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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第6章 写し鏡のその奥に

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第05話 とりあえず、やってみる

 初級魔法使いとして学ぶ学院生の構成は様々である。だが、年齢によってある程度の振り分けはできる。

 まず成人前の子供は富豪や貴族の子弟がほとんどであり、そこに才能を見出されて集められた特待生が何人か入っている。次に成人していてもまだ若手と呼べる年齢の人は、個人に師事して学んでいたり、勤め先の都合で放り込まれたりした平民が大部分となる。そしてそれ以上の年齢になると、夢追人や苦労人が入り混じることになる。

 このため比率としては子供が多いのだが、色々なしがらみを持っているため和気藹々とした雰囲気はあまりない。通常は相性よりも実家の繋がりや立場で集団が形成されるので、それがない者は孤立しがちとなる。

 そして繋がりもなく集団に合わせることにも興味がないシアリーナは、いつもひとりで座っていた。後ろにフィリが居るが、会話はない。

 そんな『話しかけるな』という雰囲気を放ちまくっているシアリーナを、ティアは高まる動悸を鎮めるように胸に手を当て見つめていた。理由は簡単、レネにできるだけ話しかけて欲しいと頼まれたからである。

 だからといって意味もなく気軽に話しかけられるような性格でもないため、どうやって話しかけるかから考えなければならなかった。そんな性格のため、実はティアも孤立組のひとりであった。

(最初は挨拶だけでも良いって言っていたし……、良し!)

 尊敬するレネの言葉を思い出し、ティアは実行する前から挫けそうになる己の心を奮い立たせる。そして高まる緊張に両手両足を揃えて動かしながら正面に移動し、息を吸い込むと思いきって挨拶を行った。

「おたのもう!」

「……何か用?」

 挨拶をして質問をしてみようという意識が融合し、突拍子のない言葉が元気に飛び出した。聞いていたフィリは、不意打ちによって笑いのつぼに入ったため腹と口を押さえ、涙を浮かべて肩を震わせている。そして声が大きかったため部屋中の視線を集めまくっていた。そのためティアは一瞬で真っ赤になり、シアリーナは『何この子』という目を向けていた。

「え、えっと……今日も頑張ろうね。それじゃあね!」

 頭の中が真っ白になったティアは、それだけ言って部屋を飛び出していった。そのため視線は外され、笑い死んでいるフィリと居なくなったティア以外は元に戻った。

「何なのよ、もう」

 よく分からないことがいきなり発生して勝手に終わったため、シアリーナは少しだけ眉を寄せて呟く。そして気にしないことに決め、再びノートに視線を落とした。

 やらかしてしまったティアは講義が始まる直前にこっそりと戻り、ほとぼりがさめるまで隅の席で小さくなっていたのだった。





 レネの講義は毎日ではない。そのためそれなりに準備を行って臨むことができる。そして二回目は前回を踏まえた予測が立てられていて、杜人の手によって対処法が選定されていた。

『時間までは分からないが、教えられた性格が合っていれば修正した術式を見せてくると思われる』

「また叩けば良いの?」

 図書館で臨時司書の仕事をしながら打ち合わせを行う。授業中は静かなもので、ほとんど人は見られない。

『いや、今度は良くやったと本心から褒めて良いぞ』

「そうなの? それで調子に乗ったりしないの?」

 心配するレネに杜人は少しだけからかうように笑った。

『向こうの認識では、既にレネと交戦状態に入っているはずだ。そんな相手の褒め言葉なんて信じるわけないだろ?』

「……それはそうだね」

 心当たりがありすぎるレネは頬を掻いて同意する。エルセリアと仲違いしていたときは、些細なことでも悪くとらえたものである。

『良いか、重要なのは呼吸だ。褒めたあとは相手にせず、確認もしないで他の用件に入る。それだけで後は勝手に深読みしてくれる。最初や途中なら講義を続ければ良いし、最後なら退出すれば良い』

「別の勝負を挑まれた場合は、全部受け入れて仕方なく行えば良いのだよね?」

『そうだ。もう圧倒する必要はないから、細かいことはそのときに話し合おう。後は、これからは余裕を見せつけることが重要になる。何を言われても慌てないようにな』

「それが一番難しいような気がする……」

 突発事には弱いので、表情を作っておくしか今のところ対処法がなく、常に意識しなければならないので疲れるのである。といっても投げ出す気はないので、予想されることを話し合いながら準備を進めるのであった。




