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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第5章 祭りと騒ぎとその後と

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第14話 仕上げに向けて

 忙しい日々が続いている中で、レネは司書としての仕事もきちんとこなしている。もう生活に困窮しているわけではないので金銭的には辞めても良いのだが、図書館自体が好きなので辞めるつもりはいっさいなかった。

 現在の図書館は学院祭直前ということで、いつもより閑散としている。ほぼ全員が必要なことを調べ終わって行動に移っているからである。居るのは未参加の者や遅れている者が大半であり、書架のほうは人影がなくなっていた。

 レネは書架の間を歩きながら本の整理を行っている。分類していても混ざるときがあるので、巡回しながら入れ替えていた。レネは配置も憶えているので、見ただけで変化が分かるのである。近くにはシャンティナがしっかり居るのだが、動いても物音ひとつ立てないため居るのを忘れそうであった。

「もう少しでここも休館になっちゃうなぁ……。さみしい」

 学院祭開催中は図書館に入ることができなくなる。今までは司書として潜り込んで堪能していたため、本好きのレネにとっては楽しみをひとつ奪われるような感覚であった。

『気持ちは分かるがどのみち両立は無理なのだから、来られないときに休館で良かったと考えれば楽になるかもな』

「そうだね。今は学院祭のほうを楽しまなくちゃね」

 レネは笑顔を浮かべ、せっせと本を整理していく。最初は嫌がっていたとは思えない返事に、盛り上げてきた杜人は前向きな変化にこれで良しと頷いている。

 話すのをやめれば、聞こえてくるのは移動の足音と本を出し入れする音のみとなる。そんな静けさに満ちた場所に近づいてくる足音が聞こえたため、レネは整理の手を止めて静かに少し離れた書架に移動した。

 そしてそこで仕事を再開したわけだが、再び足音が近づいて来たために別の場所に移動する。レネとしてはいつも以上に静かなので、調べ物をしている横で作業されては邪魔だろうと思ったから都度移動している。整理した場所を完全に憶えていられるレネだからこそできる妙技であった。

「……何しているんだろう?」

『探し物というより、探し人なのではないか?』

「それじゃあ、少し待ってみるね」

 いつまで経っても消えず追いかけてくるような足音にレネは不思議そうに首を傾げ、杜人も首を傾げながら思いついたことを述べる。最初は静かだった足音も、今では駆け足気味になっていた。おかげで位置を把握しやすくなり、移動も早目に行うことができていた。

 レネにとってはこの程度の運動は息も切らさずに継続することができることであり、記憶によって仕事も継続可能なため煩わしいという意識すらない。

 司書の呼び出しであれば受付に行けば良いことであり、エルセリアとセリエナは仕事中のレネの邪魔をしないようにしている。そのため理由は分からなかったが、今度は立ち止まって待つことにした。

 そうして待機しているとようやく足音の主であるアイリスが姿を現した。そしてレネの姿を見つけるとにやりと笑ってから澄まし顔になり、早足で近づいて来た。

『知り合いだったか?』

「言葉を交わせば知り合いなら、そう言えるけどね。お礼を言っても良い程度だとは思うよ」

 レネは微笑みを浮かべながらこそこそと会話する。真意はともかく、食べ物をもらったことは事実である。そしてその後も遠慮なくもらっているため、話しかけられてもおかしくは無い。

 ちなみに身元は既にエルセリアとセリエナから聞いている。しかし、杜人の指示によってあえて態度を変えずに接していた。

「ご、ごきげんよう」

『ふむ、息が切れている。愛されているな』

 アイリスは立ち止まると微笑んで挨拶をしてきた。但し、まだ息が整っていないために言葉に多少キレがなく、額にもうっすらと汗を掻いている。レネは暇なのかなぁと思いつつも、最初は司書としてしっかりと対応する。

 さすがに求めているものは本ではないと分かっていたが、仕事中なので仕方がないのだ。一度はきちんと応対しないと怠慢と言われても反論できなくなってしまう。誰も見ていなかろうが形式は大切なのである。

「はい、こんにちは。何かお探しでしょうか」

「え? ええと、いえ、特に用事は無かったのですが偶然見かけたものですから」

『どこかで聞いたことがあるような台詞だな。レネ、立ち去ってみよう』

 アイリスはレネの返事が予想から外れていたため多少戸惑ったものの、すぐに持ち直して優雅に微笑んでいる。その変化を観察していた杜人は、楽しげに口角をあげるとレネに指示を出した。

「ありがとうございます。用事がございましたらお気軽に声をかけてくださいませ。失礼いたします」

「ちょ、ちょっと待って!」

 レネは流れるように挨拶を行い、一礼して踵を返そうとした。しかし、アイリスが慌てて止めに入ったため、不思議そうに首を傾げた。

「何か?」

「あ、ええと、そう! もう少しで学院祭が始まるわけですが、人や資材などの準備は順調かと思いまして。今年は集まりが悪いと聞いたものですから」

 かなり強引な話題の導入だったが、最後には調子が戻り口元を片手で隠しながらレネを見つめてきた。心配して聞いたという形なのだが、目元が笑っているので台無しである。それがなくとも情報を得ているので、何を聞きたいかは杜人には手に取るように分かった。

