小さければ小さいほど良いんですよ
突如として現れた、巨大な蜘蛛の姿をした機動兵器。
俺たちはただ、黙って見ているしかなかった。あんなもん、どうしようもねえだろ。……だが、俺はその場から立ち去る事も出来なかった。九重はさっさと逃げたがっていたが、俺が車に乗ろうとしないので、酷く困惑している。
不幸中の幸いとでも言うのだろうか。蜘蛛型兵器は、火器を使わなかった。八本の脚を巧みに使うだけで(それだけでも十分脅威といえる)、専らの標的は公園内に植えられた木、だけである。
「何が狙いなのかしら」
狙いならある筈だ。でなければ、あんな風に巨大な姿を晒しはしないだろう。
「……あっ、来ました」
この大きさだ。そこそこ遠くにいても、嫌でも見えてしまうだろう。公園に、数名のヒーローが到着した。あの、板前ヒーローや、以前にも見た事のある、またぎのような格好をしたヒーローが見える。が、やはり期待は出来ないだろう。手柄を取り合う正義の使者が、ああして足並み揃えようとしてるってのは、自分たちでは力不足だと分かっているからだ。巨大な相手に尻込みするのも無理はない。やはり、スーツを着た者との戦闘には慣れているが、『ああいうもの』を相手にした奴なんざ、いやしないんだろう。
いかん。まるで、夢でも見ているようだ。俺だって、あそこまでえげつないものは初めて見る。あんな趣味丸出しの……。
「お前が行けよ!」
「いやお前が行けって! 手柄譲ってやるからさ!」
「無理ムリムリ! 無理だって!」
ヒーローたちは消極的だった。ここに、一般市民がいなくて良かったな。ただでさえアレな評判が、更に悪くなっていくところだった。が、気持ちは分かる。分かり過ぎる。誰だって死にたくない。そうに決まってる。うん。やっぱ逃げよう。
「ぎゃあああああああっ!」
どうやら、蜘蛛型の兵器がヒーローたちを発見したらしい。大きな脚を動かし、標的を彼らに定めていた。蜘蛛の脚、その先端はかなり尖っている。刺されりゃ死ぬ。っつーか、押し潰される。板前もまたぎも、地面を転がるように逃げ惑っていた。
「……あっ、青井さん、このままじゃ」
逃げるしかねえな。
しかし、俺は見てしまった。公園に、見知った人物がいるのを。……銀川老人である。彼は、鋼鉄の蜘蛛を見上げていた。
「逃げ遅れた人がいる」
まずい。あそこにいちゃあ踏み潰されるぞ。早く避難させてやらねえと!
「お前らはそこで待ってろ!」
「ちょっと、青井!?」
銀川さんは、いなせちゃんを探しに来ていたのだろう。全く、あのチビスケは。
と、走り出したところで、まだ着ぐるみのままだった事に気付いた。やべえ、上手く走れ……あ、走れるわ。普通に走れる。いつの間にか、俺の着ぐるみスキルは上がっていたらしい。嬉しくない。
「銀川さんっ」
銀川老人は俺の声に気付き、振り向く。が、不思議そうな顔だった。
「あ、そうか。あの、俺です。青井です」
俺は足踏みしながら、自分を指差す。
「あ、ああ、青井さんだったのですか」そんなのん気に!
「ここにいちゃ危ない。早くこっちへ避難しましょう!」
「……いや、そういう訳にもいかないのです」
まさか、いなせちゃんが?
「まだ、あの子は見つからないんですか? おっ、俺が探します! だから銀川さんは」
「ああ、そういう意味ではないんです」
え?
「うわっ!?」
蜘蛛が脚を振るい、払う。ヒーローたちは悲鳴を上げながら吹き飛び、こっちにまで風圧が届いた。俺は両腕で顔を隠すが、銀川さんは微動だにしなかった。何か、様子がおかしい。彼は、何か興奮しているようにも見える。この、悪夢のような状況のせいなのか?
「銀川さん!」
「青井さん、早く逃げた方が良いですよ」
「だから! あなたも、いなせちゃんも!」
『実はな、古い友人から連絡があったんじゃ』
何故。何故、こんな時に、爺さんの言葉を思い出す。今は、関係ないだろうが!
