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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第5章 祭りと騒ぎとその後と

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小話 悪徳商人ここにあり

 ダイル商会はレーンの王都に店を構える比較的大きめの店舗である。商会長のダイルは誰が見ても警戒してしまう悪徳商人の見た目のため、ここまで育てるのは並大抵のことではなかった。

 営業しようにも第一印象で躓くため仕入れた商品を売ることができず、借金で首をくくらなければならない状態に危うくなりそうだったこともある。

 時に騙され、時に冒険をして大損をしながらも、開設当初から掲げた誠実で堅実な営業を諦めることなく続け、着実に業績を伸ばしてきたのである。取り扱う商品は今では多岐にわたっているが、全て今まで積み上げてきた信頼の成果であり、形だけ真似しようにもできない流通網を持っている。一般には広まっていないが、王都の商人なら知らない者が居ない大店である。

 学院祭の準備が始まる頃。閉店後の商会長室にて、リュトナとダイルは向かい合っていた。ダイルは忙しく動いているので、一日の終わりにリュトナが定期報告を行っているのである。

「報告は以上です」

「相変わらず面白いことを考えるものです」

 リュトナから不在時に来たレネとのやりとりを聞いたダイルは、上機嫌に肩を揺らしていた。リュトナも楽しくなりそうだと微笑みを浮かべている。

「しかし」

「はい」

 レネの持ってきた案をそのまま受注しても、そこそこの売り上げは出せそうである。しかし、商人であるダイルとリュトナの目には、まだまだ儲けを生み出せる余地が見えていた。そしてダイルの元にはフォーレイアが学院祭にむけて何やら画策しているとの情報が入っており、エルセリアの関係でレネが巻き込まれる可能性が高いと推測していた。

 商会としては争いに参戦するわけにはいかないため、このままでは手助けができなくなるかもしれない。しかし、何もせずにいて、せっかくの信用を失うようなことをするわけにはいかない。そしてなにより、儲け話をふいにすることは商人としての誇りに反する。そのためダイルとリュトナの考えは一瞬で一致した。

「幸い学院祭は、手続きをすれば外部の人も参加できます。楽しそうですので、休暇も兼ねて参加してもよろしいでしょうか」

「ふむ……、それでは料理人は私が探しておきましょう。私も不在がちになるので、以降の対応は一任します」

「分かりました」

 ダイルとリュトナは視線を合わせると同時に微笑みを浮かべる。外見は似ていないが、中身はとても似ている二人であった。



 学院祭前は職人達も稼ぎ時となる。そのため出遅れるとどんなに良いことを考えても実現できなくなる。当然レネの要請も遅いのだが、リュトナは何も言わずに受け入れ商会の伝手を使って注文を行った。

「無理を言って申し訳ありません。その代わり謝礼は弾みますので」

「なに、いつも仕事を回してくれているから、この程度は気にすんな。実入りもこっちのほうが良いからな」

 リュトナはまず職人を確保することにし、多少の無理をさせることになったが間に合わせられる目処を短い間に立てた。これは今までの信頼があるからできたことであり、リュトナだけではこの時点で詰んでいた。そして他では無理でもダイル商会なら可能ということは、仕事を断らなくて済むため信頼を得る大きな強みなのである。

「もしかすれば人気が出て、以降も継続するかもしれません。その時はよろしくお願いします」

「おう、任せとけ!」

 店を構える者にとって、継続してうまみのある仕事を持って来る客は嬉しいものだ。そのためリュトナは以降の仕事も仄めかせて職人のやる気を引き出すことも忘れない。特に腕の良い職人は気難しい者が多いので、我慢の限界を超えると利益を放り出しても依頼を放棄することがある。そうなってはお終いなのだ。

 商人の中には職人の腕を安く買い叩く者もいるが、ダイル商会ではきちんと利益を見せて依頼することにしている。利益は確かに少なくなるが、目に見えない信頼を積み重ねることができるので、今回のような無理を聞いてもらえるようになるのである。

 もちろんこうなるまでにはダイルの努力があり、リュトナはありがたくそれを享受している。だからこそ、色気を出して失うわけには行かないのだ。

「手配はこれで良し。次は……」

 リュトナは歩きながら流れを考え、次の仕事に向かうのであった。



 フォーレイアの策略によって市場が大きく流動しているとき、ダイルはかなり忙しく動いていた。品不足の商品の価格が上がり始め、事情をよく知らない商人がつられて関係の無い商品まで買い占めを行い始めたため、その対処をしなければならないのだ。

「……こういうのを見ると昔を思い出しますね」

 ダイルは動向が書かれた書類を見ながら自嘲気味に笑う。若い頃のダイルも価格が変動する商品を買って儲けようとしたときがあった。結果は潮目を見極めきれずに大損をすることになったのだが、裏側を知ることができる今ならば確実に大儲けできる。それどころか流れを操作できる立場でもあり、昔の変動もそうやって利益を得た者が居たのだろうと思ったのだ。

