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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第5章 祭りと騒ぎとその後と

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第20話 なすべき選択

「どうなっていた?」

「無くなっていました。確かに封印を行ったのに、その魔法具すら……」

 夜。フォーレイアの一門が居住している屋敷の一室にて、密やかな会合が行われていた。幾人かの中に魔導書を埋めた少年がおり、ほんの少し恐れを帯びた声で報告を行った。

 その情報に誰もが押し黙り、重い沈黙が部屋に満ちる。

 昼間、予定通りにレネの魔法具を隠したのにもかかわらず混乱は起きず、それどころか遊び場を追加されて更に賑わい、逆にフォーレイアのほうは素通りされる割合が増加した。内通者に確認しようとしても避けられ、やっと捕まえてもこれ以上接触するなら全部ばらすと言われて何も聴けない状態だった。

 普通、負い目のある平民が貴族に対してそこまで断言することはない。そのため不興を買ってでもそうしなければならないことが起きたと推測し、接触を諦めて隠した魔導書を確認することにしたのである。

 結果として埋めていた木箱の中は空っぽであり、掘り返した痕跡も見当たらなかった。たったそれだけだったが学院生に広まっている噂もあって、レネの持つ魔導書が普通のものではないと判断するには十分だった。

 いわく、敵対者を決して忘れない。
 いわく、敵対者に慈悲をかけることはない。
 いわく、敵対者は呪われて人知れず消滅する。

 見事に鼻で笑ってしまうようなものばかりだったが、直接接触したであろう内通者の急激な変化と普通ではない魔導書の存在が噂に真実味を持たせていた。もし噂の源が魔導書ならば、人の思惑など関係なしに力を揮うのは目に見えている。そのため誰もが直接的な行動をしてはならないと、恐れと共に心に刻み込んだ。

 だが、このままではフォーレイアがルトリスに負けるのは確実である。そして何もしないで指をくわえて見ているような者ならば最初から動いたりせず、全体を見通せる者も動かない。視野が狭く、考え方も偏っているからこそ主家に黙って行動できるのである。

 そして手遅れだからやめようという思考が働くには先を見通す冷静さが必要であり、負け続けて後がない彼らの中には残念ながら居なかった。そしてエルセリアが行ったルトリスの計略を前面に押し出す作戦によって恨みはルトリスに向かっていたが、そもそもレネとルトリスは関係ないという根本的なことに気が付かず、彼らの思考は変な方向に曲がっていった。

「あの班にはセリエナ様がいた」

「きっとフォーレイアの窮状を憂いているに違いない」

「そうだ、力を貸して頂こう」

 セリエナが放逐されてから約一年。頭ではもはや主家に連なる者ではないと分かっていても、長年の習慣はそう簡単には抜けない。そして彼らにとっては、主家に捨てられても忠義を尽くすのは当たり前なのである。

 こうして傍迷惑な最終作戦は、誰も予想していなかった事態を引き起こすべく動き始めた。





 学院祭六日目。追加の遊び場は盛況であり、セリエナの魔法具店も順調な売れ行きとなっていた。

「二刀流にしたい? ええと、ばら売りはしていないので……」

「色の変更ですか? 有料ですがよろしいでしょうか。それでは順番待ちになっていますので、こちらに記入を……」

 結構な量を販売したので、今は変な買い方をする人や調整を希望する人の対応が増えていた。それでも小康状態になることはあり、その合間でセリエナは店舗を抜け裏側で背伸びをしながら休憩をしていた。

「やっぱり、すぐ傍に期間限定の遊ぶ場所があるというのが大きいですね」

 感覚では、前半よりも後半のほうが忙しい。子供ではなく大人が笑顔で買っていくのを見て、学院祭が終われば楽しめないのが一番の理由と感じていた。そうして手足をほぐして戻ろうとしたとき、はっぴを着た手伝いの少女がセリエナに声をかけてきた。

「あのう、事務局の人が呼んでいると言われたのですけど……」

「ああ、やり過ぎだというお小言でしょうか。分かりました。ありがとうございます」

 セリエナは力の抜けた笑みを浮かべ、礼を言って店舗に戻ると手伝いで入っていたレンティに声をかけた。

「事務局からの呼び出しだそうです。少し行ってきます」

「了解です。頑張ってくださいね」

 仕方ないよねと笑うレンティに見送られてセリエナは屋外訓練場を後にした。そして出たところではっぴを脱ぎ、畳んでから手に持って歩き始める。さすがに着たまま歩けるほど羞恥心は摩耗していない。

