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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第5章 祭りと騒ぎとその後と

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第21話 お祭りの終わり

 夕日が屋外訓練場を照らす中で、職人達が店舗を手際良く解体していく。それをレネはテーブルに肘をつきながらのんびりと眺めている。杜人もテーブルに座って同じ景色を見ていた。

「終わったね。少し前まであんなに忙しかったのに、嘘みたい」

『この何とも言えない気持ちはなかなか味わえない。だが、良いものだろう?』

「そうだね。なんというか、やり遂げた嬉しさと、終わっちゃったっていう寂しさが混ざっているんだよね……」

 その様子に杜人も作戦をやり遂げたことを確信し、ようやく肩の力を抜いた。そして一緒に聞いていたエルセリアとセリエナもほっと息をはく。

「私のほうはいつも通りだったけれど、お客様は増えたし今までより喜んでいたよ。やっぱり気軽に飲食しながらだったのが良かったのかな」

「気を張って講義を受けるのも疲れますからね。遊び感覚で参加できたのかもしれません」

「私も受けてみたかったなぁ」

『暇ならともかく、あの忙しさでまとめ役が不在になるのはな。さすがに予想以上の人が来たから休憩だけで精一杯だった。来年は少し考えよう』

「うん、お願い」

 今のレネを見て、参加を一言で断った人と同一人物とは誰も思わない。そのため杜人達はこっそりと視線を交わし、苦労をした者同士で作戦成功を祝ったのだった。




 そして翌日、夜のうちに集計が行われ朝には順位が発表された。事務員達はやり遂げた表情で真っ白になっているので、この日ばかりは事務手続きが遅れ気味になったりする。余計な仕事を増やすようなことをしてはいけないと、密かに言われている日でもあった。そのため講義も余裕を見て明後日まで休みであり、学院生も立ち寄るのは次の日からとなっている。

 しかし、一般の者には関係が無い。そのためいつもより多い来客に首を傾げながらも、事務員達はにこやかに業務を遂行するのであった。




「それで、どうなりましたか」

「客は入ったが、リーンラノスには敵わなかった。だが、順当なところだろう」

 ルトリスの応接室にて、ライルは向かいに居るエルセリアに損益も含む全ての結果が書かれた紙を渡すと、出されていた茶を口に含んだ。

 競い合った五家の順位は、この時期にしか出さない高品質の魔法薬を販売したリーンラノスが一位となり、以降はルトリス、フォーレイア、イスファール、ガイルードの順となった。といっても二位以降は僅差であり、勝ったと言えるほどではない。

「これなら大丈夫ですね」

「おそらくは。何も言ってこなかったが、高級酒が届いたから報告は受けたのだろう。これで少しは変われば良いのだがな……」

 ライルはそういうが、まず無理だろうと思っている。今回の騒動では買い占めの報復を周囲に見せつけたあと、ライルの指示でこっそりとフォーレイアの穏健派と連絡を取り、だぶついたものを再度買い取ったのである。

 あくまで今回は遊びであるので、やり過ぎても駄目なのだ。かといって引き分けでは侮るものも出て来かねない。そのため表向きは容赦なく搾り取り、見えないところで手打ちを行ったのだ。

「変わるわけがないと思います。これからも頑張ってくださいね」

「……少しは幸せな夢を見させてくれても良いと思うのだが」

 エルセリアは笑顔で容赦なく儚い希望を粉々に砕き、ライルは力なく微笑んだ。両者の見解は一致している。だからこそ、兄妹の中で一番似ていると言われるのであった。




 休みも終わる日の午前中。喧騒も無くなり落ち着きを取り戻した学院内をセリエナが歩いているとき、いつかのようにアイリスと偶然出会った。今度は無視することなく挨拶を交わし、その場でフォーレイアの一門が引き上げることを聞いた。

「全員引き上げるとは思いませんでした。来年は参加しないのですか?」

「元々お兄様の意地みたいなものだから。今回は温情もかけられましたし、しばらくは領内でくだを巻く程度で我慢するんじゃないかしら。それに領内にテルストがあるのに、フィーレに通っては問題でしょう?」

 憑きものが落ちたようにアイリスは落ち着いた表情である。ルトリス憎しが心の奥まで刻まれていようとも、四六時中暴走しているわけではないのだ。ちなみに、暴走具合は男のほうが激しい。