「ここは、危ないんですよ?」
「ええ、知っておりますよ」
心臓が痛い。胸が破れてしまいそうだと錯覚する。まさか、なんて、馬鹿な考えが頭を過ぎった。
俺が言葉を探し、選んでいると、新たなヒーローが公園に到着する。
劣勢だったヒーロー側だが、救援が駆けつけた。
二人のヒーローである。まず、空からやってきたヒーローは、以前に俺をボコった、飛行ユニットを装着した男である。彼は蜘蛛の攻撃を掻い潜り、その周りを飛び回り、自身に注意を引きつけ、隙を作った。
「おおおおおおおおっ!」
その隙を衝いたもう一人のヒーローの咆哮と共に、蜘蛛の脚がへこみ、曲がる。同時、歓声が沸き起こった。
空飛ぶヒーローと一緒に駆けつけたのは、巨大なしゃもじを持った……赤丸である。彼女は類稀な攻撃力でもって、蜘蛛型兵器に己の得物を叩きつけたのだ。馬鹿力め。今だけは感謝しといてやろう。ありがとうございます。本当に助かりました。
反撃に活気付くヒーローたち。
そして、渋面の銀川老人。
「だが、あれくらいでは終わらんよ」
「……銀川、さん」
線が繋がった、とでも言うのだろうか。俺は、着ぐるみを被ったままで良かったと思っている。
恐らく、爺さんの友人というのは、銀川さんの事だろう。そして、若いヒーローが見た巨大な何かと言うのは、アレだ。あの、鋼鉄の蜘蛛に他ならない。そうに、違いないんだ。
「あの蜘蛛は、あなたが……」
「そうです。良く、お分かりになりましたね」
あっさりと、認められた。
「ようやっと完成したんですよ。試作品で、今は試運転というところでしょうか」
俺はどうしたら良いのか分からなくなる。
「本当に、あなたが?」
あんな馬鹿なものを。こんな馬鹿な事を。
「青井さん、私はね、ヒーローを憎んでいるんですよ」
銀川さんは昂ぶっているのか、話を始める。別に、俺がここに立っていなくても、誰もいなくても、彼は一人で喋り続けたのだろう。
「私の息子はヒーローに殺されたんです。その細君と共に。私は、二人の子を失った。突然の出来事でした。何が何だか分からなかったんです」
ヒーローに、殺された?
「復讐を考えました。しかし、私はそれどころではなかったのです。当時、私の組織は壊滅寸前にまで追い遣られていましたから」
「まさか、あなたは……!?」
「ええ、悪の組織の首領でした。驚きましたかな?」
……爺さんの知り合いってんなら、そういう事もあるだろう。いや、そういう事しか起こらない。そうに違いない。
だが、そうか。銀川さんが悪の組織を率いていたのなら、彼の家族が狙われた理由は分かる。
「復讐、されたんですね」
「妻には先立たれていましたから。ですから、標的は、息子に」
そして、自分の組織はヒーローに潰されつつあった、か。自業自得っつーか、なるようになった、か? それを聞いて、俺にはどうする事も出来ない。
「もう随分と前の話です。……先日、懐かしい方と連絡が取れましてね。私の、友人とも呼べる人なのですが」
爺さんの事だな。
「いや、蘇った。久しく忘れていたのですよ。アレを作ってはいたのですが、半ば惰性でしてね。しかし、その友人との会話で思い出したのです」
「何を、ですか」
「野心を、です」
野心ときたか。
「尤も、その方は私の趣味を批判していましたが。どうにも、私はスーツが苦手で。ああいったものを作る事に喜びを感じるのですよ。知っていますか、青井さん。兵器に搭乗する、いわゆるパイロットはね、体格の小さい者が良い。コックピットは窮屈で、図体の大きい者ではまともには操縦出来ない。パイロットというのは、小さければ小さいほど良いんですよ」
おい。
「分かりますか?」
ちょっと待てよ。おい、ふざけんなよ。
「分かり、ますか?」
「……あんた(・・・)、やっちゃなんねえ事やりやがったな……!」
「分かるのですね」
「ふざけ……! てめえ!」
銀川老人はくつくつと笑った。
「アレを止めろ! 止めさせろよ!」
「ふ、ふふ、やはり、あなたも、そうでしたか」
「俺の話を聞きやがれ!」
俺は目の前の男の襟を掴もうとして、手を伸ばす。が、彼はこちらの伸ばした手首を掴み返した。
「あなたも、ヒーローだったのですね」
「だったらどうした! ここでやり合うかよ!」
力ずくで銀川老人から逃れると、俺は蜘蛛を見上げる。
巨大な蜘蛛は、数の上では勝るヒーローたちと互角の戦いを繰り広げているように見えた。いや、むしろ押している、か?
