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黒姫の魔導書 作者:てんてん

第5章 祭りと騒ぎとその後と

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第12話 苦労の果て

 心配をかけた各所に詫びを入れたのち、忘れかけていた目的を達成するために集結した三人娘は和室でまったりとしながら待機していた。

「ちょっと警戒心が無さ過ぎたね……」

「注意を怠るなんて……」

「迷宮は恐ろしいところだという認識を忘れていました……」

 三人は同時にため息をつくと、出されていた果実ジュースをちびりと飲む。隣にいるシャンティナも真似して飲むと、落ち込む三人娘を放置して飾り飴の練習を再開した。

 杜人とシャンティナが居なければ死んでいたかもしれないので、落ち込みも大きくなっている。ちなみに杜人は小言のようなことは何も言わなかった。これは既に理解して反省していたことが見ただけで分かったからである。

『待たせたな皆の衆! これが腐葉爆樹の実を精製したものだ』

 そんなとき、暗めの雰囲気を吹き飛ばすように笑顔の杜人が勢い良く部屋に入ってきた。そして共に入ってきたジンレイが器に入った白い葉を座卓に置いていく。配り終えたところでレネ達はまず葉を見つめ、無言のまま手に取ると慎重に匂いを嗅ぐ。そんな三人に杜人は上機嫌に回転しながら微笑んだ。

『そんなに警戒しなくても大丈夫だ。とりあえず食べてみてくれ』

 レネ達はまだためらっていたが、そう言われたため視線を交わして無言で頷くと同時に口に含んだ。そして少しずつ噛みしめていき、最後は微妙な表情で飲みこんだ。

「まずくは無いけれど……しつこい」

「バターを食べたような味ですね」

「好きな人は居そうですが……」

 苦労したのにどこにでもあるような味であったため、三人ともがっくりと肩を落とす。杜人はそんなレネ達に仕方がないなと肩を竦める。

『まだ結論を出すのは早いぞ。ジンレイ』

「はい。どうぞ」

 次に配られたものは、黒に近い茶色の葉である。配られたものを見たレネは首を傾げながら手に取って見比べ、匂いを嗅ぐと目を見開いて驚きの声をあげた。

「これ、チョコレートの匂いだ!」

「あ、本当だ」

「ですね」

『ぬふふ、遠慮なく食べてくれたまえ』

 杜人の勧めに三人は笑顔で大口を開けると、ためらうことなく葉を放り込み噛み砕く。すると最初の笑顔は一瞬で硬直し、次に口を押さえてもがき、最後に慌てて果実ジュースをあおった。それを見ていた杜人は、さもありなんというような顔で頷いていた。

「……ぷはっ、苦っ、なにこれ!」

『もちろんチョコレートだ。ようやく代用品が見つかったのだから、もっと喜んでほしいのだが』

 杜人は結果が分かっていたので、によによと笑っている。そのためレネはからかわれたことを悟り、じとっとした目で見つめた。そして次に良いことを思いついてにっこりと微笑むと、素早く杜人をその手に掴み取った。そしてそのまま指を使ってくすぐり始める。

『ちょ……うひゃひゃ。ま、まて! からかったことは謝る。説明するから話を聞いてくれぇ……』

「うんうん。後でね」

 レネは笑顔で頷くが、手は止まらずにくすぐり続ける。それをエルセリアとセリエナも止めることなく笑顔で見つめている。そして十分堪能したところでようやく解放し、注ぎ足されていたジュースを飲んだ。

『うぅ……、レネに弄ばれて捨てられた……』

「そんなのは後にして良いから。それで?」

 よよよと泣き真似をする杜人だったが、もう慣れたレネには通用しない。そのため平然と説明を求め、杜人も仕方がないと肩を竦めると立ち上がった。

『これは腐葉爆樹の実が原料なのは間違いない。ただし、果肉ではなく種の部分を精製したものだ』

「種?」

 杜人の合図でジンレイが拳大程度の黒い楕円の種を座卓に置く。表面はぼろぼろになっているが、悪臭はしていない。レネ達は手に取ると匂いを嗅ぎ、確かにチョコレートの匂いが微かにすることを確認した。

