイルもおもねるようなことはしないで対処する。被害は出るかもしれないが、なめられたほうが余程危険なのである。その辺りの見極めも必要なため、清廉なだけでは商人の世界は生きていけないのである。

 ちなみにダイルの依頼は昼間の天虎をもう一体分納品して欲しいというものだった。多少代を重ねた新興貴族には、とにかく見栄を張りたがる者が一定数存在するのである。

 杜人の解説にやっぱり商売は無理とレネは確信し、これからもダイルを頼ることにした。

「無理を言われた分、価格もだいぶ上乗せできるでしょう。なんといっても、最近狩って来られたのはレネ様だけですから出所を疑われる心配がありません。ありがとうございます」

「どういたしまして?」

 価格が上乗せできるのは何となく分かるが、頭を深々と下げられて礼を言われるほどとは思えない。そのため不思議そうなレネに杜人は笑いを堪えながら解説した。

『値切りをすれば、その分レネの取り分が減ることになる。出所が分かっているから、殲滅の黒姫の利益を侵害することに直結するんだよ。つまり、敵対したくなかったら、ほとんど売り手の言い値で買うことになるんだ。機嫌を損ねてあの貴族は嫌いと言っていたとかの噂が流れてみろ。親しくしていたらとばっちりを受けるかもしれないじゃないか』

 レネは親しい人以外とはあまり話をしないので実感が無いが、既に影響力はそれなりにある。貴族の本気には敵わないが、あえて敵対しようとも思わなくなっている。微妙だが、使い方を間違わなければそれなりに役に立つのだ。

 レネは頬を引きつらせ気味に笑うと、ダイルは肩を揺らして笑った。

「それでは何かありましたら、なんなりと申し付けくださいませ」

「はい……、そのときはよろしくお願いします……」

『手腕は最高だからなぁ……』

 無形の影響力は使い方が難しいのだが、ダイルは平気な顔でその境界を進んでいける。杜人はまだそこまではできないので、素直に感心している。そして裏で利用されていたとしても、恩のほうが大きいので遠ざかる理由にはならない。それ以前に、本気で利用しようと思っているなら本人に教えるはずがないのである。

 実際、今回の騒動に関してもリュトナの手に余る規模であったため、ダイルの指示で国の上層部に情報と現物の一部を提供し、貴族関連の暴走が起きる前に芽を潰すよう調整していた。それに関してはレネに言う必要はないため、どっしりと構えながら不敵に見える笑みを浮かべるだけだ。

 レネはとほほと思いながらも、これからも頼ることに関して疑問を抱くことはなかった。




 夜。シアリーナは自室の寝台に入りながら、今回の試験販売を振り返る。不思議なことに、前回のような勝ち負けに対するこだわりが浮いてはこなかった。

 色々あったが、レネについて思い出すのは、初めて情報過多で鼻血を出したことや、販売中に来てあっさりと性能を視覚で分かるようにした仕掛けについてである。

 行っているのは、どちらが大賢者の名にふさわしいかを決める勝負だ。だからレネとシアリーナは敵対している。だが、鼻血を出したときはすぐに魔法を使って治療を行い、血で汚れた服もハンカチもテーブルも綺麗にしてしまった。そして咎めることもせずに終わらせた。

 仕掛けにいたっては両方を当たり前のように設置し、軽量化魔法の改変を次の日までにやってのける。シアリーナもできなくはないが、少なくとも店番をしていて思いつかなかったことは事実である。それ以前に、競争相手を有利にする行動を取れるか大いに疑問であった。

 少し顔を動かして、テーブルにあるポーチを見る。記念としてもらったもので、ティアも持っている。腹部分の白い毛皮だけで作った、世に二つしかない品物だ。

「……おやすみ」

 誰にともなく呟いて、シアリーナは静かな眠りについたのだった。
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