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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第6章 写し鏡のその奥に

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第07話 需要を満たす方法

 レネは暇があれば毎日町にあるダイル商会へ通い、屑素材を回収している。今では微々たるものであるが、これが始まりであるため止める気はない。そして顔つなぎの意味もある。

 今日もまた、顔を出すと受付のリュトナに笑顔で迎えられ、いつの間にか商会長であるダイルと歓談していた。この辺りはもう理解不能なため、レネと杜人は考えないことにしている。

「この間は帰らずの闇森へ向かったとか。新しい話が広まっていましたよ」

「そ、そうですか。いえ、お聞きした材料を採取しに行っただけなんですけど……」

『……そうだな』

 まさか大規模森林破壊をしてきましたとは言えない。そのためレネは露骨に視線を外してお茶を飲み、杜人も下手なごまかしに温かい目を向けた。ちなみに、もう不思議な力で修復されているはずなので、証拠隠滅は完全である。

 もちろんダイルは内容を知っているのでぐふふと肩を揺らして笑う。知らなければそれだけで含むところがあると思ってしまう、実に腹黒い笑みである。このように、見た目から損をしている自称悪徳商人のダイルではあるが、少なくともレネにとっては貧乏な頃からお世話になっている誠実な恩人である。

 そしてレネの聞いてくれるなという表情を見て、ダイルも十分楽しめたため優しい心でこの話題を終わらせることにした。

「なるほど、確かに闇月木が一番量を必要としますから、それだけでも価格はずっと安くなります。その他も採取するつもりでしょうか」

「はい。できれば全部するつもりです」

『珍しいものばかりだから、いつになるか分からないのが難点だな』

 闇月木ひとつをとってみても、普通に加工しても意味がないので加工に必要な材料が必要であり、その材料を適した形にするための前加工に別の材料が必要など、複雑怪奇な手順が必要なのだ。少し聞いただけだが、素人が手を出してもまともな加工はできないということは、しっかりと理解できていた。

 すべての材料を揃えても高いことには変わりはないが、職人は物を売っているのではなくその技術を売っているのだから、その辺りは当然とレネと杜人は思っている。買い叩いて同じ品質の物が手に入るとは考えていないので、そこに出し惜しみをしないために材料を集めてるのだ。

 職人は良いものを作ろうと思っていても、背に腹はかえられない。赤字を出さないように、仕様に適合するだけの加工で済まさなければならない場合もある。金を惜しみながら高性能を求めると、泣くに泣けないことになるのだ。

 そんな話をしていたのだが、話題が終わったところでダイルが別の話題を振ってきた。

「ところでこの間納品いたしました弓なのですが、似たようなものを取り扱っていないかとの問い合わせが多くなっています。販売は可能でしょうか」

「そうなのですか?」

『ほう』

 意外な情報にレネと杜人はそっと目を合わせた。

『あれはシャンティナ専用だから、そのままでは使い物にならない。改良できる余地はあるのか?』

「……申し訳ありません。あれは特殊な術式を封入していまして、しかも使用者の魔力を使って発動するようになっているのです。普通の方では使うことはまず無理だと思います」

 レネは後ろに居るシャンティナを示し、普通ではない人が使っていることを教えた。そのためダイルもそのままでは無理と理解できた。しかし、そこで諦めるのは二流の商人だけである。

「なるほど。実は探索者が欲しがっているのは、遠距離攻撃を手軽にできる魔法具なのです。既存のものでもあるのですが、魔法具毎に設定された合言葉をど忘れしたり、慌てて思い出せなかったり、慣れていないので狙いを外したりと、意外に使い勝手が悪いのですよ。その点、あの弓は引くだけで発動でき、狙いも直感で理解できます」

 そこまで分かっても、新規商品の開発は簡単にはできない。理想を実現できる術式の開発は年単位であり、実際組み込んだら高くて売れないなんてこともある。安くするために簡易版にしたら、需要を見誤って売れないということもあるのだ。

「そして何より、持ち運びできる個人携帯の遠距離武装というのが良いのです。やはり使い勝手が重要視されます」

 だからダイルは、レネに何を必要としているかを説明する。レネの術式構築速度とその精度が尋常ではないと分かっているので、暗に『作れませんか?』と聞いているのである。実際に聞くと依頼となってしまい、研究資金を出さなければならない。そのため『こんなものを作れば売れますよ』と教え、作れたら売る気なのだ。