 そして講義を始めるためにレネが部屋に入ると、不敵な笑みを浮かべたシアリーナが近づいてきて本を差し出してきた。

「指摘された部分を修正してきました。確認をお願いします」

『実に分かりやすい。ある意味では素直な性格だな』

 予想していた行動のほぼ真ん中だったため、杜人は思わず笑みを浮かべる。レネもどうだといわんばかりの表情に苦笑しかけたが、練習していたので何とか踏みとどまることができた。そして受け取るといつも通りの速度で読み進める。

「……」

『予想が外れたという顔だな。これならしっかり深読みしてくれるだろう』

 話を聞いたときも、読み進めても驚かないレネの様子にシアリーナは僅かに眉を寄せている。そのため杜人は予定通り進めるように指示を出した。それを受けてレネは読み終えると優しく微笑みながら返却する。

「良くできています。これからもこの調子で頑張ってください。それでは講義を開始します。リーナさん、着席してください」

「……はい」

 レネは即座に踵を返すと教壇に行き、予想が外れて呆然としているシアリーナを笑顔でたしなめる。そのため聞く機会を逃したシアリーナは、講義自体をかき回す意図はないのでしぶしぶ着席した。

 そして講義中はおとなしくしていたのだが、納得していないのは丸分かりであった。

「強がり……、だったら直接対決して見せつければ……」

『ふむふむなるほど』

 杜人は遠慮なくシアリーナの傍でしっかりと偵察を行い、次にどんな行動をしようとしているかを把握した。そして黒板に説明を書いているレネの元へ飛んでいった。

『次は直接対決らしいから、少し遊んで余裕を見せることにしよう』

「それじゃあ対人実習室を借りないと駄目だね。空いているかな」

 対人実習室は特殊施設のため使用料金がかかる。空いている時間のほうが多いのだが、必ず空いているわけでもない。そのためレネは連れて行ってまた今度でも良いかなと小さく笑みを浮かべる。

 気持ちに余裕があることを確認した杜人は、これなら負けても大丈夫だろうと遊び方を練り始めたのだった。

 そして講義が終了して退出しようとしたとき、シアリーナが話しかけてきた。

「私は今まで魔法による対人戦闘を行ったことがあまりありません。できれば胸をお借りしたいのですが」

 殊勝な言葉だが、唐突であり態度は殊勝ではないので『断りませんよね?』という言葉が聞こえそうであった。そのため近くで聞いていたティアとフィリはそっとレネの顔を窺う。普通ならば怒っても仕方がない態度なのだ。

 大丈夫だとは思ったが杜人は念のため、によっと笑いながらレネの前を浮遊する。

『残念ながら、レネの胸は貸せるほど無……ぐぇ』

「良いですよ。それでは対人実習室に行きましょう」

 レネは杜人を不可視念手で掴み取るとそのまま握り締めて口を封じ、声音に仕方がありませんねという意味を含めながら気にしていない顔でシアリーナに返答する。そして愚か者を揉み込みながら先頭に立って廊下に出て行った。

 その後ろ姿には余裕が感じられたので、シアリーナはまたもや予想外の反応に眉を寄せ、ティアとフィリはほっと胸をなで下ろした。

「どうしていつもそうなのかなぁ」

『安心してくれ。俺は無くても気にしない……そろそろ離して頂けませんでしょうか?』

「駄目」

 レネは更に力を入れて杜人を揉み込んで気分を落ち着かせていった。まさか怒りの矛先を受け止めた存在が居るとは分かるはずもなく、三者三様の推測をしながら付いていくのであった。




「それでは使う魔法は上級までで、媒体の一つ目が壊れた時点で終了。それでよろしいですね?」

「はい。よろしくお願いします」

 レネは設置されている台座型魔法具を操作して設定を行った。そして空いているくぼみに調整した魔石を入れていく。これが身代わりになる媒体であり、身代わりになると壊れてしまうので使用料を取らなければならない原因である。

 実習室は三つに区切られていて、見学する部屋と制御を行う部屋、対戦する者が入る部屋がある。対戦する部屋では登録した者が受ける損害を媒体に肩代わりさせる領域が形成されているので、許容量を超えなければ安全に対人戦闘を行えるのだ。

