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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第1章 言の葉は紙一重

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第11話 悪徳商人にご用心

 次の日、窓から差し込む朝日で目が覚めたレネは、寝ぼけたまま這い出していつも通り寝巻きを脱ぎ始めた。

『おはよう』

「うん……、おはよう……」

 机の上で体操している杜人が挨拶してもレネは生返事を返すだけで、手は止まらずにそのまま脱いでいく。朝日に照らされた白い肌と綺麗な黒髪の対比に、実にすばらしいと体操を終えた杜人は深く頷く。

『それで、全部脱ぐのか?』

「これだけ。着替えるだけだから……」

 そこまで言ったところでやっと頭が働きだしたレネは、ぎこちない動きで机に向けて首を動かす。もちろんそこにはありがたや、ありがたやとレネを拝む、ニコニコ顔の杜人が正座していた。

 レネは瞬時に顔を真っ赤に染めながら寝巻きを掴んで身体を隠し、大きな声を張り上げた。

「み、見るなぁー!!」

『またか。今度も目の前で脱いだのはそっちだろうに。本当に露出狂の気があるんじゃないか? まったく、困ったものだ』

 そう言いながらも、きちんと背中を向ける杜人であった。





「うー……」

『ふっ、そんなに熱心に見つめるな。照れるじゃないか』

 食事をしながら恨めしげに杜人を見ていたレネに、杜人は髪をかきあげる仕草をしながら斜め四十五度のポーズを決める。それに対するレネの返事は勢いのついた指だったが、もちろんすり抜けるので効果は無い。

「普通は見ないようにするでしょ」

『かわいい子が目の前で脱いでいるのに、目をそらさずに見ないでなにが男か! 安心してくれ。レネはとても綺麗だぞ』

 拳を作り力強く断言する杜人に対して、レネはほんのり赤くなりながらもため息をつくしかなかった。

 本日の朝食は玉子スープとパンである。簡単だが味はきちんと調えられているためとてもおいしい。レネも大満足な品である。

『それは置いておくとして、なにか魔石のような素材が加工された後の屑や、同様の使えない品が廃棄されているという情報を知らないか? あるなら少しでも多く取り込んで力にしたいのだが』

 いつも通り杜人は気にせず話題を変え、レネも慣れて来たのでそのまま次の話題に意識を移した。

「知らないけれど、そんなものまで取り込めるの?」

 レネは小首を傾げて少しだけ考えたが、思い当たる情報は無かったので聞き返した。

『得られる力は僅かだし、吸収だけするつもりだから品物としては残らないがな。それでも力が増すことに違いは無い。試験後は要らないが、今は僅かでもあげておきたい。大量にあるならば魔石を取り込むより早い。午前中だけで良いから調べてくれないか』

 今日は司書の仕事は休みなので、一日迷宮に潜るつもりでいた。考えたが、確かに半日探す程度なら誤差の範囲に収まると結論を出したレネは、頼られて嬉しいと思いながら仕方が無いなと微笑んで了承した。

「分かった、良いよ。それじゃあレゴル先生に聞いてみるね」

『ああ、ありがとう』

 レネは残りのスープをおいしそうに飲み終えると、さっそくレゴルの元へ向かったのだった。





「魔導書の力を増すため……か」

「はい。……あの、なにかありましたか?」

 時間を見てレゴルの部屋を訪れたレネは、事情をきちんと説明してどこに行けば良いかを尋ねていた。これは隠すと挙動不審になって余計怪しまれることと、変な魔導書は意外と多くあるからだ。話を聞いたレゴルは提示された魔導書が呪われていないかを確認してから考え込み、レネはそうなるとは思わなかったので不安そうに尋ねた。

「いや、特に異常はない。少し待っていなさい」

 そう言うとレゴルは紙とペンを用意して何やら記入し、封筒に入れて封をするとレネに渡してきた。

「これは大通りにあるダイル商会への紹介状だ。受付に渡せば商会長に話が通るように書いておいた。そこに行くと良い」

「あ、ありがとうございます……」

『実に素晴らしい。感謝します』

 まさかそこまでしてくれるとは思っていなかったので、少し感激しながらレネは紹介状を受け取った。

 レゴルはレネの話を聞いて、普通に教えれば馬鹿正直に話をして良いように利用されるだろうと考えた。そのためそれを防ぐために、懇意にしている商会を間に挟むことにしたのだ。

