挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
黒姫の魔導書 作者:てんてん

第6章 写し鏡のその奥に

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

119/155

第09話 勝負の不思議

 竜舌草を手に入れた杜人は、レネと共に暇をみながら実験を開始する。といっても実際に加工するのは刃物の扱いに慣れているジンレイだ。

『構想としては、このねっとりとした部分を活かして塗り薬にしたい。そして魔法を封入する材料は黒姫芋の茎や葉を使おうと思っている。どちらも手に入りやすく価格も安い』

「あー、確かにあれなら大丈夫だね。元から解毒作用もあるし、元々魔法草を作ろうとした副産物だし」

 今回のレネは手順を書きとめる係である。不器用というわけではないが、一応毒物のためおさわり禁止となっている。

「えっと、竜舌草の下ごしらえは……水を張った鍋に入れて、煮るだけ。毒を溶け出させるわけじゃないから、熱がきちんと通れば良いみたいだね」

「それでは一度煮てみましょう」

 ジンレイは素早く準備を行い、鍋を火にかけた。そして柔らかくへたったところで取り出して半分に切る。透明な果肉は白くなっていて、見た目だけならおいしそうである。

「無味無臭なはずだけど、意外とおいしそうだね」

『食べてみるか』

 緑の外皮を剥き、タマで成分を比較して毒が消えているのを確認してから試食してみる。

「んー、弾力があって噛み切れない。……えっと、噛みしめることで満腹感を得られる?」

「味ないです」

『栄養はそれなりにあるみたいだから、確かに非常食だな』

「普段はこのまま細かく切り刻み、パンに混ぜたりします。食感は悪くなりますが、それなりに需要はありますね」

 そのものを口に入れたレネは、これで本当に噛み切れるのかと情報を検索する。そして憶えのある発想に辿り着き、がっくりと肩を落とした。シャンティナは難なく噛み千切っているが、味が無いのでリボンはしょんぼりと垂れ下がっている。

『今回はねっとりしていることが前提だから、固まるようでは駄目だな。……一応試してみるか』

 杜人はジンレイに指示を出して、切り刻んだものを白珠粘液の体液に溶かしてみる。しかし、元々強烈な融解能力はないので角が取れて丸くなった程度であった。そして液体のほうも水っぽいままである。

『やはり駄目か。それでは、今度は毒が消える温度と凝固する温度に違いがあるか確認しよう』

「あ、それは結果があるよ。毒が消えるほうが早いみたい。……こんなことまで調べなきゃならないんだから、調合の研究は面倒くさいね」

 レネは慣れていないのでそう感じたが、調合の専門家が聞いたら『その程度は面倒のうちに入らない』と言われそうである。何といっても、何種類もある材料を混ぜるだけではなく、手順や分量で結果がまるで異なるものになるのだから。

『そうか。それならきちんと毒が分解でき、凝固しない最適温度を探そう。そうしたらレネは一定の温度を保つ魔法具の術式を作ってくれ』

「分かった」

「それでは時間ごとに抜いていきましょう。時間がかかりますので、後は私が」

 こうしてジンレイは地味な作業を何度も繰り返し、次の日にはきちんと毒が抜けて凝固しない温度を割り出すことができた。そしてレネがその温度を保つ術式を作り、加工を行った。

「……うん。味は無いけれど、これはこれで食感が楽しいかな。口の中にねっとりとくっつくけれど、そのうち溶けて無くなるよ。砂糖を混ぜれば甘くなっておいしいと思う」

「ねとねと」

『なら、後でおやつとして研究してみよう』

 何故かしっかりと味見をしたレネの感想に、葛みたいなものかと思いながら違う用途が先に見つかったことに苦笑する。温度管理が大変なため、ただ煮ただけでは作り出すのが難しい食感であった。シャンティナも味見したが、最初よりは良い反応をしている。特徴として水を弾いてしまうというものがあったが、油と似た性質を持つと考えれば問題はない。