「まあ、今回は自重しましょう。それを望みはしないでしょうからね」

 既に倉庫には、レネが集めたものを買い取ってルトリスに売却し、フォーレイアの資金を吐き出させるようにと依頼された商材が大量に眠っている。この時点で売却益をルトリスから得ているので、色気を出す必要がないのである。

 そしてルトリスの狙いはフォーレイアに対して報復を行った事実を見せつけることである。便乗した商人を路頭に迷わせることではない。そのためダイルは部下を呼ぶと、流れを変えるための指示を出す。

「これらの品目についてですが、売却価格は変えずに買い取りを一気に減らしてください。そしてその情報を流し、少しずつ売却価格を下げて通常まで戻すように。もしどうしても売りたいという者が来たときは、買い叩いてから今回だけだと言って通常より多少低い値段で買い取ってください」

 ダイル商会の取引規模は大きい。そこが売却額が変わらないのに買い取りを縮小し、値段を徐々に下げ始めたとの情報が流れれば、商材がだぶついてきていると読み取る。そうすれば買い占めていた商人達は慌てて放出し始めるため、本当に市場に商材が余ることになる。今度はそれを買い取ることによって流通量を減らすのである。

 このときに買い叩けば利益が大きくなるが恨みも量産される。だから今回は多少の損で抑えられる金額で買い取りを行うのだ。こうすれば下手に手を出すと痛い目をみると理解でき、命を繋いでくれたダイル商会に感謝するのである。もちろん全員そう思うわけでは無いが、思った者は得がたい取引先となってくれるのだ。

 ちなみにフォーレイア関連の商人達には話を通しているので、そちらで利益を確保してもらうことになっていた。これで全てを救えるわけでは無いが、路頭に迷うものは随分少なくなるはずである。

 これによってダイル商会もかなり利益が目減りするが、大貴族の信頼を得られるのであれば安い買い物であった。貴族に頭を下げて御用聞きをする商人は大勢居るが、信頼されて取引を任される商人は少ない。そしてダイルはいきなり舞い込んだ機会を保身で逃すような性格ではないのである。

「これで良し。さて、今度レネ様に何かお礼をしなければなりませんね。何が良いでしょうか……」

 今回の機会はレネが全面的にダイル商会を信用しているからエルセリアもお任せしたのである。単なる偶然と片づけることもできるが、機会を逃すようなことは当然するわけがないのだ。

 ダイルはどう見ても腹黒い笑みを浮かべながら、仕事に取り組むのであった。




「……どうしよう」

 学院祭も終盤に入った五日目。中央の良い場所に陣取って魔法具と魔法薬を販売しているリーンラノスの班長は、売り上げ推移表を見ながら頭を抱えそうになっていた。初日は例年並みに売れていたのだが、二日目から下降線を辿っているのがよく分かる結果となっていた。

 理由は把握しているが、今更手の打ちようがない。そのため班長は絶望が乗った視線を屋外訓練場のほうに向け、空中で躍る文字の群れを見つめた。

 そこには今までは無かった『一般流通魔法薬大幅値引き販売中。まとめて買えばおいしい食べ物が一品無料!』という文字が加えられていた。リーンラノスでは高品質の魔法薬を販売しているので一見関係ないように思えるし、班長も思っていた。

 しかし、現実は非情である。最初からリーンラノス目当てで来る客は問題なくてもその他の客の流れが変わり、たまたま目に入って買っていく客が激減したため、その分が一気に落ち込んだのである。

 レネの班がどれだけ売り上げているのかは把握できていないが、このままでは下手をすると抜かれて連続一位の記録を途絶えさせてしまうかもしれない。そんなことになったら一門の中でどのような扱いになるか、想像したくもなかった。

 そんな暗い未来に怯えていたところに、優しげな微笑を浮かべたリュトナが顔を出した。現在は休憩中なのではっぴは脱いでいる。学院生でもないので見た目は来場者と変わらない。そのためレネの班員であると見ただけでは分からなくなっていた。違いといえば、背後に大きめの荷物を持った男達が居るだけである。

「こちらに班長さんがいらっしゃると教えられたのですが」

「はい? 私ですが……」

 訝しげに尋ねられてもリュトナは微笑を絶やさない。

「急に申し訳ありません。私、大通りに店を構えるダイル商会のリュトナと申します。屋外訓練場で使用している据え置き型の看板と同様のものが余っておりまして、一度商品を見て頂ければと思い、参りました」

「え! あれですか!?」

「はい。あれです」

 余っていると言いながらも、ぜひ買って欲しいという態度は見せない。リュトナは指示を出して看板を手早く組み立てさせ、すぐに起動する。大きさは背丈より大きいので、大変目立つようになっていた。内容は既に魔法薬と魔法具販売のものになっている。