 書かれた内容を覗き見していた杜人は知っているが、こういったことは言う必要がないものなのでレネに教えるつもりは無い。そして杜人は利用されてしまうことまで考えていなかった。だから杜人の賞賛は掛け値なしに本当のことだった。

 こうして後の面倒を未然に防いでもらったレネは、何も知らないまま大通りの店に向かったのだった。





「ここだよね。……大きい。もっと小さいお店かと思ってた。」

『そうだな。どう見てもこの街限定の店ではないような気がする』

 レネが見ている店は、横幅は他の店の三倍、高さも三階まである大きな建物だった。出入りしている人も一般人ではなく商人風の人が多く、通常利用している店とは違うことは引きこもり気味のレネでも分かった。

 思いもしない大きさに気おくれして入店をためらっていたレネは、一度深呼吸してから気持ちを落ち着かせる。そして『良し』と気合いを入れてからゆっくりと中に入っていった。





 ちょうどダイル商会の受付にいたリュトナは入口の扉が開いた音を聞いて、見つめないようにさりげなく視線を向ける。するとそこにはこの店には場違いと言える魔法学院の制服を着た少女が緊張した面持ちで店内を見回していた。

 この店の客は商人が主で、個人客が来ることはまずない。これはダイル商会が扱う商品の大部分が生産者か商人から買い取って、必要としている商人に売るものだからだ。だが、たまに普通の商店と間違えて入る人もいて、今回の少女もそうではないかとリュトナは推測した。

 だからリュトナは微笑んだまま静かに気を引き締める。ここで個人取引だからと善意でもっと良い商店を紹介したとしても、間違えて来た客の中には『恥を掻かされた』と思って商会に悪感情を抱く人がいると知っているからだ。

 だからダイル商会では商会長の方針で、たとえ間違えて来た個人客であったとしても指摘せずに取引を行っている。その際は卸している商店より価格を高くするが、その代わり気持ち良く取引できるように配慮していた。

 もしかしたらその間違いが大口の取引に繋がるかもしれない。その機会を自ら捨てるなんてもったいないという考えに基づいて、商会の職員には指導が行われている。

 そのためリュトナは近づいて来た少女に微笑み、決して場違いとは思わせない優しい声で応対を始めたのだった。





 中はレネの予想通り広く、きちんと清掃が行き届いていた。居る人も多く、レネはどこに行けば良いか分からない状況だった。

『あそこが受付らしい。行ってみよう』

「う、うん……」

 杜人が指差すところには、確かにそれらしいカウンターがあり、若い女性が座っていた。レネは周囲からの場違いな人が来たという視線を受けながらそこに向かう。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」

「あのう、学院講師のレゴルから紹介されたのですが……」

 受付の女性、リュトナの笑顔にほっとしながら、レネは紹介状を取り出してカウンターに置いた。リュトナは紹介状を丁寧に受け取ると宛名を確認し、一瞬目を見開いた。しかし、すぐに元の笑顔に戻ると優しい声で答えた。

「はい。ただいま確認して参りますので、そちらの席でお待ちください」

「よろしくお願いいたします」

 やるべきことをやり遂げたレネはほっとしながら席に移動し、身体を沈めるように座った。

『ここはどうやら個人用の商店ではなく、どちらかと言うと商人相手が主な店らしいな』

「うん? 商人が商人から買うの?」

 杜人の観察結果に不思議そうに首を傾げる。

『そうだ。商売をするわけではないから詳しく知る必要はないが、主な客が商人だからこちらの求めるものを集めやすいと思っておけば良い』

「うーん? とりあえず分かった」

 よく分かっていない顔でレネは頷いた。中間卸売りに関しては中途半端に説明しても駄目なので杜人は説明を省いた。短い時間で簡単に説明して、搾取していると思われたのでは困るのだ。それならいっそ知らないほうが良いと判断した。

 途中で出された飲み物を飲みながら待っていたが、なかなかお呼びがかからない。追加で出されたお菓子を喜んでほおばりながら、レネはおとなしく待っていた。

「まだかな?」

『紹介状があるとはいえ、商会の一番偉い人に飛び込みで会いに来たんだ。本当ならば後日もう一度になってもおかしくないから気長に待とう。それに周りを観察していると面白いぞ。ほら、あそこを見てみろ』