『後は、これと黒姫芋の茎と葉を粉末にしたものと混ぜれば試作品は完成だ』

「それじゃあ、混ぜるよ」

「まぜまぜ」

 この程度ならばできるので、レネとシャンティナは喜んで混ぜはじめる。そして分量を変えながら回復魔法を封入できる割合を計測していったのだが、それ以外の部分で壁にぶつかることになった。

「……このままでは駄目だね。汚くなるよ」

 レネは黒いクリームを塗られた手を見せる。そこには乾燥したことによって粉末がまだらに付着していて、少し擦るとそのまま下に落ちていった。

『物自体の性能は十分なんだがな』

「白珠の体液で溶かしてから混ぜては駄目なの?」

 ダイル商会にて好評を博している黒姫珠水は、茎と葉の粉末を体液で溶かしたものである。作ったのは杜人なのだから、試さないことを不思議そうに尋ねる。

『原価が高くなる。が、安いし試してみるか』

 使わないで済むならそれに越したことはなかったのだが、これでは売り物にならないため使うことにした。

 最初は全て混ぜ、溶かす成分を分解しようと加熱したら凝固して失敗。

『凝固点が低くなっているぞ……』

「不思議だね」

 次は粉末を溶かして熱処理してから混ぜ合わせたのだが、今度は水と油のように分離して混ざらなかった。

『そういえばそうだった……』

「だね……」

 その後も混ぜる順番や加熱方法などを変えてみたのだが、結局うまくいく組み合わせは見つからずにその日は終わった。



 その後も試していたのだが、良い方法が見つからないまま時間は過ぎ、締め切りがすぐ近くまで迫る。もう時間はないが、講義は休まずに続けている。

「それでは、今日の講義はこれで終わります」

 講義を終えて出て行こうとするレネを、シアリーナが勝ち誇った顔で見つめていた。これはレネがまだ色々材料を探しているのを知っているので、まだ完成していないと分かっているからだ。もちろんレネは平気な顔で微笑みながら講義室を出たが、内心は焦りが満ちていた。

『恐らく今日くらいで完成したんじゃないか? だから機嫌が良かったのだろう』

「あー、そっか。確かにありえるね。……もう少しこっそりすれば良かったかなぁ」

『期限を決めたのは向こうだ。だから気にするな。材料はあるから最悪は目標を諦めて高級品を作れば何とかなる。……しかし、良い方法が見つからないのはともかくとして、何か忘れているような気がするんだよな。何だったか……』

 これまでも試行錯誤を繰り返してきたのだが、うまく行っていない。その中で杜人は、もう少しで答えが出そうで出ない奇妙な感覚があった。だから諦めきれないのである。

「今回は負けても良いんだよね?」

『そうだ。だが、負け方というものがある。今の状態で負けた場合、何を言っても負け惜しみにしか聞こえないだろうから、本当の負けになってしまう。負けても良いときは、相手が勝ったと思えない負け方をしたときだけだ』

「難しいね。その辺りの加減は私じゃまだ分からないよ。時間もないから、残念だけど竜舌草を使わないで作る? それなら術式を組み直すけど」

『そうだな……。この何かが思い出せればなぁ』

 そんな話をしながら食堂へ入り、レネはいつものまかないを手に取った。もう習慣になっているので、お金はあっても変えようとは思わない。シャンティナも姿を現してまかないを手に取る。

「あ、チョコケーキがおまけに付いてる!」

『おや、本当だ。狩りを始めた探索者がいたんだな』

 チョコレートの製法に関しては特別論文として学院に提出している。これは開発者に金は入らないが、登録されれば国が責任を持って公開と管理をしてくれるのである。得られるのは名誉のみだが、広まれば関連商品で利益が出るようにしているので、レネとしては損はない。

 レネは笑顔で席に着き、シャンティナもリボンを嬉しそうに動かしながら着席した。そしていつにも増した速度でまかないを平らげると、二人揃ってチョコケーキの皿を捧げ持った。

「えへへへ」

「へへへへ」

『レネ、よだれ。まったく……ん?』

 レネを真似ているシャンティナも涎を拭く真似をし、杜人は困ったものだと笑う。そしてそのまま温かい目で観察していた杜人の感覚が、おいしそうに食べているレネの姿に何かを訴え、何だろうと首を傾げたところで唐突に記憶と姿がかみ合った。