「確かにあれですね……」

 班長は見たことも無い魔法具製の看板のことを聞いて、屋外訓練場まで確認にいっていた。そして少し調べただけでもリーンラノスでは作れる者が居ないと分かる術式構成に打ちのめされていたのである。そのため大きさの違いはあっても同様の魔法具であると簡単に分かった。

「向こうでは大きすぎて使えないものですが、こちらならよく目立つと思いまして……」

 そう言っているうちに看板に引き寄せられた客が来店し、商品を買っていった。そのため班長は看板と客の流れを交互に見比べる。リュトナはしばらくその様子を観察し、看板を停止した。

「いかがでしょう? 数量と価格はこのようになっております。売り込みはこちらが最初ですが、余った分ですので数に限りがございます。ご期待に添えないかもしれませんが……」

 あえて売れなくても良いという態度で交渉を行う。そしてほんの少しだけ視線を外し、リーンラノス以外で集客に苦労している班を見てから再び視線を戻した。

 そして目論見通り、班長はリュトナをレネから依頼されて看板を製作した商人と判断した。その余裕の表情から余っているというのも方便で、大きさから持ち込まれた看板は試作段階のものであり、依頼品で十分利益を得ているので売れなくても支障がなく、断れば他の班へ声をかけにいくと推測した。

 商売の虚実をある程度理解しているが故に、誘導されて自ら推測した虚構に絡め取られたことに気付けない。

 そして話している間にも焦った心には客足が鈍っているように感じられた。そして暗い未来に行きたくないが故に、他に渡してこれ以上客を取られるわけにはいかないと思ってしまい、ためらいはあっさり吹き飛んだ。

「分かりました。全部購入しましょう」

「ありがとうございます。それでは一括購入ということで、設置費用は値引き致しますね」

 班長は、まさかこれが現物を見てから大急ぎで作ったものとは思わなかった。そのため思わぬ幸運にほくほく顔である。

 リュトナはレネから説明を聞いていたので、需要が生まれると見込んで最初から狙いを絞って作っていた。そのため売れなければ当然赤字なのだが、それを見せては買い叩かれるだけなのである。足元を見るのは商人の常だが、足元を見せるようでは商人として失格なのだ。

 こうしてリュトナは休憩中に新作の宣伝も兼ねた販促を成功させ、意気揚々と屋外訓練場へと帰っていった。




 そして忙しかった学院祭もようやく終了し、リュトナはいつも通り受付で微笑んでいた。流通も正常に戻り、少し前まで破産に怯えて駆け込んできていた商人達の姿もなくなっている。そんなところにレネが涙目で飛び込んできた。

「リュトナさぁーん、助けてください! 早くしないとお終いなんです! 絶望なんです!」

「え、あの、レネ様?」

『いつもすまんのう……』

 リュトナはいつにないレネの慌てぶりに目を白黒させながらも、宥めすかして応接室に移動して話を聞いた。そして儲け話の予感に目を光らせながらもしっかりと内容を吟味し、必要な手続きを流れるように素早く行った。

「これで大丈夫ですよ。後はお任せください」

「ありがとうございました。また後でお礼に来ます!」

「え、あの、レネ様?」

『本当に、いつもすまんのう……』

 笑顔で飛び出していったレネをリュトナは目を白黒させながら見送り、やがて小さく微笑むと書類を片付けて受付へと戻っていった。




「相変わらず面白いですね。それでは引き続き対応をお願いします」

「分かりました」

 報告を受けたダイルは肩を揺らして笑うと、対応をリュトナに一任する。もはやレネの担当と言ってもおかしくないのだが、下手に利益を見てしまう者に任せるわけには行かないので仕方がないのだ。もちろんリュトナが拒否することはなく、むしろ嬉しそうに微笑んでいる。

「ところで、お父さんもそろそろ休んだらどう? 最近ずっとお母さんをほったらかしにしているから、どうなっても知らないよ? 私はお母さんにつくからね」

「う、うむ……、善処しよう」

 リュトナは仕事用の態度から一転して打ち解けた口調で恐ろしいことを話すと、頬を引きつらせているダイルに微笑んでから退出していった。

「これは、手遅れかもしれませんね……」

 扉が閉まってから小さく呟き、とりあえず今日は早く帰ることに決めたダイルは、大急ぎで仕事を片付けていくのであった。




 ダイル商会の中では、たかが受付とリュトナを侮るものは誰も居ない。案内されて担当が交渉に入る前に、様々な情報がリュトナから事前に手渡されるので有利に話を進めることができるからである。

 そしてダイルとリュトナは、親子であることを従業員に伝えていない。仕事中は上司と部下として接していて、見た目もまったく似ていないので従業員でも血縁を疑う者は皆無であった。

 ダイル商会には腹が黒い悪徳商人が住んでいると揶揄されるときがあるが、それはまっとうな商売をしているからこそである。しかし、そこに二人棲息しているとは誰も思っていなかった。

 ダイルとリュトナは容姿は似ていなくても、中身はそっくりな親子なのだった。
これで第五章は終了です。
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