 レネが言われた場所を見てみると、一人の若い商人が懸命に説得をしているが、相手側の壮年の商人は腕組みをして難しい顔をしていた。

「うん? 売りたいけれど買ってくれない、またはその逆?」

『あれはな、最初は若いほうが大きな態度だったんだ。ところが途中からああなった。機嫌を損ねて取引が消えかけていると若いのは思っているが、実はそう思わせる作戦に引っかかったというところだろう。実際はかなり吹っかけるかもしれないが、無しにはしないはずだ』

「……うん、私には無理だって分かった。商売は考えないことにする」

 駆け引きの複雑さに早々に降参したレネは、ため息をついて商売をすることを諦めた。そんな観察を再び行いながら待ち、ようやく案内されて商会長に会うことができた。

 商会長は印象を一言で言えば、悪人だった。壮年で背が低く、太っている。笑顔はにやりという言葉がふさわしく、言い争いがあって他人が善悪を判定した場合、必ず悪いほうに選ばれる。そんな人だ。

『まさかこんなところに物語の中にしかいない理想の悪徳商人がいようとは……』

「……初めまして。私はレネと申します。今日はお忙しいところ、時間を作って頂きありがとうございます」

 レネもそう思ったが、それを口に出すほど愚かではなかった。

「こちらこそ初めまして。私はダイルと申します。気軽に腹黒野郎とか、悪徳商人とか好きな名称で呼んでください」

『ぐぷぷっ、なかなかやるな……』

 レネの挨拶を受けてダイルがにやりと笑いながら頭を下げる。レネはそれであやうくむせそうになったが、何とかこらえることに成功した。もちろん杜人は遠慮なく笑い転げていた。

 挨拶を終えてから応接用のソファに双方身を沈めたところで、ダイルから話し始めた。

「不要になった素材屑と言うことでしたので、いくつか揃えてみました。ご確認ください」

「え? は、はい」

『早いな……』

 ダイルは脇にあった箱から袋を取り出して、口を広げてテーブルに並べた。中身は植物の残骸や、皮や毛の欠片、鱗片など多数あった。待たされたとはいえもう揃えているとは思わなかったレネは、戸惑いながら無警戒に鞄から魔導書を取り出すとテーブルにいる杜人をちらりと見た。

『良いぞ。少しずつ乗せてくれ』

 杜人は魔導書を取り出したことには何も言わなかった。この程度で周りに吹聴する者ならレゴルが紹介したりはしないだろうと思ったからだ。レネのために紹介したのだから、少なくとも信用できることが大前提である。

 レネは小さく頷くと少しずつ屑を魔導書に乗せる。それを杜人が取り込んで力として消費できるか確認を行った。その様子をダイルは興味深く観察していたが、表情は変えていない。魔導書がぼろぼろだろうが、屑を取り込むことが珍しかろうが、いちいち反応して驚く場面ではない。

『良いな。ほとんど大丈夫だ。これだけあれば一日分の穴埋めにはなる。駄目なのはその緑色の粉とそっちの鱗だな』

 杜人は頷いて報告し、レネも良かったと笑みを浮かべた。

「お待たせしました。その緑の粉とそちらの鱗以外は大丈夫です。それ以外を引き取っても良いですか」

「ええ、構いませんよ」

 そう言うとダイルは不要となった二つの袋を取り除き、さあどうぞと促す。それを受けて、レネは安心して取り込む作業を始める。そして、全て取り込み終わってさあ帰ろうというところで、ダイルが静かに話しかけてきた。

「もし継続してご入り用でしたら、明日以降もご用意いたしますが」

『そうしよう。迷宮に行く前に寄れば良いだけだからな』

「……はい、ありがとうございます。それでは明日も立ち寄らせて頂きます」

 ダイルの申し出に杜人があっさりと了承したため、レネはそのまま申し出を受ける。ダイルは頷くと、今度は一枚の書面を提示してきた。

「それではこちらの契約書をお読みの上、サインをお願いいたします」

「契約書?」

『なになに……』

 意外なものを提示されて戸惑いながらも、レネと杜人は内容をきちんと読んでいった。要約すれば、申し出を受けた翌日に用意するので期限内に確実に引き取ることと、商会が得る引き取り手数料の二割をレネに分配するという内容だった。もちろんその他にも細かい決まりはあるが、常識の範囲内で収まっているものばかりだった。

「あのう、どうしてお金を頂けるのですか?」

 依頼したのは不要なもの、つまり無料なはずと思ったレネは不思議そうに問いかけた。それに対してダイルはまさに悪い笑みで迎え、答えた。

「こういった不要物は現状各人が迷宮に廃棄しているのです。魔力を含んでいるのでそこら辺に捨てるわけにも行かず、迷宮なら捨てるだけでいつの間にか消えるので埋もれることがありません」