『ぬふふ、少し困り顔で「何とか頑張っています」だな。支援を聞かれたら人を雇ったから金がないと言って断ろう。きっと悲しんでくれるに違いない』

 アイリスにとってはエルセリアと仲良しのレネも標的のひとつと認識しているので、困れば喜ぶ。それを分かっているから望みを叶えようという作戦だ。

 聞いたレネは良いのかなぁと思いながらも、一応敵対しているからと自らに言い訳をした。レネにとってアイリスの攻撃は実害がないため、敵としてなかなか認識できないのである。

「……はい。何とか頑張っています」

『上手だぞ』

 レネは少しだけ俯いて目をそらし、小さく微笑みながら髪をいじる。その表情はどうみてもうまくいっていないと語っていた。この辺りの小技は基本形として習得済みなのである。

 アイリスは心配そうな表情になっているが、頬の辺りが微妙に動いていた。

「足りないものがあれば融通しましょうか?」

「ありがとうございます。申し訳ありませんが、人を外部から雇ったのでもう予算がないのです。それに初めての参加ですので、最後まで自分達で頑張ろうと思います」

「まあ……。それでしたらお気になさらず。頑張ってくださいね」

 そう言ってアイリスは踵を返して立ち去っていった。但し、足取りは嬉しそうに弾んでいたため台無しである。それを見送るレネと杜人はにこやかに手を振っていた。

『これで良し。もう少し楽しめそうだな』

「リアも大変だよね。さ、お仕事お仕事っと」

 レネは小さく呟いてから、あっさりと忘れて仕事の続きを行うのであった。





「ふむ、これなら大丈夫でしょう」

「ありがとう、ございます……」

 ダイル商会にある広めの部屋で宣伝の稽古をしていた騎士見習い四人組は、ようやくジンレイから合格をもらうことができた。現在ノバルトとセラルが騎士、ミアシュとレンティが魔法使いの衣装を身にまとってるが、これはレネが売り出す魔法具による仮装であり、本来の衣装は身軽なものである。

 それなのに四人とも息を切らせてつらそうに立っている。力を抜けば今にもへたり込みそうであった。ジンレイはその様子を横目で見ながら台本を読み進め、読み終わったところで顔を上げた。表情は優しい微笑が浮かんでるが同じ表情で恐ろしいことを平然とのたまうため、四人組は一瞬で背筋を伸ばしてかしこまっていた。

「少し休憩にしましょう。それと新作の試食をお願いします」

「はい」

 ほっとした四人は魔法具を停止してジンレイの後ろに付いていき、案内されたテーブルに座ると、一斉にため息をついた。

「何故本物の鎧を着ているときより疲れるんだ……」

「動きが決まっていて、それでいて激しいからですよ……」

 ノバルトの呟きにセラルも同意しながら力なく笑った。練習しているものは実戦では使えないような奇抜な動きなので、余計な気力を消費するのである。

「派手」

「けれど、普通にやったら地味で宣伝にならないのは実際見たでしょ。それにしても、これを見るとあのときの実演がどうして印象に強く残ったか分かるね」

 レンティは配布された台本をぱらぱらとめくる。そこには足運びや溜め方、速度や視線の動きまで細かく指定されていた。武技を使えるようになった今なら分かるが、実戦では流れるように都合良く使える場面などない。そのため『いかに魅せるか』に重点をおいて流れを組み立てていたことが理解できた。

 そして見事に魅せられた四人としては、意味が無いとは口が裂けても言えないことであった。そのためきつい稽古にも音をあげずに頑張ってきたのだ。

「ま、これで騎士に憧れる子が出てくれば問題ないさ」

「虚構は意外と大切と言うことですね」

「頑張ろう」

「そうだね。私とミアシュは魔法使いだけれどね!」

 レンティの落ちに笑っているところへ、ジンレイが小さい黄色の容器に入った茶色のソフトクリームを配布する。通常のソフトクリームは食べていたが、色から味が判断できなかったため四人は何だろうと首を傾げる。

「これは新作であるチョコレート味のソフトクリームです。レネ様が最近加工法を発見したものですので、どこにも出回っていません」

 なるほどと揃って頷いた四人は、レネが甘い物を好きだと知っているので間違いなくおいしいのだろうと期待を膨らませると、ためらうことなくスプーンに掬い取り口に入れる。そしてそのまましばらくの間固まり、そして猛然と食べ始めた。

「上出来のようですね」

「安心しました。それではこの辺りで調整します」

 こっそりと観察していたクリンデルは笑みを浮かべると臨時の調理室に戻っていった。材料を渡されて作ったは良いが周りは全員身内のため、本当に良いか自信が持てなかったのである。料理人が良くても客には不評というものは意外と多く、ちょうど良い試食係としてジンレイが休憩のついでに利用したのだ。