「学ぶなら、こちらのほうが環境は良いですよ?」

「それはしっかりと理解したわ……」

 セリエナが落とされた経緯も報告を受けているし、学院生に接して確かに技量が上であると認識していた。

「帰ったらいくつか提案をするつもり。いつか必ず上回ってみせるからね」

「私は無理だと思いますよ。諦めたらどうですか?」

「そ、そんなことは……」

 セリエナはばっさりと切り捨て、アイリスも否定できずに視線をそらした。無理と断じたのは制度などのことではない。頂点がフォーレイアである限り、必ず暴走して馬鹿なことをやらかすのが目に見えているからだ。そして図らずも、ついこの間それを証明してしまったので何を言っても説得力はないのである。

「何にしても、これで会うのも最後になるかもしれませんね。貴族と積極的に関わる気はありませんが、個人としてなら問題はありません。元気でいてください」

「セリエナもね」

 セリエナとアイリスは小さく微笑むと会釈を交わし、それぞれの行く先へと歩み始めたのだった。




 そして全てが元に戻った昼頃。いつも通り和室に集合した四人娘は、入賞記念の祝杯をあげていた。

「えー、それでは学院祭売り上げ二位を記念しまして、かんぱーい!」

「かんぱーい!」

 四人はグラスを合わせて一気に飲むと、グラスを座卓に置いた。中身は果実ジュースであり、控えていたジンレイがすぐさま注ぎ足しを行った。座卓には軽めの料理が並べられていて、話に加わらないシャンティナはさっそく味わいながら食べ始めている。

 本日も記念に関係ない人が一名紛れ込んでいるが、本人も含めて誰も気にしていなかった。

「でも、まさか二位だなんて思わなかったよ」

「なんでも後半の来場者は、大半が屋外訓練場に直行したみたいだよ」

『だからか。多かったはずだ……』

「在庫もほとんど無くなりましたからね」

 蓋を開けてみれば、余ると思っていた魔法具が一番売れ、あわや在庫切れになるところだった。そして購入後の変更も多く、セリエナが一番の稼ぎ頭となっていた。

 ちなみに一位は毎年リーンラノスなのだが、後半に見せた怒涛の追い上げに連勝記録を止められるのではと戦々恐々としていて、班長は結果を聞いてから安堵し倒れていたりする。

「おかげで貯金も増えたし、途中参加の人達も黒字になったみたいだから良かったね。来年も同じようにする?」

『おそらく無理だろう。予想だが、来年は屋外訓練場を全面占有なんてことはできないと思う。学院側は規制しないだろうが、今年の結果を聞いたその他の班が来るだろう。もし一部しか確保できなかったなら今回のような大規模なことはできないし、近接班に対する迷惑も考えないといけない。それに今年はあの場所だったから大規模にしたのであって、他の良い場所が取れればその場所に合わせて出店すれば良いのさ』

「今年の実績があるから事務局にあらかじめ手を回せばできるだろうけれど、反感を持つ人は必ず出るかな」

「ということは、来年は大量憤死確定ですか……」

 セリエナは来年の惨状を思い描き、レネとエルセリアも初日の状況を思い出した。そして困ったように揃って微笑み、頷きあうとこの話題は終わりにした。

 今回は誰も選んでいなかったのでやっかみも無く占有できたのであり、場所を貸していたという強みがあったから条件を呑ませる方法を取れたのである。

 しかし、今年の盛況ぶりを見てしまえば、確実に希望者は出てくる。そうなると我を通すことができなくなるので、色々難しくなるのは確実であった。そんな苦労を背負うくらいならこぢんまりと行うほうが楽しめる。

 そのため最初からおこぼれ目当てで選んだ場合、惨劇が発生するかもしれないのである。さすがにそこまでは責任を持てないので、全員気が付かないことにしたのだ。

「そういえばフォーレイアは全員帰るそうですよ。おそらく来年は来ないでしょう」

「今年は煽った人が居たからね。さすがに懲りたんじゃないかな」

 楽しむために煽ったリーンラノスとガイルードは、暴走に巻き込まれてルトリスに借りを作ってしまった。遊びで支払うには大きめの借りとなったので、少なくとも次の代になるまではルトリスとフォーレイアの争いに触れようとは思わないはずである。

「面白い人だったよね」

「あれでもアイリスはまともなほうですよ。ですから、アイリスを基準に考えると後悔します」

「残念ながら、その通りなんだよね……」

『……なるほど』

 エルセリアは理解しているので諦めたように賛成する。杜人も最後の手段として大人数で取り囲み、裸でひたすらお願いしまくるとは思いもしなかった。そのため色々な思いが込められた一言となり、三人同時にため息をついた。