『ほう、そういう利用法もあるのか。そういえば倒した後消えていたな』

「ところが浅い階層に捨てることは問題があり、それなりに深い階層に廃棄しなければならないのです。以前に浅い階層に捨てたら魔物が大量発生したことがありましたので、少なくとも捨てる素材が取れる階層以降に捨てるのが暗黙の了解となっています」

「そうなのですか」

 知らない事実にレネは感心しながら頷いた。こういう生活の裏側が書かれた本はなかなか無いので、新しい知識の獲得に喜びもにじみ出ていた。

「そうなりますと、廃棄には手間をかけるか人に頼むかになります。ほとんどの店は手間をかけて捨てていますが、廃棄料金が安ければ頼みたいのが実情なのです。今回、レネ様にはほとんどのものを引き取って頂けましたので、私どもからすれば丸儲けというわけです。ですから、これからもよろしくという意味を込めまして、少しではありますが還元しようと考えたのです」

 にやりと笑うその姿を見ていると、なぜか悪だくみの仲間になったような錯覚に陥りそうになる。レネは、これは正規の取引だから、と心の中で呟きながら妄想を振り払った。

『二割と言うのは十分破格だ。それに義務で縛られているわけではないし、小遣い程度にはなるだろう。受けても良いと思うぞ』

「……分かりました。これで契約します」

「ありがとうございます。支払いのほうは、受付に言って頂ければいつでも引き出せるようにしておきます」

 杜人が賛成したため、レネは安心して契約を交わした。杜人は紹介状の内容を知っているからあっさりと判断できたわけだが、知らない場合はさすがに疑うとレネの様子に苦笑していた。

 こうして思いがけないことで金策の芽が出てきたのであった。






 レネが帰った後、ダイルは改めて紹介状に目を通した。レゴルとは小さい時からの腐れ縁であり、今でも気を遣わずにいられる間柄だ。

 紹介状には商会を通す理由と必要としている内容が淡々と書かれた後で、最後に一文が書いてあった。

「ふん、『二流は利用し、一流は利が薄いと見捨てる。超一流の商人のみが誠実に取引を続けるだろうから紹介する』……か。俺もまだまだだな」

 少しだけ昔の口調に戻りながら自嘲気味に笑う。

 実際のところ、二割も渡すと儲けはほとんど無くなる。一度だけなら良いのだが、継続するとなるといつ来るか分からないでは駄目なのだ。だから続けるならばレネの事情に関係なく定期的に廃棄物回収を続ける必要がある。その分損失が発生する危険もあり、全体で均すと利益が見込めないのだ。

 そしてレネのことはダイルもレゴルから聞いてそれなりに知っていた。だから念のため契約書は用意していたが、当初は最初の一度だけレゴルの顔を立ててそれで終わりにするつもりだった。

 その考えが変わったのはぼろぼろの魔導書を取り出した時だ。レネは確かにその時までは戸惑っていたが、テーブルの何も無い場所を見つめてから小さく頷き、そこから安心したように落ち着きを取り戻していた。

 これが長年商売を続けていたダイルの直感を刺激し注意して観察していたところ、その後の引き取る時も同じように見てから微笑んでいた。その時に引き取らなかった二つは確認のためにわざと混ぜておいたものだった。そしてレネは品物を確認した時ではなく、最後に微笑んでからその袋を確認していた。

 これでレネには見えない誰かが助言を与えていると確信し、それがあの魔導書なのだろうと考え、繋がりを保つことを決めたのだ。

 ダイルは無名の魔法使いが無名の魔導書と運命とも言える出会いを果たし、埋もれた才能を急激に開花させることがあると知っている。そしてレネは今まさに運命の魔導書と出会ったばかりなのだろうと推測したのだ。

 こういう場合、有名になってから良くするよりも、無名の時に世話したほうが心証はずっと良いものになる。そしてレネは昔天才と呼ばれたことがある少女である。今でも完全に無名ではない。

 そういうわけで、この程度の損失は十分穴埋めできると判断し、レネに投資することに決めたのである。

「さて、これからは楽しくなりそうですね……」

 紹介状をしまって元に戻ったダイルは、誰が見ても悪いことを考えていると判断する笑顔を浮かべながら、部下にレネ用の指示を行うのであった。




 試験まで、残り四日。
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