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〜2013 短編集

神童ベネディクトの出奔

作者:左々木蒼央
リハビリ的な何か第三弾!
多忙なせいで連載を進められず、このままでは腕が鈍ってしまう!!
……という危機感を抱き、過去の作品を手直しして晒してみるという暴挙に出ました。
 あのころの自分は、きっと空回りしていたのだろう。
 聖王の再来と呼ばれるほどの法力、父親のそれにも勝る政治能力、軍指揮官としての天賦の才、そして何よりも民からの絶大な信頼と忠誠心……十歳のベネディクトは、誰もが羨むものをいくつも持っていた。それでも幸せだと感じられなかったのは、家族の愛情というものをまるで知らなかったからだ。

 神聖クナイスル帝国の第一皇子、それも皇后の子として生まれた彼は、帝王となるべく育てられてきた。皇族出身で完璧主義者の皇后は彼を甘やかすことは一切なく、それどころか母親らしい面を見せず、あくまで次期皇帝に対する態度で息子を厳しく扱った。
 父帝は自分より優秀な皇后を疎んじていたため、その息子——自分に似ず、帝王としての特質にも、法力にも恵まれた優秀すぎる皇子に対し、愛情を抱くことができなかった。褒めてほしいと、無邪気に寄ってくる皇子を遠ざけ、父親の責務を放棄した。それは寵愛していた側室との間に第二皇子が生まれたのをきっかけに、ますますひどくなった。
 継母である寵妃とその息子——異母弟のコンスタンティンに至っては、ベネディクトを敵視し、露骨に毛嫌いしていた。ベネディクトとしても、父帝の二人目の妻である側室は気に入らなかったし、最初は可愛がっていたコンスタンティンのことも、態度を変えられてからは遠ざけるようになった。

 そして皇帝がベネディクトを愛するのを諦めた時期と比例して、第二皇子の存在に危機感を抱いた皇后は、ますます自分の子に完璧を求めるようになる。必死にそれに応えたベネディクトは、六歳のときに立太子され、翌年に実母を事故で失ったが、そのときに感じたのは悲しみではなく安堵だった。口煩いを通り越して、失敗すれば折檻するような恐ろしい母親から逃れられて、正直かなりほっとしていた。
 八歳になると国政に関わるようになり、ベネディクトは民のために様々な法令を成立させた。辺境の環境を整備し、貧しい国民の救済策を積極的に講じた。父親は相変わらず冷たかったが、それでも認められたい、褒められたい一心で努力し続けた。その甲斐があって、幼い皇太子の名は神童として周辺諸国にまで知られ、家臣たちも優秀な彼を誇り、凡庸な弟皇子より彼を圧倒的に支持した。
 今は無理でも、このまま続けていけば、いつか父帝は認めてくれる。国内外での支持を背景に、皇太子としての自信を持ち始めていたベネディクトは、そう固く信じて疑わなかった。——十歳の、ある夜までは。
 誕生日から一週間過ぎ、依然として精力的に政治を行っていたベネディクトは、なぜかその日、ふと後宮に立ち寄った。今考えれば、どうしてそうしたのかは解らない。
 そこで聞いた会話に、ベネディクトの心が、積み重ねてきた全てが粉々に崩れ去った。

「ベネディクトはどうも好きになれん。あの顔立ちを見よ。まるで皇后が少年になって、余のそばにいるようだ。煩わしいものよ」
「そうですわねえ。どう考えても、コンスタンティンのほうが皇帝に相応しいですわ。あんな可愛げもない、子供らしくない子供は邪魔ですもの」
「はあ……どうしてあの事故のとき、一緒に死んでくれなかったのか。あやつがいるせいで、コンスタンティンに玉座を譲れんではないか! ベネディクトと比べられて、使えない皇弟として扱われるのは忍びない」

 ——父上は、私のことが邪魔なんだ。
 ——私のことよりも、頭の弱いコンスタンティンがいいんだ。
 自分は要らない子。どんなに頑張っても、結果を見せても、結局は必要とされていなかった。そう思うと、今までの努力が甚だ馬鹿らしくなった。
 勢いだけで自分の寝室に戻ったベネディクトは、大人が五人ほど寝れる巨大なベッドに飛び込み、声を押し殺してひたすら泣いた。愛されていないことのショックから、悲しくて、苦しくて涙が止まらなかった。そして馬鹿な弟に負けていると思うと、凄まじく悔しかった。

