私の事を知らないあなたへ─早川祐太視点
この作品は、グループ小説第二十四弾「見つめる先に」企画小説です。原作は桂まゆさんの「私のことを知らない貴方へ─ジェシー視点」となってます。六人の登場人物それぞれの視点を通して、物語が作られています。
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私は、早川祐太視点で書いてます。
『学園裏サイト』
携帯とパソコンで日に何度かチェックすることが、僕の日課となっている。桜花学園に入学して以来、毎日欠かしたことはない。どんな書き込みがあるか、ものすごく気になるし、もしも僕の悪口とか書かれていて、非難中傷浴びせられていたらどうしようとか考えて不安になる。もちろん、今まで一度も僕のことは書かれたことはない。だいたい、僕は目立たない存在だし、勉強もスポーツも普通レベル、可もなく不可もなく、いつも真ん中をキープしている。人付き合いにも気をつけて、嫌われないよう誰にでも愛想良く振る舞っている。
クラスメイトの国分元春は、『いいよなぁ、祐太は。いつも幸せそうなボケーッとした顔して、悩みなさそうだもんな』とか、言ってるけど、実は、僕、早川祐太は、かなり繊細で小心者なんだ。
僕に言わせてみれば、元春の方がずーっとお気楽で脳天気だと思う。
裏サイトの掲示板。僕自身、書き込みをしたことはない。名前は匿名でも、書き込むとなると、かなり勇気がいる。全校生徒、いや日本中、いや世界中の人が読むかもしれないんだ。そう思うと指が震えてしまう。
『私の事を知らない貴方へ』あのメッセージを書き込んだ子は、かなり勇気があると思う。一体誰が書き込んだんだろう?
津田志保さんじゃないかって元春は言うけれど、僕は違うと思うな。大人しい津田さんがあんな大胆な書き込みをするとは、思えないし。中学の時同じクラスだったけど、まともに話したことさえなかった。津田さんも僕も目立たない存在だった。だから、桜花学園高等部への入学は、津田さんと僕にとって、今までの人生の中で一番っていうくらい華々しいものだったんだろうって思う。
誰もが『あの有名な名門校に入学出来るなんて!』と驚いていた。両親や妹さえ、信じられない顔をしていた。目立たない日陰の存在だって『やれば出来るんだ!』と実感した。
そう、あの元春だって入学出来たんだ。彼奴も努力をすれば、かなり出来る。と言うより、『ある目的』のためならば何だって可能なんだろうな。この世から、『可愛い女の子』がいなくなれば、元春はきっと生きていけないだろう……。
とにかく、津田さんも元春も僕も、かなり努力して、桜花学園に入学した。
しかし、『彼』は、何の努力もせず、家から近いからという理由だけで、難なく桜花に入学した。もしかして、一番お気楽なのは、『彼』なのかもしれない。
放課後の校庭に立ち、ぼんやりと携帯で裏サイトの掲示板を眺めていると、メールの着信音が鳴った。
『一緒に帰ろう』顔文字も絵文字もなんの飾りもなく、たった一言の短いメール。後ろを振り向くと、三十メートル後方に『彼』の姿があった。携帯を持った手を軽く振っている。 話題の人物。成績優秀、イケメンでモテモテ、青い瞳のジェシー君だ。
「ジェシー君、美術部に行くんじゃなかった?」
あまり部活に参加してなかったジェシー君だけど、試験が終わってからよく行っている。
「あ、うん……今日はやめた」