 ジンレイは見送ってから四人に向き直る。そこには食い尽くして容器をなめている、とても行儀の悪い者が揃っていた。

「その容器は食べられますよ。単体ではあまりおいしくありませんがね。それでは通しを行いましょう。合格できれば特別に、先程のソフトクリームをお土産としてつけましょう」

「ありがとうございます!」

 目の前にぶら下げられた報酬に全員が疲れを吹き飛ばしてやる気になった。返事がおかしいのだが、誰も気がついていない。ジンレイも水を差すようなことはせずに微笑んでいる。

 こうして一回で通し稽古に合格した騎士見習い四人組は、ホクホク顔で戦利品を持って帰ったのであった。




 夜。エルセリアは寝台に寝転がりながらライルから渡された書類を読んでいた。そこには実行した手続きや状況などが書かれていて、最後に警告が記載されていた。

「忠義に篤い人達かぁ……」

 昼に会って打ち合わせをしたわけだが、そのときにフォーレイアの中でも忠義に篤く制御しにくい者達が入り込んでいると教えられていた。こういう人達は普段はとても使いやすく重宝されるのだが、主家のために良かれと思って言われないことを実行するときがあるのだ。

 ルトリスにも同様の人達は存在しているし、レーンにおける古参貴族はその最たるものである。縁があるため何かあっても安易に切り捨てるわけにもいかない。もしそれを簡単に行えば、直近は良くなるが長い目でみれば周囲の忠誠が目減りして没落の原因になったりする。そのため適材適所で上手に使うことが主家には求められるのである。

 そして普段のフォーレイアならば上手に使えるのであるが、現在は絶賛爆走中である。制御しきれないどころか嬉々として加速させると思ったほうが安全なのだ。

「うまく行っていれば何もしないだろうけど……無理だよね」

 既に流通関係でも仕掛けていて、会場に行かせないようにする妨害も杜人のおかげで意味のないものになる。次期当主のイルトや学院側を仕切っているアイリスならばルトリス憎しといっても戦争と遊びの区別はつくので、出し抜かれたことに悔しがってもそれ以上は動かない。しかし、忠義に篤い者達は主家を想う心によって一線を越えるかもしれないのである。

 例えば無頼を雇って商品にけちをつけたり、裏に汚物を持ち込んだりするかもしれない。人員を呼び出してどこかに閉じ込めるかもしれない。取り返しがつかないことまではしないだろうが、売り上げを落とす方法はいくらでもあるので対策も難しいのだ。

 エルセリアはため息をついて書類を脇に置き、静かに天井を見つめる。

「モリヒトさんには伝えなきゃね」

 シャンティナがいるのでレネに直接危害が加えられることは無い。そしてレネはこの手のことには弱いので、言っても心労を増やすだけと判断した。必要ならば杜人のほうから言うだろうと結論を出し、レネには直接伝えないことに決めた。

 そしてライルに、客に紛れて巡回の人員を寄こしてもらうように頼むことにし、エルセリアは寝台に潜り込むと静かに目を閉じた。





「以上です。人数も確保できましたので、問題はないと思われます」

『分かった。本番も引き続き監督してくれ』

 魔導書の内部空間にて報告を受けた杜人は、ジンレイが下がった後で次なる方策を検討し始めた。

『このままでも大丈夫だろうが……。飽きられると悪いから後半用の仕掛けを作っておくか』

 学院祭の開催期間は七日間と結構長い。資料によると後半はどこも売り上げが落ちていた。学院は広いので一回では見終わらず何度か足を運んでもらえるのであるが、似たようなものや研究発表のようなものも多いため、もう良いやと思う比率も多くなるのである。

『こんなことで封印を解除するのかと言われそうだが……』

 そういう割には杜人は笑みを浮かべている。信条として使えるものは使うことにしているので、杜人にとっては使える手段のひとつでしかない。そして楽しみのために奔走するのは杜人にとってやりがいのあることなのである。

 ちなみに最近の連続した狩りと腐葉爆樹の主を取り込んだため、第五章の完全解放ができるまでになっている。複製も天級まで可能になっているが、先立つものが無いためレネが通常使えるのは上級止まりとなっていた。改造できるといっても熟練職人には及ばないため、元々の耐久力以上にはできないのである。

『テーマは非日常、幻想が良いか。ということは入場者を判別して……』

 せっかく確保した広い会場である。放置する理由もないので、杜人はきちんと使うつもりであった。そこに自重という言葉は存在しない。なぜならば、今更なことだからである。

『これだけやれば、学院祭を楽しめなかったとは言わないだろう。ぬふふふふ』

 こんな杜人であったが、きちんとレネのことを考えているのである。



 こうしてそれぞれ準備を行い、学院祭へ向けて最終段階に入ったのであった。
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