『それは取り出した果肉に腐葉爆樹の葉を刻んで混ぜ、発酵させたものだ。葉を混ぜるとすぐに発酵が始まり、半日も経たないうちに果肉は溶けて無くなる。そうして残った種がそれだ。軽く洗って乾燥させた後に焙煎しただけで、特に臭い取りはしていない。それを砕いて余計な部分を飛ばしてから磨り潰し、搾り取った残りがこっちの黒いほうで、白いのが搾った油分だな。それを更に精製したのがこの葉だ』

 杜人は最初果肉のみを精製したのだが、それは味も素っ気もなかった。そのためさすがにこれはないと思い他の部分も用いて色々と試していた。そのうち偶然果肉に葉っぱが混じり発酵が急速に始まったため、片付けるのも面倒と脇に置いて放置していた結果、ジンレイが変化に気が付いて発見したものだった。後はうろ覚えの記憶から加工法を探り出したのがこれである。

「失礼いたします」

 ジンレイが容器から黒と白の葉を取り出すと乳鉢で磨り潰し、液体に変化したところで湯煎を行い砂糖を加え更に混ぜ合わせる。そして適度に温まったところで容器に分け、各自に差し出した。辺りにはチョコレートの匂いが立ち込めていたが、レネ達はまだ疑わしそうに杜人を見つめている。

『ちなみにチョコレートが甘いのは砂糖を入れているからだ。入れないとあんなに苦いものなんだよ。固まる前に飲んだほうが良いぞ?』

 杜人の視線の先ではシャンティナがリボンをぶんぶんと動かしながら黒い液体を飲んでいた。そして飲み終わると容器を差し出しておかわりを要求し、ジンレイが微笑みながら追加していた。

「今回は無くなったらお終いですよ?」

「ちょ」

「あ、おいしい」

「匂いがいつものより強くて味わいがありますね」

 ジンレイは余りを示し、出遅れたレネは慌てて飲み始める。そうして作った分が無くなったところで、杜人が話し始めた。

『さて、ここからは推測になる。昔はこの製法を知っていた者がいたのだと思う。ただし、秘匿されていたことと材料の入手が難しいことなどの理由により、いつしか失われて真実とは少し違った伝承のみが残ったのだろう』

「そっか、そう考えると夢が広がるね」

 レネは物語の結末を読んだような気分になって嬉しそうに微笑んだ。

『というわけで、二度と失われないように製法は無料で公開しようと思う』

「仕方ないかな」

「本当ですか? 高く売れますよ?」

 エルセリアの問いに杜人はにやりと笑い、指を横に振った。

『どうせいつかは洩れる。それなら確実に回収できる部分で稼いだほうが良い。レネ、浄煌滅域の範囲を小さくして上級魔法にすることと、飛来する実を柔らかく受け止める魔法を作れるか?』

「大丈夫だけど……、あ、そっか。それが無いと採取と加工がままならないから、登録しておけばずっと売れるんだね」

「それなら要らぬ恨みも買わないね」

「むしろ稼ぐあてを増やして感謝されると思います」

『それに、広まることによって新たな食べ物ができるかもしれない。やはり専門家には敵わないからな。そうすれば需要が伸び、魔法も更に売れる。相手は喜び俺達も喜ぶ。実に良い関係を構築できるというわけだ』

 杜人は得意げに胸を張り、レネは感心して拍手をしながら新たなお菓子の誕生を想像して口元を緩める。

「そういえば、あんまり種類は出てきてなかったね」

『専門家ではないのだからあれで勘弁してくれ。というわけで、もう少し調整が必要だがチョコ味を屋台の商品に加えることにする。だから公開するのは学院祭後の予定だ。買い取りの都合もあるから、リュトナさんに伝えれば良くしてくれるだろう。だからレネは大急ぎで論文を書き上げて術式を登録してくれよ?』

「うん、分かった。それじゃあやるね」

 誘惑によってやる気が満ちているレネは、ノートを広げるとエルセリアと共に猛然と改良その他を始める。杜人はいつもの光景に微笑むとセリエナに向き直り親指を立てて突き出した。