ジェシー君にしては歯切れの悪い返事。金色の髪をポリポリかいたりする。
「あ、で、見つかった?」
「え? 何が?」
「あれさ。書き込みの犯人。元春と犯人見つけるって言ってただろ」
「あれ? ジェシー君興味あったんだね」
ポカンと口を開けて彼を見る。超ドライでクールな彼。書き込みした子になんか興味なしって感じだったのに。
「や、別にそうじゃないけど……どうなったのかと思ってさ」
「ふ〜ん」
ジェシー君は何か隠し事をしている。直感でピンときた。ほんのり頬がピンク色だ。
『きゃぁ、ジェシー』『マジかっこいい!』相変わらず、外野からは遠巻きで彼を見つめる女の子達の黄色い声が聞こえる。彼女達にとって、ジェシー君のちょっとドギマギしている仕草なんて、たまんないんだろうな。
あ、もしかして、ジェシー君にもついに本命の彼女が!? なんかよく分かる。好きな人の事を考えると、挙動不審になったりするもんな……。
「よぉ、祐太、ジェシー!」
突然後ろから聞き慣れた声がした。
「祐太、相変わらずヘラヘラした顔してんなぁ!」
猛スピードで自転車をこいできた元春は、僕の顔を見て顔中を口にして笑った。ムッとしつつも、今、妄想しながら微笑んでいたかも、と思う。
「あれ〜? ジェシー、部活サボリ?」
「あ、ちょっと用があって……」
長いまつげを伏せて口ごもるジェシー君。その表情に、またまた外野からは悲鳴にも似たため息。やっぱり、今日のジェシー君はいつもと違う。感情表に表しすぎだ。
「あっ、そ。じゃぁな、お二人さん!」
言うが早いか、元春は、またスピードを上げて自転車を走らせる。
「元春部活は──!?」
確か、彼奴サッカー部だったよな。ほとんど行くことなくて、幽霊部員化してるけど。まぁ、今まで練習試合でさえ勝ったことのない、桜花学園のサッカー部だから……。
「俺も、急用、急用!」
既に姿の小さくなった元春から、大きな声で返事が返ってくる。
「あれ……? あれって津田さんじゃ?」
目を凝らして元春の少し前を見つめると、確かに津田さんの姿が見えた。元春は津田さんの横で自転車を止まらせて、しきりに話し掛けている。津田さん、ちょっとビビリ気味? その後の二人が気になる所だけど、駅への道は手前を右に曲がる。元春も掲示板の犯人探しに燃えてのに、急に興味をなくしたみたいだ。どうやら、その原因は津田さんにありそうだなぁ……。
「そんじゃ、ジェシー君。バイバイ」
駅への分かれ道の手前で、僕はジェシー君に軽く手を振った。ジェシー君の家は真っ直ぐ行った先の直ぐ近くだ。僕は右に曲がって歩いて行く。
「……?」
と、何故かジェシー君も俯いたまま、僕の後からついてきた。
「ん? これから、どっか行くの?」
「あ、う──ん、祐太ん家」
「へ……?」
ジェシー君はそのまま僕を追い越して、駅へと歩いて行く。
「れ? 用って僕ん家に来るってこと?」
意外な展開に、思わず変な言葉を発してしまった。
「都合悪い?」
顔を上げてジェシー君が僕を見た。見たというより睨んだというか、目に力があった。僕が絶対断れないような、強い力だ。その瞬間、いつものジェシー君が戻ってきた。
「ううん、全然。僕ん家に来るの久々だね」
ニコッと笑う。ジェシー君が遊びに来るのは大歓迎。僕だけじゃなく、母さんや妹も大喜びするだろう。でも、なんか急だ。ジェシー君は、何でもっと早く言わなかったんだろう?