 但し制限もあり、武器や肉体による直接攻撃には対応できないのでそれは禁止事項となっている。ちなみに媒体の残り個数はどの部屋からでも確認できる親切設計だ。

 レネは始める前に上限をどうするかを聞いたのだが、シアリーナは少し自慢げに上級魔法を要求した。初級魔法使いなのに上級を使えるのかと驚かせる意図があったのだが、これに関してはレネにとっては驚くことではないので素で反応しなかった。 

 そのためシアリーナはわざと相手にしていない態度を取って挑発していると捉え、その心理作戦を認めながらも圧勝してやると気合いを入れてレネを見つめていた。レネはまがりなりにも学院が認めた上級魔法使いであるので、慢心から油断する心は持っていない。

 そして開始の合図をフィリにお願いし、レネは対戦室へと移動した。あまりない対人戦闘訓練ということで、ちょうど聞きつけた見学者がそれなりに入っている。これは他者に見られない対人戦闘はありえないという方針から、自由に見学して良いことになっているからである。

 しかも今回は有名人であるレネとの対戦のため、怖いもの見たさの見学者が多く入っていた。昔なら緊張したレネも今では慣れたのでどこ吹く風で準備を行っているし、シアリーナは注目を集めることに賛成のため見られることによる緊張はしていない。

『では打ち合わせ通り、レネは防御担当、攻撃は俺が行う』

「うん。実質二対一だから楽だね」

 魔法使い同士の戦闘は最初の魔法を選択するところで決まる。というのも初級魔法でも防御無しなら人ひとりに致命傷を与えることができるからである。そのため魔法の組み合わせによっては初級魔法使いが上級魔法使いに勝つこともあるのだ。

 レネは今回、防御に専念することができるので迷うことがなく、杜人も単独で魔法を行使できる。これならシアリーナの実力が特級に届いていても選択間違いで負ける要素はない。見た目は魔法の複数同時使用をしているのと同じであり、技量の差を見せつけるには十分な状況であった。

『くっくっく、果たしてどんな声で泣いてくれるのやら』

「こらこら」

 しようとしていることは弱い者いじめと変わらないので、杜人は冗談めかして悪い笑顔を浮かべている。レネはそれが重く考えがちな心を引き上げる目的があると理解しているので、小さく笑いながら軽く指で弾く。

「これでうまくいけば良いんだけれど……」

『さすがに今回だけでは無理だろう。だが、無駄にはしない。悪者になると決めたのならば、徹底的にやる。俺達にできるのはそれだけだ』

「うん、そうだね」

 破滅を願うならば、適当に満足するように接すれば事足りる。そうなって欲しくないと思ったからこそ、悪く思われても助けるために動くのだ。

 だからレネは、取り出した星天の杖をしっかりと持って、離れた場所に立つシアリーナと視線を合わせると静かに微笑む。そしてフィリが開始を告げ、戦闘訓練は始まった。




 シアリーナは開始と同時に所有する魔導書に魔力を流し、初級魔法である『雷針』の魔法陣を構築し始める。雷系は発動と同時に標的に当たるほど速いので、見てから避けることは難しい。戦闘を知らない者は上級までと言われると高威力の魔法を選択しがちだが、それは発動までに時間がかかるので、防御手段のない初手では致命傷となる。

 シアリーナは相手が見下した態度を取る以上、僅差で勝利しようとは思わないと読んだ。その心理を理解して上級までと提案したのである。その上で開始と同時に迷わず構築し始めれば、慌てて初級魔法を構築してもシアリーナのほうが早く発動できるのだ。

(悪く思わないでね。勝敗は始まる前に決まってい……!?)

 レネより早く構築し始めることができたため勝利を確信したシアリーナは、視線をレネのほうに向ける。そしてそこに、大量の雷系特化障壁の魔法陣が構築されていく様子を目撃してしまった。そしてその中には明らかに上級と思われる見たこともない魔法陣も見つけ、一気に背中に汗が流れた。

(読まれた? そんな……。それにどうして並列構築であんなに速いの!?)

