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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第6章 写し鏡のその奥に

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第08話 機転

 シアリーナは学院ではひとりで居るが、別に孤独を好んでいるわけではない。家族との不和による不安定な心理状態を、打倒レネという目的に目を向けることによって無意識に安定させているので、その他が目に入らないのである。

 だから、普通は思いつかない、思いついても却下するようなことも、そのまま通過してしまう。今日もまた、初級の講義室にて次なる作戦を考えていた。

「直接だと手数が足りないから無理……なら……」

 盛大に負けたことも、魔法陣を読み取られて的確に対処されたことも、頭では理解している。しかし、負けを認めることと納得することは別である。優れた魔法具を使うこと、それによって勝敗が決まること自体に文句を言う気はない。ただ、どうしてもそれが無ければ、もし自分が持っていたらと考えてしまうのである。

 この辺りは、あえて残した逃げ道である。まだまだ始まったばかりであり、元気な者を閉じ込めても成功するか分からない。そのため次に対する布石に利用したのだ。実際、霊気槍に貫かれた衝撃が無意識の領域に残っていて、数日間は何も実行する気力が湧かなかった。表層では準備が整っていないからと思っていたが、無意識では恐れを抱いてしまっていた。

 しかし、どんなことでも時がたてば薄れていくものであり、ようやく気力が元に戻ってきたので今度こそ立案した勝負を行うように組み立てを考えていた。

 そんな『おさわり厳禁』な気配を漂わせているシアリーナに、ここ最近好んで近接遭遇しているティアが、笑顔で元気に声をかけてきた。

「おはよう。今日は良い天気だね!」

「……おはよう。そうね」

「……」

「……」

 頑張って声をかけたティアはばっさりと切られた会話に固まり、シアリーナは変な子を見る目で見つめていた。そして、見つめ合ったまま何とも言えない静寂の時が過ぎる。

「……そ、それじゃあ今日も頑張ろうね!」

「ええ」

 口から生まれてきたわけではないティアでは、まだここから先へ行くのは荷が重かった。そのため本日の日課を終了することを選択し、固まった笑顔のまま素早く遠ざかると、隅の席で机に突っ伏した。

「師匠、私は駄目な子です……」

 さめざめと泣きながらも、まだやめようとは思わないティアであった。





 そしてシアリーナは気合いを入れてレネの講義に臨み、終了後に勝負を持ちかけた。

「新しい魔法薬ですか」

「はい。大賢者様が残した資料を見て良い考えが浮かんだのですが、実際に有効かまでは分からないのです。そのため販売試験を行いたいのですが、不安なので先生も考えたものを一緒にどうでしょうか」

 シアリーナは腕組みをしながらいかにも『自信あります』という表情をしていて、声にも『あなたにはできますか』という意味が乗っていた。大賢者の名を出すことで私こそがふさわしいと牽制も行っていたりする。

 随分不遜な態度だが、杜人は笑顔で心理分析を行う。

『まず腕組みだが、これは相対している者を警戒しているためだ。要するに、腕で防御しているんだな。その割にきちんと正面を向いて視線を合わせているので、恐れているが挑む心はあるといったところか。まずまずだな』

 シアリーナに近づいて各部分を指差しながら解説する。うろおぼえの知識によるなんちゃって分析だが、説得力があれば十分なのだ。

『強引な理屈だが、こちらとしては構わないことだから良いだろう。委託は向こうに当てがなければ、ダイル商会にお願いしようか』

 どうして不安だからレネが考えた物も一緒に出さなければならないのかとか、講義に関係ないとか、そもそも単なる臨時講師に相談することではないとか、突っ込みどころは多々あるがレネの目的からすれば断る理由はない。

 ちなみにシアリーナにとっては勝負でありレネも承知していることなので、これでもしっかりと整合が取れているのである。形式を整えているのも、正直に勝負しろと言われれば立場上断らざるを得ないこともあると理解しているからである。

 こうして思惑が合致したため杜人は了承し、レネは困ったような微笑を作るとシアリーナに視線を合わせた。

「構いませんよ。試験先の当てはありますか? なければ私がお世話になっている商会にお願いしますが」

「はい、それで構いません」

 その後に詳細を詰め、直接ぶつかり合わない勝負は開始されたのだった。




「意外に資金上限が大きいね。何を作るつもりなんだろう」

『さてな。条件提示の中からある程度推測できるとはいえ、今回は勝ちに行かなくても構わないから知らなくても良いだろう』

 和室の座卓に渡された条件書を広げ、レネと杜人は話を進める。

 提示された条件は、資金上限あり、原価は市場価格で算定、新しい魔法薬、売値と個数は自由、開発期限は一月、勝敗は純利益で決めるというものだ。

『例えば期限の一月というのも、自分が考え始めて完成した日数に何日か足しているのだろう。その辺りを自分に有利にしても勝負に勝ったとは思えないだろうからな。資金についても同様だろう』