「……確かに客を引っ張り過ぎかもしれませんね。まあ、幻影で遊ぶ施設を作成するという説明でこうなるとは思いませんよね」

 屋外訓練場に向かう人は多いが、出ていく人はその半分に満たない。これまではつり合いが取れていたので、完全に遊び場を開放した影響である。それでも努力のひとつであり、きちんと審査を受けたので文句を言われる筋合いはないが、言わなければならないのが事務局であることは理解している。

 ちなみに審査時の説明では簡易版として使い魔の魔法具を使い、同様の原理の魔法を屋外訓練場に施すということで認可されていた。

 そんなことを考えながら事務局がある建物に入ると、外の喧騒が嘘のように静かになる。普段は人通りもそれなりにあるが、今は用がないので誰も歩いていなかった。聞こえるのは前方から近づいてくる足音のみである。そんな廊下を歩き始めて空き部屋の前を通過しようとしたとき、音もなく横開きの扉が開いて、中から拘束用の魔法がひも状の光となってセリエナに伸びてきた。

「きゃ……」

 突然のことにセリエナはその場で硬直し、叫ぶ間もなく全身を拘束されるとそのまま部屋に引きこまれていった。そして扉が閉じたとき、セリエナが居た痕跡は廊下に落ちた赤いはっぴのみであった。




「次は気を付けるんだよ?」

「うん、ありがとう!」

 転んで怪我をした子供を治療したレネは笑顔で手を振ると巡回を続ける。来場者は増えているが、少し前までの騒ぎのようなことは少なくなっていた。巡回する人員も整備したので、当初のような忙しさはなくなっている。そのため杜人も少し気を抜きながら漂っていたのだが、そんなところにジンレイから連絡が入った。

(「忙しいところ申し訳ありません。先程事務局近くの廊下にはっぴが落ちていたとの連絡を受けて引き取って来たのですが、セリエナ様のものでした。レンティに聞いたところ事務局に呼び出されていたとのことです」)

(『……攫われたか? フォーレイア関連にしては行動が直接的過ぎるような……、いや、今は悪いほうを想定しよう。ジンレイ、学院に居るフォーレイアの親玉に手紙かなにかでフォーレイアの跳ねっ返りがセリエナを攫ったと密告してくれ。もし関与しているなら密告者を探すために動くだろうし、そうでなくても確認のために動くだろう。それで駄目なときは仕方がない、残念だがレネにも協力してもらう』)

(「それでは、周囲にいる護衛にもそれとなく伝えておきましょう」)

(『ああ、細かいことは任せる』)

 楽しんでいる最中にどろどろとしたものを見せたくはなかったが、冗談で済まない可能性もある。そのためある程度の想定を行いながら指示を出した。そしてジンレイを動かす口実を作るために、セリエナの不在をわざと認識させる。

『おや、珍しくセリエナが居ないな』

「あれ、本当だね。……セリエナは?」

「しばらく前に事務局に呼び出されました。そういえばもう帰って来ても良い頃ですね」

 言われてレネはセリエナの姿が見えないことに気が付いた。そのため店舗に近づいて尋ね、レンティも同じことをジンレイにも聞かれたので、まだ帰っていないことに首を傾げる。

『ふむむ、人を集め過ぎだからどうにかする打ち合わせかもしれないな。致しかたなし、ジンレイも派遣しようか。そのほうが早く終わるだろう』

「みんな慣れたからしばらくは大丈夫かな。うん、そうしよう」

 ここで杜人は思考を誘導するべく、笑みを浮かべながらわざと軽めな口調でありえそうな推測を伝える。思考が良い方向を向いているレネは疑いを持つことなく納得し、レンティに心配ないと手を振ってから指示を行うために率先して移動する。そして不在中の調整をリュトナに一任し、事務局に向かうジンレイを見送ると巡回に戻った。

「意外と大変だよね。他の班はどうしているんだろう」

『まあ、今回は初めて尽くしだから事務局も対応しかねているのだろう。部下を上手に使うのも上長の役目だから、今回の判断は良かったぞ。何でも自分で決めなければならないと考えると、ほんの少しのことでも身動きが取れなくなるものだからな』