「あ、ちょっとスーパー寄って良い?」
ジェシー君と電車に乗り、駅のホームに降りて、僕は買い物を頼まれていたことを思い出した。
「うん、時間かかんないだろ?」
彼はチラッと携帯の時間を確認する。ジェシー君はさっきから時間を気にしてるようだ。
「直ぐ終わるよ。買う物リストアップしてるから」
僕は母親から送られてきた携帯メールをチェックしつつ、ホームの階段を下りていく。駅前にある最近開店した大型スーパーは、安くて食材が豊富だ。わざわざ遠くから来て、まとめ買いする人も多い。
ほぼ毎日立ち寄っている僕は、どこに何が置かれているか、もう全て頭の中に入っている。手際よく大きな通路を歩き、食材を籠に入れていく。僕の後ろからジェシー君は、金魚のフンみたいについて来る。彼は、キョロキョロと物珍しそうに店内を見回している。僕がいなかったら、確実に迷子になるだろうな。
「よし、これで終了!」
最後に食パンを籠に入れ、僕はレジに向かおうと顔を上げた。
「あ──っ!」
「あ──っ!」
思わずジェシー君とハモッた。二人の視線の先には、見覚えのある二つの顔が……。
「何でこんな所で……」
ジェシー君は慌てて側を離れて行く。
田中優奈さんだ。ジェシー君に初キスされた、彼の幼なじみ。そして、彼女の隣りにいるのは……。
「いつも娘がお世話になっています」
優しく微笑んで軽く頭を下げる田中さんのママ。
「世話になんかなってないよ、ママ!」
田中さんはむくれてほっぺたを膨らませ、逃げて行くジェシーを横目で睨んだ。
「もう、何でこんな所でまで、彼奴に会わなきゃなんないのよ!」
「何言ってるの、優奈。ジェシー君に再会出来たって喜んでたじゃない」
「絶対、言ってません!」
レジの向こうで、助けを呼ぶようにジェシー君が手を振っている。もう少し、田中さん達と話したかったけど、僕は先を急いだ。
「じゃ、失礼します」
ペコリと頭を下げてレジへ走る。
「祐太君、いつもお手伝いして関心ね。優奈ったらちっとも手伝ってくれないのに」
「ちゃんとこうして手伝ってるじゃない。って、彼、ママの知り合いなの?」
「ここで時々会うのよ。優奈の高校の制服着てるし、優奈のことも知ってるかなって思って話し掛けてみたの。そしたら、ジェシー君の友達だって分かってね。祐太君、ここに詳しいから店員さんに聞くより彼に聞いた方が早いくらい」
田中さんのママが笑いながら話しているのを後ろに聞きながら、僕は大慌てで自動レジで買い物を終わらせた。
「早く、帰ろう」
エコバッグを手に、ジェシー君に言う。焦ったせいか、何だか心臓がバクバクした。
「うん、うん」
僕とジェシー君は足早にスーパーを出ていった。
「あのさ、田中さんのママって若いよね」
幾分落ち着いたところで、僕は言った。
「え? そうかな?」
「そうさ。最初会った時、田中さんのお姉さんかと思った」
「ふ〜ん」
ジェシー君は気のない返事。
「あの、名前何て言うんだろ?」
「え、誰の?」
「田中さんのママだよ」
「さぁ? ママ、ママって呼んでるから、聞いたことないよ」
「そうか……」
「聞いてみれば?」
「え? え? なんか聞きづらいな、今度いつ会えるかも分からないし」
「うん? 田中優奈にだよ」
「あ、そうか……え、でも、それも何か聞きづらいな……」
「ボクは代役断るからな」
家までの道のり、僕はジェシー君と微妙にかみ合わない会話をしつつ戻って行った。何だか今日はやけに暑い。顔は火照るし、心臓もまだ高鳴っていた。
「わっ、相変わらず綺麗な部屋だな」
二階の僕の部屋に上がって来るなり、ジェシー君は驚き顔で部屋を見渡している。僕の部屋はそんなに広くないけど、整理整頓は行き渡っている。ドアと窓以外の壁にはズラッと用途別に分けた棚が並び、僕の大切な宝物達が所狭しと肩を並べあっている。
宝物とは、ウルトラマン、仮面ライダー、ガンダム……のプラモの数々。そして、アニメやドラマや映画のCDやDVD達。部屋の中央には勉強机とパソコン。
元春は、初めて部屋に入るなり、『電車男』の部屋だ! と言っていた。二つ年下の妹は、いつも子供っぽいと僕のことを馬鹿にしている。でも、僕は自分の事を子供っぽいとは思っていない。何故ならば……子供っぽい子は好きじゃないから。
元春は、『二つ年下の妹がいてドキドキしないか?』とか『妹の裸見たことある?』とか、興味本位に聞いてくるけど、妹は子供過ぎて『女』として見れない。『祐太』はロリコンじゃねぇか? とか、元春他、クラスの男子達は言ったりするけど、実はその逆で……。
「毎日、掃除してもらってるの?」
ジェシー君は一通り部屋を眺めると、窓際の方へ寄っていった。
「自分でしてる。母さんに任せると何を捨てられるか分かったもんじゃないから」
小さい頃母さんに、大切なオモチャの数々をゴミのように捨てられた経験がある。それ以来、僕は部屋の掃除を毎日して、埃一つ落とさないようにしている。
「ふ〜ん」
また、ジェシー君の気のない返事。彼はじっと窓の外を見つめている。
ジェシー君、僕の家に用があるって言っていた。用って一体何だろう?