「そう言われれば、リーナさんはもう考え付いているんだもんね」

『逆に言えば、改善点を見つけても変更できないとも言える。すれば不公平になるからな。その辺りはしっかり決めているだろうし、揺らぐようならしめたものだ』

「ん、それじゃあ気にしないことにする」

 レネにとって魔法薬は専門外である。作り方は知っているし作れるが、新規開発は普通の魔法のようには行かない。術式構築とは異なる難しさがあるのである。

『さて、勝負とは関係なしで、作る上での目標を決めよう。そうすればおのずと姿は見えてくるはずだ。大雑把で良いぞ』

「それなら、せっかく作るんだから安くてみんなが手軽に使ってくれるものが良いかな。効果が高くても一部の人しか必要がなかったり、買えなかったりするものだと寂しいよね」

 レネが思い浮かべるのは学園祭の賑わいである。来客者が笑顔で商品を買っていった光景だ。だから売るなら買った人が喜んで欲しいと思った。

『それなら、まずは値段を抑える方向で考えよう。効果に材料を合わせるのではなく、材料に効果を合わせれば何とかなるはずだ』

「分かった。それじゃあ術式のほうを合わせることにするね」

 通常の魔法薬は必要な効果が先にあり、それを実現できる材料の組み合わせを考える。これは封入する魔法の開発に時間がかかるからである。しかし、レネが開発するならその時間をほとんど考えなくて良いので、普通ではない発想で作ることにした。

「封入する魔法の種類はどうしようか。回復系が一番売れていると思うけど」

『隙間を狙うのも面白いが、今回はそれで良いだろう。後は既存の商品との差別化が売り上げを左右する。値段、効果、利便性などだな』

「ふむふむ」

 杜人の解説を聞きながらレネはノートに案をまとめていく。

 魔法薬の定義は『魔法が封入されている薬』である。作成方法は様々あり、レネが学院祭で販売した食べ物は特殊な容器に入れて素材に弱い回復魔法を定着させる方法を用いた。その他には完成した薬に直接魔法を封入する方法もあり、こちらが普通の作り方である。

 要するに、身体に吸収させることで効果を高めている使い捨ての魔法具のようなものである。そのため封入した魔法が定着できる素材ならば何でも良いのだ。そして材料によって魔法ごとの定着度が異なるため、組み合わせを日夜研究しているのである。

 だから時間のない今回は、それなりに研究されている回復系を選んだ。だからといってそのまま似たものを作ったのでは相手の心を回復させてしまう。負けるにしても負け方があるのだ。

 そういうわけで、杜人は疑問点をレネに尋ねる。

『ところで、どうして魔法薬は水薬が主流なんだろう。重いよな』

「それは一気に体内に入れやすいからだよ。固形物もあるけれど水がないと飲みにくいし、瀕死の人に固形物は飲めないでしょ? 溶けるまで完全に効果が発揮されないしね。それに比べて液体ならかけても身体に付着して効果を発揮できるし、傷の奥まで入っていくからね。もちろん即効性もあるんだよ」

『なるほど、それを考えれば多少持ち運びに不便でも水薬を選ぶな』

 魔物との戦いでは一瞬の油断で致命傷を負う。そんなときに悠長なことをやっていられる暇などないのだ。

『となると既存を上回るものより、その隙間を埋めるもののほうが売れる可能性がある。塗り薬はあるのか?』

「あるよ。ただ、効果が水薬より悪いのにそれなりの金額だから普及はしていないみたいだね」

 レネは図書館の蔵書を全て記憶しているので、そこから情報を呼び出して即座に答えることができる。だから見たこともない品物は書かれている情報をそのまま言うことになる。それでも検討には十分過ぎるくらい役に立つ才能である。

 杜人は額を叩きながら座卓を歩き、知りえた情報を整理して考えていく。レネも考え始めたため、しばらく無言の時間が過ぎていった。

『レネ、魔法薬というのは、傷に直接使わなくても効果は発揮するんだな?』

「うん。そのほうが狙った場所に効きやすいからそうするだけで、別のところに使っても大丈夫だよ」

 直接かければそのものに対して効果を発揮していくが、それ以外は一律に効果を発揮する。足と手に傷があれば割合で効果を発揮するので、直接かけるより部分としての効果は薄れることになる。この辺りは怪我の具合により使い分ければ良いのである。

「塗り薬にするの?」

『今のところ、差別化をするならその辺りが妥当だと思う。案としては安くて長時間回復できる塗り薬ができればなというところだ。大きいのはともかく、細かい傷をいちいち治さなくて済むからそれなりに需要は見込めると思う』

