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Insecter×Monster 作者:あめ
3/3

3話

 
 やるしかない!!

 洪水のように全方位から迫る妖魔の群れは、まるで壁そのものだった。
 しかもただの壁ではない。
 私と言う矮小な存在を踏み潰さんとする、悪意と敵意に満ちた意思ある壁だ。
 生き残るためには抗わなくてはならない。たとえそれがどれだけ困難だとしても。

 意識を切り替える。

 このままただ待ち構えるだけでは、迎えるのは早晩の死だけだ。
 生きる。その権利を勝ち取るためには、こちらから率先して動き、なんとか活路を見出すしか方法はない。
 力の優劣のみが生死を別つ熾烈な自然界で、命を紡いでいく者は行動する者のみだ。

 私はどちらだ?

 刹那で覚悟を決めた私は地面を爪先で噛み砕き、真正面に向かって一気に加速。
 間合いはほぼ一瞬で零になり、群れの中で唯一突出していた間抜けに向かって、勢いを殺さずそのまま右腕を叩き付けるように振り下ろす。
 頭頂部から真っ二つに切り裂かれた1匹のモスマンが血と臓物を撒き散らして地面に沈む。
どろどろとした体液が鱗粉と混ざって茶色に変色している。

 その様子を呑気に眺めている余裕などない。
 仲間の死体を乗り越えて襲ってくるモスマンたちに両腕を交差に振り抜いて纏めて切り裂く。
 一度に数体を血祭りに上げることに成功するが、圧倒的な数の暴力を前にしては焼け石に水だ。

 足を止めた瞬間が私の最後だろう。

 針状の口吻を槍のように突き出して突進してくる先頭のモスマンを、体を小さく折り畳んで回避する 。
 突進をかわされたモスマンは隙だらけであったので、これ幸いと首を跳ねておくことを忘れない。

 そうだ。今のように冷静沈着に事を進めればいい。
 囲まれたとは言え、一度に襲いかかれる数には限度がある。焦るな。ただ淡々と、作業のように敵を解体していけばいい。

 次に左右から飛来してきたモスマンの迎撃に当たる。

 これを自力で一度に処理することは困難であるので、衝突の寸前に後方へと飛び退き、自滅を誘う。
 予想通り二匹のモスマンは衝突し、互いの口吻で互いの体を串刺しにしていた。

 と、そこで一挙に複数ののモスマンが纏めて上空から降下してくるのを視界の端で確認。
 腰を落として腹に力を込め、天に向かって蟻酸ぎさんを大量噴射する。
 岩盤をも溶かす甲虫人インセクターの蟻酸だ。まともに浴びればタダでは済まない。しかも私の蟻酸は仲間のものより強力に進化している。とびきりきつめに配合したものを浴びせてやった。
 空を駆けるために必要な翅を溶かされたもの、複眼をやられたもの、胴体に直撃を浴びたモスマンたちが悲鳴を上げて飛散する。

 蟻酸は時間を掛けて肉を焼いていくだろうから、その間はまさに地獄の苦しみだろう。
 ただでさえ生命力に優れた妖魔だ。すぐには死ねない体をせいぜい恨め。

 しかし今ので毒腺に溜め込んでおいた蟻酸は空になってしまったのが痛い。
 時間と共に生成されるが、おそらくこの戦いでは間に合わないだろう。
 毒牙をつかって直接体内に蟻酸をぶちこむ程度に残量は残されているが、大量に噴射するようなことはもう無理だ。

 早々に大技を披露してしまった私の隙をつき、1匹のモスマンが死角から急襲。
 鋭く尖った口吻が私の左腕を傷つけた。
 すかさず、腕から突き出た口吻を右手で掴み、捕獲する。
 逃れようと暴れるモスマンの首筋に思いきり噛みついて、その肉を乱暴に引き千切る。
 痙攣して力が抜けていくモスマンを振り払い、あとに続けとばかりに襲ってくるモスマンを見据えて睨み付ける。

 本当にきりがない。

 思わず、そんな弱気が脳裏に過った。
 不覚にも負傷した左腕の感覚が鈍い。どうやら溶解液を少量だが注入されてしまったらしい。
 無事な右腕の先に伸びる爪も、小指のものが半ばから折れてしまっていた。
 いつまに折れたのだろうか、まったく気付かなかった。

 やれやれ、これはしんどいな。

 敵の数はいっこうに衰えを知らない。私は全力で咆哮を上げ、モスマンに向かって疾駆した。

 咆哮を浴びて硬直したモスマンもいたが、大半の奴らはそのまま突っ込んでくる。
 そのまま相手にしていたのでは私の体が持たない。
 まずは機動力を奪う。隙があれば殺す。 
 そう決め、モスマンの機動力の要である巨大な翅を断つことに終始することにした。
 翅を裂くごとに毒を持った燐粉が空気中に散布されるが、私はこの戦いが始まってから一度も呼吸していない。
 その気になれば長時間、無酸素化での行動は可能だ。
 とは言え、これだけ派手に動き回っては少々苦しい。だが毒を吸い込む訳にはいかないので我慢する。