 この場合は開発に成功しても、レネは他の店に持ち込めるという問題があるのだが、それならそれで対応を普通扱いに変えるだけである。特別扱いは、一方的な関係では成立しないのだ。そしてダイルはレネが他店に持ち込むようなことはないと確信していた。

 そこまでのことは読めないが、作って欲しいという意図は理解できた。そのためレネと杜人はさすが商人は抜け目が無いと感心している。もちろんこれまでさんざん世話になっているので断れないし、他店に持ち込もうという気も無い。むしろ恩返しができるので嬉しいくらいである。

『となると、後は継続使用か一撃の威力を重視するかだな。それだけは確認してくれ』

「分かりました。少し代用できないか考えてみます。それで、威力を抑えて継続使用か、威力重視で一撃のみが良いかを教えてください」

 こうしてレネは、新たな仕事を抱えて戻ることになったのである。





 そして、帰ってからレネはエルセリアとセリエナに声をかけ、いつもの和室に集いおやつのシュークリームを食べながら依頼をどうするか考えていた。

『威力より継続使用が良いとは意外だった。知らなければ威力重視で作っていただろうな』

「うん。確かに一日一回しか使えないなら、出し惜しみして結局使わなくなっちゃうよね」

「求められている需要は新しい武器というより、より便利にするための手段ってところかな」

「恐らくはそうでしょう。長く続けているならそれなりの装備を既に揃えていますし、それを無駄にしないものを求めているのではと思います」

 素人考えでは新しく良い武器が出れば飛びつきそうだが、命が懸っているので調整が必須であり、戦い方も一から組み立てなければならない。今までの装備も無料で手に入れたわけではないので、そう簡単には変えられない。効率が倍になるならすぐに買うかもしれないが、多少の改善程度では買い替え時期になるまで売れないのである。

 それよりは補助と割りきって使える商品のほうが、購買心をくすぐるのだ。

『求められるものは、合言葉なしで使え、直感で遠距離を狙いやすく、それなりに継続使用できて簡単に持ち運べるものだ。価格についてはとりあえず置いておくが、上限素材として平均的な魔食樹を設定する。まずは実現できるかだ』

 杜人が求められる性能をまとめ、さっそくレネとエルセリアはノートに向かい書き込みを始める。

「合言葉は誤作動防止の意味もあるから、それに代わるものが必要だね。本体に何か組み込むようかな?」

「とりあえずはそれにするとして、狙いは魔法陣を展開すれば分かるよね。問題は継続使用と携帯性能の両立だと思う」

「それじゃあ、まずは魔力供給元の設定と無駄の削減からしてみよう」

 二人が流れるように検討している間、セリエナの出番はない。普通の紫瞳であるセリエナは、術式の開発を即座にできる能力などないのである。ただし、役立たずというわけではない。

『今回は爆発しそうだな』

「……そうですね」

 実験班長の本領発揮は、試作品ができてからである。ある意味一番過酷な部分を担当しているのだ。そのため杜人の冗談に目をそらして答えたセリエナは、覚悟を決めるために集中しておやつを食べるのであった。




 そしてしばらく時間が過ぎた頃、行き詰まったため休憩となった。

「遠距離って意外と難しかったんだね……」

「初級以下の威力と距離では売れないよね……」

 畳に転がるレネとエルセリアは頭から煙が出そうな様子である。いかに術式を即座に構築できるとはいえ、魔法の法則を無視できるわけではない。そのため見事に壁にぶつかっていた。

『問題は継続使用と距離なのか?』

「うん。両立しようとすると魔力量が足りなくなるんだよ」

 継続使用と言っても連続で使えばすぐに使えなくなる。そのため再使用時間が必要となるわけだが、今のところ満足できる性能を発揮した場合、平均的な戦闘時間で計算すると、一回の戦闘につき一度しか使えないという結論が出ていた。

 使うのは探索者のため魔力を外部供給にするわけには行かず、これ以上は使用する素材を上げなければならない。しかし、それでは高価になって売れなくなる。だから悩んでいるのだ。

『うん? 外部供給では駄目なのか?』

「え? 当たり前でしょ?」

「そうだよね」

「そうですね」

 当たり前のことを不思議そうに聞く杜人に、三人とも何を言っているんだと首を傾げる。そのため杜人もかみ合わない話に首を傾げた。

『例えばだが、矢のほうに発動の魔力を担当させて、本体は発射制御だけにするとかは駄目なのか? どうせ無限に使えるわけではないのだから、ある程度の回数制限は仕方がないと思うが』