「……うん、それなら大丈夫かな。封入する魔法を調整する必要があると思うけど」

『それなら明日にでもダイル商会に行って、依頼するついでに安くて良い材料がないか聞いてくるか』

「それじゃあ封入する魔法のほうも、効果の持続を重点に置いて考えておくね」

 こうして大雑把な方向性を決め、一番難しい調合の検討に入っていった。




 次の日。ダイル商会へと赴いたレネは受付に居たリュトナに試験販売の依頼を行い、材料のことを聞く前に気になったことを聞いてみた。

「リュトナさん。なんだかいつもと中の雰囲気が違うような気がするんですけど」

『特にあそこ辺りがどんよりとしているな。若いのなんか死にそうな顔をしているぞ』

 杜人の示すところにレネも顔を向ける。そこには数人の職員が集まっていて深刻な顔で相談していた。そしてその中で一番若い青年が今にも死にそうなくらい青い顔をしているのだ。

 リュトナもちらりと見てから力が抜けた笑みを浮かべ、少し考えてから受付を出るとレネを手招きして倉庫に向かった。そして歩きながら小声で説明する。

「実は買い付けに失敗したのです。安いと思って買った品が別の品で、価格にして十倍以上の高値で取引してしまったのですよ」

「わ……、詐欺ですか?」

『酷いな』

 リュトナは小さく首を振ると倉庫に入り、山積みになった袋を示すと中を開けて見せた。中には緑色の長細い肉厚の葉がたくさん入っていた。葉のふちは棘のようになっているので、触ると痛そうである。

「これなんですけれど、こちらは竜舌草と言います。そして買いたかったものは竜牙草と言いまして、こうやって切り取られた姿はとても似ているのです。違いは毒の有無と薬効があるかだけですね。竜舌草には弱めの毒があって薬効はありません。その代わり成長が早くて熱を通せば毒が消えるため、おいしくありませんが非常食にはなります」

「買い付けするときに確認しなかったのですか? 似ていて毒があるなら確認は必須だと思うのですが」

 その問いにリュトナは一本取り出して真ん中から折る。肉厚の葉の中は透明に震える果肉のようになっていた。

「このようにして売り手に舐めさせて確認したそうです。それで他に持ち込まれる前に全て買い取ったのだとか」

『ま、間抜けすぎる……』

 リュトナは呆れたように説明し、折った葉を脇の机に置く。それを聞いた杜人も思わず笑ってしまった。そして分かっていないレネに説明する。

『恐らくだが、その商人はこれ全部の値段として言ったのだが、名前も似ているので若いのは一袋分と勘違いしたんじゃないか? そして売り手側はその勘違いに気が付いたが、黙って言うことに従って舐めもした。取引さえ成立すれば、いくら支払おうがそれは正規の取引だからな。もしかしたらその商人も、騙されて買い付けてしまったのかもしれない』

「なるほど……」

「契約書の取り交わしのときにやっと気付いたのですが、正規の取引として成立していたので返品を拒まれました。当然、以降当方との取引はできなくなりますが、売る場所は他にもありますし、何より馬鹿をやったのはこちらなので何も言えません。ちなみに売り手側はきちんとこれは竜舌草だと言って売っています」

 法的には契約書を交わすまで成立はしないが、商人同士の慣習では口約束の時点で取引が成立する。しかも今回は騙しているわけでもない。これで報復などした日には、ダイル商会は二流以下として笑いものになってしまうのだ。

「えっと、なんだか立ち入ったことを聞いてしまって済みませんでした」

「いいえ。綻びは小さなところから始まりますので、この程度でしたらお教えしたほうが良いと判断したのは私ですから」

 ぺこぺこと頭を下げあう二人を尻目に、杜人は机に近づくと置かれた竜舌草の果肉部分をしげしげと観察する。そしてこっそり不可視念手にてプルプルと震える感触を確認して頷いた。

『レネ、ちょっと一袋買っていかないか? 魔法薬の材料になるか実験してみたい。うまくいけば恩返しにもなるぞ』

「え? ……こほん、余っているなら一袋買っていっても構いませんか? 実験に使いたいのです」

 レネは思わず杜人のほうを向き、慌てて向き直ると咳払いをして誤魔化した。リュトナはそんな怪しいレネの行動を見ても何も言わずに微笑んでいる。見えない助言者についてはダイルより伝達済みなのだ。

「それはとても助かります。……加熱しないで食べると腹痛になりますよ?」

「いくら私でもそのまま食べませんってば」

「うふふ、冗談です。一袋ならばお譲りします。もし成果がありましたらお知らせください」

『さすが抜け目ないな……』

 不良在庫が生まれ変わるのならば一袋の投資など安いものである。リュトナの目がきらりと光ったのを見逃さなかった杜人は、その才覚に笑みを浮かべた。





 一方その頃。

「け、見学しても良いかな」

「……好きにしたら」

 実習室を借りて調合していたシアリーナのところへティアは果敢に突撃し、ようやく一歩目に成功して小さく手を握り締めたのだった。
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