『頑張れ。風呂はいつでも大丈夫だ』

「……ありがとうございます」

 もはやセリエナは笑うことしかできない状況となっていた。改良とはいえ不具合は出るものである。そして実証素材はとても臭いと評判のあれである。

 こうしてちょっとした阿鼻叫喚があったものの、セリエナの献身によって新たな魔法が完成したのであった。





 その頃、王都にあるルトリスの邸宅。滞在しているライルのところに、何故かフォーレイアを除いた当主代行が集まっていた。そんな予定はなかったライルは首を傾げたものの、内心を表に出すことなくにこやかに出迎えていた。

「それで、用件はなんでしょうか」

 出されたお茶に感心している三人に向けて、ライルのほうから切り出した。

「私は魔法薬に使える素材を分けて頂けないかと思ったのだよ。良質なものは流通が絞られているから、このままでは金を積んでも入手自体ができなくなりそうでね」

 ディオン・リーンラノスはお茶の器を目の高さまで持ち上げてから口に含んだ。調合や製作には時間がかかるため、事前に用意できないと貧相な出品になってしまうのである。

「俺も似たようなものだな。何でも普段はお目にかかれない品質の商品が、どこぞの商店に入荷したと聞いた。演舞に使いたいから口利きを頼めないかと思ってな」

 ケイン・ガイルードはにやりと笑って答えた。こちらは切実とまでは行かないが、より良いものがあるのに使わなかったと思われてしまうと評判が落ちるからである。

「実は私も……。劇に使えそうな魔法具を偶然見つけたのですが、何でも学院祭での売り物で借りているだけということで断られたのです。調べたらエルセリアさんの友達の班でしたので……」

 最後にクレスト・イスファールが申し訳なさそうに理由を述べた。こちらは特に裏は無く、よさげなのでぜひ使って見たいと思っている。

 本来であれば自主性を重んじるため学院祭の資材調達で次期当主が動くことはないのだが、今年は遊びを仕掛けたので見えないところで手助けを行っているのである。そしてリーンラノスとガイルードのほうは、まさかフォーレイアがここまでするとは予想していなかったため、ルトリスに対する詫びも兼ねていた。

 フォーレイアからはこっそりと売却の打診があったが、三家に関しては足りていると断っていた。同格貴族としての矜持と、ルトリスがこのままおとなしくしているはずがないと確信していることと、泥船に乗るほど愚かではないからである。そして遂に動いたとの情報を得て、今回は加わらないことを示すためにやって来たのだ。

 三人の話をライルは笑顔のままで微動だにせず聞いていた。内容自体はいずれ来ると予想していたので驚きは無い。そのため短い時間で検討し答えを導き出せる。

 ディオンとケインは『争いに口を出さないから、こっそり融通するように話を通して欲しい』という要求であり、断れば少なくとも味方にはならなくなる。もし断って口を出してきたならば、嬉々として巻き込むつもりなので支障は無い。しかし手間は確実に増えるので、駆け引きなどせずに了承して貸しにしたほうが良いとライルは判断した。

「分かりました。素材に関しては、ルトリス名義で保管している分を出すように話をしておきます」

「ありがとう」

「助かった」

 もちろん双方とも言わなくても貸し借りは認識している。書面に書いていないからこそ守らねばならないこともだ。この程度であれば制御しきれなかった遊びの代償としては安いものである。

 そして残る問題は一つとなった。解決にはエルセリア経由で頼まなければならないので、ライルにとってはこちらのほうが困る案件である。本音としては断りたいのだが、悪意があるわけではなく常識から言えば簡単な案件である。それ故に断れず、胃が痛くなりそうであった。

「魔法具に関しては聞いてみましょう。ただ、向こうの都合もあるので私の一存ではなんともなりません。せっかくの楽しみを台無しにはしたくありませんから」

「いえ、聞いて頂けるだけでもありがたいです。よろしくお願いします」

 通常、貴族からの『お願い』を断れる平民はいない。関係が緩かろうと、明確な一線は存在しているのである。だからこそライルは真実を隠し建前を盾にして『本当に聞くだけ』しかしないと言い、クレストも楽しみを潰す気はないので笑顔で頷いた。

 こうして会談はにこやかな雰囲気で終了した。残ったものは、頭痛と胃痛の種であった。





 ライルから話を聞いたエルセリアは、さっそくレネのところにお邪魔していた。普通に伝えて断ることになるとレネには不利益しかないので、話を受けたほうが良いと聞こえるように中身を組み立てていた。