 ——無能のくせに私を疎んじる愚か者が。

 この日、父親への思慕は、一晩の苦悶を経て憎しみへと転じた。
 醜態を悟られるのは癪だったので、ベネディクトは朝早く起き、氷でまぶたの腫れを誤摩化すと、翌日の政務には何食わぬ顔で参加した。もともと表面を取り繕うのは誰よりも得意だ。臣下や父帝を騙すことなど、雑作もなかった。
 そしてその日から、ベネディクトは国を出る計画を立て始めた。ただ失踪して、父親の望み通りいなくなってやるのはプライドが許さないため、一計を講じることにする。出奔する自分を悲劇の皇太子に仕立て、自分を愛さなかった父帝と継母たちを悪として貶める、捨て身ともいえる仕返しだ。
 これをすれば、ベネディクトは積み重ねてきた権力を全て失う。が、どうせ父帝は自分を後継者にするつもりはないようなので、今となってはどうでもいい。自分がいなくなってせいぜい苦労すればいい。いかに自分に頼った政務を行い、依存してきたかを思い知って自己嫌悪してくれれば、それだけで万々歳だ。

 ベネディクトは神童と呼ばれるだけあって、知略にも長けている。自分が姿を消した場合、建前上、父帝が捜索隊を出すのは目に見えていた。まずそのことに対して、対策を立てねばならない。
 まず、ベネディクトは出奔後、時間稼ぎのために、一ヶ月はそれを隠し通すことに決めた。信頼する騎士たちや宮殿の人間には、自分が病気にかかり、誰にも会わないで部屋に閉じこもっていることにしてもらった。その間に、ベネディクトは市井の友人たちに付き添われつつ出国し、できるだけ遠くまで足を伸ばした。そして一ヶ月経ったところで、お涙頂戴の内容の置き手紙を父帝に届けさせ、事情を知っている者たちには、主の出奔に動揺する演技をしてもらったのである。
 それに加えて、父帝や継母の評判を地に落とす策も、出奔と同時進行で進められた。国内外の新聞各社に対し、提示した時分に一斉に発表することを条件に、こちらから前もって情報をリークしておいたのだ。皇太子の印章と、直筆のサイン付きでの情報に、各社はベネディクトの目論み通りすぐに飛びついた。
 結果で言えば、この作戦は見事に成功した。捜索隊は一ヶ月も前に出奔していたベネディクトに追い付けるはずもなく、皇太子が皇帝に冷遇され、事故死させられそうになっていたという情報が大陸中に広まると、皇帝に対する批判が爆発するように寄せられた。国内のみならまだしも、各国で一斉に発表されたがために、隠蔽工作もできず、才能ある者を弾く愚者の極みとして、クナイスル皇帝の評判は地に落ちたのだ。

 さて、当のベネディクトはといえば、クナイスルと国境を接しておらず、直接的な国交もない中堅国・レガリア公国の領内に入っていた。詰まるところ、帝国からの追っ手が来にくく、自由度も高いというのが、ベネディクトが滞在先にレガリアを選んだ理由である。
 このレガリアは遺跡の研究が盛んで、発掘の効率化のために、トレジャーハンターが職業の一つとして成り立っている。トレジャーハンターになるには試験が必要だが、身分も出身も問われないことも含め、ベネディクトにとっては試験などないに等しい。皇族のたしなみとして神聖古語の読み書きができる上、暗号の解読などにも長け、法力と剣術があれば自分の身も守れる。筆記試験、実技試験ともに、落ちるということはまずないだろう。



「ここでいい。お前にも生活があるだろう」

 まだまだ田舎だが、それりに大きな都市に着いたところで、ベネディクトは連れにそう告げた。

「いいのですか? いずれは公都に行かれるのでしょう?」
「自分の身は自分で守れるよ。ここでエントリーして、旅の道連れに他の受験者を捕まえる予定だしな」

 子供らしくない言葉に、ここまで皇太子と旅してきた商人の青年は苦笑する。

「実にあなたらしい。念には念を、ですよ。くれぐれも気を付けてくださいね」
「解っている。ルーク、お前も気をつけて帰るんだぞ」

 ベネディクトは心を許した者にのみ向ける、その場が華やぐような笑みを浮かべた。
 この商人——ルークは旅をしながら品々を売りさばくのが仕事で、ベネディクトにとっては、宮廷では決して知り得ないことを教えてくれる、兄のような存在だった。彼が行商で宮殿を訪れるたびに、家庭教師との勉強を早く終わらせ、ぎりぎりまで引き止めて話をしたものだ。
 この後、ルークは怪しまれないよう、通常の仕事をしながらクナイスルへと戻ることになっている。つまり、ここからがベネディクトの、皇族でない、一人の人間としての人生のスタート地点だ。
 ベネディクトは荷物をまとめて車から降りると、再びエンジンをかける友人に手を振った。向こうも振り返し、方向転換して走っていくのを見届けてから、目的の場所に向かう。

 今からの自分は、クナイスル帝国のベネディクト皇太子ではない。
 ——私の名は、たった今からディーク・アルハンスだ。
 心の中でそう呟くと、なんだかわくわくしてきた。
 この名前を考えてくれた、下級貴族出身の親友のことを考えつつ、ベネディクト——否、ディークは、ルークが書いてくれた推薦状を手に、遺跡開発局の支部を目指して歩き出した。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!
ディークは転んでもただでは起きない子です。

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