「あ……」

「そう言われれば……」

「確かに……」

 普通の弓矢は矢が無くなればお終いである。携帯できる魔法具ということに囚われて、同様の発想は存在するのにすっかり頭から抜け落ちていた。

「でも、結構荷物が増えるよ?」

『そこは別に弓矢の形に囚われる必要はない。前に見せたこれでも構わないんだ』

 そう言って杜人は仮想砲身を構築し、その他の付属品を幻影で作り出す。仮想砲身はレネの身長ほどあった。

『実現できるかは知らないが、本体はこの握って固定する部分だけとする。これなら使用時に大きくなっても携帯性は確保できる』

「そう言われてみれば、これがあったね。欠点がありすぎて思い出さなかったよ」

 酷い発言に杜人はちろりとレネを見つめ、レネはてへへと舌を出す。初めて見たエルセリアとセリエナは興味深く観察していた。

『続けるぞ。狙いは個人の技量に任せて発射はこの釦を押すだけにする。発射するものを限定すればそれなりに機能を集約できるし、使い捨ての魔石に本体と連動する専用術式を封入した物を使えれば安く済むし種類を確保できる。この際補助と割りきって、本体における攻撃能力は無視しても良いかもしれないな。遠くから支援できることを主眼とした補助魔法具といったところか』

 求められている性能は攻撃力ではないので、最初から捨てればその分仮想砲身に必要な魔力量を削減できる。そして消耗品が発生するため、本体の売り上げが減っても継続的な購入を期待できるのである。

『後は術式を完全に暗号化すれば、しばらく類似品は出ないだろう。変な類似品を使われて死なれても困るからな。こんな感じのものでも良いんだ』

 杜人は仮想砲身を消去し、レネ達に向き直って胸を張る。発射の方法などは変な発想で作っているのでそのものを真似できるとは思っていないが、考え方の一例としては十分な説明をしたと自負していた。

 もちろんレネも満足げに笑っていた。そして素早く杜人を捕まえ、エルセリアはいつの間にか用意されていた大量のノートを座卓に広げる。

「なるほどぉ。やっぱり発想が変だね。というわけで、参考にするから分からなかったところを教えて」

「そうですね」

「……頑張ってください」

『どうしてこうなった……』

 もちろん知識を求める者の前に、極上の餌をぶら下げたからである。こうして囚われた杜人は満足するまで質問攻めにあい、最後には力尽きて座卓に転がることになったのだった。




 そしてセリエナの尊い犠牲を払いながら完成した品を持って、レネはダイル商会へと報告に行った。そして試射のためにダイルを伴って倉庫へと行き、品物を袋から取り出した。

「それが試作品ですか」

「はい。遠距離支援と割りきって、攻撃手段としての性能は無視しました。使えないわけではないのですが、期待するほどではないと思います」

 レネの手には小さな弓と中指程度に細長く加工された魔石が握られている。中央に魔石を入れる穴が付いているが、それ以外は何の変哲も無い弓である。形は色々検証したのだが、結局分かりやすさを重視して弓に似せた作りとなった。

「まず、手に持たない状態では弦は生成されません。それとこの部分に専用の魔石を入れないと発動しないようになっています」

 レネは場所を示しながら魔石を中央の穴に差し込んで、ずらしてあった蓋を戻した。

「入れた魔石には初級の障壁を封入しています。この状態で弦を少し引くとこのようになります」

 弓を構え、奥にある木箱に向けて弦を軽く引く。すると正面に片手を伸ばした程度の仮想砲身が構築された。

「ほほう、これはまた……」

『そうだろう、そうだろう』

「この状態なら弦を放しても何も起こりません。ただ、魔力は消費されるので何度もすると使えなくなります。この状態で狙いをつけて、良ければもう少し弦を引きます」

 仮想砲身を見て嬉しそうに笑うダイルに、杜人も分かる人には分かるのだとご満悦である。ちなみにレネは巨大砲身の夢を理解してくれなかった。レネは気にせずに説明を続け、深く弦を引いたところで仮想砲身の中央に光が宿った。