「……なんだって。結構人も入るだろうし、宣伝になるから良いと思うよ?」

「作ること自体は大丈夫だけど……」

 和室にてエルセリアから話を聞いたレネはちらりと杜人を見る。しがらみが面倒なので貴族とはあまり関わりたくないのだが、現在の宣伝担当は杜人のため決定権は杜人が持っているのだ。レネは良い意味でエルセリアを貴族とは思っておらず、エルセリアも気付かせないように動いているので、既に手遅れとの認識がないのである。

 視線を受けた杜人はレネの内心を察した。しかし、杜人はエルセリアと懇意にしている以上今更だと思っているため、提案に乗っかることにした。

『良いぞ。確かに宣伝になるし、貸しも作れる。どこで売っているかの案内図くらいは置いてくれるだろう』

「利用するようなことをしても大丈夫なの?」

「その程度なら代償にもならないから大丈夫だよ。元々対等な関係じゃないんだし、目に見える利益を提示しないと逆に困ると思う」

「弱みを無くすためなので、取引にもなりませんね」

 レネの心配はエルセリアとセリエナがすぐに否定した。貴族としての立場を利用して脅したと噂されたら困るのはイスファールのほうなのである。そこに真実はいっさい必要なく、感じ取れる事実のみで十分なのだ。そして一度立った噂はなかなか消えないので、言われる前に穴は塞いでおきたいのである。

『本来であれば特注しても良いのだが、宣伝となると売り物と違うのはまずい。だから渡すのを変える必要はないぞ』

「それじゃあ、ここにある分で間に合うから持っていって」

 人間関係に疎いので不安があったのだが、全員が大丈夫と保証したためレネは安心し、できあがった魔法具を差し出した。

「ありがとう。代金は後で清算するから心配しないでね」

 レネの言い方は無料であげると取られても仕方がないものだったが、エルセリアはきちんと支払うことを明言した。こうすれば、後で嫌な気分にならないのだ。

 イスファールが代金を払わないことはまず無いが、ルトリスが口利きを行った以上、レネに対する支払いはルトリスが責任を持たなければならない。悪人の敵は貴族同士の争いには比較的寛容だが、平民に対するものには厳しいのである。

 こうしてエルセリアはライルの願いをきちんと叶えたのだが、借りが増えたので胃の痛みは激しくなったのであった。




 夕食を食べて風呂に入れば、後はまったりとした時間となる。時間が無いからと根をつめても楽しくなければ意味がないというのが杜人の考えなのだ。そういうわけで、夜は打ち合わせを兼ねた雑談が主になる。

『ところでレネ、魔法には着ている服の泥とか油とかの汚れを落とすようなものはあるのか?』

「ん? 無いよ。作れなくはないけれど、指定が複雑になるから少なくとも上級魔法になるんじゃないかな。そうなると使える人も限られるし、そんな手間をかけるくらいなら脱いで水系統の初級魔法を使ったほうが早くて簡単だよ。ええと……うん、昔似たような発想で作ったものは天級でも収まらなくて断念したみたいだね」

 レネは暗記している情報を引き出しながら、笑顔でシュークリームをほおばる。反対側から中身が飛び出さないように加減は完璧であった。横のシャンティナもリボンを振りながらゆっくりと味わっている。

『……なるほど、そうなるのか。レネ、口の脇に付いているぞ』

「えへへ……」

 杜人は座卓に座りながらまいったなと頬を掻いた。今まであまり気にしていなかったのだが、魔法の定番ともいえる浄化魔法を見たことが無いと気が付いたのだ。そのため確認したのだが、言われてみればその通りな内容に納得してしまった。

『実は、出す商品にソースを使ったりするから、服を汚してしまう人が出るのではないかと思ってな。高級な余所行きの服を汚したり他人の服を汚したりしたときに面倒が発生するだろうから、綺麗にできればすぐに解決できるんだ。対処に追われてしまったら、せっかくの学院祭を楽しめなくなるだろう?』