『思い出した!!』

「うぐっ、み、水。……ふぅ、驚かせないでよ。味わって食べようと思ったのに飲みこんじゃったじゃない」

 急な大声にレネはケーキを喉に詰まらせ、慌てて水を飲みこむ。そしてまぬけな死因を回避できたところで唇をとがらせて文句を言った。しかし、突破口が見つかった杜人は取り合わない。

『後で吐くくらい食べさせてやる。それより急いで戻るぞ!』

「おやつは少しずつだから良いの。分かってないなぁ」

 急かす杜人にレネは仕方がないなぁと微笑み、ケーキを素早く平らげると早足で部屋に戻ったのだった。




『というわけで、これに唾液を入れてほしい』

「全然、これっぽっちも、説明になっていないってば」

 座ったレネの前には大きめの瓶が鎮座している。することは分かるが、何故するのかがさっぱりである。おしゃれに興味がなかろうと恥じらいを捨てたわけではないので『唾液をください。はいどうぞ』とできるわけがない。

『では説明しよう。レネは以前に加工した竜舌草を試食したとき、そのうち溶けて無くなると言った。つまり、少なくともレネの唾液には竜舌草を溶かして水と混ぜ合わせる成分が含まれているということだ!』

「そう言われれば、そうだね。確かに溶けたよ。……けど、もしうまくいっても量を作れないでしょ? それに汚いって思われないのかな?」

 そういうことなら協力するのはやぶさかではないが、問題が多すぎと感じた。対して杜人は顔の前で指を横に振った。

『そのものを使うわけじゃない。うまくいったらタマで成分を抽出し、どの成分が作用しているのかを確かめる。後はそれに類似した成分を今まで蓄積したものから探せば良い。無かったときは諦めよう』

 レネの唾液で作っていますと書いたほうが売れそうな気がしなくもないが、言えば地獄の扉が開くので普通の方法を説明する。杜人も空気をきちんと読めるのである。

「うーん、それなら……」

『では頼む。できるだけたっぷり入れられるように、協力は惜しまない』

「失礼いたします」

 杜人は最後まで聞かずに話を決め、パチリと指を鳴らす。するとジンレイがどこからともなく出現し、レネとシャンティナの前にホットココアを置く。

 そしてレネが笑顔で手に取ろうとしたところで、杜人は不可視念手でココアをレネから遠ざけた。

『これは唾液を出しやすくするためのものだ。たくさん出てきただろう?』

「うぅ、……あっち向いてて」

 甘く良い香りを嗅いだため、思惑通りレネの口は決壊寸前である。事後承諾のようなものだが、公衆の面前ではないのでレネは結局妥協してしまった。

 こうして杜人はきちんと合意を取り付けてから、レネの唾液をたっぷりと手に入れたのである。

『では、入れるぞ』

「うん」

 真剣な二人の前で、ジンレイは分離している失敗作の中に採取した唾液を静かに入れてかき混ぜる。すると、水に浮かぶ寒天のようだった竜舌草が溶け始め、やがてその姿を消していった。そして全てが溶けた後には、光を透過する黒いクリーム状の物体が生まれていた。

 レネと杜人はその変化を確認し、目を合わせると静かに頷く。そしてレネは少しだけ手に塗り、時間が経過しても粉が吹いたりしないことを確認した。

『とりあえず、考え方はこれで良いことは証明されたな』

「後は成分を特定して、似たものを探せば何とかなるね」

 まだ喜ぶには早い。唾液の代わりとなる材料が見つからなければ駄目なのである。それでも閉塞感はもうなくなっていた。そのため同時に笑いあい、杜人はタマを呼び出すと残った唾液の分析を始め、レネも質が悪くなっても大丈夫なように術式の改良に着手し始めた。





 そして杜人はレネが寝ているときも実験を続け、組み合わせによる最良な成分を特定し、それに合致する材料も探し出すことに成功した。

 杜人が発見した、水と融和させる成分を持つ材料。それは、竜舌草の外皮部分であった。結果から考えれば当たり前のことなのだが、不要物と思っていたためこれまで全く注目していなかったのである。