「……よく分からないけれど、触らないほうが良いことは分かったよ。さ、食べよう」

 何故か沈んだ三人の様子に話題を続けてはならないと悟ったレネは、話題を切り上げて食べ始めた。そして食べ終わり座卓が綺麗になったところで、事務局から配達されていた書類袋を置く。

「それじゃあ分配するね」

 中から分配用の証書を取り出してセリエナとシャンティナに渡す。分配は均等割りが原則なので、事務局側で名前が入ったものを作るのである。これは分配を任せたら醜い争いが多く発生したためだ。最初からこうすれば受け取った後は本人達の問題となるので、何かあったら通常処理で処罰されてしまうのである。

「これでしばらくは勉強に専念できそうです」

「はい」

「うん。後で預けに行こうね」

 セリエナは金額を見て嬉しそうに微笑み、シャンティナはそのままレネに渡した。個人の持ち出し分も書類を提出しているので、それを加味した分配金額となっている。そしてレネも自分の証書を取り出して顔をほころばせた。

「最初はどうなるかと思ったけれど、増えたから良いよね」

「良かったね。……あれ、これは?」

『ん、なになに……』

 証書を取り出した拍子に下へ書類が落ちていて、それを拾ったエルセリアが座卓に置いた。四人は何だろうと首を傾げながら読み進め、次第に頬を引きつらせていった。

 そこには学院祭以降に来た問い合わせの内容が記載されており、要約すれば『業務に支障が出るので対処しないと事務手続き料を取るよ?』ということが優しい表現で長々と書かれていた。いくら評判が良かろうと、本分を全うできない状態にされては事務局側も困るのである。

「……もしかして、怒ってる?」

「怒ってるみたいだね」

「まずいですよ。事務局を怒らせると大変なことになります」

 口頭ではなく印が押された正式な書類で、しかも他の書類に混ぜて何も言わないところにその怒りがひしひしと感じられた。

 事務局は感情で可否を決めることはしないが、運用するのは人なので本気で怒らせると正規の手続きしかしないという報復を実行するのである。要するに、職権の範囲内で行える『柔軟な対応』をいっさいしなくなるのだ。地味だが、期限があるものでこれをやられると甚大な被害をもたらす場合がある恐ろしい報復であった。

 例をあげれば、今回の占有に関しては許可されず、応募があっても自分で問い合わせるまで放置である。最後の仕上げも承認した内容と厳密に言えば違うので違反とされるかもしれない。このように、とにかく恐ろしいことになるのだ。

 そのためレネは背中に大量の冷や汗を掻き始めた。

「ど、どどどうしよう」

『落ち着け。まだ警告だから大丈夫だ』

 涙目になったレネをなだめ、杜人は安心させるために微笑んだ。

『まず、問い合わせに関してはダイル商会に回すように話を通す。その分金はかかるが、商人なのだから儲け話を捨てることはないだろう。次に手土産を持って迷惑をかけたことを詫びに行く。形に残るものより食べ物が良いな。それも手軽につまめるもの……まだ珍しいし材料もあるからチョコ味のシュークリームにしようか』

「そんなもので良いの? 魔法具が余っているからそれとかは?」

「それだと証拠が残るので、後で問題になるときがあるのです。それではせっかくの謝意が無駄になってしまいますよ」

 意地の悪い者に見つかれば、残る物や金では賄賂や脅迫と騒がれる可能性がある。食べ物ならば証拠は消化されて残らないので、まだ受け取りやすいのである。そして何よりおいしいものを食べて喜ばない人はまず居ないのだ。

 セリエナの答えに納得したレネは頷くと、隅で待機しているジンレイに顔を向ける。

「それではシュークリームをたくさんお願いします。私はダイルさんのところへ行ってくるから!」

『いや、そこまで急がなくてもぉぉぉぉ……』

「いってらっしゃいませ」

 レネは書類と鞄を掴むと全速力で飛び出していき、杜人も一緒に引きずられていく。その後ろをシャンティナが慌ててついていった。ジンレイは落ち着いた表情で見送ると、残った二人に声をかけた。