「あー、確かにそうだね。……うん、セリエナと私だけなら使い勝手が悪くても問題ないかな。少し考えてみるね」

 レネは脇にある鞄からノートを取り出すと、いつも通り書き込み始める。

「まずは汚れの定義かな。布地から余計なものを……、シミが残らないように……。あ、染色まで落としたら駄目だから……、うぅ、どうしよう」

 レネは最初からつまづいて頭を抱える。よく考えれば定義上は染料も汚れの範疇に含まれてしまうことに気が付いたのだ。だからといって細かく指定すると等級が跳ね上がることになる。それではいくら紫瞳の魔力量でも使い物にならないことは明白であった。

 ころころ変わる表情に杜人は思わず笑みを浮かべ、レネにじろりと睨まれてしまった。そのためご機嫌伺のために対案を考えてみた。

『そうだなぁ……、元の情報を読み取って余計なものを引き算したり、汚れを指定して情報を読み取り同質なものを取り去ったりするのはどうだ?』

 杜人は何気なく思いついたことを言っただけだが、そもそも情報を読み取ること自体が難しいことに気が付いていない。設定としてはありがちなため、つい忘れてしまうのである。しかし、レネは特に気にすることなく嬉しそうに頷いた。

「全部汚れたと考えれば指定したほうが楽だね。その他に汗とかの基本的な汚れを組み込んでおけば、それなりに使えるような気がする。それじゃあ、これで組んでみる」

 気にしなかった理由は、成分を分析する魔法は研究に使うので既に存在しているからである。もちろんレネは知っているのでそれを使おうと思っていたのだ。特級魔法ということと研究をしない普通の魔法使いには縁が無い魔法であるため、存在自体があまり知られていない魔法であった。

 レネは目にも止まらぬ速さで手を動かして術式を作っていき、魔法陣を構築しては修正することを繰り返す。ここまで来れば杜人は見ているだけしかすることはない。それも退屈なので手伝いの提案だけはするつもりである。

「うーん、お風呂に入ったから普通の汚れが調べられない……」

『洗濯前の服なら汗汚れも付いているだろう? 持ってこようか?』

「あ、そ……って、駄目に決まっているでしょ!」

 によによと笑う杜人の提案を、レネは真っ赤になって即座に断った。杜人はころりと横になるとさめざめと泣き真似をする。

『酷い。俺はただ手伝いたかっただけなのに……』

「ふんだ、ばか。付いてこないでね」

 レネはその手は食わぬと顔をつんとそらし、立ち上がって洗濯物のある場所まで移動する。

『うむ、実に良い。さてと、人寄せの案でも考えるか』

 残った杜人は、恥ずかしがりながらもその通りにするレネを満面の笑みを浮かべて愛でてから、自分の仕事に取り掛かったのだった。





「順調順調。良い感じね」

 アイリスは自室にて報告書を読みながらにんまりと笑う。ルトリスが主に買う品目を調べ、無くなると困る分を抽出して買い取りを行っていたわけだが、品薄による価格の上昇がほぼ予想通りの推移となっていた。

 貴族としての体面を保つためには高くても買わなければならないため、価格の上昇は確実にルトリスの財政を圧迫できる。

 しかし、ただ行っても他に必要としている貴族の恨みを買うので、根回しはきちんと行っていた。誰もが明言はしなかったが、手に入れたいとは思っているのは承知しているため、ルトリスに流れないであろう分量は適正価格で売り渡している。当然赤字になるが、最初から分かっているので気にしていない。

 ちなみに現在の品物の流れは、ルトリスの代理であるダイル商会から各商店に売られ、それをフォーレイアが買い取っている形である。そのため本当はルトリスを儲けさせていることになっているのだが、それを漏らすような店には情報を流していないので、まだ発覚していなかった。

「大きい看板も作ったし、人も増員したから流れを誘導できる。うふふ、これでルトリスには負けないわ」

 そもそもルトリス側は勝ち負けなど最初から気にしていないと言っても信じないのがフォーレイアである。そのため暴走はまだまだ続いていた。





『レネ、どかんと行くのとキラキラと行くのとどちらが好きだ?』

「……もう少しおとなしめでは駄目なの?」

 残念ながら、目に見えない祭り好きの仕掛けは、まだ形もできていなかった。それ故に情報も流れることはなく、エルセリア曰く『無駄なこと』をアイリスは嬉々として行うのであった。
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