『なぜ思いつかなかったのだろう……』

「そうだよねぇ。植物に水は必須なんだから」

 それを発見したとき、杜人は今までの苦労を思い出してぽてりと倒れこみ、報告を聞いたレネは思わず笑ってしまった。見つかって良かったのだが、力が一気に抜けた出来事であった。

『良し、俺は抽出法や混ぜ合わせる順序、量などを調整して最適な組み合わせを探すことにする』

「それじゃあ、私は順次封入して検証するよ」

 こうしてようやく検証に入ることができ、期限ぎりぎりであったが満足できる品質の塗り薬が完成したのだった。

 レネは完成品を手に塗り、塗った場所を眺めてその品質にご満悦である。ついでにシャンティナにも塗ってあげたので、一緒に真似をしていた。杜人も座卓に座り、やっと終わった反復作業に身体の力を抜いて安堵している。

「思わぬ効果だよね。塗るときは黒っぽいのに、乾くと透明になるなんて。おまけにすべすべになるし」

『元々美容効果はあったからな。すべすべになるのはそのせいだと思う。透明になるのは謎だが、魔法の効果が影響しているのだけは間違いない。ま、良い効果だから気にせずいこう』

「そうだね。売り始めたら買うって言っていたし、なかなか良いと思うよ」

 売るのならば、実際に使って効果を確かめなければならない。その最終段階で、レネは被験者として魔法騎兵団の団員にお願いしていた。以前教えていたときの訓練で小さな怪我をしょっちゅうしていたのを思い出したからである。

 団長であるレネのお願いを断るわけがないので団員四人は喜んで実験台になり、望む効果がきちんと発揮されたことを確認できた。

 その際、皮膚がすべすべになる効果に気が付いた小柄なレンティが絶対に買いに行くと息巻き、余計なことをいった大柄なノバルトを悶絶させる一幕があったが、美男美女のセラルとミアシュはいつも通り気にしないで放置し、見ていたレネも変わらない光景に微笑みながらも放置した。

 この最終試験によって普段魔法薬を使っていない人が使った場合の欠点も見つかったのだが、さすがにどうしようもないという結論になり、注意書きで『初期使用時は今までの傷に反応するので効果が切れやすい』という一文が容器に追加されている。

「これで勝てるかな?」

『向こうが高性能の高級品を作っていたら、単品当たりの利益額が違い過ぎて無理だろうな。だが、負けても悔しくないだろう?』

「……そうだね。目指すものを作り上げたからなのかな」

 レネは負けたと仮定して考えてみたが、不思議と悔しいと感じなかった。少なくとも、お世辞ではなく買いたいと言ってくれた人が既に居るので、気持ちが満たされているのである。

『そうだ。やり残したことがないから、負けても本当の余裕を見せることができる。言うなれば、俺達が設定した勝負には既に勝利しているということだ』

「勝負にも色々あるんだね」

『そういうことだ。さて、後は製作を委託するだけだな。待っているだろうし、早目に持っていこうか』

 ダイル商会の倉庫にはまだ竜舌草の在庫が山積みである。今は需要がないので捨て値でも売れないが、これからは魔法薬の材料として注目されるかもしれない。今後をどうするのかは分からないが、勝負が終わったから取り扱いしませんということは絶対にないと確信している。

「これで少しは恩返しになるかな。けど、魔法薬はしばらく勘弁してほしい」

『まったくだ』

 一月もの間慣れない作業で苦労したレネと杜人は、揃って明るく笑ったのだった。




 一方、ティアは一月の間まともな会話がないままであったが、めげずに見学を行っていた。

「……」

「……、やってみる?」

「良いの! ありがとう!」

 そして『やってみたいな』という視線の圧力にとうとう負けたシアリーナは、根負けしてティアに調合をやらせることになってしまった。そして……。

「おさわり禁止。見学していて」

「しょぼーん……」

 ティアは繊細な調合作業ができなかったため、材料を無駄にしただけであった。落ち込むティアに、シアリーナは何を考えているのだろうと小さくため息をついたのだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