「今、何時?」
外を眺めながら、ジェシー君が呟く。
「えっと、五時半」
掛け時計でチェックする。
「あ……」
ジェシー君の表情が固まったのが分かる。僕は窓辺に近づく。彼の見つめる先には──。
「中園さんだ」
「Thank you! Yuta」
いきなり流暢な英語でそう言うと、ジェシー君は風のように素早く部屋を出ていった。階段でおやつを運んで来た母さんとすれ違い、謝りながらドンドンと音を立てて階段を駆け下りて行く。そして、家を飛び出して、通りを歩いて行く中園詩さんの元へと走って行った。
「中園さん、確か僕の近所に住んでいたよな……」
二階の窓からジェシー君と中園さんを眺めながら、僕は呟いた。彼女、いつも学校では単独行動して、外では不良っぽい友人がいるという噂も耳にしていた。僕はちょっと苦手なタイプだ。けど、本当は真面目で優しい子なんだって話も聞いている。
「ジェシー君は、中園さんを待っていた……?」
急に僕の心の中に、何か熱い感情がこみ上げてきた。
心の中の感情を閉じこめていてはダメなんだ。いつもいつも、何事も起こらない平和な日常だけではダメなんだ。時には波風を立てて、嵐を起こしてみなきゃ、何も変わりはしない。
僕は窓辺を離れ、パソコンの前に座った。
『学園裏サイト』の掲示板をクリック。もしかして、あの書き込みをしたのは、津田さんなのかもしれない。いや、きっと津田さんに違いない。大人しくて目立たない津田さんの心の叫びだったんだと、僕は今確信した。
『私のことを知らない貴方へ──』日頃感情を抑えているからこそ、あんなに情熱的に感情的な文章が書けるんだと思う。
僕は深呼吸し、キーボードをタッチした。
『僕の気持ちを知らない貴方へ──』
掲示板への初めての書き込み。キーボードに触れるまでは、緊張したけれど、一度触れると頭の中が言葉でいっぱいになって、溢れそうになった。僕は夢中でキーボードを叩く。 終
読んで下さってありがとうございました!
本当は他の企画や連載の後に、ゆっくり書こうと思っていたのですが、他の方々の作品を読んで触発されて一気に書きました。最近、シリアス作品ばかり考えていたんで、ガラリと雰囲気の違うこの作品、書きながらスゴク楽しかったです!二日間、六、七時間くらいで書きました。
でも、読んでしまうとアッという間ですね…。
祐太君、結構書きやすかったです。本当は優奈か志保のことを好きにしようかと思ったんですが、ちょっと変化をつけて年上好み、にしました。(^^)
残念ながら、美術室は書けなかったんで、アグリッパは登場してません…。
他の方々の作品も楽しみにしています。この企画とても楽しいですね〜