 ひどく苦しいが仕方ない。生き残るために必要なことだ。

 私は縦横無尽に両腕を振るう。
 地を駆け回り木々の間を飛び跳ね、1ヶ所に留まらない。
 着地先にいたモスマンの頭部を足蹴にして踏み砕く。こいつらは空を自在に飛び回るという機動性に特化したぶん、肉体はひどく脆い。全身を甲殻に覆われた甲虫人(インセクター)とは比較にならないほど。その弱点を突く。

 間髪いれず襲ってくる奴らに対しては、可能であれば迎撃し、不可能であれば回避に専念する。
 少々モスマンの口吻が掠った程度は見過ごす。
 代わりに致命の危険性が高いものだけを避け、最小限の動きを選び取ることで隙を無くす。
 右腕、親指の爪が斬撃のたびに威力に負けて吹き飛ぶが、気にしない。

 気にしている暇はない。

 時々、少量の蟻酸をモスマンの複眼目掛けて吐き出し、視覚を潰しておく。
 奴らは視覚の他にも頭部から伸びる1対の触覚を使って得物の居所を探知するので一見無意味に思えるが、やらないよりはマシの理論で隙あらば目を潰して回る。

 時間はかかるだろうが脳まで溶解液が届けば御の字だ。苦しみ悶えて死ぬがいい。
 ゴキブリどもには似合いの死だ。 
 私は自らの心を潰して1体の殺戮蟻へと化し、モスマンの群れの処理を続けていった。
 私にとって、それは途方のもない時の長さに感じられた。


 ◇


 あれほど高かった日も今は東の空に落ち、森は昼間の喧騒を失い静寂に満ちていた。
 求愛を報せる美しい虫の音の合唱が森中で開催され、上空に浮かぶ大小2つの赤い月たちが闇夜を切り裂く明かりを照らしている。 

 闇はモンスターにとって親愛なる隣人。
 月の光に含まれる高純度の魔力はモンスターの体内魔力を活性化させ、あらゆる免疫機能を底上げし、肉体をより強靭に作り替える。
 森に棲む妖魔の大半は、夜間に力を貯え昼間に行動する。

 そうすることが最も効率的であることを野生の本能で悟っているのだ。

 虫や夜行性の獣以外、皆寝静まった時間帯。
 私はたった1人きり、 周辺で最も高い大木の枝に腰かけて、闇夜に浮かぶ月を見上げていた。

 美しいな。月と言うものは。

 炎のように赤く染まる巨大で真円の物体は、私のように粗野で乱暴な粗忽者でさえ言い知れぬ神聖さを覚えた。

 月の明かりを地上より高い位置で全身に浴びる私は、休養の真っ最中だった。
 と言うのも、モスマンに穴を開けられた左腕は完全におしゃかになっていて、辛うじてぶらさがっている程度。
 両足にも同様の穴がいくつも開いており、すいぶん風通しがよくなってしまった。
 無事なのは頭部と胸だけだ。
 それ以外のすべての部位は程度の差はそれぞれあれど、傷のない箇所を探すほうが大変なくらいで、まさに満身創痍と言う言葉がこれ以上似合う状態はちょっとないだろう。

 甲虫人インセクターは痛みに強い。
 逆に、人や大型の獣などの哺乳類は“痛がり屋”だ。
 どうして我々甲虫人インセクターが痛みに強いのかは知らない。
 と言うか、虫から進化したすべてのモンスターは総じて痛みに強い。
 ふだんは特別そのことについて利を感じたことはないが、今だけは感謝する他ないだろう。

 それにしてもだ。

 自慢の甲殻がこんなにひび割れてしまって、カッコ悪いったらない。
 同じく自慢の爪は右腕の人差し指のもの以外すべて折れているし、頭部の触角は2つとも千切れてしまった。
 おかげで方向感覚がまるでなく、巣に帰ることができないのでこうして月を見上げているわけだ。

 今日は本当に散々だった。もう2度とあんな数のモスマンを相手にするのは御免だ。
 これからは謙虚に行こう。慎重を心掛けよう。
 そう決め、じょじょに遠くなっていく思考をどこか他人事のように思いながら、遥か遠く月を見る。

 ぐらり。

 視界が揺れ、体の力が抜けた。
 そうと思えば世界が逆さまに代わり、長い浮遊感のあと全身に重い衝撃が走る。
 どうやら木上から落下して、地面に叩き付けられたらしい。しかも、落ちた先には水が溜まっていたようで、全身がずぶ濡れになってしまった。

 衝突で首が明後日に捻れ、まったく動かない。首の骨が折れたらしい。


 ああ、やばいなこれは。このまま、死んでしまうのか、私は。

 悟った、いや、なんとなくわかってはいたが、見ないフリを続けていた自ら末路を今更ながら痛感する。
 さすがににこれだけの負傷を抱えて、今後の生命活動に危機を覚えないほど馬鹿ではない。

 これまでか。

 思えばあの時、私は仲間もろとも死ぬ運命だったのだ。こうして今生き長らえてるのはたんなる幸運の産物で、しかも思いがけない恩寵さえ得ることができた。

 まぁまぁの豪運だったと言えるだろう。悪くないはずだ。

 しかしそれにしても、その後の生が短すぎた感は否めないが、命の灯火が最後に勢いよく燃え盛っただけに過ぎないと考えればまぁ納得できないこともない。

 私の意識はだんだんと緩慢になっていき、そしてーーーー



 なぜか普通に次の日目が覚めた。



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