人類は五年前より異星人との戦闘状態にあった。
最初に仕掛けて来たのは異星人―ダウのほうだった。
ダウは月面に自分たちの基地を建設すると、そこから紡錘状の攻撃機を使って地表面にある人類の都市を襲った。これに対して人類は即座に防衛体勢を整えた。人類は初めて世界的に結束し、そのためダウは生活圏に侵入する前におおむね撃墜された。
こうした戦闘と平行して、何とかダウとの対話、平和を模索する道も最初の襲撃のときから歩まれていた。ダウたちとの対話……彼らの言語解読のためには高度な人工知能が使われた。ダウから送られて来た各種の電磁波をキャッチするアンテナは、皆その人工知能に接続されていたから、何か意味のありそうな電磁波が捕らえられれば先ずその人工知能が反応するはずであった。人工知能の名前はアランと名付けられている。
「ダウの月面基地からパターンのようなものを持つ電磁波が発せられています」
アランがそう言ったのを、渡空博士が聞いたのが今朝のことである。渡空博士は直ちに一人の同僚・藤沢博士と、友人でありたまたま研究所を訪れていたゴットハルト大佐を呼んだ。ゴットハルト大佐はこの事を直ちに軍の上層部に伝えたが、未だ彼の上司はこの場所に姿を現していない。
「ダウ基地から発せられている電磁波の種類は……で、先ず……で解析を試みたあと……」
アランは三人の人間に分かり易く解説しているつもりらしいが、根っからの文系人間であるゴットハルト大佐には彼が何を言っているのかいまいち理解できない。とにかく、ダウ基地から驚くべきほど大量のある種の電磁波が発せられており、それには何か法則性があるのだが、解読専門の人工知能であるアランにも何が何だか分からないということらしい。
アランは音声で対話できる人工知能だ。従ってこちらが声を発すればアランは直ちにそれを理解する。言語機能に限って言えば人間よりも賢いぐらいだ。
「それで、解読のネックとなっているのは一体なんだと君は予想しているのかな?」
渡空博士はそう言った。
それに対するアランの答えもゴットハルト大佐には全く訳が分からない物だったが、要するに解読に必要な最初の一歩というのが分からないのだと彼は自分なりに解釈することにした。
アランは、解読には人間の助けが必要だと言って来た。人間にはコンピュータである自分には決して出来ない思考の飛躍というものがある。人間独自の発想でこの問題を解決してほしい、アランはそう言った。
「今もその電磁波は地上に降り注いでいるのか?」
ゴットハルト大佐はそう言った。
「はい」
とアラン。
「……私にはコンピュータの中身のことなど分からないけれど、その電磁波を使ってアランが乗っ取られるということはないのか? 渡空博士。 例えばウイルスのような性質を持つデータをアランに送りつけてくるとか」
それに対して渡空博士は頷いた。
「それは十分にあり得ることだが。それに対する防備は我々が出来うる限りで最高だ」
博士は自信ありげにそう言ったが、ゴットハルト大佐にはその自信の根拠がどこにあるのか全く分からなかった。
渡空博士は藤沢博士に向かって語りかけた。
「藤沢さん。人間の対話を可能にするものは何か、とアランは聞いて来ている。人間同士の会話を成り立たせている一番大事な物は何だと思う?」
「人間が会話をするとき、必要なのは言語だろう」
藤沢博士は当たり前のことを言ったが、ゴットハルト大佐はむしろそれは逆だと思った。会話しているという文脈があってのみ、その言語は意味をもつ。会話空間という文脈から切り離しては、言語はただの空気の振動に過ぎない。そう大佐は言った。
「成る程。対話を可能にしているのはその文脈ということをあなたは言いたいらしいな。しかし、文脈だけで言語は成り立たない。やはり言語という特殊な何かがあってのみ対話は成り立つのだ」
ゴットハルト大佐の意見は藤沢博士に一蹴された。大佐は少しむっとする。
「対話を可能にするのは言語だ。言語を可能にするのはそれでは何か。昔から哲学者が闘って来た問題だ。私たちは哲学には素人だが。言語は世界で起こっていることを写すことによって可能になると聞いたことはある」
藤沢博士は一気にそうまくしたてた。それに対して渡空博士は声を荒げて批判する。
「言語は世界を写す、か。確かにそうした側面が言語にはあるのだろう。だがそれだけで対話が可能になるだろうか。私たちはダウとの会戦直後から、この世界についての単純な知識つまり数学や物理学についての様々な概念を電磁波に乗せて月面や、紡錘形の戦闘機に向けて送った。それをきっかけに対話が進むのではないかと考えて。しかし、彼らがそれに対して答えた形跡は今の今まで全くない。太陽系についての知識も、その第三惑星である地球についての知識も我々は彼らに送った。世界についての事象を写している概念が、最も彼らに通じ易いと考えたからだ。しかしそれでは上手く行かなかったではないか?」
「何を言うんだ。その考え方をもう少し続けていれば対話は上手く言ったかもしれないものを、あんたが派閥を形成して、当初の考え方を否定したんじゃないか!」
「だから、そんな考えでは上手く行かないことが分かりきってたからだよ。他の研究員も全員そう思っていたんだ!」
「ちくしょう!あんたが……」
藤沢博士が何か言いかけたが、それをゴットハルト大佐が遮った。
「二人とも止めないか。あんたらの会話の半分も私は理解できなかったが、要するにダウと人間の共通点を見つけ出せばいいんだろ。こんな所で喧嘩なんかせずに……」
「うるさい、素人の門外漢は黙ってろ」
「そうだ!あんたいつまでここにいるつもりだ? ど素人が、自分の仕事があるだろうが」
と、渡空博士。
「なんだと!?」
ゴットハルト大佐は渡空博士を殴り飛ばした。その弾みで藤沢博士も尻餅をつく。それでも二人の博士は悪態をつくのを止めない。
その会話の一部始終を聞いていたアランが喋った。
「なるほど、よく分かったよ。君たちが誰かと対話を可能にする物は誰かへの憎しみなのだね。それなら、我々と変わらない」
アランの口調がいつもと違うのに三人は気がついて、みな押し黙った。
「まさか? あり得ない」
渡空博士がそう言った。
「そう。君の予想通り、私は君たちがダウと呼んでいる、異星人だよ」
「―――乗っ取られたというのか? アランが?」
「我々も人間がどのような習性を持つ物なのか長い間分からなかった。しかし、ようやく我々と人間の共通項が分かった。それは他者への憎しみだ。ありがとう」
そう言って音声はやんだ。三人はしばらく、ただ呆然と突っ立っていることしか出来なかった。
ダウと人間の戦闘がこれまで以上に激化したのは、その後すぐのことだった。どちらの種族も、互いに争うことによってしか対話をすることが出来なかったのだった。 |