「ありがと」

 褒められてレネははにかみ、杜人は微笑みながら心の中でうまくいってくれよと願ったのだった。




 セリエナは引きこまれた部屋の床にぺたりと座っていた。窓は閉ざされ厚いカーテンが引かれているので、昼前だというのに夕暮れより暗くなっていた。そこに薄暗い明かりの魔法具がひとつだけセリエナの前に置かれている。そして何より外の賑わいがまったく聞こえないことから、少なくとも音を遮断する結界が存在するのは確実であった。

「……」

「……」

 そんな場所でセリエナは両腕で身体を抱きしめながら唇を引き結び、硬い表情で正面を見つめていた。下には敷物があるため痛くはないが、座り心地が良いわけではない。正面には同じく硬い表情の男達が無言でセリエナを見下ろしていて、その顔には見覚えがあった。

 セリエナの知る彼らはフォーレイアの忠臣であり、良かれと思って暴走しやすいと感じていた。そのためこれは少しまずいかもと背中に冷や汗を掻いている。

 セリエナは何となく意図を推測できていたので、自分のほうから『なぜこんなことを』と問いかけることはしなかった。男達も緊張した面持ちで言葉を発しなかったため、囚われてからずっと奇妙な沈黙が続いていた。

 男達が緊張している理由は簡単である。『ついやってしまった』。これに尽きる。本来であれば偽の呼び出しで来たセリエナを呼び止めて、部屋に招き入れてから穏便に話し合う予定だったのだが、誰かが近づいて来たので慌てて引きこんでしまったのである。さすがにこれで話を聞いてくれる人は居ないと分かっているので、重い沈黙が垂れ込めているのである。

 それ以前に、声をかけて部屋に招く時点で頓挫する穴だらけの計画だったのだが、ひとつの考えに囚われると何故か穴が見えなくなるものである。何だかんだ言いながらも、彼らもまた主家であるフォーレイアに似ているのだった。

 それでもしばらく経つとセリエナは気持ちに余裕が出て来はじめ、馬鹿なことをしている男達に苛立ちを感じ始めていた。昔は上に立つ者として接していたので、慣れてくると警戒が緩んできたのである。

 そんなときに、壮年の男が絞り出すようにようやく声を発した。

「……実は、協力を願いたい事柄が」

「これがあなた達の、人にお願いするための誠意ですか。大したものですね」

 いきなりだったことと、馬鹿なことをしている男達に心の中でつらつらと悪態をつきまくっていたため、考えるより早く言葉が口から飛び出していた。そのため一気に室内に緊張が走り、セリエナは思わず言ってしまったことを後悔しながら再び冷や汗を掻きはじめる。

 男達は強張った表情のまま無言で視線を交わすと小さく頷き、服を脱ぎながらセリエナにゆっくりと近づいてくる。セリエナは次に起こることを想像し、覚悟を決めると全身に力を入れて固く目を閉ざしたのだった。





「あら、何かしら。……なんですって!」

 人の来ない店舗のひとつで寂しそうに座っていたアイリスは、床にいつの間にか落ちていた手紙を読むと、血相を変えて立ち上り大急ぎで外に飛び出していった。そして一門の者に聞いて回って顔を青ざめさせると、周囲を見回して一気に駆け出していった。

(「どうやら当たりのようですが、上は無関係のようです。引き続き追跡します」)

(『頼んだ。こちらに変化はない』)

 杜人との通話を終えたジンレイは慌てるアイリスの観察に戻る。今のジンレイは認識阻害の魔法具を使っているため、堂々と後ろを追跡している。アイリスはまるで目的地が分かっているかのように迷うことなく進み続け、やがて人通りが途絶えた事務局のある建物に飛び込んで行く。

 そしてためらうことなくひとつの扉を一気に開き、中の様子を見て絶句した。

「ですから、何度も言いますが私にはその権限がないのです。直接話をつけてください」

「そこを、そこを何とか……。なにとぞ、なにとぞお願いいたします!」

 部屋の中央に座っているセリエナは、話が通じないので頭痛を堪えるように額に手を当てながらため息をつく。その周囲には下着姿となった男達が膝をつき、額を床につけて取り囲んでいた。なまじ身体が鍛えられている分、むさ苦しいことこのうえない状況であった。

「……何やっているのよあなた達は!」

「ああ、アイリス……助かりました。彼らを早く何とかしてください」

「ひ、姫様これは……」

「良いから早く服を着なさい! 着たら速やかに出て行きなさい!」

「は、はいっ……」

 アイリスは顔を真っ赤にして命令し、男達はきちんと畳んでいた服を慌てて着ると我先にと部屋から飛び出していった。セリエナはようやく暑苦しくなくなった部屋に安堵しながら立ち上がると、服についた埃を払ってからアイリスに視線を向け、力なく微笑んだ。