赤丸も、板前も、またぎも、空飛ぶヒーローも、どうにかして取り付き、攻撃を仕掛けようとしていた。だが、あの蜘蛛型兵器はそれを許さない。脚を使う。時には払い、振り、下ろす。闇雲に暴れているようにも見えるが、それは違った。アレに乗っている者は、酷く繊細な立ち回りを要求されている。そして、応えている。まるで、自らの手足であるかのように、蜘蛛の脚を動かしているのだ。
そう、あの兵器には人が乗っている。
あの子が……銀川いなせが乗っている。
「止めろ……!」
「ヒーローには従えませんな」
銀川老人はいけしゃあしゃあと抜かした。
「第一、止まれと言われて止まるものではない」
「あんたが作ったんだろうが!」
「作ったのは私ですが、動かしているのは私ではない」
「いなせちゃんを乗せたのはあんただろ!」
どうして、そんな風に、平気な顔をしていられるんだ!
「あくまで、あの子の意志ですよ。分かりませんか? 私が息子たちをヒーローに殺されたのと同じく、あの子もまた、親をヒーローに殺されたのです」
「あの子が望んで、アレに乗ってるってのか」
「いなせはね、ヒーローを恨んでいます。憎んでいます。組織が潰され、私と共に命からがら逃げ出したのですよ。二人でね、復讐を誓いました。毎日、毎日、呪いの言葉を吐き続けましたよ。復讐の為に、私は兵器を作り、あの子は部品になろうとした」
部品、だと?
「いなせもまた、あの兵器の一部なのです」
「人間だろうが……!」
「人の身ではスーツを着たヒーローに立ち向かえない。あの子が戦うには、部品となるしかなかった。それが、分からないのですか? 青井さん。あなたは、私たちの人生を否定するのですか?」
何だ、そりゃ。さっきから聞いてれば、くだらねえ事をずらずらと並べ立てやがる。
「全部、てめえの都合じゃねえか」
「……何ですって?」
「身内を殺されたってのはさ、心から同情するぜ。でもな、自業自得じゃねえか。悪の組織名乗ってりゃ、そうなっちまうのも覚悟してたって事なんだろうが」
自分だけが悪い事をして、ただで済むと思ってたのかよ。
「覚悟はしていたっ。しかし許すかどうかは別でしょうが! あなただって、同じ目に遭えば私と同じだっ、同じになる!」
「俺はな」
俺は、あんたと同じモノになるだろう。
だけど、違うだろう。
「その時、あの子は幾つだった? まだガキだったんじゃねえかよ。善悪の区別も付かないガキによ、何を吹き込んだ? てめえの復讐に、てめえの孫を巻き込むってのはおかしいんじゃねえか?」
確かに、許せないだろう。親を殺されたんだ。仇を取ってやりたい。そう思うのは不思議じゃない。だけど、子供なんだ。他に、何も知らないんだ。分からないんだ。
「あの子は頭が良い! 全て分かっていた! 全て知った上で、私に付いてきたのです!」
違うだろう。
「そうするしかなかったんじゃねえか。親がいなくなって、ヒーローに狙われてさ。いなせちゃんにとって、頼れるのはあんたしかいなかった筈だ。あんたに従い、守ってもらうしかなかった筈だ」
ガキは、ガキだ。どれだけ頭が回ったって仕方がねえ。あの子には、選択肢が必要だった。……いや、いなせちゃんだけじゃない。この世の中のガキには、そういうものが必要なんだ。守ってくれて、教えてくれる人が。
「それは青井さん、あなたの理屈だ。あなたの意見だ。あの子にとっては、そうではない。今まで、ずっとそうやって生きてきたんです。辛い訓練にも音を上げず、ひたすらにあの子は耐えてきたんです。あの子は、ヒーローを憎んでいる。他ならぬあの子がっ、この戦いを望んでいる!」
「その人生を強いたのは、その道を敷いたのはあんただ。他に生きる道なんか、幾らでもあった筈だろうが。あんたは、誰に仕返ししたいんだ? この公園にいるヒーローの誰かが、あんたたちの家族を殺したのか」
「私たちは、全てのヒーローに復讐を始める……!」
「そんなもん無理に決まってんだろ!」
「ならば止めるか若造が! 止められるものなら止めてみろ! 私もあの子も、言葉では止まらんぞ!」
じゃあ力ずくだ。こいつの相手は後回しにして、先にあのデカブツをどうにかするしかねえ。
そこで見てろ、銀川。