「一緒にシュークリームを作ってみますか?」

「はい。よろしくお願いします」

「せめてこれくらいはしないと……」

 セリエナも班員なので責任を負わねばならない立場である。それなのに全面的にレネに頼らざるを得ないので、心苦しさは人一倍である。そのため謝りに行くのは当然として、できるだけ多くのシュークリームを届けようと気合いを入れた。

 そしてその結果、何でもそつなくこなすエルセリアはジンレイと共に手際良くシュークリームを作っていき、不器用なセリエナは二人からにこやかに箱詰め作業を命じられたのであった。





「……疲れた」

『まったくだ……』

 夜になり、緊急事態を乗り越えたレネは、寝巻きに着替えて布団の中でうつぶせになっていた。杜人は座卓に座りながら自分の肩を揉んでいる。部屋の中は明かりが落とされ、杜人が維持している灯明で淡く照らされていた。

 部屋を飛び出したレネは全速力でダイル商会に向かい、勢い良く飛び込んできたレネに目を白黒させているリュトナに泣きついた。そして言われるがままに手続きを行い、案内状を作るととんぼ返りで部屋に戻ってセリエナと共に事務局へ謝りにいった。

 事務員達もまさかもう対処して来るとは思っておらず、懸命に頭を下げるレネとセリエナに好意的な視線を向けていた。そして未公開のシュークリームで完全に怒りは治まった。そして手続きを終える頃には全員がにこやかに笑っていた。

「それでは来られた方に案内状を配布いたしますので、こまめに補充をお願いします。それとシュークリームでしたか、また食べたいくらいとてもおいしかったですよ」

『げ、まずい。レネ、笑顔で礼を言って、こまめに寄って補充しますと言うんだ』

「う? ……ありがとうございます。それでは忘れないように、こまめに寄って補充します」

「よろしくお願いいたします」

 レネはよく分かっていなかったが、セリエナは理解していた。要するに、また差し入れをしてくれるなら個人が持つ権限の範囲内できちんと案内しますという説明であり、レネはこまめに差し入れをしますと返事をした形なのだ。

 こうして事務員に『個人的なお礼』をすることで、来客者に案内をしてもらうという内容で無事に決着したのだった。もちろん差し入れる分量は全員分である。

『次のお礼は五日後くらいで良いだろう。材料を買う必要がないのは助かったな』

「そうだね。けど、言葉通りに補充だけしたらと思うとぞっとするよ……」

 レネはその光景を想像し、枕を少し強く抱きしめる。帰ってから杜人とセリエナの説明で理解できたものの、ひとりだけなら確実に理解できなかった。

「もっと分かりやすくしてくれないかな」

『聞いただけで分かる言い方では、立場を利用した脅迫となるんだよ。あくまで自主的に労力を割いてくれたことに対する個人としてのお礼でないと駄目なんだ。だから、持っていかなくても配布はしてくれるぞ』

「けれど、それを受け取った人が悪印象を持っても考慮しないんでしょ……」

 個人が持つ印象は社会の評価に比例するわけではない。そして一度悪くなった印象はなかなか良くならない。手土産を持っていく程度で回避できるのであれば、断る理由は無いのだ。

 レネは大きくため息をつくと、横向きになって杜人のほうを向いた。苦労した割にはその表情は穏やかである。

『まあな。色々動けば、しがらみや考えなければならないことが増えるのは仕方がない。だが、楽しかっただろう?』

「うん。……ありがとう」

 学院祭に参加したことによって大変な思いもした。しかし、終わった今ではそれも何故か楽しく感じられる。だからレネは、引きこもろうとした自分を引っ張り出して最後まで一緒に居てくれた杜人へ、色々な思いを込めて短くお礼を言った。

『どういたしまして、だ。明日からは学院も通常に戻る。疲れを残さないためにもう寝ようか』

「うん、おやすみなさい」

『ああ、おやすみ』

 杜人は照れたようにそっぽを向くと、灯明を消した。そしてレネの寝息が聞こえるまで見守る。杜人は他人を拒絶するレネの心が変化したことを感じたため、再び元に戻らないようにこれからもこっそりと頑張るつもりである。

『さて、これで少しは良くなるか。……先は長そうだな』

 そして寝入った頃に微笑みながら呟くと、静かに魔導書の中に入っていった。

 楽しい思い出は色褪せることなく、いつまでも心の中に残り続ける。それがあるから辛いことがあっても乗り越えられる。過ぎ去った祭りの喧騒を夢に見ながら、レネは小さく微笑んだのだった。
お読み頂きありがとうございます。
ここで一区切りとなります。
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