「どうしてああなんでしょう?」

「知りません!」

 アイリスは恥ずかしいところを見られたように顔をそむける。

 フォーレイアの男には奇妙な風習があった。ひとつは謝罪するとき額を地面に付けるのが最上級の謝罪方法であるということ。これは他の地域にも似たような慣習があるので理解できる。問題はもう一つのほうである。それは、服を脱いで裸になるのが最大の誠意を見せる方法ということである。

 これは全てをさらけ出していることを目に見える形で表し、隠しごとはいっさいしていませんという意味である。残念ながら、それが通用するのは極一部の地域だけであり、フォーレイアの女からも一部を除いて暑苦しいと不評であった。

 当然セリエナも知っていて、誠意を見せろと受けとられることを言ってしまったので、次に起こることが容易に想像できてしまったのだ。少なくともセリエナに特殊な性癖は無いので、直視して精神が崩壊しないように目を瞑ったのである。最初さえ乗り切れば後は何とか我慢できたが、気力が削れる音が聞こえたような気がする時間であった。

「まあ、何にしても助かりました。どうやって知ったのですか?」

「手紙が……って、セリエナ、記憶が戻ったの?」

「……ああ、そういえばそういう設定でしたね。あれは嘘です」

 セリエナはあっさりとばらし、アイリスは目を見開いて口を開ける。その表情に微笑むと、肩を竦めて理由を教えた。

「もう私は貴族と関わる気はありません。もし功績をあげて取り立てられたとしても、今までの関係者と交流したいとは思っていないのです。私は要らないと捨てられたのですから」

「……でも、ルトリスと関係しているじゃない」

「エルセリアは友達ですよ。正確にはレネの友達だから友達として扱ってもらっているというところでしょうか。勘違いしているようですから言っておきますが、エルセリアはレネとルトリスのどちらを取るかと問われれば、迷うことなくレネを取ります。今回のことも、フォーレイアを引き付けるためにルトリスを利用しただけです。レネは関係者ではないといっても信じないですよね?」

「う……」

 実際その通りだったため、アイリスは恥ずかしそうに俯いた。アイリスとしてはまだセリエナは身内感覚のため、言葉もすんなりと受け入れることができていた。そのためレネに盛大な迷惑をかけたことを理解すると、表情を引き締めて顔を一度上げ、しっかりと視線を合わせてから深々と頭を下げた。

「今まで迷惑をかけて申し訳ありません。班長にも謝罪をしに……」

「不要です」

 アイリスの謝罪をセリエナは途中でばっさりと切り捨てた。そしてそのまま固まったアイリスに少しだけ微笑む。

「今レネは学院祭をとても楽しんでいます。それを汚い裏側を見せて落胆させたくありません。もし謝罪したいと言うのであれば、いっさい漏らさず悟らせないことが一番の謝罪です」

 セリエナは部屋の入り口に少しの間だけ姿を現したジンレイを見て、もしレネが知ったならば杜人が自ら動かないはずがないと確信しているので、隠蔽は継続中であると推測した。そうなるとアイリスに謝罪されると大変困ったことになるのである。そのため突然謝ろうと思わなくなるように言葉を選択した。杜人がレネのために腐心しているのを知っているので、恩返しの意味もある。

「それに、そんなことより早急に決めなければならないことがあります」

「え?」

 アイリスが驚いて顔を上げると、セリエナは疲れたようにため息をついた。

「あの人たちがああまでして何をお願いしたのか分かりますか? このままではフォーレイアの名が地に落ちるから、レネのところに参加できるようにして欲しいということでした。まあ、敵対している者に頭を下げられないのは理解しますが……」

 たとえ敵対していても、レネのほうから誘いがあればアイリスの面目が立つ。それをお願いされたのだが、決定権は班長のレネが持っているのでセリエナが承諾しても意味がない。そして、理由もなく提案しても、レネに影響力を持つ杜人が賛成するはずがないのである。

 セリエナは真剣な表情になると静かにアイリスを見つめた。

「アイリス、あなたがレネに頭を下げてお願いするというなら、私も一緒にお願いしましょう。それが育ててくれたフォーレイアに対する最後の恩返しです。あなたが決めてください」