 特化防御の魔法は構成が単純なために構築速度は確かに速くできる。しかし、それは単独で構築した場合であり、上級魔法と同時に構築すれば当然遅くなる。それなのにレネはシアリーナより遅く構築し始めたのにもかかわらず、既に発動一歩手前まで構築していた。

 そのため常識ではありえない事態にシアリーナは激しく動揺していた。




「……良し、こっちは良いよ」

『了解だ。向こうもやっと気がついたようだな。実に良い顔をしている』

「私だって知らなかったら驚くよ……」

 いたずらが成功した杜人は実に良い笑みを浮かべ、障壁を発動し終えたレネもそうなるよねと同情した。

 レネはシアリーナが構築し始めた魔法陣を即座に解析し、選択に感心しながら一瞬遅れて雷系特化の障壁を構築し始めたのだ。ひと目で魔法陣を解析できる才能と、きちんと練習し続けたからこそできる対処法である。

 星天の杖を用いる場合は自らの力で一から魔法陣を構築しなければならない。そのため同じ魔法を構築したときはレネのほうが遅くなる。しかし、同じ等級で、防御系統の、それも特化魔法ならば、魔導書を用いた攻撃魔法より早く構築できるのだ。

 そしてようやくシアリーナの雷針が発動したが動揺したため威力が落ち、障壁を一枚も壊せずに消滅した。しかし、シアリーナは即座に別の魔法陣を構築し始めたため、観察していたレネと杜人はその立ち直りの速さに感心した。

『さすが、というところか。というか、あれだから変わらないのだな』

「長所が短所になったんだね。……良しっと」

 即座に解析したレネは慌てることなく対応した障壁を張った。次は中級魔法の『岩球』だったが、複数同時に構築して発動している。しかし、これもまた障壁を個数分砕いただけで終わった。

『選択は悪くない。類似性のない魔法なら障壁も効果がないからな。そして上級魔法が発動する前に発動できる最大のものを選んだのだろう』

「ほんと、数は偉大だね」

 ちなみに杜人は焦らせるために複数の魔法をわざとゆっくり構築している。実質二対一である以上、最初から勝ちは揺らがないのだが、今後に向けた布石として絶望という名の強烈な楔を無意識の領域に打ち込むためである。

 だから、もう打つ手がなくなっても戦いを諦めないシアリーナに、容赦なく魔法を打ち込んだ。

『霊気槍』

 避けることもできずに複数の霊気槍に貫かれたシアリーナは、悲鳴をあげる間もなく床に倒れこむ。それを見ていたフィリは、媒体が一気に全部吹き飛んだのを確認して顔を青ざめさせると、急いでシアリーナの元へ向かいその身を抱き上げる。

「姫様、姫様!」

「大丈夫ですよ。眠っているだけですから。明日の朝には目覚めます」

 近づいてきたレネの説明を聞いて安堵したフィリはその場でへたり込み、少し恨みがましい目を向ける。

「ご配慮ありがとうございます。ですが、媒体を全部吹き飛ばすようなことは止めて頂きたいのですが」

『気にするな。事情を分かっているだろうから単なる愚痴だ。それよりも胸を張れ。本人が見ていなくても、どこから話が耳に入るか分からないのだからな』

 杜人は反射的に謝りそうになったレネを制する。おかげでレネは見学者が居ることを思い出して踏みとどまることができた。

「それは申し訳ありません。上級魔法を使えるとのことでしたので、少し警戒しすぎました。次からはもう少し抑えることにします」

 微笑みながら紡がれた言葉は、誰が聞いても嘘だと分かった。だからこそ、あれでも全力ではないと誰もが理解することができた。おとなげないとは誰も思わない。なぜならば、レネは敵対者に容赦しないことで有名な『殲滅の黒姫』なのだから。

 こうして目的のついでに悪い噂まで補強してしまったレネは、帰ってから涙目でやけ食いをして気分を紛らわす。

「仕方ないんだもん、決めたんだもん……ぐすん」

『レネは良くやったと思うぞ。誰にもできないことをしているのだから胸を張って良いことだ』

 せっかく上向いてきた噂を自ら台無しにしてしまったため、重圧もあって気持ちの下がりかたがいつもより酷かった。甘い物を食べても上がりそうにはとても見えない。そして杜人が奇妙な踊りをしながら太鼓持ちをしても、反応はいまひとつであった。

『これはまずい。さて、次はどうするか……』

 そのため杜人は士気を高めるための方策にしばらく頭を悩ませたのであった。
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