「この状態になるともう弦を放した時点で発動します。それと長く待機していても魔力を消費しますので、余裕はだいぶありますが発射まではできるだけ短くしたほうが良いと思います」

 弦を放すと仮想砲身から光が飛び出し、命中した木箱が淡い光に包まれた。そしてそこに歩いていき、ダイルは拳で軽く叩いてみる。そして木箱の周囲に見えない壁があることを確認した。

「確かに障壁がありますね」

「使う魔石によって異なる魔法を発射できます。ただ、使用した魔石は完全に分解されますので再利用はできません。無くなったら都度購入となります」

 中央の穴を示して入れた魔石が消滅しているのを見せる。今回は安物でも効果を発揮できるようにと思い、完全に魔石を分解して利用することにしたのである。

「封入できる魔法は中級までです。それと本体と連動する専用術式のため、解析されて劣化品が出回らないように術式を暗号化してあります。手間を省くために複数入れられる物も作成可能ですが、価格が跳ね上がる割に使い勝手が悪いと感じるかもしれません。その辺りは私には分からないので、今のところは安さ重視でひとつだけにしています。こんな感じですが、どうでしょうか」

「想像以上に素晴らしい出来です。特に消耗品を購入しなければならないところは感服しました」

『そうだろう、そうだろう』

 ダイルは大儲けの気配に腹黒く笑い、杜人もおぬしも悪よのうと笑う。もちろん双方わざとである。レネは不可視念手にて、提案した元凶を速やかにこっそりと排除してから小さく咳払いを行う。

「それでですね、今回は試作品なのでまだ無駄があると思うのです。それで一度職人さんに完成品を作って頂ければ、もう少しきちんとした術式を組めると思います。それと、必要な魔法を教えて頂ければ、それの専用術式を作ってきます」

「分かりました。それでは急いで作ることにいたしましょう。契約はいつも通りでよろしいですか?」

「はい。今回はいつもの三人で作りましたので、三等分でお願いします」

 こうしてレネは頼まれた仕事を無事に終え、僅かばかりではあるが恩返しができたと喜んだ。

『あのー、そろそろ解放して頂けると嬉しいのですが』

「ふんだ、ばか」

 そして帰り道、レネは杜人をしっかりと握り締め、部屋に着くまで揉みしだいたのであった。



 そして夜。お泊まり会にて手応えの良さを報告し、苦労が報われたことを喜びあった。その席で杜人は少しだけ疑問に思ったことをレネに尋ねた。

『ところで、あれを作ったせいで中級以下しか使えない魔法使いが排除されることはないのか?』

「うん? それはありえないよ」

 レネは聞かれたことをきちんと考え、しっかりと返事をする。当然それだけで納得するはずが無いので、横で聞いていたエルセリアが理由を付け足した。

「あれはそれなりに出費がかさみますから、継続して使うのは上級者だけでしょう。そして上級者になれば魔法使いの重要性を骨身に染みて感じているので、あの程度の性能で排除したりはしません」

『なるほど。それなら変な恨みを買わなくて済むか』

「うん。たぶん今と変わらないよ」

 そもそも魔法具に術式を封入できるのは魔法使いだけなので、下を切り捨てて困るのは実際に使う魔法使い以外の人である。そして上位の貴族は優れた魔法使いであるので、国の方針として切られることはないのだ。

 杜人はそれなら安心と胸をなで下ろし、によっと笑ってレネに向き直った。

『うまく需要に合致すれば、一気に売れるかもしれないな』

「えへへ、そうなると良いね」

「頑張りましたからね」

「売れて欲しいですね」

 収入が増えることも嬉しいが、一番は苦労して作った物が求められて売れることである。そんな将来を想像し、互いに期待を込めて笑いあったのだった。



 こうして魔法弓は更に改良されて売り出された。しかし、その半端さと消耗品の多さから最初の出足はとても悪かった。それを聞いたレネと杜人はどこかが需要から外れたからだろうと肩を落とし、商売は難しいと実感した。

 そんな中で、奇妙な専用魔法作成の依頼が来ることもあった。

「ええと、……幻影魔法各種? 何に使うんだろう?」

『さあ?』

 レネと杜人は首を傾げながらも、きちんと仕上げて納品した。

 後日、幻影を空に打ち出して連絡に使うなど、色々想定していない使い方を見出されたため一気に売れ始めたと聞き、やっぱり商売はよく分からないと苦笑したのであった。
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