「セリエナ……」

 その言葉でアイリスは、セリエナに庇護は必要なく、既にフォーレイアと完全に決別していることを、ようやく心で理解できたのだった。





「あ、お帰り。大変だったね。うまくいったの?」

「ええ、まあ、そちらは大丈夫です」

 広場でレネに会ったセリエナはさっそく声をかけられた。問いの中身は推測できるので、セリエナは微笑みながら頷く。そして表情を引き締めると、後ろにいたアイリスを横に連れて来た。

「話は変わりますが、お願いがあります。実はアイリスの班もこの場所に加えて頂きたいのです」

「虫が良いとは承知していますが、どうかお願いいたします」

「えっと?」

『……』

 突然のお願いに、レネは瞬きをして頭を下げているアイリスを見る。レネの認識ではルトリスに与していると思われているはずなので、頭を下げるはずがないのである。杜人はジンレイから報告を受けているので承知しているが、あえて何も言わない。その代わり気楽そうに横になって浮かびながら、レネの様子をこっそりと観察していた。

 レネは少しだけ考え、杜人をちらりと見る。そうして、実に緊張感のない様子に小さく微笑むと、今までのことを参考にしながら即座に結論を出した。

「良いですよ。お祭りはみんなで楽しむものですから!」

 レネは微笑みながら元気に了承した。その様子に杜人はよく言ったと笑顔で頷いている。アイリスは涙ぐんで再度頭を下げ、セリエナもほっと胸をなで下ろした。

 こうして屋外訓練場に、ルトリスとフォーレイアが一時的に同居することになったのである。




 学院祭七日目。例年ならば日が経つにつれて来場者が少なくなるのだが、今年は逆に増加していた。原因はもちろんレネの班であり、今日が最後ということで一度来た人も再び遊びに来たためである。

『見ろ、人のほうが多すぎて悲惨なことになっているぞ』

「さすがにこれ以上は増やせないよ。というか、いつまで続くの、これ……」

 既に維持できる魔力の上限まで魔物の数を増やしているのだが、なかなか戦えない状況となっている。そのため意気投合して対戦をしている人も見受けられた。それでももうどうしようもないので、見なかったことにしていた。

 そしてレネの前には設定変更を希望して受け付けた魔法具が山のように積まれていた。最終日ということで、見事な駆け込み需要である。変更はレネにしかできないので、今日は巡回せずに朝から処理に追われていた。

「ええと、透き通るような赤? 煌めくような金色、闇よりも深い漆黒……」

『もっと透明度を高くして色を濃くだな。これは一部が強く光るようにすれば良くなる』

 中には単純に色を書かずに想像しなければならない注文もあった。その場合は一度作ってから杜人が修正点を教えて何とか修正することができていた。それでも流れ作業のように次々処理していくのだから、知らない者は感心しながら、理解できるものは唖然としながらその作業風景を見つめていた。

 屋外訓練場に移動した店舗の中には昨日のうちに売り切って店じまいしたところもある。その隙間にフォーレイアの店舗が更に入る形になったので、歯抜けにはならずに済んでいた。少しだけ見たところ売り上げは好調のようなので、面目が保たれる程度はいきそうであった。

「それにしても不思議だよね。同じ物を売っているのに、場所で売り上げが極端に違くなるなんて」

『人が通る中で興味を持ち、更にその中から買ってくれる人は一握りだ。その率が同じならば、一日に十人通る場所より百人通る場所のほうが十倍売れる。後は飲食店などの同系統の店で固めるのも手だ。最初からそれを求めて来る人が多くなるので、店舗が多くても売れる率が増加するわけだ』

「あ、だから安めの食べ物系統で揃えたんだね。そしてその中には魔法具に興味を持つ人も居る。けれど短期間で選別はできないから、とにかく人を集めたんだね」

 答えに辿り着いたレネは笑顔になり、杜人もその通りと頷いた。

『少しやり過ぎたような気もするが、やらなければ大赤字は確実だったからな。最終損益は計算しないと分からないが、これだけ魔法具が売れれば赤字にはなっていないだろう』

「これが一番の金食い虫だったからね……」

 作業も慣れたので速度も上がり、並列処理ができるレネは会話していても手が止まることはない。そのため見る間に山が減っていき、ようやく終わったところで腕を伸ばして背伸びをした。

「良し、少し休憩を……」

「班長、汚れ落しお願いします」

「う……、いま行きます!」

 休憩に甘い物でもと思ったところで呼び出され、一瞬葛藤したものの笑顔を向けて駆けていく。杜人は後ろをついていきながら、前向きに行動しているレネを温かく見守るのであった。
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